急遽テレワーク導入!の顛末記

「手段が目的になる!? ITツールを導入する意味を聞いた」――急遽テレワークを導入した中小企業の顛末記(35)

アトラシアンの“中の人”に社長を説得してもらった

テレワークで滞りがちな進捗管理をTrelloで解決できるか?

 先ほど、会社から当面は出社を見合わせるようにとの指示が出た。これまで社員それぞれが可能な範囲で行っていたテレワークが、今後は必須化されることになる。

 ……この記事を書いている日、一都三県で2度目の緊急事態宣言が発令された。

 先日は新たなプロジェクトの受注にともない「Trello(トレロ)」を導入してみたところ、思いのほかに進捗管理を効率化できた。「これは全社に導入すべきでは?」と会議で提案してみたのだが、どうにも社長の腰が重い。そこで、今回はTrelloを提供しているアトラシアンの中の人に、社長と直接話をしてもらって、「Trelloを導入すべき理由」を教えてもらうことにした。

【今回のハイライト】
使って便利、楽しい!という共感が大切
Trelloの便利な使い方も教えてもらった!
社内のオープン化には「Confluence」が有効

【これまでの経緯】

緊急事態宣言が発令された4月、筆者の勤めている会社では何の準備もないまま、在宅勤務を始めることになった。仕事の環境は「デスクトップPC+メール」が普通だったため、データを外付けHDDで持ち運んだり、LINEの個人アカウントを流用したりと大混乱。その後、補助金などでNASやノートPCを導入、徐々にテレワーク環境を整えていく……

【4~8月末までの顛末はこちら】

1月6日(水):社長×アトラシアンの中の人……ITツールを導入する意味とは? “手段が目的になる”がITツール導入ではありがち

アトラシアン シニアマーケティングマネージャー 朝岡絵里子氏

[朝岡氏]どうも初めまして、アトラシアンでマーケティングを担当しております朝岡絵里子です。今日はよろしくお願いします。

[社長]朝岡さん、今日はよろしくお願いします。さっそくですが、飛田から聞いた話によると、弊社で起きている問題をTrelloで解決できるというのは本当ですか? 確かに進捗管理でトラブルは増えていますが、それがツールで解決するというビジョンがイマイチ浮かばないのですけれど……。

[朝岡氏]「ツールで課題が解決できるか」をお話しする前に、まずは「今ある問題とは何か?」を見直して、その先にある目的を決めることから始めてみてはいかがでしょうか?

 「進捗管理の手間や不備を無くす」ことが目的であれば、現状では「何が」業務を妨げていて、「何を」変えれば効率化するかを確認することが、何よりもまず大事だと思います。

[社長]……その効率化をするのがTrelloなどのITツールなのでは?

[朝岡氏]それこそが、実はツール導入における最大の落とし穴なんです。今回の例でいえば、トラブルの原因が、情報共有の不備だったり、伝達のフローの間違いだったりするかもしれない。その問題を明らかにして、解決策を考えるところがスタート地点であるべきです。ある案件で進捗管理に問題があるからと、とりあえず「Trelloを使うように」と指示をしたとして、実は一番クリティカルな問題がTrelloで解決できないところにあるかもしれないわけです。

[社長]もしかすると、ツールを使う以前の問題かもしれないと。例えば、足りないのはコミュニケーションスキルだったとか。

[朝岡氏]そういう状況で、いきなりツールを導入すると、「ツールを使うこと」が目的になってしまいます。「そのツールで何を解決するか?」が現場と共有され、腑に落ちている状況でなければ、現場のスタッフが問題解決のためにツールを使ってくれません。無料の期間やプランもあるので、ツールを導入するだけなら簡単にできます。むしろ大変かつ重要なのは、その手前の準備をきちんと行うことなんです。

[社長]それは研修やOJTをするということですか? コロナの影響もあるので、売り上げにつながらない時間に、社員のリソースを割り当てるのはちょっと厳しいかなぁ。

[朝岡氏]時間が足りない、人がいないというお話は、中小企業の方からよく伺います。ただ、これは毎日一定の時間が長期にわたって必要だという話ではありません。会社としてどのようなゴールを目指していて、そのために何を改善したいのかを、社員全員で共有する場を作るということです。上が目的を明確にし、下がそれを納得して、初めて現場にとっての自分事になる。このステップを踏まずにツールを導入しようとすると、多くの場合は現場に抵抗勢力が生まれ、問題解決までたどり着きません。

ツール導入のポイントはミニマムスタートと、その成果の共有

[社長]問題の解決には事前準備が大切ということですが、うちのような中小企業には、それ以前の段階における問題もある気がします。例えば、研修によって“会社や部署にマッチした人材になる”時間もなければ、ITスキルについて社員の得意不得意もありますし、一人一人が抱えている案件やクライアントもバラバラです。それらを全てまとめると、結局いつも「現実問題として難しい」という結論になってしまうわけですが(笑)。

[朝岡氏]IT部門がない会社では、誰か伴走してくれる人がいると良いかもしれませんね。ただ、今回は新型コロナウイルスの影響で、テレワークに関するデジタル化が一気に進んだと思います。今までなら「時間もお金もない」で終わっていた話だと思いますが、実際にやってみてどうでしたか?

[社長]「思ったよりもできた」という感じですかね。ただ、それは「みんながZoomをやっている」という状況が大きかったと思います。世間が動いていないところで、自社だけで何か新しいものを動かそうとすると、社の内外を納得させるのが本当に難しいですから。

うちの会社では、他社の様子を見ながらZoomを導入。現在まで運用が続いている

[朝岡氏]そういう部分では今回、飛田さんにTrelloを使って頂いたのは、良いきっかけになると思うんですよ。まさに「同僚がZoomを使っている」のと、同じ状況になったわけですから。売り上げを出すために行っている業務で、日ごろ行っている作業の負荷が減った。これって、すごく大きいことだと思うんですよね。メールの確認に必要な時間が短くなったとか、電話を取る回数が少なくて済んだとか、そういう目に見えて分かりやすい成果は実感を共有しやすいですし、状況を集計して公表することもできるわけです。

[社長]確かに、ZoomやSlackを使っている中で、そうした「デジタル化が必要だ」という実感は、以前よりも社内に広まっている気がします。

[朝岡氏]そういう実感が、今回の一斉テレワークによって、あらゆる業種に広まっていると考えてください。クライアントに「Zoomでビデオ会議をしよう」と提案しても、以前なら「何でアトラシアンの人間は、うちの会社に来てくれないんだ」と言われていたところが、今では当たり前のように受け入れられています。「世間が動いていない」とお話しされていましたが、それが今まさに動こうとしていますし、それを受け入れるだけの土壌が生まれつつあるわけです。

“現場で使われるツール”で大切なポイントとは?

[朝岡氏]先ほど、“目に見えて分かりやすい成果”を共有することが大事だと話ましたが、Trelloではそういう「使って便利」「あると楽しい」といった機能を大切にしています。例えば……

  • キーワードで検索した画像などを背景に設定できる
  • カードにカバー(背景色)を設定。見出し代わりにも使える
  • カバーにはスタンプやGIF動画を貼ることも可能
  • リスト名に特定の絵文字が入っていると、カードの移動で紙吹雪が!

[朝岡氏]気持ちが盛り上がるような背景やカード移動時の演出は、「使ってみたい」と思うようなボードを作るうえでは重要です。仕事はやって当然なものではありますが、例えばカードを「完了済み」のリストに移動させたときに紙吹雪が舞えば、仕事を終えた達成感がグッと高まります。カバーの仕掛けも同様ですが、目線を誘導するのにも効果的ですよ。あとは、便利系なテクニックでいうと……。

  • ラベルに名前を登録して、属性が一目で分かるように
  • テンプレートカードを作れば、入力内容のルール化も簡単
  • ボードをコピーして、他のプロジェクトにも使いまわせる
  • カードに締め切りを設定すると、それをカレンダーで表示できる
  • トリガーとアクションを指定して、操作を自動化することも可能

[朝岡氏]テンプレートカードはメンバーからリクエストを募集するとき、一定のフォーマットで情報を入力してほしい時などに便利ですね。カレンダーではカードを別日に動かして締め切りを変更したり、iCal形式でのエクスポートも可能です。なお、今回紹介した機能の他にも、ボードを横断して自分が担当しているカードを一覧にしたり、「カスタムフィールド」という独自の記入項目をカードに追加したりすることもできます。

[社長]これは確かに便利そうですね。進捗管理がスムーズにできそうです。

[朝岡氏]そう言ってもらえると嬉しいですね。テレワークが普及する中でSlackやZoomを使い始めた企業も増えていますが、その次に見えてくる課題が「案件全体の進捗が見えづらい」ということだと思われます。ここでポイントなのはTrelloがストック型の情報ツールだということです。SlackやZoomで一人一人にタスクを聞いても、それを俯瞰で見るのは難しいですし、情報がライブで更新されることもありません。

[社長]確かに、チャットだと過去に確認した情報をたどるのが大変ですね。Zoomの録画を見直すなんて考えたくもない(笑)。

[朝岡氏]「オフィスにいたときの感覚で、上司から頻繁にSlackで進捗確認が来る」という話もよく聞きます。そうならないために、私たちは情報やステータスをオープンにするとことが大切だと考えています。

情報をオープンに、それをストックしていつでも見れる形に

[朝岡氏]情報をオープンにするということでは、「Confluence(コンフルエンス)」というツールを使って、社内のコミュニケーションを取るのもオススメです。

[社長]それはグループウェアのようなものでしょうか?

[朝岡氏]グループウェアは色々なツールの集合体ですが、Confluenceはドキュメントをページ単位で管理し、それをスペースという単位でまとめたものです。例えば、「マーケティング部」というスペースで、メンバー情報やお知らせ、月報、カレンダーなどをページ単位で管理するといった使い方ですね。議事録のページであれば、アイデア、議論の過程、結論、その後のToDoなどを書き込みます。新しいスタッフが加わったときには、それを見れば、プロジェクトの背景から進捗までを理解できるわけです。

Confluenceでは様々なドキュメントを、ページ単位でストックできる

[社長]なるほど、どちらかというと社内Wikiに近いものですね。

[朝岡氏]その認識で大丈夫です。ただ、普通のWikiと違って、Confluenceではドキュメント内の好きな場所を選択した上で、メンション(@)で宛先を指定すれば、「ここ、どうなっていますか?」などとコメントを送ることができるんです。画像の一部にピンを留めて、「この部分を変えてほしい」などとコメントを送ることもできますよ。先日はアトラシアンのある事業で大きな方針転換があったのですが、社内ではその経緯などがConfluenceで説明されました。そこには社内からあらゆる立場の人間がコメントをしていましたし、それに経営陣が筋道を立てて説明してくれたので、最終的にはみんなが納得できたと思います。

[社長]ただ必要な情報をストックしているだけの場所、いわゆる見える化のためだけのツールではないと。

[朝岡氏]そうですね、ドキュメントを公開した上で、その中でコミュニケーションを加速させることで、新たな情報がストックされていく場所になっています。先ほど情報をオープンにすることの大切さについての話をしましたが、その一つの形と言えるのではないでしょうか。

DXの先に目指すべきは企業文化を含めた組織改革

[朝岡氏]ここまでITツールの導入についてお話してきましたが、デジタル化の必要に迫られているのは、決して大企業だけの話ではないんです。テクノロジーの進化によって、街の喫茶店のコーヒーメーカーがIoTで管理されている時代ですから、関係がない業界なんてない。日本はDX(デジタルトランスフォーメーション)が遅れていると言われていますが、この変化についていけるかどうかで、“国や企業の生き死にが決まる”。そんな状況だと考えてください。

[社長]ツールによって業務を効率化しないと、他社に負けてしまうということですか?

[朝岡氏]それも一つですが、いわゆるDXには2つのステップがあると捉えてください。その一段階目が皆さんのイメージするデジタル化で、紙が電子化したり、コピペのような単純作業をRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)によって自動化するといった変革。いわゆるデジタイゼーションと呼ばれるものですね。

[社長]一段階目ということは、その先があると。

[朝岡氏]はい、次のステップになるのがデジタライゼーション。翻訳すると、どちらも「デジタル化」になってしまうのですが(笑)。これは、テクノロジーを利用して、“新たな商品価値やビジネスモデルを創造するための機会”を生み出すということです。例を挙げるなら、音楽をネットで配信するストリーミングサービス、車とIoTの組み合わせたカーシェアリングといったところでしょうか。

[社長]その両者を含めたものがDXなのだと。

[朝岡氏]DXの定義には諸説ありますが、経産省のガイドラインを前提にするのであれば、以下の3つがポイントになると思われます。

  • 手段:データとデジタル技術を活用
  • 内容:製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化・風土を変革
  • 目的:競争上の優位性を確立すること

経済産業省では「DX推進ガイドライン」を公開している

[朝岡氏]この定義を抑えておかないと、「DX=ツールの導入」という落とし穴に陥ってしまいがちです。企業文化を含めて会社を変えることによって、競争上の優位性を確立すること、それがDXによって最終的に目指すべき場所ではないでしょうか。

[社長]DXによって業務工程や商材だけでなく、企業文化も革新するのですか?

[朝岡氏]DXで企業文化を変革するというよりも、この不確実性の高い時代に対応するためには、会社をまるごと変える必要があり、それには文化、つまり社員全員が共有する価値観のアップデートが不可欠なのです。冒頭でも説明しましたが、大切なのはDXにあたってトップが「どこへ向かいたいのか」を示すことです。会社のビジョンやミッション、バリューを定義し、目指すべき会社像を明確にしたうえで、それを実現するのがDXだということ。ここを徹底しなければ、本来は手段であるべき“テクノロジーの導入”が目的にすり替わってしまいます。

[社長]鍵となるのは、企業文化を変えられるかどうかだと。

[朝岡氏]そういうことです。さらに言うなら、企業文化の変革には“心理的安全性”が必要といえるでしょう。部下が上司の顔色を窺い、何か意見を言っても「なら、お前が責任を持てるのか?」と言われてしまう。このような状況では、イノベーションの芽が育つことはありません。

[社長]なるほど、ツールの導入ばかりに目がいっていましたが、本当に大切なのは会社をどう変えていくかを全体で共有する価値観として持つという視点なのですね。

Confluenceのユーザー登録を行ってみた

 こうして、社長と朝岡氏との対話は終了。その後に社長と話をしてみたが、ツールの導入に前向きな姿勢になっているようだ。テレワークを必須化することで、今後はコミュニケーション不足がより深刻な問題を起こすことが想定される。朝岡氏のアドバイスを取り入れながら、いち早く対策に取り組んでいきたい。

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※編集部より
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飛田九十九