――ネットレイティングス 萩原雅之
毎年6月に発表される「通信白書」(郵政省)と「インターネット白書」(日本インターネット協会編、インプレス刊)の中でも特に注目度の高いのが、日本のインターネット人口の推計値である。今年は発表のタイミングがほぼ同時で、「通信白書」が2,706万人、「インターネット白書」が1,938万人と大きな違いが出たために、新聞報道などでは「官民格差」「どちらが本当?」といった言葉が見出しとなったほどだ。
そもそも、ある商品やサービスの「市場規模」を把握するには、供給サイドから推計する方法と需要サイドから推計する方法がある。
インターネット人口についても、たとえば、主要なプロバイダーの契約者数を積み上げて利用者数を推計するのが「供給サイドからの推計」で、代表的なものとして財団法人ニューメディア開発協会の「電子ネットワーク加入者調査」がある(平成11年度調査では約1,290万人)。しかし残念ながら、複数契約や、契約していてもまったく利用していないケースもあるので、そのままインターネット人口とみなすことはできない。ただ、実数に基づく統計的な側面もあるので、対前年比伸び率などについては、市場拡大をあらわす指標として有効だろう。
一方、二つの「白書」をはじめ、現在、発表されている推計値の多くは「需要サイドからの推計」、つまり一般消費者へのアンケート調査に基づくものである。有効回答を集計して、利用率を算出し、それを母集団となる日本の人口にかけあわせて、インターネット人口数を推計する方法が一般的だ。継続的に発表している代表的な調査をあげると以下のとおり。
各社の推計値を時系列でみたものが下のグラフである。各調査ごとのトレンド線(回帰直線)も併記した。
この傾向線をみるかぎり、民間の各調査ではこの6月時点で2,000万人前後という推計値で一致している。一方、通信白書の発表する推計値は常に民間の推計値を上回っており、トレンド線でみると6月時点ですでに3,000万人程度となる。
利用する側からみると、これほど違いがあるのは困ったことではあるが、一概にどれが正しいといえない面もある。
民間の数字を大きくうわまわる「通信白書」の推計値は、郵政省が野村総合研究所に委託して実施した「生活の情報化調査」の結果に基いている。全国15歳以上69歳以下の男女5,000サンプルを対象として、昨年12月に郵送法で実施、有効回収数は1,551サンプル(回収率31.0%)である。2,706万人という推計値は、該当母集団人口の9,365万人にこのアンケート結果によるインターネット個人利用率28.9%を掛け合わせたものだ。
この利用率は民間の調査結果に比べるとかなり高い。パソコンだけではなく携帯電話やゲーム機によるネット接続利用者も含まれるのも理由のひとつだが、郵送法による調査であることが一因とする指摘も多い。
一般に郵送アンケートの場合、記入するかどうか回答者自身が質問内容を見て決められるため、その内容に関心のある人ほど協力、返信するという傾向がみられる。たとえば同調査では、携帯電話によるインターネット接続の利用率を 6.0%、570万人としているが、昨年12月時点のiモードの契約者数は 300万台前後だ。「生活の情報化調査」はインターネットやモバイル通信について詳しく調査するアンケートであるから、それらを利用している人がより多く回答している可能性は否定できない。できれば、返信しなかった7割への追跡調査で、ネット利用率に差がないかの確認が欲しいところだ。
なお新聞記事などでは1,500サンプルが少ないのではないか、いう指摘もみられた。もちろんサンプル数は多いにこしたことはないが、代表性が確保されていれば1,500サンプルでも誤差の少ない十分信頼できる推計はできる。
民間調査では、電話番号をランダムに発生させて調査協力を依頼するRDD(ランダム・デジット・ダイヤリング)法による電話調査が主流になってきた。米国ではほぼすべての調査がこの方法をとっており、日本でもマスコミの世論調査や選挙予測調査の多くで利用されるようになった。信頼性も高いとされている。
RDDを使った代表的な推計値をみると、「インターネット白書」が1,938万人(2000年2月時点)、Nielsen//NetRatings が1,918万人(2000年5月時点)、グラフにはないが、MediaMetrix が1,640万人(2000年4月時点)である。
調査対象地域に関しては当然、大都市から町村部も含めた全国津々浦々を対象とするべきだが、「インターネット白書」の調査は、調査地域が「全国17都市とその近郊」に限られている。インターネットの普及率は町村部よりも都市部の方が高く、この調査で出された利用率を日本の母集団人口にかけると、実際よりも高い推計値となる危険性がある。すでに5年の実績のある調査なので、継続性を維持するのも大切だと思うが、できれば調査対象とならなかった町村部への追跡調査による検証を行なうか、対象を全国に広げるべきであろう。
一方、インターネット利用者をどう定義するかによっても、回答結果は異なったものになる。世界的にみるとインターネットの利用者は「過去1ヶ月以内」と限定をするのが一般的である。もし期間を指定せずに「インターネットを使っていますか」とだけ尋ねると、どうしても利用率は高めに出てしまう。また、メールだけの利用は含むのか、携帯電話によるインターネット接続は含むのかなどは、質問文の中できちんと説明しないと、回答側が勝手に判断してしまう。各社の質問文まで入手するのは手間がかかるので、これは調査会社自身が、きちんと公表、説明すべきだろう。
インターネット人口の伸び率が、毎年のように話題になってきた背景には、市場の伸び率が注目されたからだと言える。しかし今後、携帯やデジタル放送などを通して、意識せずにインターネットの機能を利用し、恩恵を受けられるようになれば、あなたは電話利用者ですかとか、TVを見てますかという質問に意味がないのと同じく、インターネット人口推計という言葉そのものがなくなるかもしれない。その時こそが、真の普及期といえるだろう。
いずれにしても調査にもとづく数字を使うときには、「注記」などにある調査方法やその数字の算出方法にも注意を払って欲しい。同時期に出た数字を並べてどれが正しい、正しくないの議論をするよりは、ひとつの調査のみに頼らず、同じ手法で継続的に実施されている調査の時系列データから変化や伸び率を読むことがより貴重な情報となるはずだ。
(2000/7/28)
[Reported by ネットレイティングス 萩原雅之]