イベントレポート

これからのネットづくりと海賊サイトへのブロッキング要請を考える

海賊版サイトのブロッキングはなぜ無理筋なのか? 反対派の市民団体やISP業界団体が緊急シンポジウム開催

 海賊版サイトへのアクセスを“ブロッキング”することを、政府がISPに要請することを検討していると報じられたことを受け、通信業界団体から主婦連合会までいくつかの団体が憂慮や反対の声明を表明している。

 4月18日には、声明を発表した団体の1つであるコンテンツ文化研究会の主催で、緊急シンポジウム「これからのネットづくりと海賊サイトへのブロッキング要請を考える」が開催された。共催は同じく声明を発表した、一般社団法人日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)、一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)、特定非営利活動法人うぐいすリボン。

 中川譲氏(MIAU)の司会のもと、森亮二氏(弁護士)、上沼紫野氏(弁護士)、立石聡明氏(JAIPA)、野口尚志氏(JAIPA)、河村真紀子氏(主婦連合会)が登壇し、それぞれの立場から問題について語った。

 なお、シンポジウム中では「『海賊版サイトを擁護するのか』と批判されることがあるが、海賊版対策はおおいにやってもらいたい。我々が問題にしているのは、いきなりブロッキングするという手段だ」といった言葉が複数人から何度も語られた。

左から、森亮二氏(弁護士)、上沼紫野氏(弁護士)、河村真紀子氏(主婦連合会)
左から、立石聡明氏(JAIPA)、野口尚志氏(JAIPA)、中川譲氏(MIAU)

「ISP以外で対策しようがあるのでは」

 まず、MIAUの中川氏が前提として、いきさつと問題点を整理した。

 時系列としては、2017年8月(それより前よりあったという説もある)に「漫画村」が誕生。2018年2月に政府の知的財産戦略本部が対策を検討、4月初旬にブロッキングを考えているという新聞報道がなされて、4月11日から各種団体が意見を表明した。そして4月13日には知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議の「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策(案)」が出された。

 また、インターネット上で権利者(漫画家)とユーザーの間にあるものを整理。出版社、配信サイト(dマガジンやAmazonなど)、配信サービス(CloudflareやAWSなど)、検索サービス(Googleなど)、アクセス網(NTTなど)、ISPを挙げた。そして、海賊版サイト自身や配信サービスではなく、ISPで対策するという方法について、「ほかのところでも対策しようがあるのでは?」と中川氏は疑問を投げ掛けた。

司会の中川譲氏(MIAU)
できごとの時系列
「ISPで対策?」

「一般に公開された議論はなされていない」

 JAIPAの立石氏は、「サイトブロッキング 5つの誤解」と題して、「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策(案)」を肯定する5つの論点について反論した。

 「オープンかつ十分な議論」という点について、立石は「一般に公開された議論はなされていない」と反論した。また、「総務省はブロッキングを認めている」という点については、平成28年3月7日の第190回国会・予算委員会における高市早苗総務大臣(当時)の答弁を示し、「フィルタリングはいいが遮断は認められない、という議論だった」と否定した。

 「政府が法的リスクを負うのでISPは法的リスクがない」という点については、「全くの嘘」と反論した。「ブロッキング以外の方法はない」という点については、「ある。ほかに効率的な方法があり、ブロッキングはむしろ有効ではない」と主張した。

 「すでに数千億円の損害がある」という点については、全国出版協会による、2017年のコミック市場の売り上げは前年度比2.8%減の4330億円という数字を引き、「私は疑わしいと思っている」と立石氏は主張した。

立石聡明氏(JAIPA)
「オープンかつ十分な議論」?
「総務省はブロッキングを認めている」?
「政府が法的リスクを負うのでISPは法的リスクがない」?
「ブロッキング以外の方法はない」?
「すでに数千億円の損害がある」?

児童ポルノブロッキングの議論と比較

 中川氏と立石氏は、児童ポルノブロッキングのときには5年かけて丁寧に議論して対策してきたことを語り、「それに比べると今回はちょっとアレですね」と語った。そして、ここで児童ポルノブロッキングの議論にも関わった森氏が、ブロッキングの法的な問題点を解説した。

 まず通信の秘密に関する憲法や電気通信事業法の規定を紹介し、ブロッキングが通信の秘密の侵害となることを条文に照らして説明した。

 続いて、通信の秘密の侵害が適法になる場合として、通信当事者の同意がある場合(これはブロッキングについては期待できない)と、違法阻却事由(通常であれば違法である行為が違法にならないような特別の事情)がある場合の2つを挙げた。違法阻却事由には、「正当行為」「正当防衛」「緊急避難」の3つがある。

 正当行為(社会的に正当なものとして許容される行為)については判例を引きながら、通信事業者が通信を止めることが正当行為にならないと森氏は説明した。また、正当防衛については、侵害者に対する反撃であり、ブロックはユーザーに向けられるものなので適用は無理だと説明した。

 緊急避難については「暴走車を避けて民家の花壇に飛び込んだときに、器物破損は適用されるか」というものと説明。ポイントとして、「現在の危難」「補充性(やむをえない場合)」「法益権衡(生じた害が避けようとした害を超えない)」の3つを挙げた。児童ポルノブロッキングの議論では、現在の危難についてはどんどん流通してしまう危険性が論じられ、補充性についてはオーバーブロッキングの可能性をできる限り排除する方法でないと認められないと論じられ、法益権衡については通信の秘密との釣り合いを個別に判断する必要が論じられたという。

 森氏は最後に、児童ポルノブロッキングの議論で「回復の可能性のある著作権侵害とは同等に考えることは不可能」という意見が交わされたことを紹介した。

森亮二氏(弁護士)
通信の秘密の規定とブロッキング
正当行為として認められるか?
正当防衛として認められるか?
緊急避難の要件
児童ポルノブロッキングでの議論「回復の可能性のある著作権侵害とは同等に考えることは不可能」

海賊版サイトにどんな手段がとれるか

 とるべき手段に関しては、これまでの対策の事例を含めて、弁護士の上沼氏が紹介した。

 まず基本として、プロバイダー責任制限法によってプロバイダーの責任が制限されていること、責任を問われるのは「技術的に可能+知悉または知悉可能の場合」と「プロバイダー自身が発信者の場合」であると整理した。

 また、違法アップロードした人の情報を開示できる場合を決めた発信者情報開示請求権の要件として、権利侵害の明白性と開示の正当理由を挙げて、「開示請求がどんどん増えている」と紹介した。開示請求においては、住所と名前が分からないと訴訟できないため、まずホスティングプロバイダーのログ開示請求をして、そこからアクセスプロバイダーに発信者の開示請求をする、2段階となるという。

 今回の事件で「外国事業者だから簡単じゃない」と言われるという点については、法の規定や判例が紹介された。民事訴訟法では、「日本において事業を行う者に対する訴えで、その訴えが日本における業務に関する者」であれば、日本で訴訟できると決められているという。実際に、FC2やTwitter、Facebook、Google、米Yahoo!について訴訟がなされているという。

 また、今回は著作権侵害なので、米国のDMCA(Digital Millenium Copyright Act)が利用できることを紹介した。実は米国では、名誉毀損やプライバシーについてはプロバイダーは基本的に責任を問われないことになっており、著作権のほうが対応が楽だという。また、侵害している相手が分からないことについても、「著作権侵害には刑事罰があるので被疑者不明のまま警察に行ける」と語った。

上沼紫野氏(弁護士)
発信者の情報開示には2段階が必要
外国事業者への訴訟も可能
DMCAによる手段

JAIPAの声明で伝えたかった気持ち

 JAIPAの野口氏は、今回のJAIPAの声明について紹介した。氏は声明の背景について「海賊版をできないようにするということについては争いはない。ブロッキング以外のコンテンツ削除などは、必要に応じて対策を行っている。今回は、ものすごい勢いでブロッキングの話が降ってきた」と説明した。

 JAIPAの声明は、ブロッキングは通信の秘密を侵害するものであること、緊急避難の適用は無理であること、政府要請によるブロッキングは危険であることを挙げて、結論として「断じて許されない」という強い調子で書いたという。また、それは1ページ目で終わり、「2ページ目以降では通信の秘密がなぜ必要なのかを丁寧に解説した」という。

 「書き手の気持ちとしては、結論は『絶対反対』だが、賛否が分かれて当然のテーマだと思う。ただし、通信の秘密は事業者の権利ではなく、利用者の権利。自分の未来や我が国の未来として考えてほしい、と思ってまとめた」(野口氏)。

 声明に対するインターネット上の反応も野口氏は紹介した。感覚的には、7~8割が肯定的なもので、2~3割が否定的なものだったが、「賛否どちらも、長い声明文を読んで反応してくれたのがうれしい」と野口氏は語った。

野口尚志氏(JAIPA)
JAIPAの声明
声明の書き手の気持ち
インターネット上の反応

一般の利用者が巻き添えになることが問題

 各自の発表ののち、質問形式で論点が議論された。

 「DNSブロッキングがなぜ通信の秘密の侵害になるのか?」という声については、森氏が「宛先も通信の秘密の範囲。ルーティングは通信事業者の正当業務として認められるが、ブロッキングは認められない」と説明した。

 また、「違法な者をブロッキングするのに、通信の秘密も表現の自由も関係ないのでは」という声については、野口氏は「一般の利用者が巻き添えになることを問題にしている。ブロッキングの範囲が歯止めがきかないと、本当に通信の事業が侵害される」と説明。森氏も「違法なコンテンツに表現の自由はないと私は思っているし、そのアクセスにも自由はないと私は考えていて、そこを保護しようとしているわけではない。海賊版サイトを見ない人の自由を問題にしている」と語った。

 「ISPも反対ばかりでなく代案を出すべきではないか」という声については野口氏は「もっともだ。今回は突然だったので、ぱっと思い付くものがない、というのが弁解となる。今回は、海外を調べる必要があり、それは政府にお願いしたいというのが意見としてある。最初にブロッキングというのは順序が違う」と語った。

 「ISPが反対した結果、ブロッキングが法制化されたら元も子もないのではないか」という声については、森氏は、通信の秘密は憲法で定められており、国が通信の秘密を侵害すると違憲の恐れがあることを主張。さらに、検閲については行政権が「流通させてはダメ」というと検閲になるので、今回は「民間」が強調されていることなどを指摘した。

 また、立石氏が「今回、『要請』という言葉は使われていない。そこが微妙なところ」と述べると、野口氏も「『要請』されていないし、『お願い』もされていない。そこが困っているところ」と述べた。

 そのほか、主婦連合会の河村氏は「ブロッキングはサイト側でなく見ている側へのアクションであり、筋が悪いやり方」と主張。回避する情報が非公式に流れて詐欺のリスクもあることや、ほかの海賊版サイトが出てくる可能性、緊急避難が恒常化する可能性などを指摘した。

河村真紀子氏(主婦連合会)