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IT企業が集まる「渋谷」が目指す20年後の街づくりとは?

「渋谷をつなげる30人」プロジェクトで形になった5つのアイデアとは

「渋谷をつなげる30人」が渋谷区の未来を考える

 若者の情報・トレンドの発信地として知られている渋谷区は、駅周辺の再開発により新たな高層ビルが次々に誕生し、今や大企業やテクノロジー企業の一大集積地ともなっている。

平日の朝からスタートした会合。丸1日かけてアイデアを形にしていく

 外資系企業からの注目度も高く、もちろん観光客にとって人気のスポットも多いため、もはや混沌としている、とさえ言えるかもしれない。

 人が集まるのは、そこに街としての魅力があるからに他ならない。けれども、だからといって行政による施策が渋谷区に勤める人、住む人全員にとって全く不満のないサービスになっているとは言い切れない。

 働く人たちには都合が良くても、高齢者や子供たちには住みにくい街になっているところがあるかもしれず、新しいスポットが生まれる影には、忘れ去られて税金だけがかさむ施設が存在しているかもしれない。そうした目に見えにくい課題を浮かび上がらせ、どのように解決し、改善するか。

 「ちがいをちからに変える街。渋谷区」というビジョンを掲げる渋谷区が、20年後に向けた街づくりを考えるべく協賛している「渋谷をつなげる30人」というプロジェクト(主催:Slow Innovation株式会社)が、まさにその役割を担おうとしている。

 2016年にスタートした「渋谷をつなげる30人」プロジェクトは、2019年度ですでに4期目。これまでにも渋谷区の「明日」をより良くするさまざまなアイデアが提案され、実証やビジネス化が進められてきた。

 今回の4期目では一体どんなプランが進行しているのだろうか。30人が議論を深め、アイデアを具現化していく現場を訪ねた。

「渋谷区の未来」をより良くする、5つのアイデア

 プロジェクトに関わる「30人」の立場はさまざまだ。誰もが知る大企業の社員や、NPO・財団法人の責任者、通信・不動産・金融の第一線で働く人もいれば、中小企業の代表も、公務員もいる。

 その誰もが渋谷区に少なからず関わっている人たちだ。渋谷区の趨勢によって暮らしやビジネスに影響を受ける立場にある人たち、と言い換えてもいい。

事前に実施したステークホルダーを交えたオープンセッションの振り返りから始まった

 したがって、渋谷区のこれからを考えて課題解決や改善を図ることは、地域全体やそこに住む人たちにとってメリットがあるのと同時に、彼ら・彼女らのように渋谷区で仕事をする人たちの働きやすさ、ひいては渋谷区にある企業や組織の成長にとっても重要なこととなる。20年後の渋谷区を考えることは、20年後の自分たちを考えることにもつながるわけだ。

 同プロジェクトに参加することで直接的に得られる報酬はもちろんないし、それぞれが本業を抱えるなかで時間を作り、自主的に取り組む形になる。

 1年近く、ほぼ毎月ある会合やセッションに加え、アイデアの実現に向けた実地調査やヒアリング、公開討論のような場も設けられるため、安易な気持ちでは続けられないだろう。

 今回取材させていただいたタイミングは11月下旬。6月にスタートした第1段階の「発想」から、第2段階の「企画」を経て、いよいよ第3段階の「実装」の初回となる。プロジェクトとしては最終段階だ。

 ここまで、30人が5つのチームに分かれ、業務外の隙間時間や計5回の会合などで議論してアイデアを煮詰めてきた。また、そのアイデアの可能性を検証するため、関係しうる地域のステークホルダーを交えたオープンセッションで概要を発表し、意見交換もしてきた。

 この日は、その結果を踏まえて課題抽出し、改めて考え方や方向性を整理して、具体的なアクションに向けた土台を丸1日かけて作る。やるべきことを決めたら後戻りはできない、最も大事なステップだ。

オープンセッションでの気付きを報告する各チームのメンバー

 当日はオープンセッションの振り返りから始まり、課題や検討事項の再整理、フェーズに沿ったプランニング、現実的なプロトタイピング実装の計画まで、チームや場合によっては他のチームメンバーも交えて議論を進め、途中経過を細かく発表しながら進められた。

 5つのチームがどんなアイデアを企画し、最終的に何を目標に定めたのか、簡単に紹介したい。

1.【エンタメ】「大人に都合よく使われるだけ」と言う若者と共に考え作る場を

 渋谷区の次世代を担う若者のための「居場所」や「エンタメ空間」を作る、というテーマを設計したチームは、TSUTAYA、東急不動産、アパレルのベイクルーズ、渋谷区観光協会などがメンバーとして参加した。

若者の居場所をテーマにしたチームの当初の案

 事前に行なわれたオープンセッションでは、「渋谷スクランブルスクエアは僕たちの行く場所じゃない」「大人に都合よく使われるだけで、自分たちが本当にやりたいことはやってくれない」といった若者からのダイレクトな意見にショックを受けたチームだったが、「若者を中心に、彼らの力を使って渋谷を面白くする。行きたくない街ではなく、自分から来たい街にしていく」ことを目標に据えてアイデア設計に取り組んだ。

 午後には、「渋谷区の課題を、若者のクリエイティビティで価値、カルチャーに変える」をミッションに、他のチームで課題としていたファッションロスやLGBTQ、若者の居場所といった要素も取り入れて、課題を価値に変えるプロジェクトを若者たちとともに考え、作っていく場を作っていくのはどうか、という内容に。

 例えば、アップサイクルを使ったファッションイベントや、マイノリティを題材にした映画を集めて放映する「LGBTQシネマ」、廃棄することになる余った食材を使った「フードロスのランチピクニック」といった催しが考えられるとした。

 ただし、「大人の考えたことを押しつけても、それが答えになるとは限らない」ことから、この日はプロトタイプ実装の前段階までには至らず、今後改めて若者の意見を聞く場を設けて内容を固めるとした。

2.【子供と大人】「夢中になれる学び」を提供

 「教育をテーマに、大人と子供をつなげる」というアイデアでスタートしたチームは、東急不動産、みずほ銀行、NTTドコモ、アパレルのビームス、サッカークラブをもつPLAYNEWなどに勤めるメンバーで構成。同チームでは、当初は渋谷の中学生に対して、大人の知識から学びを提供することを考えていた。

子供の教育をテーマに考えたチームの当初の案

 しかし、直前のオープンセッションや、独自に行なった代々木中学校の教師へのヒアリングなどを通じて、「もっと子供たちの視点で“学び”を考えるべき」との気付きを得たことから、午前中の振り返りの段階で「子供と大人が一緒に渋谷や将来のことを考える」方向性へと変化した。

 それが午後には「夢中」というキーワードにつながり、渋谷の多様な人材を活かしながら「子供も大人も一緒になって夢中になれる学び」の提供へと発展させた。

 対象となる中学生のいる学校現場との交渉は、公立学校との付き合いも深いNTTドコモなどが行ない、コンテンツは東急不動産らがオフィスビル屋上で実施しているアーバンファーミング、マイクロファーミングと呼ばれる農業手法を学ぶものを例として挙げた。

 また、PLAYNEWとみずほ銀行のコラボで「プロサッカー選手とお金」のようなテーマのコンテンツも考えられるとした。

 スタッフのユニフォームはビームスが用意し、資金はみずほ銀行のチームメンバーが「○○○○万円くらいなら融資する」という話まで(もちろん冗談半分で)飛び出し、「大人も子供も夢中になれる学びの場が作れれば」と意気込みを見せた。

3.【働き方支援】「働きたい障がい者」と「雇用したい側」が理解を深めるイベント

 「IBASHO」というコンセプトで、多様性のあふれる渋谷区で働く人の「働き方支援」をアイデア化したチームには、自動車関連製品や電動工具などで有名な世界企業のボッシュの社員がメンバーとして参加する。

 人材派遣のパーソルテクノロジースタッフ、人材育成事業のジェイフィールに加え、障害者雇用に積極的に関わり、渋谷にフラワーショップを展開しているLORANSや、LGBTQに関する活動をしているNPOなどもメンバーとして名前を連ねる。

マイノリティの働き方支援をテーマにしたチームの当初の案

 「多様性」という意味では、性的な面でのマイノリティや、小さな子供をもちながら働く女性、外国人労働者などが考えられる。

 そのため、対象が広がりすぎて「ターゲットをきちんと考えないと焦点がぼやける」という意見が出たことから、ターゲットを絞ったうえで、同じチームや他チームの企業がもつリソースがあるからこそできるアイデアを、という考え方にシフトしていった。

 最終的には、世界で初めて週休2日制や8時間労働の規則を取り入れたというボッシュの支援の元、同社社屋の1階にあるカフェで、「ダイバーシティドリンクス」と題したイベントを開き、働きたい障がい者と雇用したい側が相互理解を深めるイベントを毎月1回実施する、という取り組みに仕上げた。

 また、ジェイフィールがそのイベントを発展させた有料プログラムを開くことも考えられるとした。

4.【渋谷の公園】目指すは「ダイバーシティ空間」?

 「ダイバーシティな公園を作る」というテーマを掲げたチームには、東急不動産、サッポロ不動産開発、渋谷区の公園課の職員などが参加。渋谷区に129箇所あるという公園を、ダイバーシティの視点で多くの人が楽しめるものに作り変える取り組みを目指すアイデアを提案した。

渋谷区の公園をテーマにしたチームの当初の案

 渋谷区には数多くの公園があるにも関わらず、訪れる人は少なく、有効に活用されているとは言いがたい。

 そこで「シブヤ コオエン部」と称した集まりを立ち上げて有志の仲間作りから始め、公園でイベントを開催して遊具をペイントするなど、新しい「コオエン」を作る取り組みにフォーカスすることに。

 すでに行政による公園の維持管理の一環として、遊具・ベンチの再塗装や落ち葉清掃などは行なっているが、まずはこれをイベント化して誰でも参加できるようにする。

 たとえばアーティストに遊具などに下絵を描いてもらったうえで、子供や障害者にペイントしてもらうイベントや、落ち葉を使ってアート作品を作る「落ち葉ート」に一般の人にも参加してもらうイベントが考えられるとした。

 中期的には2022年にシブヤ コオエン部を社団法人にしてイベント受付の窓口となり、長期的には2027年に独自に公園を1つ作る、といった目標も掲げる。

 東急不動産やサッポロ不動産開発にスポンサードしてもらうためにも、1年間は実績づくりの活動が必要ではないか、という現実的なプラン設計も披露した。

5.【お土産】アパレルの廃棄「アパレルロス」を再活用

 迷走しながらも、最後はしっかりと実現性のあるアイデアに落ち着いたのが、「お土産」をテーマにしたチーム。京王電鉄や広告代理店の大広、渋谷区職員などがメンバーとして参加した。

お土産をテーマにしたチームの当初の案

 「渋谷区ならではのお土産作り」から発想を広げようとしていたものの、「地域の課題解決」という視点から見たときに、「なぜお土産でなければいけないのか」という根本的な疑問にぶつかった同チーム。

 「困っていないことをより良くしようとするのではなく、みんなが困っていることを課題設定しないといけない」との考えから、改めて課題設定の練り直しから再スタートを図った。

 そうして出てきた発想が、渋谷区の企業や個人の消費から生まれる廃棄物を、いわゆるアップサイクルによって別の有益なアイテムに変えるというもの。

 アパレル関連の企業やショップが集まる渋谷では、売れ残りを廃棄する「アパレルロス」も課題の1つとなっており、この解決にもつながると考えた。

 そうしたなか、京王電鉄が笹塚で運営するホテル「KARIO SASAZUKA TERRACE」では、地下1階にあるコミュニケーションスペースにちょうど余裕があるとのことで、そのスペースで不要になった洋服から風呂敷を作るワークショップを外国人観光客向けに開きお土産にしてもらう、というアイデアを考案。

 メンバーの所属する企業が抱える課題にもうまくマッチした内容となった。

今後、プロジェクト化も検討、3月で一区切り

 各チームが提案したアイデアは、これからプロトタイピングを進め、12月以降には実証するための社会実装まで行なう。

 2020年3月に取り組みの結果が発表され、その後は個人や企業・組織で引き取って実際にプロジェクト化するか、有志だけで進めるか、あるいはやめるか、を検討することになる。

 渋谷のことを考えるあまり、メンバーのアイデアが、所属企業の短期的利益とほとんど関係ないものになっている面も初めはあったが、最終的にはチーム内だけでなく、チーム外のメンバーとも調整しながら互いの会社が自然に始めやすい座組に整え、実現性や継続性の高い内容に発展していった。

 来年以降、ここで決まったアイデアが実際に渋谷区のどこかでスタートする可能性がある。30人の手によって渋谷の未来が果たしてどう変わっていくのか、楽しみだ。