【インタビュー】

Amazon.co.jpの長谷川社長、「まだフルスロットルではない」

■URL
http://www.amazon.co.jp/

 「Amazon.co.jp」がサービスを開始して1ヵ月あまり。同時期に他のオンライン書店サイトが送料サービスなどの特典を打ち出したり、さまざまなメディアでオンライン書店が取り上げられたりと、“Amazon.co.jp”の出現で、まさにオンライン書店戦国時代に入った感がある。火をつけた張本人ともいえる同社の現状について、代表取締役社長の長谷川純一氏に話を伺った。

●年初から11月開設を狙っていた


Amazon.co.jpの取締役社長・長谷川氏
編集部(以下・編) オープンして1ヵ月過ぎましたが、これまでの状況はいかがですか?

長谷川純一氏(以下・長谷川) かなり順調です。物流などのサービススタッフを、ある程度のボリュームを見込んだ人員数にしていたおかげで、いいシナリオで進んでいます。Amazon.com(米国)と決算発表時期を合わせているため、今の時点で具体的な数字は発表できないのですが。一例としては、ユーザーによる「カスタマーレビュー」がすでに1万件を突破してます。いろいろな方の生活観や考え方、本との出会いの興奮が伺えて、コンテンツとしてもいいものになってます。

 日本では意表をついたスタートになりましたが。

長谷川 だましてました(笑)、というのは冗談で、年初に描いていたプランどおりです。Amazon.comのポリシーとして、サイトがオープンする直前に、初めてアナウンスするというスタンスがありますので。日本はAmazon.comにとって、北米以外で一番大きい市場です。日本での開設以前、2000年の第3四半期の決算では、日本向けの売上げは約3,400万ドル(約36億7,000万円)、ユーザーは19万3,000人に達していました。この数字は非常に大きい。

 日本で開設されるにあたっての苦労とは?

長谷川 日本の前にAmazon.co.frの開設があったんですが、フランスが地慣らしをしてくれた部分が大きい。というのも、それ以前の英・独での開設では、各国ですでにサービスを行なっていたサイトのM&Aで事業を立ち上げていて、Amazon.comが1から他国のサイトを開設するのはフランスが初めてだった。システム的な問題とか、どういう点をチェックすべきかという点が、このフランスの立ち上げで明確になったわけです。
 我々のコア・コンピタンスは5年間のノウハウの蓄積であって、そのノウハウと蓄積が凝縮されているプラットフォームを持ってくることに意味があるんです。それがないと、単にブランドだけ持ってくることになる。このプラットフォームを持ってくる作業が大変で。我々はUnicodeという技術でプラットフォーム移植を実現しましたが、これが2年前では、Unicodeでのきちんとしたツールや技術がなかったし、これだけの情報量を持つ商品カタログを、ユーザーが満足するスピードで処理できるハードウェアもなかっただろうし。技術的な下地がちょうど完成して、最小限の投資でプラットフォームを持ってこれた点は大きいです。

 ではAmazon.co.jpは、既存の各国版Amazonに比べて低コストで開設できた?

長谷川 もちろんダブルバイト、Unicodeなのでマルチバイトに対応するためのコストはかかっています。しかし、今後ほかのアジア圏の言語に対応するための共通プラットフォームとなるものを作れた。

 専用の物流倉庫をお持ちですね。

長谷川 少なくとも物流倉庫を首都圏に1つ置いておきたい、という狙いはありました。首都圏のユーザーが多いという点もあるんですが、宅配便業者さんのセントラルターミナルが江東区に多いです。だから江東区まで30分~1時間以内で行けて、一棟丸ごと借りられるところという条件で探しました。後の拡張を考えた広さで、現在は4800坪の半分くらいしか棚入れをしていない。それでも、書籍だけで100万冊は入庫できる大きさです。
 他地域への倉庫設置は、今のところ考えていません。倉庫が複数になると、同じ商材を倉庫ごとに複数持たなきゃいけない。また本を2冊オーダーして、1冊がここ、もう1冊が別の倉庫にあった場合にコストは倍になるなど、効率としてよくない点も出てくるんです。とはいえ、24時間以内に届けてほしいという要望がどこかの地域で強まれば、その意見も意識したうえでの判断になります。

●日本の顧客へのバリュー確立が悩みどころ


Amazon.co.jpでは、クリスマスに向けギフト用の本を提案中
 12月いっぱいは送料無料ですが、その後は?

長谷川 今、悩んでいます(笑)。配送料をかけて我々のサイトを利用してくれるためのバリューというのは何だろう、そのバリューに見合う対価はいくらかということに、今非常に悩んでいます。
 たとえば、今の出版流通だと、ある本を買おうとして、ちょっと迷って次回にすると、1~2週間もすれば棚の中身は変わっていて、そこにあった書籍が別の書店に行ってしまう。そういう現状で、オンラインストアなら、カタログに載せていれば基本的にいつでも探せるし、倉庫に棚入れすればなくならないし、売れればまた補充できる。探したい本が見つかる、早く届けてもらえるというのは、1つのバリューとして考えられるとでしょう。あと、洋書が好きな方には、今の最大30%の価格も魅力に感じていただけるだろうと。でも洋書だけならAmazon.comでやっていればいいわけですから。
 Amazon.co.jpに持ってきたプラットフォームは、単に書籍だけではなく、いろいろな商材に対して、そのまま適用できるフレームワークを持っています。ですので、プロダクトラインを増やしていく形でも売上げを伸ばしていきたい。
 あと、マーケティング的には、今の時点ではクチコミでもいいと思っています。現在はパーソナライゼーションやリコメンデーションの機能が提供できていない部分があるので、いわばギアがフルスロットルに入っていない状況。この状況でTVCMなどを打つ予定は一切ありません。

 日本のオンライン書店市場についてはどうお考えですか? 

長谷川 まだこれから伸びていく段階だと思っています。米国でオンライン書店の売上げが、書籍全体の売上げの10%を超える勢いですが、日本でもこの数字を追っかけるような形で伸びるのではと。私自身は、こういった市場の伸びに乗って、新しい本との出会いの場や販売チャネルが構築されていくと捉えています。リアル書店でなければ得られない本との出会いはあるでしょうし、それとは別の切り口で、オンライン書店ならではの本との出会いが位置付けられているんだろうと。そうなった時、リアルとオンラインでユーザーに違いが出てくるかはなんともいえませんが、オンラインでユーザー1人ずつに“マイブックストア”的なサービスを提供して利便性を高められれば、その状況に近づいてくるんだろうと。

 今後、Amazon.co.jpはどういった形を目指すのでしょうか? Amazon.comのような総合ECサイトですか?

長谷川 我々は総合ECサイトを目指しています。書籍サイトというイメージではなく、もう少しプロダクトラインを増やして、総合ECサイトに近づいてから、イメージの確立を図る方向です。
 総合ECサイトというと語弊がありますが、我々のコンピテシーとして、メディアプロダクトを扱うことに長けている点があります。これを日本に定着させたい。メディアプロダクトとは、書籍・音楽CD・ビデオ・DVD・PCソフト・ゲームソフトなどで、書籍で培ったプラットフォームを使うことができるのは非常な強みです。
 またメディアプロダクトは、非常にクロスストア的な販売がやりやすい。例えばあるビデオゲームを売る場合はゲームの攻略本を、また音楽CDだったらアーティストのプロモクリップのDVD、楽譜、タレント本などの相乗効果が狙えるメリットがあります。
 プロダクトラインを拡大する時期は秘密です。いきなりやって期待に応えたい(笑)。

 現在Amazon.comで提供中の機能は、今後日本にも移植される方向ですか?

長谷川 その状態を目指してはいます。Amazon.comの特に優れた機能から順に導入していこうと。コードベースは基本的には共有しているので、各国ごとの細かい部分を手を入れれば可能ですんで。
 我々はお客様がオンラインで求めている物は何でも提供したいという、カンパニーポリシーを持っています。ただオンラインのお客様もインターネット人口の増加に伴って変貌しますので、その時々の状況を見ながら、採算性を伴ってプロダクトを追加する形になります。

●成熟したサービスが収益を上げる


Amazon.comのトップ。ホリデーシーズンの注文数を「Holiday Delight-O-Meter」で表示している
 Amazon.comでは書籍や音楽のストアでようやく黒字だと聞いていますが。

長谷川 まず書籍と音楽CD、ビデオ・DVDのサイトは、もう2年以上運営しているサイトなんです。要は、それだけ成熟してるサイト。今年の第3四半期でブレイクイーブンに持ってきて、営業利益は6%になっています。それでも先行投資が……日本もその1つですけど、引き続いて多いと。ただ、家電のサイトが、Amazon.comでは音楽CDの売上げを抜いて2番目になっている状況もある。要は、新しいストアも成熟しつつあるんです。英・独でも3年目に突入して、成熟の域に入りつつあって、あちらもたぶん徐々に黒字に転換してくる。ようやく収穫する部分と投資する部分のバランスがよくなりつつある段階で、でもまだ先行投資が数字的に大きい段階だと思っています。
 ある意味では、ストアを増やすこと、また進出してる国が増えることで、そのたびに先行投資、追加投資は増えていくんです。それは同時に、コストを分散させる面もあるんですよ。単に赤字や先行投資ばかり進んでいるわけではなく、収穫のメドも見ながら進めているので、皆さん期待している数字は近いうちに出せると考えています。

 クリック&モルタル型の企業がもてはやされ、ドットコム企業の凋落が騒がれるなかで、ドットコムの先駆者としてはどう考えますか。

長谷川クリック&モルタルでの成功の可能性は、当然あると思います。一方で、オンラインでの売り方や販売をサポートするバックエンドのメカニズムとか、カスタマーサービス、ソフトウェア、スタッフの教育など、イーコマースやオンラインストアならではのノウハウを我々は蓄積している。その点についての投資は、クリック&モルタルにも不可欠でしょうね。

 ドットコム企業が生き残る秘訣は?

長谷川 ひとつはブランドの構築です。それから、一言では言いにくいですが、お客様の求めてるものをきちんと提供できるか、お客様が我々を信頼できるかというイメージを、きちんと提供できるだと思います。
 その一方で、効率よく経営する必要ももちろんある。我々はサイト上で何が行なわれてるかを、バックエンドのシステムからいろんな角度で分析し、その需要に合わせた適正在庫を持つなど、さまざまな切り口で倉庫の運営や効率化を図っていく。よく取り沙汰される大量の倉庫に関しては、今全米に6ヵ所ありますが、ようやく効率よい運営がされつつある。結果が出るのはこれからだと思っています。

 モバイルコマースについてはいかがですか?

長谷川  携帯ユーザーの存在は無視できないとは思っています。まずは本業をきちんとやってからですね。特に、我々は「1クリック」という技術を持っていて、これは携帯端末向けのサービスにマッチする。実際、現在Amazon.comで提供している「Amazon Anywhere」も、1クリック技術をフルに利用している。こういう技術は生かしていきたい。

 アジア各国への進出は?

長谷川 Unicodeでマルチバイトに対応、イコールでアジアに進出、ということではないです。1から別の言語に対応する必要はなくなって、1つの技術基盤で次の手に移りやすくなった面はあります。ただ、ビジネスとして一歩を踏み出すには採算性を考えなければいけないので、また別問題ですね。

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(2000/12/11)

[Reported by aoki-m@impress.co.jp]


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