TVはもとより、インターネットでもアクセス数が爆発している長野オリンピック。このオリンピックを裏から支えるネットワークシステムについて、オリンピック情報システムの翻訳スタッフの一員として参加した矢口優氏がレポートします(編集部)
7日から始まった冬季オリンピック長野大会。日本での26年ぶりの大会であるうえに日本人選手の上位入賞も相まって、ここ長野では日に日に街の様子が盛り上がってきているのを実感する。
私は、このスタッフの一員として大会運営をサポートする機会に恵まれ、「Info '98」という情報提供システムに関わっている。これは、会場とその周辺で、選手団や報道関係者、スタッフらに各種情報を提供するシステムだ。具体的には、競技予定や結果、選手団の情報、天候や交通の情報を提供したり、スタッフや選手同士など大会に関わるすべての人が電子メールでやりとりが可能なシステムだ。技術的な詳細は本誌'97年12月2日号を見ていただきたい。
今日はこのシステムの紹介を中心に、今回のオリンピックとインターネットの関わ りについていくつか見てきたことをレポートしたい。
オリンピックにおける情報システムとしては、'96年夏のアトランタ大会の時にも「Info '96」というシステムがあった。しかし、回線容量の点で問題があったり、情報の整理が非効率だったために必ずしも円滑に運用できなかったという。NAOC(長野オリンピック組織委員会)ではこれをふまえ、回線に余裕を持たせるシステムをIBMと共同で構築するとともに、スタッフの運営面でもアトランタのシステムを大きく見直した。
その1番の改善ポイントは、分散型のシステムにしたことだ。まず、情報系のデータサーバーと電子メールのサーバーを別にした。情報システムの要のデータサーバーは長野市内の3個所に置かれ、相互に45Mbpsの専用線で接続されてデータが常にミラーリングされる。これによって、負荷を分散するとともに、セキュリティーを確保している。
また、刻々変わる気象情報については専用のサーバーを用意した。この気象情報サーバーは、NAOCの気象センターから直接情報の更新ができる。
こうした改良の結果、回線容量の問題が原因でアクセスできない、という事態は発生していない。ちなみに、大会開始後は一日あたり約40万件のヒットを記録している。そのうちの約5分の2は競技結果、約5分の1は公式ニュースへのアクセスという。
情報端末は約1,000台が各会場に設置されており、ウェブページをネットサーフィンするような感覚の簡単な操作で必要な情報を得られる。
各競技場や記者会見場で取材された原稿は即座にオリンピック公用語であるフランス語と英語、そして日本語の3つでNAONA(長野オリンピックニュースエージェンシー)編集部に送られてくる。編集デスクでは記事の重要度や競技の種類に応じて記事を分類し、取材記者の人数の都合上翻訳の必要がある場合には各言語の翻訳担当者にまわされ即座に翻訳される。
翻訳された原稿はすぐさま「Info '98」上に公開される。一部スタッフは同じく3言語で発行されるオリンピック公式新聞「Nagano 98」も兼任しており、その関係で翻訳された原稿が情報源として使われることもある。
翻訳スタッフは25人で(私もその一員である)、ほとんどはインターネットを通じて公募された。この募集をコーディネートした日本コンベンションサービスの廣江真氏によると、「ホームページによる告知だけで、日英間の翻訳スタッフは即座に定員以上の問い合わせがあった。問い合わせは当社のある東京周辺の方のみならず、各地からあった。また、日本国内にとどまらず、カナダ、オーストラリア、フランスからも問い合わせがあり、国境を越えるインターネットの威力を本当に実感した」という。
さらに今回、翻訳スタッフの募集の条件にIBM互換機でのPC基本操作ができることがあらかじめ要求されていたこともあり、スタッフは特別なトレーニングを事前につむことなく、長野入りしてすぐにバリバリと仕事をこなしている。
なお、廣江氏によると翻訳スタッフが長野入りする前の事前の連絡には電子メールが大変役立ったという。「ほとんどの方は日頃からインターネットを使っておられるので、お互いの都合を気にすることなく電子メールで確実に連絡を取ることができました。こちらの都合で急に宿泊ホテルの変更があったりしたときも、前日に電子メールを送りましたが、みなさんはそれをきちんと確認されてたようで、間違ったホテルへ出向かれて迷惑をおかけすることも防げました」というエピソードもあったという。
ちなみに廣江氏はこの業務のため約1ヶ月もの間、長野に滞在しているが、オリンピックの特別業務の他にも通常の業務をもこなす必要があった。しかし、通常業務に関する連絡に電子メールを活用したため、顧客や同僚との連絡は円滑に行なえ、電話やファックスで一部補完することで東京での本来の業務には全く支障がなかったという。
オリンピックを取材している記者たちを見ていると、ノートパソコンで記事を書き、インターネットやパソコン通信によって記事原稿や映像データを送信するのはいまや常識のようだ。こうした記者の要望に応えるかのように、KDDとNTTはそれぞれ150台のモデム接続可能な公衆電話とサポートのスタッフをメインプレスセンター(MPC)に配置している。その結果、世界各地からの記者たちでMPCは連日、大変なにぎわいを見せている。
また、一部のカメラマンは通常の銀塩写真でとったスライドをこのセンターでスキャンしてデジタル化して電送している光景もよく目にした。
各記者は記事の送信だけでなく、競技結果の確認や選手のプロフィール、翌日の競技予定やNAOCからのプレスリリースなどのあらゆる情報を得るために、Info '98の端末を活用している。
アメリカABCラジオの記者マーク・ハンコック氏は「英・日・仏の3言語による情報提供はすばらしい。私は過去のオリンピックでもいろいろな情報システムを見てきた。前回のアトランタ夏季大会では競技結果の伝達におおきな問題があったが、この長野のシステムは全く問題がない」と公式新聞「Nagano 98」のインタビューで語っている。
今大会を前にして、IOC(国際オリンピック委員会)は、現時点でのインターネットを通じてのリアルタイムでの競技映像の配信は考えてないことを明らかにした。これは多分に現在のオリンピックにおいてテレビを中心とした放映料収入がIOCや各開催地のオリンピック委員会にとって無視できないこととなっていることを受けてのこと。いかにいろいろな分野におけるインターネットによる情報発信が脚光を浴びてきても、IOCとしては、当面は各国テレビ局の権利をないがしろにするようなことは考えていないという姿勢をあらためて示したものとして注目される。
しかし、既存メディアに対する不満とも思われる動きがアメリカで出始めているのも事実である。本誌2月18日号の「サオリ姉さんのSurfin'USA」でも、テレビ放送に対する不満を持つ視聴者がインターネットでオリンピック情報を得ようとしている動きが書かれているような、IOCもそうした視聴者の嗜好の変化や技術の変化をいつまでも無視し続けられるのだろうか?
('98/2/20)