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ヤフーとLINEの成り立ちを振り返り、統合の意味と可能性を考える

協議中の「経営統合」で何を目指すのか?

 2019年11月13日の夜、一部のメディアが「ヤフーとLINEが経営統合の協議を行っている」と報じた。そして、翌14日午前にはヤフーの持株会社であるZホールディングス、事業会社であるヤフー、LINEの各社から「協議を行っていることは事実だが、現時点で決定した事実はない」とする正式コメントが発表された。

 もちろん、発表されていること以外には情報がないどころか、この経営統合は決定事項ではない。しかし、巨大な事業者同士の話であり、両者の狙いや統合の具体的な形など、協議の行方には市場の注目が集まる。そこで、これまでの市場環境や業界動向からその意図を考えてみることする。

【ヤフー】~インターネット黎明期からデスクトップ時代の雄~

 これについては、Webの黎明期の話から始めよう。

 1989年3月、ティム・バーナーズ・リー氏がWebの基本的な発明をし、1993年にGUIを使ったウェブブラウザー「NCSA Mosaic」がマーク・アンドリーセン氏により開発された。

 そして米国ヤフーが、1995年、ウェブの爆発的な普及を背景に、米国スタンフォード大学の学生だったジェリー・ヤン氏らによって起業された。

2006年に来日公演を行った際のジェリー・ヤン氏

 当初、パソコンで動くウェブブラウザーで何らかの情報にたどり着いて閲覧するためには直接URLを入力するか(URLをあらかじめ知っていなければならない)、あるいはウェブページの情報が登録されている「名簿」としての機能を必要とした。ヤフーはその名簿を提供するサービスだった。その後、米国ヤフーは多くのコンテンツ表示や機能の開発に取り組み、「ポータルサイト」という概念を生んだ。ユーザーがウェブブラウザーを立ち上げたとき、最初に表示されるページとして機能することから、まさに「インターネットへの玄関(ポータル)」とされたサービスで、必然的にばく大なページビューとリーチを獲得するに至った。

 1996年、ソフトバンクの孫正義氏はいち早く米国ヤフーに目をつけ、当時としては巨額の出資をすることにより事業提携を実現、日本においても「ヤフー」のサービスを展開し、大きな成功を収めることになる。いまではにわかには信じられないが、「インターネットを使う=ヤフーを使う」と思っていた人も多かったといわれるほどの認知度があった。

SoftBank World 2015」基調講演登壇時の孫正義氏

 その後もヤフーはばく大なページビューやリーチを重ね、そして多額のキャピタルゲインを元手に、さまざまなコンテンツやサービスの事業展開をし、ヤフーオークション(ヤフオク)の成功、インターネット接続事業や携帯電話事業というプラットフォーム事業へと参入した。当初の広告主からもたらされる収入だけでなく、消費者からもたらされる会費やデジタルコンテンツ売買の売り上げも得るようになっていた。

 当時、ヤフーは世界のインターネットサービス事業者の雄であったが、それはあくまでもデスクトップパソコンをベースとしたサービスであり、その後に隆盛をきわめるモバイル市場への対応の遅れは大きな課題だった。

 もちろん、フィーチャーフォン時代の情報端末i-modeでもヤフーのサービスは提供されていたが、日本におけるiPhoneの発売をきっかけとする本格的なスマートフォン市場の拡大に向けた対応は十分とはいえず、スマートフォンという対象となるハードウェアプラットフォームへの対応のみならず、常にデジタルデバイスを持ち歩くという消費者のライフスタイル変化への対応に遅れた。

左からソフトバンクグループCEO 孫 正義氏、ヤフーの新CEOとなる宮坂 学氏、ヤフーの現社長兼CEO 井上雅博氏(2012年

 こうした危機感から、それまで長く社長として経営の指揮を執ってきた井上雅博氏(故人)が退任し、後任に宮坂学氏(2019年から東京都副知事)が就任、一気にモバイルへの対応を積極化するための経営体制へと刷新が行われた。そして、2019年、宮坂氏退任に伴い、川邊健太郎氏が社長に就任した。

 近年ではヤフーの持株会社であるZホールディングスによるファッションECサービスZOZOの買収など、さらに事業の多角化と拡大を続けている。

2017年発表会出席時のヤフー株式会社川邊健太郎氏(当時は副社長執行役員)

LINE~モバイル時代の雄~

2002年当時の検索サイト「NAVER Japan」

 LINE、そしてその前身となる親会社も含めた関連記事がINTERNET Watch誌上に始めて掲載されたのは2002年11月である。

 LINEの前身であるネイバージャパン株式会社は韓国NAVER.COM社の日本法人で、2001年4月から検索サイト「NAVER Japan」を運営していた。2003年*1にはハンゲームジャパンと合併し、NHN Japanを設立した

 しかし、2005年8月にはNAVERのサービスを終了、その後、2007年11月には森川亮氏(現在のC Channel株式会社代表取締役社長)が社長に就任して再度日本市場に参入、NHN Japanの100%子会社として、また新たにネイバージャパン株式会社が設立された。

 その後も検索サービスやいわゆる「まとめ」サイトである「NAVERまとめ」などで一般の認知も広がった。そして、2010年にはライブドアを完全子会社化した。その後の事業再編などを経て現在のLINEが形作られていく。

*1 記事初出時、合併年に誤りがありました。お詫びして訂正させていただきます

NHN Japanによるライブドア子会社化発表時のLINEの代表取締役社長 森川亮氏(左、当時NHN Japan社長)と出澤剛氏(当時ライブドア社長)

 LINEはSNSに加え、いまではさまざまなサービスのプラットフォームとなっているが、その起源は2011年の東日本大震災にあるとされている。当時、家族と連絡を取りたがっている被災者の映像を見たNHNの創業者がコミュニケーションのツールとして発案したとされている。それまでにもSNSやメッセージングサービスはあったものの、LINEはスマホに特化したという点において特徴的だったといえよう。

 2008年にiPhone 3Gが発売され、急速にユーザーが増加していた時期であったことから考えても、このサービスが「モバイルネイティブ」な事業であったということができるだろう。

 それまでのデスクトップを前提とするインターネット事業という過去資産がなく、フットワークが軽かったこともあっただろう。2011年11月17日のINTERNET Watchでは「『PC事業で一発逆転はない、スマホ事業で頂点を』~新生NHN Japan」という記事が掲載されており、そこからもモバイル事業への並々ならぬ意気込みも感じる。そして、年々、ユーザー数を拡大し続け、今日に至ったということは説明するまでもない。

時系列でみる「ヤフー」、「LINE」、「フェイスブック」を扱ったINTERNE Watchの記事[出典:T I M E M A P]

※1つの点がそれぞれの関連記事。各記事へのリンクは「TIMEMAP」より利用可能。