【ウォッチャー's レポート】


「衛星技術・サービス U.S.A.'97」レポート
――MOTOROLAのCelestri Systemがデータ衛星通信をより高速かつフレキシブルに

金丸 雄一

■衛星技術・サービス U.S.A.'97開催

Celestri System

 7月17日と18日の両日に渡り、東京・池袋サンシャイン・シティ内のU.S.トレードセンターにて、第一回「衛星技術・サービス U.S.A.'97 展示会/セミナー」が開催された。この展示会/セミナーは、アメリカ大使館商務部が主催し、米国航空宇宙局(NASA)なども後援しており、アメリカの衛星技術や衛星通信・情報サービスへの取り組みを日本に紹介し、これら先端技術が今後の日本のマルチメディア高度情報通信社会へ貢献することを主旨としている。しかし、ひとことで言えば、アメリカの衛星技術やシステムなどの日本への売り込みを、さらに強化するために開催された、ということになろうか。従って、私が参加した18日のセミナーにおいても、商用衛星に関するNASAの提言や、現在世界で運用中の衛星の40%を製造(NHKのBS衛星やPerfecTV用の衛星なども含む)している世界最大の衛星メーカーであるヒューズ・スペース・アンド・コミュニケーションズ社の新型衛星:HS702機の紹介などがあり、今後もアメリカが商用衛星開発でもリードしていきたいという意気込みが強く感じられた。

 そんな中で、米MOTOROLA社の技術部門の副社長であるDr. Ray Waddoups氏のセミナーでは、6月18日のNEWS Watchでも速報した高速データ伝送衛星システムであるCelestri(セレストリ)Systemが、本邦初公開となったのでレポートしたい。


■セミナーにて

Dr. Ray Waddoups

 Waddoups氏はまず、Celestri Systemの全体の説明から始めた。地球の周りを低軌道(高度約1,400km)で周回する衛星(LEO)を63機と、地上約3万8千kmに静止している衛星(GEO)を利用して通信ネットワークを構築する。これにより、送受信アンテナ機器を設置した家庭や企業向けに、上り下り回線ともデータ伝送速度を64kbpsから155Mbpsまで選択できるような衛星通信の実現を目標としていると語った。よって、低速で充分なパケットデータ通信のようなサービスから、動画を含んだようなインターネット通信、HDTV(デジタル・テレビ)放送などに至るまで、サービス内容にフレキシブルに対応できるシステムであることを、一番の特徴として挙げた。

 次に、地上系インターネット通信でのWebダウンロードにおける時間のかかり過ぎを指摘して、高速データ伝送によるこのシステムの優位性を示した。全ての家庭や企業へのFTTH(ファイバー・トゥ・ザ・ホーム)が普及するには時間がかかっている現在、より高速で安価なデータ・インフラを求める声が、企業ばかりでなく各家庭からも聞こえてくるようになってきており、その声に応える形としてDTH(Direct To Home)というコンセプトを基に高速インフラを提供できるともした。


 また衛星も、低軌道周回衛星(LEO)と静止衛星(GEO)の利用(GEOの数は未定で、サービス内容やユーザー数などで決めると考えられる)を絡めたことにより、リアルタイムな双方向データ通信が必要な場合は、地表近くを飛んで電波遅延の少ないLEOを使用でき、プッシュ技術を使った放送型データ通信の場合は、BSやCS-TV放送と同様に高高度に静止しているGEOを使うことができるなど、各々の衛星の特徴を活かせるシステムであることも挙げていた。これらの衛星を2001年から打ち上げ始め、2002年には一部サービスインを目指すタイムスケジュールも示した。

antenna

 地上用の送受信機器の説明では、展示会場に置いてあった各家庭内などに設置する送受信用セットトップボックスと室外に設置するレドームアンテナ(直径60cm位)の黒いモックアップを示し、ある程度の概念設計は終了しているところを見せていた。

 次に、同じくMOTOROLAが推進している、LEOを使った衛星移動体電話システムの「IRIDIUM(イリジウム)」との根本的な違いを示した。イリジウムが地上高度約780kmのLEOを66機使って、携帯電話やポケベル、自動車電話や航空機用の音声通信などを対象に全世界的な移動体通信サービスを行なう(1998年に一部試験サービス開始予定)システムであるのに対して、Celestriは家庭から大企業までを網羅する、固定アンテナを設置した相手を対象とした全世界サービスであるとして、その用途およびサービス内容が重ならないと説明した。しかし、イリジウム・システムの成功というもとがあって、はじめてCelestriへの道が開かれるのも確かなことだろう。

 最後の質問時間に、どれほど詳細設計が進んでいるのだろうかと、黒いモックアップの地上アンテナの内部構造について聞いたところ、Waddoups氏は3~4相の電気的スキャンを行なう位相アンテナになるだろうと解答し、良い技術があったら日本から教えて欲しいとジョークで会場を沸かせてセミナーを終了させる、手際の良さも見せた。実際は、これから技術的検討をするというところと思われる。


■他衛星システムとの比較と今後の展開の考察

 Celestri Systemと比較して、まずDTHというコンセプトで言えば、400kbpsで下り方向(プロバイダー→各家庭)のデータ通信を行なう「DirecPC」サービス(アメリカでは既にサービスインし、日本でも数社がサービス試行又は予定)が、その走りといってもいいだろう。しかし上り方向(各家庭→プロバイダー)を地上回線(公衆電話網やISDNなど)に頼るDirecPCに対して、上り下りとも衛星回線を使用し、かつ伝送速度が64kbps~155Mbpsと広範に取れるCelestri Systemならば、ホームユースだけでなくSOHOから大企業までに対応した通信インフラとなり得る。

 また上り下りとも高速衛星回線を使用できる衛星システムとしては、上述のヒューズ社が推進する「SPACEWAY」システム(1999年末に一部サービス開始予定)や、米MSやボーイング社が出資しているテレデシック社の「Teledesic」システム(2002年に一部サービス開始予定)などが競合相手となる。(今年1月19日の[ウォッチャー's レポート]を参照)しかし、データ伝送速度を1.2kbps~6Mbpsを目標としているSPACEWAYや16kbps~2Mbpsを目標としているTeledesicよりも、Celestriは64kbps~155Mbpsとより高速データ伝送に対応している。また、GEOだけを使うSPACEWAYやLEOだけを使うTeledesicよりもフレキシブルにユーザーのニーズに応えられるシステムになっているとも言え、システム的に一日の長がありそうだ。

 ここ1月あまりの衛星業界でも、このCelestri SystemをMOTOROLAが米FCCに対して方式申請したのに対して、米衛星大手のローラル・スペース・アンド・コミュニケーションズ社と仏電機大手のアルカテル・アルストム社も6月18日、GEOを使ったローラル社の「サイバースター」構想とLEOを使ったアルカテル社の「スカイブリッジ」構想を合わせて、共同で衛星高速データ伝送サービス開発を手がけると発表しており、Celestriと同様なシステムをぶつけてくるような動きも出て来ている(6月20日のNEWS Watch記事を参照)。

 今後の展開としては、インターネット・インフラがより高速なデータ伝送サービスを目指して動いていく中で、地上系のFTTHやADSLなどの高速データ通信技術の動向を横に睨みつつ、他のデータ衛星システムとのサービス内容や通信料などでの競争を経て、Celestriも具体的な技術レベルでの開発が始まって行くと考えられる。

 我々インターネット・ユーザーにとっても、実現可能性の高い高速インフラ開発として、期待できそうだ。

('97/7/29)

[Reported by 金丸 雄一:kanamaru@asc.co.jp]


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