【連載】
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 ニュースや雑誌に頻繁に登場する国でも、その生活事情やIT事情は案外知られていないものです。あまりなじみのない国だったら、なおさらです。この連載では、世界各地にお住まいの方から、生活者の視点で見たインターネット事情や暮らしについてレポートします。

第23回 村の食生活 ~タイ~

イラスト・Nobuko Ide
 昨年の11月中旬、FIFAがワールドカップを前にして、韓国側に犬肉を食べる習慣を改めるように迫ったというニュースをまだ覚えていらっしゃる方も多いだろう。客観的に考えれば、会長の住んでいるスイスの料理にしても数多くの動物の肉が使われているはずなのだから、牛や豚などは食用にしてもいいが犬は駄目だというのは道理に適わない意見だと思う。だから自分のことは棚に上げてどうのこうの言うべきではない。……と理屈では書けるのだが、個人的には現在子どものように可愛がっている犬が5匹いるので、犬が殺されるときのことを考えると、いたたまれない気持ちになる。
 ところが、私が住んでいる村の男性もまた犬の肉が大好きなのだ。犬を食べるときというのはまず大通りに出て行った犬が車にはねられて死んだとき、それから御主人様の飼っている鶏に手を出してしまった時の場合が多い。

 食生活というのは世界各地域によって想像を絶するほど異なるものなので、初めてその地域に入った人はびっくり仰天腰を抜かすことも多いと思う。今回は日本とは随分と異なる北タイの食生活についてレポートしてみたいと思う。

●五味の調和が美味しいタイ料理の条件……だけど?

 一般的に、タイ料理は強烈に辛いという印象を皆さんお持ちだと思う。私も最初の印象はそうだった。しかしこの辛さに慣れるのにはそう長い期間を必要としない。逆に私の場合、いつまでも慣れることができなかったのは、アイスコーヒーなどの強烈な甘さだった。日本人は素材の味を生かしたどちらかといえば素朴な味付けを好むが、タイ人は逆で、五味、特に辛味・甘味・酸味がうまく調和していることが美味しい料理の条件だと考えているようだ。典型的な料理が日本でも有名なトムヤムクンスープだ。
 屋台で出される料理はあらかじめ薄めに調理されてあり、それにテーブルの上に用意されているナムプラー(魚醤)、唐辛子を火で強くあぶり粉砕したもの、砂糖などを好みに応じて入れ、味を整える。塩気に関していえば、日本で出される料理よりもずっと薄めなので高血圧になりにくいと思うのだが、その代わり砂糖を皆よく入れる。私の妻もクイティアオ(米から作る麺を使ったうどんのような食べ物)に、最低でもさじ2杯の砂糖を入れて美味しそうに食べる。かつて列車に乗っていたとき、駅のホームでクイティアオに砂糖を入れている女性がいたので、何杯入れるか数えたことがあった。1杯、2杯、3杯(まだまだいける)……4杯、5杯(これはすごい)……6杯、7杯……、やっと手の動きが止まった。その女性はなんと匙7杯もの砂糖を料理にぶち込んだ。このことを話すと流石のタイの友人もびっくりしていた。

 1996年に私はそれまで働いていたバンコクを離れ、北タイにやってきたが、ここで生まれて初めて見る食材も多かった。義父の敷地内に小さな住居を作っている1ヶ月ほどの間、妻の妹の家にお世話になったが、毎日珍しい食べ物を目にし、驚きの連続だった。或る日冷蔵庫を何気なく開けたら、中に黒いものがコロンと置いてあった。何だろうと思い手に取って見るとそれはコウモリだった。私が驚いたことを家人に伝えたら、これは市場で買うととても高いんだぞと言い返された。タニシも生まれて初めて食べた。蛙も食べた。蛇も食べた。こおろぎも食べた。赤蟻の卵も食べた。この赤蟻の卵は最初かなり抵抗があったが、つい先日、卵焼きの中に入っている蟻の卵を美味しいと思いながらむしゃむしゃ食べている自分に気付き、以前の自分を懐かしく思い返した。
 妻の実家はとてつもない田舎にあるので、日本料理はもちろん、バンコクとかでは普通に食べられる正統タイ料理さえも食べる機会がない。毎日食卓にのるのは粗末な田舎料理ばかりで、恥ずかしい話だが当初は食べ物、特に日本でよく食べた釜揚げうどんの夢をしばしば見た。しかし妻も一生懸命工夫して料理を作ってくれているのがわかったので、我慢して食べていた。嫌だと思ってもそれしか食べる物がないのだ。しかし慣れというのは真に恐ろしいもので、日本の実家が時々インスタント食品を送ってくれるのだが、今ではあまり日本の食べ物がおいしいとは思わなくなった。

 食材に関心がある人は、スーパーやデパートでなく、ぜひ村の市場に行って見られることをお勧めする。この市場にはありとあらゆるものが売られている。雷魚、かぶとがに、なまず、亀、鶏、たがめ(これは今でも食べられない)、たけのこ、各種山菜、きのこなど。それからグアバ、ドリアン、イチゴ、マンゴスチンなど数えられないほどのフルーツ……。市場を覗けば、どれほどタイという国が自然の恵みにあふれた所であるかを実感できる。
 話はちょっと脱線するが、市場では鶏や豚やその他の小動物がその場で解体されているのを目にすることができる。毛をむしられた鶏や首を切られた豚の顔などはとても哀れだが、私はこういう場面を日本の子供達に見せたい。日本では生産過程が複雑化されて、子供達が目にするのはきれいに袋詰めされた製品ばかりだ。子供達がこの市場の情景を目にすると、人間の命というのがいかにたくさんの動物の犠牲の上に成りたっているかが実感できると思うのだ。それがわかれば人間も含めた生物の命に対する尊敬の念が生まれ、凶悪事件も少しは減少すると思うのだが如何だろうか?

地中にできる「ヘットハー」というキノコ。見た目はちょっとグロイけど美味かつ高価 村の市場の様子 タイの写真が豊富な「サバーイ サバーイ タイランド」のタイ料理コーナー。中には驚くような食材も…

 さて、日本でも一時売られて評判がよくなかったタイ米だが、北タイの人々はもち米を常食する。この連載の第3回に写真が出ているが、こちらのひとは二、三種類のおかずを中央におき、床の上や野外だとござの上に円陣を組む格好で座って食事をする。食事は右手の指三本でもち米におかずを浸して口に運ぶ。良く見ていると、その間左手に握っているもち米を食べ易いようにこねこねと丸めている。だから食事が終わると皆の手はとてもきれいになっている(ウエッ)……というのは冗談です。
 人々の顔つきも当然ながら、言語も中国文化の多大な影響を受けて育まれてきた北タイだが、こと食事に関する限りは塩の代わりに辛子を大量に使うこと、箸ではなく手で食事をすることなどから、インド文化の影響(或いはインド文化の影響を受けたクメール文化の影響)を受けて発展してきたのではないかと、私は考えている。そしてこちらの方がより深いところに横たわっている北部タイの基層文化ではないかという気がする。一度じっくり調べてみたいのだが……。

●タイ料理で、1つだけ困ること

 次に、チェンマイといえばこれ!!というぐらい有名な「カントーク料理」についてちょっと書いてみたい。カントークというのは料理をのせる木で出来た足のついたお盆のようなものだが、チェンマイにあるカントーク料理専門店では、この料理を食べながら優雅な民族ダンスを楽しむことができる。料理自体は鶏のから揚げ、豚の皮の唐揚げ、もち米、それにナムプリックといわれる味噌たれのようなものをつけてたべる生野菜などで全然たいしたことがないのだが、色鮮やかな民族衣装を着た娘さんや太鼓を勇ましく打つ男の子達の踊りを眺めていると、伝統的な様式で造られた舞台の雰囲気とあいまって、タイムスリップし、昔の領主にでもなったような気がしてくる。一度は見てみる価値があると思う。
 最後に私の一番のお勧めのチェンマイのレストランを御紹介したい。それはナイトバザールのあるチャーンクラーン通りをピン河に沿ってどんどん南に下り、もう少しでマヒドン通りに抜ける辺りの左手にある、「ターナーム」というタイレストランだ。メーピン河に臨んで建てられている木製の歴史的なこの家屋は、ランナー時代(13世紀末)のチャオ(=首長、領主)の住居で、いかにも時代の流れを感じさせる素晴らしいものだ。夜間はライトアップされ雰囲気もまた格別だ。ここで悠久の昔のタイ民族の生活を偲び美味しいタイ料理に舌鼓を打てば、きっと旅の良い思い出として心に残ることだろう。

カントーク料理が並んだ食卓。料理自体は素朴なものが多い カントーク料理の踊り子たち 一押しレストラン「ターナーム」は訪れる価値大だ チェンマイ情報が詰まった「サワディーチャオ チェンマイ」。レストラン情報も豊富

 ここまでいろいろと書いてきたタイ料理だが、一つだけ困ったことがあるのだ。タイに来る人、特に男性はほとんど例外なく太る。私もブリブリと太った。私がタイに住もうと考えたとき、これだけは守ろうと考えた事があった。変に聞こえるかも知れないが、その時私は単純にも「できるだけ睡眠を取りできるだけ栄養を取ろう」と考えたのだ。異国の地で倒れないようにと思ったのだが、その結果みるみる間に太ってしまった。それでもタイにいた9年間、幸運にも健康診断、予防接種、歯医者を除き一度もお医者さんの世話になったことがないのだから、この思い込みも少しは意味があったのかもしれない。
 あまりの暑さに運動することもついつい億劫になるが、何とか毎日楽しく体を動かす方法がないものか、考えているところである。

◎執筆者紹介◎
もりた・さむえる (3?歳) 1993年、日本語教師に憧れて来タイ。妻と知り合いタイに居着く。最近は野菜作りに専念。2002年の初めには村に語学教室(Rainbow Language Center 通称R.L.C)を新築する予定で、将来は“タイにR.L.C.あり”と言われるような語学施設を目指し、日本語教育に情熱を注いで行きたいと願っている。
※タイ編はgensanと森田さんが交代でお送りしています。

◎次回は南アフリカ在住の金子さんが登場します。お楽しみに!
◎「アクロスtheインターネット」その他の回はこちらから

(2002/03/08)

[Reported by 森田覚偉霊]

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