■URL
http://www.jaipa.org/ (日本インターネットプロバイダー協会)
7月中旬、日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)の地域ISP部会主催によるセミナー「ISPの集い in 九州」が福岡市内で開催された。九州の地域ISPをはじめ、西日本などから70人以上が参加。ADSLおよびNTTの定額制IP接続サービスである「フレッツ・ISDN」対応についての事例紹介やネット犯罪への対処方法についてのディスカッションなどが行なわれた。
広帯域/常時接続サービスは、ISPにとって早急な対応を迫られているものである。また、ネット犯罪についてもそれぞれのISPが現実問題として直面しているテーマということもあり、参加者は講演を熱心に聞き入るばかりでなく、自社の対応状況について発言するなど、活発な意見や情報の交換が行なわれた。セミナーを通じて、現在、地域ISPが抱える問題を改めて認識させるものとなった。本記事では、この中からいくつかの話題をピックアップしながら、地域ISPの現状や課題について考えてみたい。
●ADSLサービス、地方都市では採算合わず最初に講演したのは、大分のISPであるコアラの代表取締役を務める尾野徹氏。「ADSL導入顛末記」と題して、ADSLサービス開始までの裏話などを披露した。
コアラでは、NTTの市内回線を使ったものでは日本初となるADSLサービスを1999年12月20日に開始している。導入にこぎつけるまでの郵政省やNTTとのやりとりにも多大な苦労をともなったようだが、サービス開始後の現在でも採算面などで大きな課題を抱えているという。
例えば、加入者数を見てみると、7月時点で実際にADSL回線が開通しているのはわずか21件。尾野氏は「西日本新聞に、宝の持ち腐れの大分と書かれた」と笑うが、今後ADSL導入を考えている地域ISPに向けては「大分市の人口44万人に対して、開始から半年以上経ってもこの数字だということを知っておかなければ商売はできない」と警告する。
コアラのADSLサービスでは、ISDNとの干渉など特に品質的な問題はなく、安定したサービスを提供している。にもかかわらずユーザーが増えないのは、「料金に問題がある」ためだ。コアラでは月額8,500円で提供しているが、大分市内で提供されているCATVインターネットは月額4,800円。東京などでADSLサービスを展開している他社でも月額6,000円前後が相場であり、「コアラは高い」と非難されることもあるという。
しかし、コストを考えると、バックボーンやコロケーションなどの維持費だけでも1回線あたり月額8,000円程度発生する。しかもこの数字は、機材購入などの設備投資については「めんどくさいので研究投資として0円で計算」した結果だ。大分市内の1電話局で数十回線程度提供する規模では「CATVインターネットのあるような地域では採算はとれない」と指摘する。例えば、月額5,500円の東京めたりっく通信のサービスは、大都市という需要が集中している地域だからこそ実現できるものだという。
一方、九州で重要の見込める地域は人口133万人の福岡となるが、この規模の中都市となると今度は「NTTグループがADSLサービスに参入していくるのではないかという恐怖で誰も手をあげない」。さらには、将来的にNTTが光サービスを投入するとも言われており、そうなるとADSLでは対抗できなくなる。逆に大分なら、採算面からNTTグループがADSLに参入していくることは考えられず、光ファイバーの投入も先のこととなるため、ADSLを提供する意味が生まれる。ただしそれには、「コアラのような“地域興し団体”が、ボランティア精神でやる」か、「何らかの支援策が必要」になる。
このように、地域レベルでは展開が難しいというADSLだが、現在のサービスについて尾野氏は、「回線のアンバンドルを実現すること、NTTと郵政省に風穴を開けることが目的だった」と述べる。11月までの1年間はあくまでも試験サービスという位置づけのため、「1カ所で実現すれば、それをもとにビジネスモデルを考えればいい」という方針だ。
これまで任意団体として活動してきたコアラは6月、法人組織である「株式会社コアラ」を設立した。日本初のADSLプロバイダーとなったコアラが、今後どのような形でADSLビジネスを展開してくるのか、他の地域ISPにとっても指標となる。
●フレッツ・ISDN対応、ISPにとっては大きな負担次に講演したのは、大阪でサクラネットワークを運営するスマートバリューの代表取締役社長・渋谷順氏。「IP接続サービス導入進捗状況」と題して、同社の経験を交えながら、フレッツ・ISDN対応への留意点などを説明した。
サクラネットワークは、堺市を中心に4カ所のアクセスポイントを設置するほか、ウェブアプリケーションやシステムの開発なども手がけている地域ISP。現在はデータセンターとネットセキュリティ関連事業を中心に手がけているが、ダイヤルアップ接続サービスも収益の比較的大きな割合を占めている。しかし、1年前をピークにダイヤルアップ会員が減少傾向になったという。
調査をしたところ、最近ではフレッツ・ISDNに対応している他ISPへ乗り換えるということで解約するユーザーが多いことに気が付いた。そこで、サクラネットワーク自身がフレッツ・ISDNに対応すれば、会員減少をくい止めることができるのではないかという結論に。今年春より準備を進めたところ、「フレッツ・ISDNに対応するなら、このまま解約しないで待つ」というユーザーもいたという。
このように、いわば“自衛策”としてフレッツ・ISDN対応へ踏み切ったサクラネットワークだが、コストを考えると実は苦しい選択だったと言える。例えば、実際にフレッツ・ISDNに対応するには、NTT地域会社が都道府県単位で構築している「地域IP網」への接続が必要となるが、その接続ポイントまでのデジタルアクセス回線と終端装置の使用料で月に20万円程度のコストが発生することになった。また、フレッツ・ISDNを利用するユーザーが増えればデジタルアクセス回線の増強が迫られ、さらにコストが増加する。1ユーザーあたりの通信速度をどの程度に設定するかなどのパフォーマンス設計も慎重に行なわざるを得ず、「これだけコストをかけて、どれだけのメリットがあるのか」十分に検討する必要があると渋谷氏は強調する。
今後、全国へサービスエリアが拡大していくフレッツ・ISDNだが、ユーザー規模の小さい地域ISPにとっては、サービスの向上と引き換えに大きな負担を背負うことになりそうだ。
●ネット犯罪に対応する法的ノウハウが不十分ディスカッションでは、「BBSに個人の誹謗・中傷情報が掲載された」「会員のホームページで違法商品を販売しているとの苦情があった」など、実際に想定される7つの事例を用意。これについてパネラーや会場の参加者が意見を述べ合うという方式がとられた。パネラーは、佐賀新聞社の松岡実信氏、JAIPA副会長も務める群馬インターネットの福田晃氏、横浜インターネットコミュニケーションズの池田浩隆氏、福岡県警察本部警務課の樋口和生氏、弁護士の神谷宗之助氏の5名。地域ISPの運営者を代表して登壇した松岡氏、福田氏、池田氏は、これまで経験した事件や各社の苦情処理および捜査への対応方針についてコメントした。また、樋口氏と神谷氏はそれぞれの立場から、事件への適切な対処方法や訴訟のリスクについての説明を行なった。
話し合われた具体的な対処方法については省略するが、意外に感じられたのは、捜査への協力姿勢について、電気通信事業法に定められた“通信の秘密”を大きく掲げる郵政省を中心とした勢力と、今回地域ISPを代表してコメントしたパネラーとの間に温度差があったことだ。
例えば、今回のディスカッションでは、「警察から、ネット詐欺の捜査を進めているため、IPアドレスの利用者の情報を教えて欲しいとの申し出を受けた」という事例についてとり上げられた。これは、任意捜査にあたる「捜査関係事項照会書」による要請という仮定。捜査令状とは異なり、拒否したとしても刑事上のペナルティはない。一方、問題となるのは、“通信の秘密”に抵触するかどうかという点だ。これについて神谷氏は、「一人一人の弁護士、一人一人の裁判官によって電気通信事業法の解釈が違う」とし、現段階では最高裁判例が出るなど、判例の集積を待たなければ判断は難しいと説明。リスクを回避するためには、捜査令状の段階になってから情報を提出するほうが安全だとアドバイスした。
しかし、松岡氏は、ネット犯罪が深刻化する中、「犯罪の内容によっては、法律以上に企業倫理というものを優先したくなる心情がある」とし、「法的には安全だという方法はわかってはいても、最終的にそれが正しいのか」と疑問を投げかける。また、福田氏も、実際には任意捜査の段階では一切の情報提供を断っているとしながらも、「私も田舎のISPをやっているため、町の警察の方を支援したいというのが正直なところ」だという。
もちろん、警察に対して通信情報を提供するということは、電気通信事業法の解釈が定まっていない現時点では法的リスクを負うという厳しい面がある。そこで、地域ISPにとって、ネット犯罪への対処方法について具体的なアドバイスを得る機会を設けることが必要となる。福田氏は、「群馬インターネットにも顧問弁護士がいるが、ネット犯罪について神谷弁護士のような歯切れのいい回答は得られない」と、ネット犯罪について知識のある弁護士が不足していることを指摘。会場で紹介された具体的なアドバイスなどを地域ISP全体で共有していくような方法をJAIPAでも提供すべきだとしている。
今回のセミナーを主催した地域ISP部会は、2年ほど前に設立された「日本地域プロバイダー協会」が、JAIPAの設立とともに吸収され、その中の一部会として発展的解消したグループである。設立当時は十分な資料が少なかったというSendmail(メール配信サーバー)やRADIUS(ユーザー認証サーバー)の設定情報をMLを通じて交換するなど、地域ISP各社が抱える問題を協力して解決してきたという経緯がある。今後は技術的な側面だけでなく、ネット犯罪のような社会的/法律的情報についても多くの問題に直面することになり、地域ISPにとってはさらなる連携が求められることになるだろう。
●これからの地域ISPに求められるものとは
セミナー終了後に開かれた懇親会には 東京めたりっく通信代表取締役の小林 博昭氏(左)も飛び入り。参加者らと 熱心に話し込む場面も見受けられた。 これをきっかけに、地域ISPへのDSL 技術協力が実現するか? |
地域ISP部会長を務めるソピアフォンスインターネットの田口伸一氏にうかがったところ、地域系ISPの数について詳細は把握していないとしながらも、「『INTERNET magazine』などを見る限りでは、数自体は増加しているのではないか」としている。ただし、増加の大半はCATV会社のISP参入によるものと推測しており、「同じ地域系でも、CATVインターネットにより会員が流動化する」という。「今までのように多少サービスの質が悪くても会員を取得できたような地域ISPは厳しい状況になる」ため、大きな転換期を迎えているのは間違いない。
セミナーの冒頭であいさつに立った田口氏は、その中で、インターネット人口が2,000万人に達しようという現在、その普及の原動力となっているのは「間違いなく地域のISPが5年ぐらい前から草の根で活動してきたからこそ」と指摘している。そして現在も「多くのユーザーが自ら地域ISPを選び、加入してきている」ことを改めて認識する必要があるとし、「地域に根ざしているISPが、規模はどうであれ、各地域のインターネットへの窓口としてユーザーをサポートしていく」役割を担っていると強調。「会員が地域ISPに何を期待して、また何をメリットと感じて地域ISPに入ってくるのか」を十分に認識する必要があると述べている。
(2000/8/4)
[Reported by nagasawa@impress.co.jp]