【特集】

第二次ADSL戦争勃発!?〜「8M超ADSL」特集

 今年5月に発表されたイー・アクセスの「超ADSL」に始まり、ここ数ヶ月で各ADSL事業者が、相次いで8M超のADSLサービスを発表している。Yahoo! BBでは、7月1日より下り最大速度12MbpsのADSLサービスの試験サービスを開始し、他社に先駆けて8月1日より商用サービスを開始する。今回の特集では、ADSLの第二の波ともいえる「8M超のADSLサービス」について、アッカ・ネットワークス、Yahoo! BB、イー・アクセスそれぞれのサービスを、ADSLの現状などを踏まえて紹介していく。

●現在のADSL事情〜加速するADSL技術と混乱


 先日総務省によって発表された「DSL普及状況(速報値)」によると、6月末時点のADSL加入者数は330万926回線となっている。また、前月よりも減少したものの1ヶ月間の加入者数が27万2,370回線増加と、依然として多くのユーザーが毎月ADSLに加入していることが分かる。

 このように、未だに爆発的に加入者数を伸ばしているADSLサービスだが、今年前半より各事業者は更なる顧客満足度を向上させるために、新たなADSLサービスの導入を発表した。

 現在、イー・アクセス、Yahoo! BB、アッカやNTT東西などADSLサービスを提供している事業者のほとんどが、下り最大速度1.5Mbpsと8Mbpsのサービスを提供している。新たなADSLサービスは、現行の最大速度8Mbpsをさらに高速化して提供しようというものだ。

 発表によると、イー・アクセスは、米Centillium Communications社が新たに開発したeXtremeDSL技術を利用して最大12Mbpsを実現し、Yahoo! BBは、Annex A.exを採用して最大12Mbpsを実現する。また、アッカは、7月24日より宅内モデムやDSLAMのファームウェアアップデートだけで実現できる最大10Mbpsのサービスを開始し、今秋よりAnnex C.xを採用した最大12Mbpsのサービスを開始する予定だ。

 このように、8M超の新ADSLサービスでは、現行のADSLの技術をさらに進化させた技術や規格を用いて実現するものだ。これは、ADSL事業者の飽くなき向上心の賜物とも言えるものだが、これを両手離しで喜んでいられない状況が存在する。

 そもそもADSL技術は、NTTの電話回線(メタルケーブル)の中で音声通話では使用しない高周波数帯を利用して高速通信を実現する技術だ。しかし、高い周波数の信号をアナログな銅線(メタルケーブル)を介して信号を送信しているため、距離による信号の減衰やノイズによって影響を受ける側面を持っている。また、日本においてはNTTによって全国に普及しているISDN回線(ピンポン伝送方式)が約1,000万回線もADSL回線と同じ銅線内を通っているために、ISDNによる干渉もADSLの通信には大きな影響を与えている。

 このような日本特有の環境において、ISDNやADSLの通信がお互いに干渉しないように、それぞれの事業者が採用する規格等の詳細を検討・調整し、国内の標準化を行なう団体に社団法人情報通信技術委員会(TTC)が存在する。さらにその中に、SWG(サブワーキンググループ)4-6-5が設置されており、xDSLサービスを行なう事業者が守るべきルール「スペクトル管理標準」の策定などを行なっている。

 詳しくは後述するが、この「スペクトル管理標準」に従って、各事業者が協力して相互の干渉を減らさなければ、お互いの通信に甚大な影響を与えることが予想されるのである。

 以降は、上記を踏まえて、各ADSL事業者が8M超のADSLサービスで採用する規格やサービスの内容を紹介していく。

●まずはファームウェアで10Mサービスを提供開始〜アッカ・ネットワークス


■URL
http://www.acca.ne.jp/

 ADSL事業者として初めてファームウェアのアップデートだけで速度の向上を図るのがアッカ・ネットワークスだ。ここでは、アッカの副社長池田 佳和氏に伺った話しを交えてアッカの8M超ADSLサービスを紹介する。

アッカ副社長の池田 佳和氏

 アッカは、他社に先駆け7月24日よりADSL事業者としては初めて、ファームウェアアップデートだけで高速化を図る新サービスを提供開始する。6月の発表では、7月中旬より提供を開始するということだったが、やや作業が遅れて7月24日より提供を開始する。また、下り速度最大12MbpsのADSLサービスについても池田氏は「秋には始められるように現在準備を行なっている。現在は、さまざまな規格の調整などは済んでおり、最終的な事務作業の変更など最終段階に入っている。何月開始ということは、今の段階では言えないが、冬には入らず秋には開始できるはずだ」と語っている。

 アッカでは、現在主要都市圏を中心に全国534局舎でサービスを提供しており、3月末時点での加入者数は約36万件となっているが、その後の加入者については「総務省の発表では、全体の加入者数が毎月順調に伸びているが、それと同じ位の割合で順調に会員数は増えている。現在のところ、毎月加入者数を発表する予定はないが、数ヶ月に一回程度では発表していく」(池田氏)という。

 まず、7月24日より提供が始まる下り速度最大10MbpsのADSLサービスについてだが、当初は都内12局舎(渋谷や霞ヶ関など)で対応を開始し、8月15日までには534局舎全てで提供を開始する予定だという。ファームウェアの提供方法に関しては、アッカのWebサイト上からダウンロードする形で提供する。今回のサービスの対象者は、局舎とモデム間のリンクアップ速度が8Mのユーザーか、もしくは伝送損失が24dB(局舎間距離が2km以内が目安)以内のユーザーとなっている。これは池田氏によると「今回のファームウェアで新たに導入する技術『S=1/2』という技術の仕様によるためだ。『S=1/2』によって最大下り速度の高速化が実現できるが、そのメリットを享受できるのは残念ながら近距離のユーザーのみとなってしまう。当社のラボなどで実験した結果によると、8M未満のリンクアップ速度の環境においては、高速化が図れなかった。このようなユーザーには、秋から始まる12Mのサービスを利用して欲しい」とのことだ。

 このS=1/2技術は、イー・アクセスやYahoo! BBの8M超サービスでも採用されるもの。現在のADSLサービスでは、通信信号のエラー訂正にリードソロモンの符号化による誤り訂正を利用している。S=1/2技術では、そのエラー訂正を意図的に雑にすることによって、その代わりに高いデータ転送レートを可能にする技術だ。この技術により、回線状況の良いユーザーに、より高速な通信速度を提供することができるようになる。

 具体的には、リードソロモンの符号化に使用する符号あたりのDMTシンボル数(S)は、リンクレートが高い場合には少なく、低い場合には多くなる。実際には、リンク速度4〜8Mbpsのユーザーの場合「S=1」、2〜4Mbpsの場合「S=2」といった具合だ。S=1/2技術では、この「S=1」を利用している4〜8Mbpsのユーザーのうち、さらにリンクレートの高い8Mbps程度のユーザーに限って「S=1/2」とすることにより、高速化を図る。池田氏によると「このサービスの対象となる条件を満たすユーザーは、全体の約17%だろう」とのこと。

 ファームウェアの提供方法に関しては、まずアッカがレンタル形式で提供している富士通製モデムから提供を開始し、その後はファームウェアアップデート済みのものを提供していくという。その後は、同社が認定・推奨しているモデムについても随時ファームウェアの提供を開始していく予定となっている。

「Annex C.x」の下りのビットマップ(下段)左上に今回加えられたオーバーラップの部分がある

 次に12Mのサービスに関してだが、こちらでは、現行の規格「Annex C」の拡張版でエコーキャンセラー技術やオーバーラップ技術を利用した「Annex C.x」を採用する。これらの技術の採用により、最大下り速度12Mbps、平均伝送速度が500kbps程度向上、最大伝送距離が7kmに延長などのメリットを享受することができる仕組みとなっている。

 S=1/2技術は、局舎間距離が比較的近いユーザーの速度を向上させるが、12Mサービスで採用される「Annex C.x」では、平均的な伝送速度の向上や最大伝送距離の長距離化を実現する。この「Annex C.x」を説明する前に、「Annex C.x」の元の技術となっている「Annex C」などについて、簡単に解説したい。

 現在の1.5Mや8Mのサービスでアッカやイー・アクセスが採用している「Annex C」では、DBM(Dual Bitmap)を利用している。DBMは、住友電工やNECなどが開発したもので、1.25ミリ秒ごとに上りと下りを交互に伝送するTCM方式(ピンポン伝送方式)のISDNからの干渉を減らすための技術だ。

 ISDNの干渉は、原因となるISDN信号が受信側(家側)の近くにあり漏話の影響を大きく受ける「NEXT」(Near End CrossTalk=近端漏話)と、信号が遠く(局側)にあり、影響が小さい「FEXT」(Far End CrossTalk=遠端漏話)がある。

 従って、DBMでは、ISDNとタイミングを合わせる(同期する)形で、ISDNが通信を行なっている瞬間はノイズが大きいので伝送速度を抑え、ISDNが通信を行なっていないノイズが少ない瞬間は高速伝送を行なう。このようにタイミング良く影響を受け難い通信を行なうため、高速な通信が可能になる。

 また、ADSLでは、26KHz〜1.1MHzの周波数帯域の中で4KHzおきに計255本の伝送波(bin)を利用しており、上り方向に26本、下り方向に223本の割合で利用している。また、それぞれの伝送波では、最大15bitのデータを転送できる仕組みとなっている。このように、上りと下りで伝送波を切り分けて伝送することによって、上りと下りの干渉を抑えている。

 「Annex C.x」では、このDBMとオーバーラップ(電気信号を重ねる)技術を利用する。具体的には、ISDNからの干渉を受け難いFEXTのタイミングで、上り用の25本の伝送波を下りにも割り当てることにより、高速化が実現する。この際に、オーバーラップした信号が発生するが、これに関してはモデム側でエコーキャンセラー技術を使い、自動的にモデム内で分離するという。このような高速化以外に、長距離でも減衰が少ない低周波数に下り信号を乗せることによって、長距離においても通信が可能になるというメリットがある。

 ただし、上りの伝送波を下りに割り当てることによって、他の上り信号への干渉が懸念される。この点について池田氏は「当社では、TTCにおいて、さまざまな検討を行ない、当初は問題があったりもしたが、シェービングなどを行なった結果、現在ではTTCの基準の範囲内に収まっており全く問題ない。また、ISDNのピンポン伝送が行なわれる1.25ミリ秒の最初の37%の間しか下りの伝送を行なっていないので、そもそも干渉は比較的少ない仕様となっている」と語っている。

 このような新技術を採用するため、12Mサービスを利用する際は、8Mサービスなどとは異なった新しいモデムが必要だ。また、DSLAMも12Mに対応したものへの切り替えが必要となるため、8Mからの切り替え時はNTT側のジャンパー工事が必要になるという。

 12Mサービスの位置付けとして、池田氏は「12Mサービスでは、切り替えのユーザーよりもむしろ、現在順調に増え続けている新規加入ユーザーの新たな動機付けとしての意味合いが多い。また、現在のサービスでは最大4km程度まで通信が可能となっているが、この4kmで都会部だと約95%のユーザーが含まれる。しかし、12Mサービスでは、7kmまで通信が可能となっているので、約99%のユーザーが可能となる。これによって今まで距離的な問題でサービスを受けることができなかった5%のユーザーの不公平感を解消したいという意味合いも含まれている」と語っている。

 最後に今後のADSLサービスの展望について、池田氏は次のように語っている。「まだまだADSL技術は向上していくだろう。12Mのサービスによって、一部の光通信で提供される10Mのサービスを抜くことになるが、今後は2.2MHzまでの帯域を利用するダブルスペクトラムの利用などによって更なる速度向上などが図れると考えている。実際にそのようなサービスが提供されるのは来年の春以降となるだろう」。

●独自の規格拡張「Annex A.ex」によって12Mを実現する〜Yahoo! BB


■URL
http://bb.yahoo.co.jp/

 次は、3社中最も早く12MのADSLを開始するYahoo! BBのサービス「Yahoo! BB 12M」について紹介する。Yahoo! BBは、既に7月1日より実験サービスを開始している。また8月1日より開始する予定の商用サービスについても、サービス価格等の詳細が発表されている。

説明を行なうYahoo! BB社長の孫 正義氏

発表された新型「カメレオンモデム」の外観

「Yahoo! BB 12M」の料金

 「Yahoo! BB 12M」の特徴は、ユーザーの通信環境にあわせて「Annex A.ex」、「Annex A」、「Annex C」の規格が切り替わる点だ。これは、新型ADSLモデムがユーザー回線状況を自動的に判断することによって実現する。また、ユーザーが手動で規格を指定することも可能だという。その他にも、新型モデムの新機能としては、BBフォンモデムやスプリッターとしての機能も内蔵する点などとなっている。

 月額費用は、従来の8MADSLサービスの2,970円と比較して400円高い3,370円となる。また、新型モデムの買取時の価格も従来と比較して9,600円高い4万2,720円となっている。現行の8Mサービスから12Mサービスへの切り替え時に発生する料金は、変更手数料が2,000円、NTT局内工事料(ジャンパー工事料金)が2,800円の計4,800円となる。

 Yahoo! BBでは、新規格として「Annex A」の拡張版である「Annex A.ex」を採用している。この他に「Annex C」なども新たに導入されるが、デフォルトで提供されるのは「Annex A.ex」とのことだ。また、12Mサービスで新たに導入される技術には、「S=1/2技術」と、「EC(エコーキャンセラー)技術」がある。

 これらは、基本的には前述のアッカのものと同様であるが、エコーキャンセラー技術に関しては、違いがある。Yahoo! BBは、8Mサービスにおいて「Annex A」を採用しているため、FDM(周波数分割多重)方式を使用している。FDM方式とは、周波数成分を分割することによって、1つの導線に異なる周波帯の伝送波を用いて複数のデータを流す多重化技術だ。

 12Mサービスでは、「Annex A」のスペクトルオーバーラップを利用して、上りの伝送波を下りに割り当てる。このスペクトルオーバーラップを利用することによって、高速化や長距離化が実現している。しかし、この技術を利用するためにアッカと同様な他の上り信号への干渉という問題点が発生する。アッカでは、この問題に対応するために「1.25ミリ秒の最初の37%の間しか下りの伝送を行なわない」などの対策を行ない、TTCの基準内に収まったが、Yahoo! BBからの説明の範囲では、このような対応策は見当たらない。この問題に関しては後述するが、現在Yahoo!側から行なわれている説明だけでは、他のADSL回線に影響を与える可能性は拭えないのが現状だ。

 7月16日に行なわれたYahoo! BBの発表では、3月より愛知県大口町で実際に「Annex A.ex」規格による実験で測定したリンク速度や、実際に会場に12MのADSLを引いた上での速度測定結果が明らかにされている。大口町のリンク速度実証データによると、局舎間距離が1km未満の近距離ユーザーの場合は、4Mbps程度の速度向上が見られており、中距離においても平均1Mbpsの速度向上が測定されたという。また、長距離のユーザーに関しても、ISDN回線の通信も困難な、約7kmのユーザー宅でも通信が可能となったという。

 会場で実際に行なわれた速度測定では、約10Mbpsが表示されていた。発表会が行なわれたのは東京都港区の「ホテルオークラ」で、NTTの赤坂局からは直線距離で0.4kmとなっており、かなりの好条件である。とはいえ、何度か行なわれた測定では10M以上のスピードを毎回出していたので、少なくとも近距離においては8M以上の速度が出ると推測される。

「Annex A.ex」のエコーキャンセラー技術
「S=1/2」技術の説明図
大口町で測定した「Annex A.ex」下りのリンクアップ速度分布図
同上りの速度。干渉による上り速度への影響はほとんど見られないという

 今回の12Mサービスの売りとして、Yahoo! BBは高速化の他に長距離化を挙げた。現在同社では、距離的な問題によりサービス対象局に収容されていながらサービスを提供できていないユーザーが約2割居るが、12Mサービスによって7kmまで到達距離が伸びることから、これら2割のユーザーにもサービスの提供が可能になったという。Yahoo! BBの孫 正義社長は「これで、近い人にも遠い人にもトレードオフのないサービスとなった。今まで、遠いから接続できないという噂に悩まされたユーザーも、これで悩むこともなくなるだろう」と語った。

 また、今後の12M以上の高速なADSLサービスの展開について検討しているとしながらも、孫氏は「当社は、新サービスについて直前まで発表しない方針としている。12M超のADSLサービスにしても検討はしているが、直前まで発表は行なわない」と語った。

●最も現行に近い規格を採用する8M超ADSLサービス〜イー・アクセス


■URL
http://www.eaccess.net/

 最後に紹介するのは、3社の中で最も早く8M超のADSLサービスを発表したイー・アクセスだ。同社は、2002年5月に日本テレコムのADSL事業「J-DSL」を買収し、ADSLのシェアを一気に伸ばした。これによって、提供局舎数は566局舎となる。同社のシェアは、今年前半はCLEC(新興通信事業者)中、Yahoo! BB、アッカに続き3位となっていたが、5月のJ-DSL買収によりYahoo! BBやNTT西日本に迫る顧客数を獲得している。ただし、アッカが3月末時点での契約数しか公表していないため、アッカとの契約数の比較はできない。

 この勢いに乗るイー・アクセスが他事業者に先駆けて発表したのが、下り速度最大12Mbpsを実現する「ADSLプラス」サービスだ。ADSLプラスサービスは、先述の米Centillium Communications社が新たに開発した「eXtremeDSL」技術を採用することによって実現する。

説明を行なうCentillium社のRichard Lin氏

 「ADSLプラス」の特徴は、下りの通信速度を最大12Mbpsに増速する「Speedプラス」、近距離や長距離などNTT局舎からの線路長に拠らずに100k〜1Mbpsの速度が向上する「Linkプラス」、最大伝送線路長が現在の約4.5kmから約7Kmまで延長される「Reachプラス」、セキュリティー面を強化する「Securityプラス」の4つのサービスから構成されている点だ。これらのサービスについて、先日記者向けの説明会で行なわれたCentillium社のRichard Lin氏の説明を元に紹介していく。

 まず、eXtremeDSL技術は、「eXtremeRate」と「eXtremeReach」技術の2つの技術を元に成り立っている。「eXtremeRate」技術は、最大通信速度を増速する「Speedプラス」や「Linkプラス」を実現し、将来的には16〜20Mbpsを実現する技術となっているという。また、「eXtremeReach」は長距離化に成功し「Reachプラス」を実現する。

 それぞれの技術は、異なる技術を利用しており、同時に使用することができない。従って、「ADSLプラス」が開始された際は、これらに対応した新型モデムを導入する必要があり、その新型モデムがユーザーの通信環境にあわせてDSLAMとモデムによって自動的に「eXtremeRate」と「eXtremeReach」の切り分けを行なうという。

 「eXtremeRate」は、最大速度を12Mまで引き上げる技術だが、これにはアッカの項目で説明した伝送波の最大転送量が関係してくる。先述の通り、ADSLでは26KHz〜1.1MHzの周波数帯域を4KHzおきに計255本の伝送波に分けて伝送しているが、それぞれの伝送波には最大15bitのデータが通信可能となっている。しかし、これまでのADSLでは、ノイズ等の影響によって1つの伝送波に実質11〜12bit程度のデータしか伝送できていなかった。この11〜12bitを最大の15bitに近づけるための技術が「eXtremeRate」となる。また、15bitに近づけるための技術として具体的には以下の4点の技術が導入されている。

 「トレリス・コーディングの採用」とは、通信信号のエラー訂正に現状のリードソロモン符号に加えて、トレリス符号を新たに採用するというもの。これにより、従来と比較して回線状況を問わずにノイズマージンが拡大することになる。「最新のDSPのアルゴリズムを採用」では、ADSLの下り用周波数帯域の上端(高周波数帯)と下端(低周波数帯)を中心として、伝送波への搭載bit数を最大15bitに向けて最適化調整を行なった。また、これにあわせてDSPに用いられるアナログ・デジタル変換機器等を改良し、AD変換時の精度を向上させたことによって、機器固有のノイズを最小限に抑えることが可能になったという。最後にS=1/2技術だが、これはアッカやYahoo! BBと同様に、リンク速度が8M程度の近距離のユーザーに限って、今までS=1としていたものをS=1/2とすることにより、高速化を図るというもの。

 Centilliumが、最大15bit搭載による速度向上を狙う上では、以下の3点の目標があった。

 これらの目標を達成するために、上記のような技術の導入が必要だったといえる。実際に、この技術では従来の「Annex C」と利用するデータ転送のタイミングや周波数帯は同じになっている。このため、他の回線に与える影響も「Annex C」と同程度だと考えられる。

 また、今後の「eXtremeRate」技術の展望についてLin氏は「今回は、最大15bitの搭載を可能としたが、今後は20bit程度まで搭載できるようにしたい。また、現在ADSLが使用している周波数は1.1MHzまでだが、これをダブルスペクトラムを使用して2.2MHzまで拡大することや、クワッドスペクトラムによって3.75MHzまで広げることによって、さらに伝送量を増やす技術への応用が可能になるだろう」と語った。しかし、2.2MHzなど高い周波数帯を利用すればするほど、ノイズへの耐性が弱くなり、短距離へしか届かなくなる。この問題をどのように解決するかが、今後の課題となるだろう。

 次の、「eXtremeReach」技術は、最大伝送距離を現状の約4.5kmから7kmへと延長するための技術。これを実現するために、制御信号の多重化やオーバーラップ技術の導入を行なう。

 まず、制御信号の多重化だが、これは「Annex C」の特徴でもあるISDN信号に対する同期補足と追従を強化し、通信時の安定性と通信の長距離化を実現するというもの。現在の「Annex C」の問題点として、トレーニングと接続の安定性の問題がある。その要因は、TTR信号やパイロット信号というISDN信号に対して同期補足や同期追従を行なう信号の問題だ。これらは、従来の方法では、線路長が約5.5km程度になると確実に検出することができなくなり、安定した通信ができなくなっていた。これを改善するために、これらの信号を従来は207kHzのみで通信していたものを、138kHz〜276kHzまでに拡大した。周波数を広げることによって、ノイズへの耐性が増し、線路長7kmでも安定したトレーニングと接続を可能にしているという。

8Mと12Mでの搭載bit数の違いを示した図。12Mではほとんどの部分で15bit出ていることが分かる
「Annex C」と「eXtremeDSL」との違いを示した図
FBM方式とDBM方式の違いをグラフ化した図
FBMオーバーラップでの転送方式図

 なお、イー・アクセスでは、オーバーラップ技術も導入する。オーバーラップ技術は、先述のアッカやYahoo! BBなども導入しているが、3社とも方式が異なる。アッカは「Annex C.x」でDBM方式にオーバーラップさせる方式を取っている。Yahoo! BBは、「Annex A.ex」で「AnnexA」で上りに下り信号をオーバーラップさせる方式だ。イー・アクセスでは「FBMオーバーラップ」方式を採用する。

 FBMオーバーラップ方式は、FBMモードでのオーバーラップ方式だ。FBMモードは、ISDNの影響が少なくなっているFEXT期間中に、下りか上りの一方向だけを送信する方法だ。時間軸で考えた場合、FEXT期間中を狙ってまず、下り信号を送信したとしたら、次のFEXT期間中は上り信号を送信するといった方法だ。つまり、FEXT期間中に上りと下りの信号を交互に送信していく。ただし、この方式では、片方向通信となるので、本来使用する時間の37%しか利用しない。従って、データ転送速度も最大でDBM方式の37%となる。

 この下り方向の通信をするタイミングに、上りで使用する周波数帯に下りの信号を重ねることによってオーバーラップが実現する。このオーバーラップを行なう事によって、他社の方式と同様に下り信号の長距離化を実現しているのだ。また、オーバーラップを用いるため、上り信号へ干渉する問題も同時に発生するが、FBMオーバーラップでは、上記のように本来使用する時間の37%しか利用しないため、干渉を抑えることができるという。

 このように、イー・アクセスでは、「eXtremeRate」と「eXtremeReach」の技術を日本柱にして、近距離でさらなる速度向上を望むユーザーには「eXtremeRate」を使用した「Speedプラス」や「Linkプラス」を提供し、現在は距離的問題でサービスを受けることができなかったユーザーなどには「eXtremeReach」を使用した「Reachプラス」サービスを提供することで、顧客満足の向上を目指す。

●三社三様のスペクトルオーバーラップによる脅威〜ADSLサービスの混乱は必須か


 ADSLを取り巻く現状や、各社の12MのADSLサービスについて紹介してきたが、ここまででいくつかの問題が浮上してきている。

 各社とも、12Mサービスを提供するにあたり、新規格や新技術を導入してきているが、この新たに導入される技術によっては、他のADSL回線やISDNなどへ影響を与える可能性がでてきていることだ。「現在のADSL事情」の項目でも述べたように、現在のADSLの規格や仕様などは、日本国内のISDNの特殊な事情を踏まえて、TTCのSWG4-6-5が設置されており、「スペクトル管理標準」の策定などを行なっている。

 TTCは民間団体なので、ここで定められた規格や仕様は法的に強制力があるものではないが、各事業者が自主的に協力し、お互いの協調を守っているのが現状だ。今回の新規格や新仕様にしても、アッカやイー・アクセスは、両社の採用する規格や仕様を事前にTTCに提出しており、議論や調整を経た上で規格の決定を行なって提供する。

 しかし、Yahoo! BBは今回の12Mサービスの提供にあたり、同社が現在採用している「Annex A」の拡張版である「Annex A.ex」について、事前にTTCでの検討を行なわなかった。この問題に関して、現在ADSL業界では話題を呼んでいる。

イー・アクセス取締役CTOの小畑 至弘氏

 事の発端は、イー・アクセスの記者向け説明会において同社取締役CTOの小畑 至弘氏が「Yahoo! BBの採用するAnnex A.exは、事前にTTCへ報告されておらず、他のADSL事業者が採用する方式との上り方向の信号の干渉について、十分な検証がないままに試験サービスを開始しているのは問題である」との発言に始まる。また、同氏は「アッカは、事前にTTCに『Annex C.x』の仕様を報告している。修正などを加えた結果、ISDNと同程度まで干渉を減らすことに成功しており、現在は問題のない規格となっている。しかし、『Annex A.ex』は詳しい仕様が提出されていないので、推測の範囲を超えないが、ISDNの3倍程度の干渉を起こす可能性がある」と語り、総務省へ書面で改善を要求したという。

 これに対して、Yahoo! BBの孫 正義社長は「当社が採用しているAnnex A.exやS=1/2、エコーキャンセラー技術などは、全て国際規格であるITU-T(国際電気通信連合の電気通信標準化部門)に準拠しているので全く問題がない」と反論した。孫氏によると、「TTCには、事前に届け出なければならないという権限があるとは認識しておらず、今回のAnnex A.exにしても、1年半前にNTTに提出したスペクトルマップに含まれている。Annex A.exの技術はこの範囲内あるため、新たにTTCに提案する必要はないと判断した」とのこと。同氏は小畑氏の発言に遺憾の意を表明し、7月16日の午前中にはその旨の意見書を総務省に提出したという。

 孫氏は、この他に愛知県大口町で行なった事前の実証実験の結果などを提示し、「もし、他の回線に影響があるとしたら、最も影響があるのは最も近距離にある自社の回線に対してだ。実証実験の結果を見れば分かるが、自社の上り回線の速度に影響がでている例はない。従って、他者への影響はもっと少ないものだ」と説明した。しかし、この会見では自社回線の数値しか提供されておらず、他者回線への具体的な影響への測定値等は発表されなかった。

 また、説明を行なったYahoo! BBの宮川 潤一社長室長は「万が一、今後他者への干渉の影響が判明した場合、モデムの特性を活かしてAnnex A.ex以外のAnnex AやAnnex Cの規格を選択して影響を抑える可能性も残されている」と語った。

 アッカの副社長池田 佳和氏は、この問題について「孫さんが先日発言した内容については、同意しかねる。ITU-Tの勧告に沿っている云々の話ではない。日本では特殊な事情があり、国際規格をそのまま利用したのでは問題があるために、TTCが存在しているのだ。これを無視する形になるのは、同意しかねる」と語っている。また、問題の詳細については「今回一番問題なのは、TTCに提出する以前にパブリックな場である愛知県大口町で実験を行ない、また試験サービスを開始したことだ。電話回線は現代においてはライフラインであり、非常に高い『公共性』を持つものだ。それを有効活用するためのTTCだということを忘れて欲しくない。また、Annex Aに関しては問題ないが、それをどのようにAnnex A.exへ拡張したのかが問題だ。TTCにおいて、科学的に検証して欲しい」と意見を語った。

 しかし、最後に同氏は「孫氏は人格者なので、最終的には折れてくれると信じている。昨年暮れのコロケーション問題の時も、最終的には妥協して頂けた」とYahoo! BBの動向を予測している。

 このように3社の意見を見てみると、イー・アクセスとアッカはYahoo! BBがTTCを軽視する行動にでたことに対して抗議しており、「国内で円滑に通信事業を行なうためにもTTCに協力し、科学的な検討を経た上でサービスの提供をして欲しい」としているのに対して、Yahoo! BBは、「『Annex A.ex』はITU-Tの勧告に準拠しており、全く問題は無い」という論点の違いが浮かび上がる。

 これらの問題は、突き詰めると3社が長距離化を実現するために利用しているオーバーラップの方法に依存している。Yahoo! BBが採用している「S=1/2」はアッカやイー・アクセスも採用している技術だが、オーバーラップの方法は三社三様の方法を用いており、この方法に問題がある場合は、隣接する回線の上り信号に大きな影響を与える可能性がある点だ。

 この問題を解決するため、先述したようにアッカはオーバーラップした信号の伝送が行なわれる1.25ミリ秒の最初の37%の間しか下りの伝送を行なわない仕様を用いている。また、イー・アクセスは、FBMオーバーラップを採用し、本来使用する時間の37%しか利用しない仕様を採用している。このように、できるだけ上り信号への影響を少なくする方法を選択しているのである。

 この点について、Yahoo! BBの仕様では、2社のように「上り信号への影響を少なくする工夫」が見当たらないため、干渉が懸念されるのだ。

 しかし、アッカやイー・アクセスもTTCの基準以下になっているとはいえ、影響を与えていることは否定できない。この点については、イー・アクセスの小畑氏も認めており、「日本特有の環境では、今の段階ではどう頑張っても上り信号への干渉を無くすことができない。このために、日本においては事業者毎にリーチDSLの利用者を限定するなどの施策が今後必要だと認識している。これは、今後のTTCにおいて課題としていきたい」と説明している。実際に、イー・アクセスでは高速化を実現する「eXtremeRate」と長距離化を実現する「eXtremeReach」のうち、デフォルトの設定では「eXtremeRate」となっており、「eXtremeRate」で通信ができない長距離のユーザーに対してのみ、「eXtremeReach」を使用する予定だという。

 この小畑氏の発言のように、現在のADSLの技術においては、長距離化を実現するオーバーラップ技術はどうしても上り信号への影響を無くすことができないものであり、本当に必要なユーザーにだけ提供するべきサービスだと言える。

 いずれにしても、現段階においてはYahoo! BBの「Annex A.ex」の情報は不足しており、他社の回線に与える影響はうかがい知れない。今後は、アッカの池田氏の言うように、TTCでの科学的根拠を待つしかない状況だ。その結果、問題ありとなれば、Yahoo! BBの宮川 潤一社長室長の発言のように「Annex A」や「Annex C」へ迂回されることになり、新サービスである12Mの提供は受けられなくなる。果たして、Yahoo! BBはどのような判断を下すであろうか注目である。

(2002/7/22)

[Reported by otsu-j@impress.co.jp]

ほかの記事はこちらから

INTERNET Watch編集部internet-watch-info@impress.co.jp
Copyright (c) 2002 Impress Corporation All rights reserved.