鳩山発言「著作権保護期間70年へ」の影響は? 福井弁護士に聞く


think Cの世話人を務める弁護士の福井健策氏

 鳩山由紀夫首相が11月18日に開かれた「JASRAC創立70周年記念祝賀会」において、「著作権保護期間を70年に延ばすことを最大限努力する」と発言したことを受け、「インターネットユーザー協会」(MIAU)青空文庫「著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム」(think C)などが反対の声を上げている。

 現行の著作権法では、著作権の保護期間を「著作者の死後50年まで」と定めている。保護期間をめぐっては、延長賛成派の著作権関連団体が「日本も欧米並みに、著作者の死後70年にすべき」と主張。これに対して、反対派は「延長による影響を考えると現状のままで良い」とするなど、賛否が分かれている。

 反対派が危惧するのは主に、保護期間延長で過去の著作物の利用が阻害されることだ。作品のデジタルアーカイブ化や、古い作品を題材にした二次利用を行う場合には、著作権が存在する限り、著作者やその遺族など著作権者の許諾が必要。著作者や遺族が不明な場合は、その著作物が利用できないケースもある。現在の「死後50年」でもこうした問題が存在するのに、「死後70年」に延長することで、この問題が悪化することを懸念している。

 この問題を検討するために文化審議会著作権分科会は2007年2月、「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」を設置し、2009年1月まで議論が行われたが、賛成・反対双方の意見がまとまらず、「著作権法制全体として保護と利用のバランスの調和のとれた結論が得られるよう、検討を続ける」として、延長を事実上見送る報告書が提出された

 さらに文化審議会著作権分科会は2009年4月、著作権制度の根本的なあり方を議論する場所として「基本問題小委員会」を設置し、現在も議論を行っている。そうした矢先の鳩山発言は、この問題にどのような影響を与えるのか。保護期間延長に反対するthink Cの世話人を務める弁護士の福井健策氏にお話を伺った。

酒宴の祝賀スピーチで法律が変われば知財政策に意味が無くなる

「JASRAC創立70周年記念祝賀会」で祝賀スピーチを行う鳩山由紀夫首相

――「基本問題小委員会」で著作権制度の根本的なあり方を議論している矢先での鳩山発言をどのようにとらえていますか。

 「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」では2年間にわたり、30人以上の関係者が招かれ、議論を続けてきました。その結果、延長に対する懸念が続出し、著作権法制全体の枠組みから考えなければいけないとなり、その枠組みを検討するために「基本問題小委員会」ができたというのが、これまでの議論の経緯です。

 これまでの過程では、(延長反対派の)我々も権利者も意見をぶつけ合ってきました。「欧米並みだから」という理由で保護期間を死後70年間に延長するという、酒宴の祝賀スピーチが独り歩きして法律が変わってしまうのであれば、知財政策やメディア政策を真剣に議論する行為にどのような意味があるのでしょうか。

 それは、市民の目線で市民の立場にたって議論するという民主党の政策と、どのような整合性があるのか。鳩山首相の酒宴スピーチも、著作権保護期間に関する情報がまだ不十分な中でのものだったと思っているので、今後はバランスの取れた方向に向かってくださると信じています。

――基本問題小委員会などの議論を経ずに保護期間延長が決定するシナリオもありうるのでしょうか。

 そのような極端な可能性もゼロではありません。ただし、著作権保護期間はいわば、著作権法のど真ん中に位置するものなので、議員立法として提出された「映画盗撮防止法」が特別法として成立したようにはいかないでしょう。つまり、保護期間を延長するには著作権法本法を改正することになるため、ハードルは高いと考えています。

「欧米並み」は正しいことなのか

――延長賛成派は「欧米が死後70年である以上、それは世界標準である」と主張していますが、この意見についてどのように考えていますか。

 国家間で制度に差があるのは、保護期間だけに限りません。例えば、米国で導入されているフェアユース規定は日本にはなく、逆に日本に存在する著作者人格権が米国にはほぼありません。

 問題なのは、社会全体がその制度によって得をしているかどうかで、その制度がすばらしければ取り入れれば良い。欧米の70年延長はネットの本格普及前でした。それが正しかったのかどうかを評価せず、単純に比較をするのはおかしいですよ。

 また、海外で出版されている日本の文芸作品はごくわずかです。保護期間が欧米よりも20年間短いことによる損失があるとしても、それはかなり小さい。そもそも米国では、著作権の保護期間における相互主義を採用していないため、日本の著作物は米国でも70年間保護されています。

(※編集部注:著作権保護期間の相互主義を採用する国では、自国より保護期間の短い国の著作物については、短い国の保護期間内だけ保護すればよいことになっている。例えば、保護期間が70年間のEUでは、日本の著作物の保護期間は50年となる。一方、米国は相互主義を取っていないため、日本の著作物の保護期間は、米国の著作物と同じ70年間となる)

――保護期間延長が「損か得か」という観点では、think Cでも「延長は欧米の一部権利者を利するのみではないか」と主張していますが、具体的な事例を教えてください。

 日本銀行は毎年、著作権の国際収支統計を出しているのですが、年間で5000億円を超える大幅赤字となっています。赤字は主に米国向けで、米国は、ミッキーマウスやくまのプーさんなどの古い著作権でものすごく稼いでいる。日本の著作権保護期間が延びれば、欧米の権利者は確実に得をするという状況があります。

 権利ビジネスはシビアなパワーゲームです。保護期間が延長されれば、欧米の権利者は古い作品での収入や影響力を確保し続けることができる。(世界各国の著作権管理団体が構成する国際組織である)「著作権協会国際連合」(CISAC)が日本に対して保護期間延長を要請しているのも、欧米各国の収入が増えるからとも言えます。

ベターではなくベストな権利者データベースが不可欠

――think Cでは、保護期間を延長すると過去の著作物の利用が阻害されると指摘しています。この問題を解消するために著作権関連団体は2009年1月、著作物の権利者情報を検索するためのポータルサイトを開設しましたが、どのように評価していますか。

 ポータルサイトが活用するデータベース自体には非常に価値があると思います。ただ、「保護期間延長の前提」という条件であるならば、「権利処理の問題を解消しました」と言えるぐらい網羅的なものであるべきです。ベターではなく、ベストなデータベースがなければ、保護期間延長の前提としては不足しています。

 また、明治以来、日本で書籍を出版した著者は80万人以上に上ると言われていますが、日本文藝家協会がデータベースで管理しているのは約3500人。つまり、一部の売れ筋の作家しか管理しておらず、無論海外の作家も入っていない。JASRACのデータベースはそれよりも網羅的ですが、それですらインディーズの権利者はカバーしきれていません。

 ポータルサイトは、各著作権関連団体が独自に持つデータベースへの入り口となるものですが、今あるデータベースをつなげるだけでは事足りない。本当に使える網羅的なデータベースを手がける覚悟はあるのか、という話になると思う。それならば文化庁が気合いを入れて相当な予算を確保すべきでしょう。

保護期間延長は死蔵作品が増えるだけ

――think Cでは、「古い作品の権利処理には過大な負担を要し、死蔵作品が増えるのではないか」と疑問を呈していますが、具体的な事例はあるのでしょうか。

 国立国会図書館が運営するサイト「近代デジタルライブラリー」が経験した悲劇が挙げられます。同サイトでは、国会図書館が所蔵している明治時代の図書約16万冊をネット公開しようとしていたのですが、著作権の保護期間が切れているかどうかを確認するためなどに、2億6000万円の経費と、2年8カ月の歳月を費やしたのです。

 明治時代の図書約16万冊の著者のうち、没年が不明とされた著者は実に71%の約5万2000人に上ったと言われています。権利者が不明の図書については、文化庁の「裁定制度」にある、「著作権者と連絡することについて相当な努力を払う」という条件を満たせば、国会図書館のライブラリに収録することができます。

(※編集部注:裁定制度とは、文化庁長官の「裁定」を受け、「補償金の供託」を行うことにより、文化庁長官が著作権者に代わり許諾(了解)を与えることで、適法にその著作物の利用ができる制度)

 しかし、「相当な努力」として権利者1人を捜すためにかかった金額は平均2300円。しかも、万が一、ライブラリ公開後に不明だった著作権者が現れ、その著書の著作権保護期間が切れていない場合に著作権者に支払う金額というのは、1冊につきたったの51円。この不条理が、日本の権利処理問題の課題すべてを表している。

 私が保護期間延長に反対するのは、権利処理が不可能な著作物の利用料は払いようがないから。このようなことが、遺族の保護になるとは到底考えられません。ただ単に、使われない書籍が増えるだけで、手間のかかる「裁定制度」を利用できない青空文庫のような活動が、20年停滞するということにほかなりません。

 丹治吉順さんなどの調査結果が示すように、ほんの一部の人気作品を除けば、多くの作家の作品は死後、市場から消えていきます。保護期間を延長しても、それは絶版率が高まるだけ。絶版書籍の保護期間が延びても、遺族には一銭も入らない。反対に、もし保護期間が切れていれば、青空文庫や国会図書館のライブラリなどに収録され、少なくとも多くの人に目にしてもらえる。

 確かに遺族のお金にはならない。それでも、みんながその作品を見ることができれば、その作家や遺族にとって最も大事なことと思われる、「作品が生き続けること」が可能なんですよ。どちらを選ぶのかといえば、答えははっきりしていると思います。

保護期間延長は文化のメインストリームを否定する

――保護期間の延長賛成派は、「死後70年への延長が創作者の意欲を高める」とも主張しています。

 こればっかりは議論の必要はないと思いますが……。いつも申し上げることだが、多くのクリエイターにとって重要なことは別にあると思います。1つ目は、自分が生きている間に傑作を生み出して、より多くの人に見てもらうということ。2つ目は、死後も自分の作品が長く人々から愛されるということです。

 もちろんクリエイターの収入は大事です。ただ、それは生きている間に傑作を生み出すことで収入を得るもので、死後50年後の収入を気にするクリエイターは極めて少数なはずです。そもそも傑作を生み出さなければ、その作品は生きている間に忘れ去られてしまうのですから。

 「生きている間にいかに傑作を生み出すか」という観点で見れば、保護期間が長すぎると、古い作品に基づく二次創作という、文化のメインストリームの一部分が否定されてしまう。延長派は「そんなものはたいしたことではない」とすらおっしゃるが、文化史を見れば、日本文化は世界に冠たる二次創作の文化です。たとえば今で言うマッシュアップは、歌舞伎でも「ないまぜ」として存在していました。

 もちろん、大抵の二次創作はオリジナルを超えることはできませんが、その中には時としてすごい傑作が生まれる。保護期間延長は、クリエイター自らが傑作を生み出すチャンスを狭めることになるだけでなく、自らの作品が死蔵して忘れ去られる可能性を高めるだけだと考えています。

――著作物の利用を促進するためには、どのような仕組みが必要だと考えていますか。

 権利の一元管理が重要です。欧米は一元管理ができているため、保護期間が延びたとしても、作品の権利処理のしようがあります。しかし、日本は映画を例に挙げても、ほとんどの作品は「製作委員会」名義で、昨年は平均して8.4社が1本の著作権を共有している状況です。そのうちの1社が潰れたりすると権利処理が困難を極めることもある。

 それだけでなく、映画は脚本家や原作者の権利もバラバラ。出版でも作家との契約にあいまいさがあるなど、その都度、権利の確認を取りながらビジネスを進めるのが日本モデルといえます。これは日本人のメンタリティーには合うかもしれませんが、作品を幅広く二次展開することとは相性が悪く、長期にわたって作品を管理することには不向きです。

 例えば、昔の書籍の場合、出版を手がけた編集者も退社しているだろうし、著者の遺族の連絡先すらわからないケースがほとんどでしょう。特にロングテールに該当するような多作品展開では、権利処理は致命的な課題です。いきなり欧米型の契約社会になるべきとは言いませんが、作品の利活用を重視するならば、契約をある程度整備していく必要があると考えています。

保護期間延長問題は空気との戦い

――あえて保護期間延長のメリットを挙げるとすれば、どのような点があるのでしょうか。

 私は、クリエイターやそれを支える人々が作品の利用に応じた対価を受け取ることは大切だと思っていて、その点で基本的に著作権を擁護しています。にもかかわらず、保護期間延長だけにはメリットをまったく感じない。これには自信がある。

 強いて挙げるとすれば、作品の国際流通が円滑化するということぐらいですが、現場ではそこまで問題になっていないというのが実感としてあります。また、仮に「国際的に期間を調和させなければ不都合が生じる」というのであれば、70年ではなく50年に調和すれば良い。

 このように、確信に近い気持で保護期間延長に反対していますが、我々の主張が通らないようであれば、ロジックが空気に負けたというしかない。「なんとなく」という、空気との戦い。「保護期間が長い方が知財立国のような気がする」「欧米並みにしたほうが良い気がする」「韓国も70年なので、じゃあ無理だ」とか。

 しかし、この問題はそんなことで決めてはならない。我々の声が届けば、問題の大きさもわかってもらえると信じている。鍵を握るのは、ネットや市民の力です。むしろ、「保護期間の際限ない延長ではなく、クリエイターと社会の双方のためになる著作権の未来形は何か」というメッセージを、世界に向けて発信して行くくらいの日本なら良いですね。

――ありがとうございました。


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(増田 覚)

2009/12/9 06:00