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コロナで息を吹き返した中国のシェア自転車~「3密回避」の生活様式で脚光

「3密回避」で脚光を浴びている中国のシェア自転車。写真は杭州市のアリババ本社前に並べられたハローバイクのシェア自転車。この1年で着々とシェアを高めている。

 日本は5月末に緊急事態宣言が全面解除され、経済再開の一歩を踏み出した。

 「新しい生活様式」に対応するために、オンライン化、デジタル化が必須なのは、皆が実感しているだろう。筆者も休業が続く日本の飲食店や、出荷先を失った生産者を応援すべく、食材や花を直接購入しているが、銀行振り込みや送付先のやり取りで双方に負荷が発生し、取引相手がパンクするのを何度か経験した。その中で一軒だけ決済アプリ「PayPay」のQRコード決済に対応しているもつ鍋屋があり、支払い確認が早かったため、比較的スムーズに商品が到着した。

 世界で最初にコロナ禍の直撃を受けた中国は、ロックダウンや外出制限も世界で最初に経験し、飲食店や観光地は巨大な打撃を受けた。だが、高齢者や街の露店も含めてモバイル決済と出前アプリが隅々まで浸透していたことは、特に飲食店にはいくらかの助けになった。

 筆者の最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」では、初動を間違えた政治家に代わり、中国のIT企業や専門家がテクノロジーを駆使して、ウイルスを抑え込み、消費者をサポートしていく姿を描いている。

 中国で新型コロナが拡散する中で、本屋のように存続の危機に直面するビジネスモデルもあれば(日本も同じだろう)、逆に存在価値が見直され蘇ったビジネスもある。本稿では、ページ数の関係で同書に収録できなかった「シェア自転車の起死回生物語」を紹介したい。

「利益なき急拡大」だったシェア自転車

オレンジの車体のモバイクはテンセントグループに買収され、存続している。

 新型コロナウイルスが中国全土に広がり、街から人影が消えた1月末、「とどめを刺される」とささやかれていたのが赤字を垂れ流しながら存続してきたシェア自転車だ。

 モバイル決済と位置情報サービス(GPS)を活用した乗り捨て自由なシェア自転車は、2016年から2017年にかけて中国全土を埋め尽くし、中国発イノベーションともてはやされた。業界首位争いを繰り広げていたofoとモバイク(摩拝単車)は新たなる市場を求めて海外にも打って出た。モバイクは2017年、福岡市に日本法人を設立し、同年8月には札幌市でサービスを開始。ofoも2018年3月に和歌山に進出した。そのニュースを覚えている人も少なくないだろう。

 だが、中国のシェア自転車企業が日本で華々しく進出会見を行っていた頃、足元では業界崩壊の足音が近づいていた。

 シェア自転車は莫大なコストがかかるビジネスだ。大量の車体を投下し、乗り捨てた自転車を回収・整理する人件費もばかにならない。ライバルとの競争を勝ち抜くために広告費は膨らみ、利用料も上げられない。自分の自転車でないため乱暴に扱い、あるいは乗り捨て自由な点を悪用し、自宅に持ち帰って私物化する人もいた。

モバイク公式Twitterアカウントの最後の投稿(2018/5/31)

 2017年後半以降、“利益なき急拡大”のつけが一気に表面化し、資本力に劣る中堅企業が次々に倒産した。

 単独での生き残りを諦めたモバイクは2018年春、中国メガIT企業テンセント(騰訊)系のO2O大手、美団点評(Meituan Dianping)の傘下に入り、ブランド名を「美団単車」に変えた。残った企業も次々と大手に救済される中、業界トップのofoは「メガ企業の子会社になって生存する」流れに乗り遅れ、経営危機に陥った。

 ofoは2018年10月末で日本から撤退し、鳴り物入りで日本に進出したモバイクは何の発表もなくサービスを停止。公式ツイッターも2年間放置されたままだ。

「3密回避」で再び脚光

 美団がモバイクを買収した当時、モバイクが1日に日本円にして2億円以上の赤字を出していることも判明した。数社に集約された企業がそれでもサービスを停止しなかったのは、国民の足として完全に定着しており、他の事業と組み合わせて利益を得られる可能性が残されていたからだ。

 だが、新型コロナで街がゴーストタウンになると、シェア自転車の利用も激減した。「今度こそ、死を迎えるかもしれない」と多くの人が思ったが、実際にはそうならなかった。

 1月下旬から始まった普段より長い春節休暇が2月中旬に終わり、どうしても出勤しなければならない人たちの外出が始まったタイミングで、中国の感染症対策の専門家が、「外出の足として一番安全なのは自分の自転車、次はシェア自転車」と発言し、シェア自転車は「安全な通勤手段」として一気にクローズアップされたのだ(ちなみに、米国でも現在、自転車の生産が追い付かないほど売れている)。

 美団単車が運営するシェア自転車の3月第1週の利用時間は、2月に比べて86%伸び、特に北京は187.7%の伸びを見せた。

 利用距離・時間も増えた。3月第1週の1回あたりの利用距離は平均1.8キロ、利用時間は平均13.5分で、1月に比べてそれぞれ24.7%、30.7%増えた。特に北京と上海の伸びは顕著だった。

 交通インフラが発展している北京、上海でのシェア自転車の利用増は、ビジネスパーソンが春節後の出勤再開にあたって、地下鉄やタクシーを避けて自転車での通勤を選んでいることが裏付けられた。

武漢では医療スタッフの足に

 また、ロックダウンによって地下鉄や路線バスの運行が止まった武漢では、シェア自転車が医療スタッフの足としてなくてはならない存在になった。

 1月下旬、医療スタッフの送迎や外出を支援していた病院職員が、「医療スタッフが病院と2キロ先のホテルを歩いて行き来しなければならない」とSNSで訴え、シェア自転車に緊急支援を呼びかけると、武漢市で美団単車を管理するスタッフがすぐに反応し、新型コロナウイルスの患者を収容する金銀潭医院前に自転車を配置した。

 美団単車はその後、新型コロナ患者を収容している7病院、スーパーなどに自転車を配備。医療スタッフや感染症対策に関わる人々が無料で利用できるようにし、サービス範囲を武漢から湖北省、さらに全国に広げていった。

 アリババ傘下のハローバイクも同様に、武漢の医療スタッフや町内会の管理スタッフ、警察に対しサービスを無償提供した。
感染症が広がる中、シェア自転車も定期的な消毒やメンテナンスを求められた。ハローバイクはメンテナンス人材を全国で8000人募集し、新型コロナウイルスの余波で失業した人たちの雇用の受け皿にもなった。

 3月15日には美団単車が提起し、政府や企業などが参加してシェア自転車の消毒に関する業界標準も正式にとりまとめられた。

 業界標準は、今回のような公共衛生事件が発生した際に、ハンドル、サドル、鍵など人に振れやすい部分を毎日1回消毒し、その他の部分も定期的に清掃することや、シェア自転車の管理スタッフは消毒用品の在庫が足りる限り、どこの企業の車両であろうが無差別消毒を行うことなどを盛り込んでいる。

かつての業界リーダー「ofo」は我関せず

シェア自転車ブームの火付け役で、北京大学の大学院生が創業した黄色い車体のofoは、経営危機の噂が絶えない。

 オレンジの車体がトレードマークのモバイクが、テンセント傘下の美団に救済されたように、青い車体のハローバイクも、アリババに救済されリブランドされた元スタートアップだ。

 シェア自転車の黒字化の道はいまだ見えないが、今回の新型コロナ感染流行の局面で「安全な乗り物」としてイメージを確立できたことは、業界にとって明るい材料と言える。

筆者の最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。初動を間違えた政治家に代わり、中国のIT企業や専門家がテクノロジーを駆使して、ウイルスを抑え込み、消費者をサポートしていく姿を描いている。

 ハローバイクは2020年3月時点でユーザー数を3億人まで増やし、サービス範囲も360都市に広げた。また、テンセントグループの美団単車は業界標準づくりをリードすることで、アリババ傘下のハローバイクとの差別化を図ろうとしたとみることもできる。

 一方、2社が新型コロナウイルス対策の貢献で競い合う中で、業界の先駆者でシェア自転車ブームを起こしたofoは我関せずの立場を貫いた。度々経営危機を報じられている同社は存続のためにEC事業に参入しており、中国が新型コロナ一色のときも、アプリ内でECショップのキャンペーンを展開していた。

 業界の最盛期、シェア自転車の2強と言えば黄色い車体のofoとオレンジのモバイクだったが、新型コロナウイルスは、業界の競争構図が「オレンジ」と「ブルー」に変わったことも印象付けた。