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インターネット接続サービスを提供しているCATV局はまだごく一部、公衆電話回線を通じたADSLサービスなど期待もしていなかった頃、国内向けとしては唯一、個人ユーザーでも手の届く料金で登場したブロードバンド接続の形態が“衛星インターネット”だった。
しかしそれからわずか2年、今ではCATVインターネットは提供局を拡大、ADSLも実現した。さらに無線や光ファイバーなど、地上回線のブロードバンド環境が普及する中で、衛星インターネットのメリットは薄れつつあるように見える。実際のところ、NTTサテライトコミュニケーションズ(NTT-SC)の「Mega Wave Select」を利用しているあるモニターユーザーに訪ねたところ、「このようなサービスを今さらあえて選ぶ人は少ないと思う」と述べている。
そんな中、昨年9月で個人向けの衛星インターネット接続サービス「Mega Wave」は打ち切られ、その後継サービスの道を模索するために試験提供されてきたマルチキャスト配信サービス「Mega Wave Select」も、3月の試験期間終了後は本サービスの提供が見送られることが決定した。
日本の個人ユーザー向け衛星インターネットは、このまま消えていくのか? それとも、地上系回線とは違った方向に需要を見出すのか? 国内の衛星インターネット関連会社にお話をうかがった。
●地上回線のブロードバンドが普及しても、ニーズはある~NTT-SC「地上回線のブロードバンドが増えてきたからといって、たいへんだ、という思いはあまりない」と、NTT-SCの小山公貴代表取締役副社長は語る。今回のMega Wave Selectの事業化を見送るという判断についても、「地上回線がブロードバンド化した結果、我々のマーケットがなくなったからというのではない」。一般の市場調査やMega Wave Selectの試験ユーザーに対して行なったアンケートなどから、「ブロードバンドコンテンツが“降ってくる”ことに対する期待は大きい」という。
一方、他のブロードバンド回線との比較で、衛星インターネットが下り回線しか持たない面については、「本当に上りで高帯域の必要があるのか?」と疑問を投げかける。「そういう意味では下りだけ速ければよく、しかも500kbps程度でいい。1Mbps、ましてや10Mbpsの必要があるのか? Windows Media TechnologiesでもReal Playerでも、300kbps~500kbpsあればテレビ並みの画像品質になっている。700kbpsというと、DVDのクオリティとほとんど変わらないぐらいに来ている」とし、個人ユーザー向けでは「500kbpsでマルチキャストで配信するというニーズは絶対ある」と見ている。その場合、上りは64kbpsでも十分なのだという。
●“放送型”サービスの限界では、事業化見送りの理由は何なのか? その一つが「コンテンツ」である。
Mega Wave Selectには、60数社のコンテンツプロバイダーが参加し、ストリーム中継、オンラインソフトや音楽ファイルの配信、さらには映画のダウンロードまで行なった。しかし、もともと衛星インターネットに飛びついたユーザー層がいわゆるインターネットのヘビーユーザーが中心だったせいもあり、非常にオンデマンド性に固執する傾向があったという。これに対してMega Wave Selectは、あらかじめセレクトしたコンテンツを配信する“放送型”。ユーザーのニーズを満たすには、「いかにして多種多様なコンテンツを用意するか」ということになる。
NTT-SCでは事業化のイメージとして当初、「例えば、それを見たいという人が1万人、いや、1,000人でもいいから存在するようなキラーコンテンツをいろいろと用意すれば、トータルで加入者は数十万人になるというモデルを想定していた」。しかし、ユーザーにとっては「“インターネット”だから、何でもダウンロードできるほうがいい」。そうなると、コンテンツは50や60どころではなくなってしまう。
もちろん、短期間で60数社の協力を取り付けた同社にとって、「集めようと思えばいろいろと集められる」という。しかし、もともとNTTコミュニケーションズとジェイサット(JSAT)という「インフラサイドの会社が集まって設立した」NTT-SCには、「コンテンツをぱっと流すだけでなく、画面をどうやって見せるか、どうやって編集し、どうやって加工してユーザーに受け入れられるようにするか」というノウハウが不十分だった。試験サービス中は、当初、同社自身で行なっていたポータルサイトの制作を他社に委託するなどしたが、「もっとコンテンツに近い、もっとコンテンツに馴染みの深い事業者」との共同事業に展開しなければ、なかなかユーザーのニーズに合致したものはできないと判断した。
●初期コストのハードル事業化を見送ったもう一つの理由が「初期コスト」だ。
NTT-SCが行なった市場調査によると、Mega Wave Selectのようなサービスについて、ほとんどの人から「こういうものがあるといい」と支持を得たとしている。しかし、初期コストを考えると、まずSKY PerfecTV!のチューナーとアンテナで約2万円、さらにチューナーとパソコンをつなぐUSBタイプの接続ボックスが2~3万円。合計で4~5万の初期コストがかかるという条件では「加入意向ががくんと落ちる」。
現在では、ブロードバンドとは言えないにせよ、パソコンにはモデム内蔵が当たり前となっており、初期コストを意識せずにインターネットが利用できるようになっている。かつてのようにヘビーユーザーをターゲットとしていた頃ならまだしも、これからターゲットとして想定していた一般のユーザーにとっては、「4~5万の初期コストがかかるということが、思ったよりハードルが高かった」ようだ。ちなみに、すでにSKY PerfecTV!に加入していたとしても、接続ボックス分の2~3万円は必要となる。
一方、「ユーザーの方にお買いあげいただくのが厳しいというなら、我々がメーカーから一括して買い上げて数百円でレンタルする、あるいは無償で提供する」という方法も考えられたが、これではやはり、同社としてリスクが大き過ぎるということだ。
なお、もしMega Wave Selectが事業化へ移行していたとしたら、接続ボックスを供給するメーカーを絞り込む方向に転換し、スケールメリットを生かして価格を約1万円まで下げられる見込みだったという。
●コンテンツに活路をさて、NTT-SCが2月16日に発表した資料によると、「ユーザー個々の要望に応えられるサービスを提供するためには今少しの準備期間が必要との経営判断」により、Mega Wave Selectの「本格サービスへの移行は見送る」ことになったとしている。この文面からは、さらに準備期間を経て、再びサービスを開始するというふうにもとれるのだが、果たしてどうなのだろうか?
小山副社長は、「当社としては事業化を見送って、企業向けに特化してやっていくということを決定した。したがって、いったん中断した後にまたやるということはない」と述べている。今後は、企業向けの「Mega Wave Pro」に絞り込み、事業を拡大していくという。「Mega Wave Proという商品は、回線を売るというイメージに近かったが、それだけではなく、企業向けにコンテンツをデリバリーするというサービスも引き続き検討し、やれるものならやりたい」としている。企業向けの事業については、順調に推移しており、Mega Wave Proの事業一本に絞ることで「来年度は第4四半期ぐらいで、月次で黒字が出るぐらいの計画で詰めている」という。
これは事実上、NTT-SCが個人向け衛星インターネット事業から撤退するということになるが、小山副社長は気になる情報を提供してくれた。「NTT-SCが個人ユーザー向け事業に取り組むことないが、その代わり、JSATのほうで引き続き検討している」という。JSATは、NTT-SCの設立メンバーの1社であり、Mega Waveへも衛星回線を提供している。しかし、これまで個人ユーザー向けの事業は展開していない。いったい、どういうサービスを検討しているのだろうか。
JSATに確認したところ、衛星インターネットサービスを検討しているのは事実だという。これまでNTT-SCという場で事業化が難しかったサービスを、JSATに“座組”を移すことで新たな展開を目指す考えだ。まだ検討段階であり、具体的なサービスのイメージや事業規模は決まっていないが、「よりコンテンツ寄りなサービスになるだろう」としており、あくまでもコンテンツに活路を見出そうとしているようだ。
●地上回線の“すきま”が需要~ダイレクトインターネットNTT-SCのMega Wave亡き今、国内で唯一、個人ユーザー向けの衛星インターネット接続サービスを提供しているダイレクトインターネットはどうなのだろうか。
同社は、米Hughes Network Systemsが開発した衛星インターネットサービス「DirecPC」を日本向けにフランチャイズ展開している会社。1998年9月、NTT-SCに先駆けて個人ユーザー向け衛星インターネットサービスを開始し、「ターボインターネット」として現在もサービスを継続している。
ダイレクトインターネットによると、加入者数の推移について「もちろん退会者も多少あり、CATVインターネットやADSLの普及しはじめた時期と重ねて考えると、乗り換えていったと思われるユーザーもいる」としながらも、それを差し引いても、サービス開始から現在まで増加傾向にあるという。しかも、「個人向けに割り当てている帯域との兼ね合いで、現在は新規加入を一時ストップしている」というから、むしろ同社の計画を上回るペースで加入が増加してきたのではないだろうか。
さらに、今後の利用見込みついても「ここ数年でCATVインターネットやADSLが地方にまで拡大するのは確かだが、それでも衛星でなければカバーできないエリアは残るはずだ」と見ている。したがって、事業全体から見れば個人向けはメインとは位置づけていないとしながらも、「この“すきま”の需要に対して、今後もサービスは続けていく」。CATVインターネットやADSLのように地域が限定されないという強みがあるため、「加入者の絶対数では都市圏のユーザー数のほうが多いが、人口比率を踏まえると、地方の加入率のほうが高いのではないか」としている。ブロードバンドでは先を行く米国でも、やはり地上回線だけではカバーできないエリアがあり、そういったユーザーを中心に20~30万人がDirecPCを利用しているという。
●地上回線のブロードバンドと協業する時代ダイレクトインターネットのターボインターネットがNTT-SCのMega Waveと大きく違うのは、個人向けのコンテンツ配信を行なっていないという点だ。ダイレクトインターネットでは、コンテンツ配信が「それなりのニーズはある」と認めながらも、それには「個人の嗜好は十人十色であるため、広帯域を使って膨大なコンテンツを送る」必要がある。しかし、衛星の帯域は非常に高価であり、「個人ユーザーに弊社から直接コンテンツを送って、それが商売になるとは現状考えていない」という。
その一方で同社では、「個人ユーザーではなく、ネットワーク上で個人ユーザーに近いISPやCATV会社に対するコンテンツ配信」をこれからの事業のメインとして位置付けている。「ISPやCATV会社は多くのエンドユーザーを抱えているので、同じコンテンツを好む人がたくさんいる。一部の人気コンテンツを衛星経由で配信することで上位回線の帯域が削減できるし、エンドユーザーに対するサービスの向上が図れるので十分にメリットがある」という。同社では、NetNewsや人気のあるウェブコンテンツを通信衛星経由でISPやCATV会社に配信するサービスのほか、今後は動画コンテンツの配信に注力していくとしている。
なお、こういった地上回線のブロードバンドサービスとの連携は、NTT-SCでも展開する考えだ。すでに一部のCATVやADSLの事業者と検討を進めているという。
CATVインターネットやADSL、さらには無線や光ファイバーなど、地上回線のブロードバンド環境が整いつつある中で、確かに個人ユーザー向けの衛星インターネットはマーケットを縮小していくかもしれない。しかし、これら地上回線のブロードバンドサービスをバックアップするという意味では、個人ユーザーにとっても間接的にサービスを提供していくことになりそうだ。
■NTTサテライトコミュニケーションズ(2001/3/12)
[Reported by nagasawa@impress.co.jp]