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■URL
http://www.hicom.co.jp/HMC/
1月25日、東京・明治記念館で「第26回ハイパーメディアシンポジウム 高高度飛行体IT基地・安心安全保障システム」が開催された。高高度飛行体IT基地とは、成層圏に無人の飛行体を飛ばし、携帯電話やブロードバンドインターネットの電波を中継するものだ。
成層圏とは、高度1万5,000メートル付近から5万メートルの間に位置し、オゾン層もこの中に含まれる。高高度飛行体基地が浮遊するのは、2万~3万メートルだ。雲がある対流圏の上なので、常に晴天が続き、気象的に安定しているので、飛行船やソーラープレーンなどを滞空させるのに適している。これら高高度飛行体基地に、通信や放送の中継設備やリモートセンシング用の観測機器、地震や大火災が起きた時の監視システムなどを搭載する。人工衛星と違って、地表からの距離が近いため、情報の伝達遅れが少なくて済むほか、簡単に移動させたり、地上に降ろして搭載システムの換装や機体のメンテナンスができるという利点がある。
近未来小説や映画などに出てきそうな高高度飛行体IT基地だが、実際に成層圏を飛行した無人機は2機しかない。米AeroVironment社(AV社)のソーラープレーン「Pathfinder Plus」と「Helios」だ。後者は、2001年8月に高度8万メートルまで上昇し、最高高度のギネス記録を更新した。今後は、太陽電池に加えて水素エネルギーを利用した再生型電池を積み込み、4昼夜の長時間滞空実現に向けて研究を続ける。
高高度飛行体IT基地に求められる機能は、長時間同じ位置にとどまることができる滞空能力と搭載能力だ。ソーラープレーンは、同じ位置にとどまれるが、搭載能力が少なく、滞空時間も短い。有人のジェット機は、搭載能力はあるものの、同じ位置にとどまれない上、燃料の問題で数時間のフライトしかできないし、オゾン層への影響も懸念されている。総務省と文部科学省の共同プロジェクトでは、滞空能力、搭載能力ともに優れた飛行船の開発を行なっているが、未だにイメージCGしか存在していない。成層圏まで行くと、地上と空気密度が違うため、打ち上げてみないとどうなるかわからない状態だ。
無人ソーラープレーン の進歩 | Helios (NASAのサイトより) |
■サイバーアシストと高高度飛行体IT基地
中島秀之氏 |
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シンポジウムでは、独立行政法人産業技術総合研究所サイバーアシスト研究センターの中島秀之所長が、“サイバーアシスト”と高高度飛行体IT基地の連携について発表を講演を行なった。
サイバーアシストとは、どこでも、誰でも、いつでも、利用者が機械から正しい情報支援を受けられる環境のことだ。中島氏は、「かつて人間が行なっていたことを機械に置き換えたことで便利になったと言われるが、例えば、最新型の鉄道切符券売機は、複雑になりすぎて年配者を混乱させてしまっている(間違った情報支援)」という。そこで、「My Bottan」という小型端末に、行きたい場所の情報を入力しておき、改札を通ると自動的に課金されたり、音声やLEDなどでホームまでの案内ができるような仕組みなどを研究しているという。
このようなサイバーアシストを受けるには、誰が、どこから、いつ、そしてどこへ向かったのかといった個人情報が守られなくてはならない。これについて中島氏は、「ユビキタス社会というと、IPv6などで世界的に1つのネットワークが想定される。それとは逆に、サイバーアシストでは位置に基づく通信によって、局所的なネットワークを構築することでプライバシーを守る」と説明する。この位置情報に基づいた局所的ネットワークを構築するのは、例えば、高高度飛行体から電波が照射されるエリアの中になる。
また、狭いネットワークは、ユーザーの状況に依存したサービスを提供することができる。例えば、「カーナビにユーザーの目的地と位置情報を発信する機能をつけ、高高度飛行体にアップリンクすることで、リアルタイムに渋滞している道を避け、最適なルートを分配するなど、待ち行列のない街を実現できる」という。
最後に中島氏は、「ハイスピード、ハイパフォーマンスといったスループットを稼ぐことも重要だが、通信量はともかく通信遅れを少なくしたローカルなネットワークも重要だと思う。これらは相互に補い合う関係が必要」と語った。サイバーアシスト端末である「My Bottan」の試作品を使ったデモを2002年4月ごろから同研究センターで公開する予定だ。
サイバーアシストのイメージ | 位置に基づくネットワーク |
■リモートセンシングと高高度飛行体IT基地
http://www.noaa.gov/ (NOAA)
米AV社のソーラープレーンを使った最新状況の紹介で、リモートセンシング実験の実施について発表があった。1件目は、ハワイ・カウアイ島のコーヒー栽培を最適化する実験で、2002年9月に行なわれるという。これは、コーヒープランテーションの上空から、IEEE802.11bの無線LANシステムを使ってコーヒーの育成具合を観測し、最適な収穫タイミングを知ることで生産量を向上させるというものだ。発表によると、見通しのある上空からの電波は、高度1万メートルでも届くという。
また、米National Oceanic & Atmospheric Administration(NOAA)では、人工衛星からの情報を補完するシステムとして、成層圏からのリモートセンシング実験「Peace Wing Project」を実施する予定だ。これも、ソーラープレーンに光波長センサーや、赤外線温度センサー、マイクロ波センサーなどを搭載し、さまざまな調査実験を行なう。2010年ごろには、全米上空に8機(うち予備3機)の高高度飛行体を配置し、災害時の観測や、救命胴衣の光の波長を検出するレスキュー活動など商用化を目指すという。
■日本の高高度飛行体IT基地プロジェクト
http://www2.crl.go.jp/mt/b181/index.html
三浦龍氏 |
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最後に、独立行政法人通信総合研究所横須賀無線通信研究センターの三浦龍無線イノベーショングループリーダーが、日本の高高度飛行体への取り組みを講演した。日本では、飛行船による成層圏プラットフォーム実現に向け研究開発に取り組んでおり、「5~10年以内に概念実証実験を行ない、その後民間に技術移転する予定」(三浦氏)だという。成層圏プラットフォームでは、ミリ波や準ミリ波帯を使った加入者固定無線(FWA)や、ディジタル放送、2GHz帯を使った携帯電話(IMT-2000)中継など、多数を対象とした通信・放送インフラや、災害や大規模イベントなど臨時回線など公共サービスを提供する。
FWAを想定したブロードバンドインフラでは、見通しで直径500キロメートル、サービス可能エリアで直径100~200キロメートルを1機の飛行船でまかなうことができるという。三浦氏は、「ブロードバンド通信を行なうには、10GHz以上の高い周波数が必要で、指向性のアンテナを開発しなくてはならない」上、電波の干渉などを排除するために「1つのエリアに複数(400程度)のビームを照射するマルチビームアンテナの開発も必要」という。しかし、「飛行船の開発に比べて、通信機器の開発の方が早いピッチで進んでいる。このままでは、飛行船完成時には、無線グループはやることが無くて、消滅しているかも」と現状を冗談めかして語った。
成層圏プラットフォームのイメージ |
そこで、通信総合研究所では2002年5月~6月にかけて、米AV社の「Pathfinder Plus」を使い、IMT-2000とUHF帯を使ったディジタル放送の中継実験をハワイ・カウアイ島で実施する予定だ。どちらの実験も成功すれば、上空2万メートルの成層圏で世界初の中継となる。IMT-2000の実験では、FOMA端末に通信遅れ対策を施しただけの製品を使う予定だ。また、7月~8月には、北海道でヘリコプターを使ったブロードバンドインターネット接続実験、8月~9月には、横須賀か北海道でジェット機を使ったディジタル放送中継実験を行なうという。三浦氏によると、「これらの実験は、実績作りと、国内外に向けた成層圏プラットフォームの有効性のデモンストレーション」だという。近い将来、全長200メートルを越える巨大な飛行船が日本上空に滞空し、携帯電話の電波が入らない場所でもブロードバンドインフラを利用できる日が来るかもしれない。
(2002/1/28)
[Reported by okada-d@impress.co.jp]