【連載】
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 ニュースや雑誌に頻繁に登場する国でも、その生活事情やIT事情は案外知られていないものです。あまりなじみのない国だったら、なおさらです。この連載では、世界各地にお住まいの方から、生活者の視点で見たインターネット事情や暮らしについてレポートします。

第15回 安全運転でもご用心 ~タイの交通事情~

イラスト・Nobuko Ide
 チェンマイはタイ有数の観光地ということもあって、英語タイ語日本語その他各国語の情報誌が豊富に発行されている。かつて、そのなかの一冊に次のような文章が載っていた。タイを訪れる観光客向けにタイで気を付けるべき点を列挙している記事で、タイでは「Might is right」(権力=金持ちがいつも正しい)であり、それは車の運転にも当てはまるので、車の運転には十分注意するようにと書いてあった。

 タイに生活してみるとこの言葉がすんなり受け入れられるのだが、私は初め、タイ市民はこういう暗黙の了解の元に運転をしているにしても、交通法規は弱者保護がうたわれているに違いないと期待していた。しかし、それは甘かった。交通法規の中にもしっかりと「排気量の少ない車はスピードの速い車に道を譲るように」と明記されているほどだ。ちなみにタイでは、有料道路はあっても高速道路というのはない。一般道路の制限スピードはバイクや普通の四輪車は90㎞だが、守る人は少ない。私の村を縦断する道路でもそうだ。つまりは国中の道が高速道路なのである。
 国が違えば習慣が異なるものだが、何と日本と対照的なことだろうか。否、或いは日本のように、弱者に重点を置いて交通法規が遵守されている国のほうが、世界を見てみるとむしろ少ないのではないのだろうか。今回はこれからタイを訪れて車を運転しようとする人のためにも、今までに経験した心臓の止まりそうな経験を交えて、皆さんにタイの交通事情についてお伝えしたいと思う。

●免許取得にクルマは必需品!

 私がタイで免許証を取得したのは6年程前。ランプーン県に住んでいるので、日本大使館に住所証明書を発行してもらい、ランプーン市内にある試験場で試験を受けた。健康診断書が必要と言われたので、いったん出直そうと思って試験場の外に出たら、聴診器を机の上に置いた小屋を見つけた。座っている人に聞いたら、ここで健康診断書を発行してくれるという……。皆さんに詳細をお伝えできないのが残念だが、問診5分で健康診断書が出来上がった。大変便利なシステムである。

 それからまた事務所に戻り、書類を提出した。そこでは交通法規集を渡され、待合所でよく読んで大丈夫だと思ったら試験室に入るように言われた。日本でさんざん痛めつけられたので、お茶の子さいさいだと思っていたが、交通法規は全般的には日本の教習所で教えられるものと同じだった(前述した通り、著しく異なる箇所もあるが)。
 一応事故にあったときのために知っておく必要があると思い、このときばかりは真剣に冊子に目を通した。よし、もう大丈夫だと思って試験室に入ると、試験官がタイ語の問題か英語の問題かと聞くので、英語の方を使わせてもらった。どうやら英語の問題は一部しかないらしく、使い古されてかなりシワクチャになっていた。今まで何人もの人が使ったらしく、目を凝らして見ると選択式の正解の頃に爪痕がついていたり、ボールペンで丸が書き込んであったりしていた。問題は全部で100問。なかにはどちらか迷う問題もあったが私は自分の名誉のためにも、問題は全部自力で解いたことを強調しておきたい。私が選んだ項と印がついていた項が、たまたま一致しただけのことなのである。
 快調に問題を解き進めていったが、問題が50題で終わっている。試験官の所に持っていったら、彼女はやおら解答のチェックを始め、50題分の問題を2倍して得点を出した。そういうことだったのかと半ば呆れながらも納得したが、よくわからないシステムである。

 筆記試験に合格したので、次はお待ちかねの実技試験だ。。意気揚々と男性試験官の所に行ったが彼は開口一番「試験に使う車はどこだ?」と聞いてくる。
 「???」
 私は状況がわからぬまま、そういうものは持って来ていないことを告げると、試験官は「試験を受けるのに何で車を持ってこないんだ」と怒り始めた。
 「エー、聞いてないよ」とパニックになりながら、私は善後策を考えた。試験官は「とにかく車を持ってくるように」と冷たく言い放つと、あちらに行ってしまった。このような状況を誰が予測できようか。どうしようかと思いながらも、妻と試験場の階段を下りて下の駐車場へと向かった。下には私と同じように試験を受ける人たちが並んでいた。私はそのなかの一人に「あなたの試験が終わったら、あなたが今使っている車を私に100バーツで貸しては頂けないでしょうか?」と尋ねてみた。彼はあっさりOKしてくれた。その日、私はバイクと車の2種類の免許を取るつもりだったが、バイクのほうは人に借りる必要はなかった。大きい声では言えないが、試験場の駐車場に私がいつも乗っているバイクが止めてあったからだ(良い子は決して真似しないように……)。

 さっきの試験官に車を確保できたことを告げると、彼は私に駐車場を出て外をぐるりと回り、車庫入れして元の所に戻るように指示した。それが終わるとバイクで駐車場を一周するようにとの御達しだ。私は言われるままに車とバイクを走らせた。彼は2階でずっと見ていた(と思う)が、終わって上に上がってくるように私達に言った。
 試験はもうこれで終わったのかなーと思いながら事務所に戻ると、免許証を発行するまで控え室で待っているように言われた。日頃の行ないのせいか外国人だから特別に配慮してくれたのか、とにもかくにも試験はこれで終わった。何だチョロイじゃん……。
 ちなみにタイは、バイクの免許は一種類しかなく、これで昔の日本のように限定解除も乗ることができる。車は日本のように車重ではなく、車輪の数で免許証が分かれていて、外国人の私は四輪車しか乗ることができない。当時はタイ人用には一生使える免許証もあった(今はもうなくなったとの話も聞くが)。外国人の私には、一年毎の更新が義務付けられている。

バイクでかっ飛ばす子供の姿 速度標識。「トレーラー60km(時速)、トラック・バス80km、乗用車・バイク90km」とある タイ運輸局のWebサイト

●常に360度・全方位への注意が必要~タイにおける運転極意

 さて、運良く簡単に免許証を手に入れられたが、道路もこの調子ですいすいと運転できるかというと、どっこいそうは問屋が卸さないのが世の常人の常である。
 車を運転する際には、法律も頭に入れておく必要があるが、それと同じように大切なことは、その地方によって違う“暗黙の了解”というやつだ。例えば日本では直進車、左折車、右折車の順で優先権があるが、タイではそのことはまったく関係ないようだ。割り込みに関しては、日本に比べずっと寛容だ(これはバンコクでの渋滞時には決して当てはまらない。3時間4時間車の中に缶詰というような状況下では誰でも目が血走ってくる)。割り込みが簡単にできるというのは、いつどこから車が接近してくるのかわからないので、運転手全員がそれこそ視界360度に気を配っているからでもある。そういう意味ではタイの方が運転しやすい面もあるといえるのだが、何しろ皆スピードを出すので、衝突したときの状況は目を覆いたくなるほどである。

 ここではタイの、特に田舎で運転する際に気をつけていた方が良いことをいくつかあげておきたい。

 1.横道から出てくるバイク
  タイの田舎では、小学生の子供達がバイクに乗って通学やお使いに行く。公共交通機関がないというのが理由だが、もちろん小学校ではバイクの乗り方などは指導していないから、どういう運転が事故を招くかなどはまったく考えずに乗っている。田舎ではこの子供達やおばちゃんたちが横道から弾丸のように飛び出してくるのである。そのうえ、田舎では酒に酔って車に乗っている人も多い。一旦停止をせずとも大通りに出るとき右方向(タイは日本と同じように車は左側通行)を見ればよいのだが、皆視線は常に進行方向に固定されているので、こちらは十分な注意が必要だ。

 2.路肩を逆行してくるバイク
  皆さんが横道から大通りに出るときは、まず右方向を見ながら大通りに入る機会を伺うのではないかと思うが、私はこの時左からやってきたバイクにぶつかったことが一度ならずある。タイの道路は日本の道路に比べ大変余裕を持って造られており、市場の前などは舗装されていない路肩の部分が大変広い。ここをバイクが逆行してくるのである。逆行してくるバイクは正面に横道から大通りに出ようとしている車が見え、しかもその車は右方向に注意が集中していて自分には気付いていない事は十分わかるはずなのだが、それでも一旦停止をするなどの衝突を避ける努力をしない。それがタイ人気質なのだ。

 3.右折車を追い越すバイクや車
  これも何度か経験して、その度に心臓が止まりそうになるほどのショックを受けた。交差点などで右折をするため中央線に寄り、対向車が途切れて右折しようとハンドルを切ったその時に、猛スピードでバイクや車が右側を追い越していくのである。この状況を皆さんにちょっと想像して頂きたい。この時ばかりはハンドルを握る手から冷や汗がどっと噴出すのを感じる。タイの交差点で右折するときは正面・左方と共に右後方を絶対に確認しなくてはならない。

 その他二重三重(追い越し)などの無謀な運転をし、追い越すに追い越せなかった車が前方正面から向かってくることもしばしばだ。その際衝突を防ぐために常に左方路肩側のスペースを確保しておく必要がある。バイクが後方をぴったりついてくることも多い。前方からの車の衝突を避けるため左に急ハンドルを切った際、この後ろからついてくるバイクにぶつからないようにするのも大切だ。

 このように、タイで運転しているといろいろと頭が痛い状況に出会う。こちらは交通法規を守っているのにと怒鳴りたくなることもたびたびある。しかしいくら法律を守っていても、こちらは外国人。事故の責任を討論する事態になったら相手にとっては大得意のタイ語で議論することになる。所詮こちらに勝ち目はない。
 タイで運転する際は、法規を守ることも当然だが、それにもまして大切なのは、タイ人気質をよく理解した上で、加害者にはもちろん被害者にもならないよう自分を防衛する運転(をすること)だと思う。決して他の車を信用してはいけない。何時どのような行動を相手がとっても、その射程圏外に常にいることがとても大切だと思うのである。

ウシ道路横断注意、の標識 バンコク戦勝記念塔前でバスに乗り込む人たち バンコク民主記念塔前の渋滞の様子 タイ警察局発表の交通事故の統計。バイクと自家用車が圧倒的だ

◎執筆者紹介◎
もりた・さむえる (3?歳) 1993年、日本語教師に憧れて来タイ。妻と知り合いタイに居着く。最近は野菜作りに専念。2002年の初めには村に語学教室(Rainbow Language Center 通称R.L.C)を新築する予定で、将来は“タイにR.L.C.あり”と言われるような語学施設を目指し、日本語教育に情熱を注いで行きたいと願っている。
※タイ編はgensanと森田さんが交代でお送りしています。

 ◎次回は南アフリカ在住の金子さんが登場します。お楽しみに!

◎「アクロスtheインターネット」その他の回はこちらから

(2002/01/11)

[Reported by 森田覚偉霊]


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