【連載】
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 ニュースや雑誌に頻繁に登場する国でも、その生活事情やIT事情は案外知られていないものです。あまりなじみのない国だったら、なおさらです。この連載では、世界各地にお住まいの方から、生活者の視点で見たインターネット事情や暮らしについてレポートします。

第3回 自力で建てた“携帯アンテナ” ~タイ~

●万葉時代を感じさせる村

イラスト・Nobuko Ide
 ここはランパーン県ワンヌァ郡。クルンテープから北へ約800kmの、山間の村である。クルンテープとはタイ国の首都で、“天使の住む都”との意味を持つ。外国人からは“バンコク”と呼ばれている都市だ。意外に思われるかもしれないが、バンコクとは外国人による俗称で、例えて言うなら、東京を江戸と呼んでいるようなものだ。ここワンヌァは田園地帯で、悠々とした時間の流れに浸っていると、まるで万葉の時代にタイムスリップしたようだ。
 ワンヌァ郡の人口は約5万人、タイに在住する邦人数にほぼ等しい。郡はさらに、30~40の村落より構成され、その一つが私の住んでいるムアントーング村である。村民の多くは、山岳民族の末裔が定住したものと思われる。もともとタイ国は多民族国家であり、民族や地域でかなり異なった生活様式を持つ。南部のマレー系イスラム文化圏、中部クルンテープ周辺の都市文化圏、東北部のクメール文化圏、そして、北部の山岳民族文化圏が代表的だ。さらに人口の10%以上が華僑系で、中国文化が各地でオーバーラップされている。

 このあたりでは停電は日常茶飯事だ。原因はいろいろあるが、筆頭はなんといっても自動車事故によるものが多い。タイの道路にはほとんどガードレールがなく、車が電柱にぶつかって電線を切ってしまうのだ。2番手が、暑さで電柱のトランス機器が爆発することだ。ボンという音が聞こえると、たいてい停電になる。また豪雨の時などは、保全のためにあらかじめ切ってしまう場合もある。この場合、10分ほど前に予告の瞬断があってから、本格的に停電になる。こんな状況なので、義母はローソクを作って売っている。またバッテリーは必需品で、義父はバッテリーの充電を生業にしている。

 実はここには、電話回線がない。携帯電話はあるものの、山岳部では電波が微弱で、通話はほとんどできない。そこで携帯電話専用のアンテナを建てることにした。最初のアンテナはクルンテープの携帯電話ショップで買ってきた。これを村の鍛冶屋に頼んで建ててもらった。6メートルのパイプを3本つなげて、紅白のペンキを塗った立派なものだった。しかし設置は困難で、何度も転倒させてしまい、転倒の度に湾曲部を切断したため、どうにか建った時には18メートルのポールが15メートルになっていた。苦労して建てたのであるが、電波は全く入ってこなかった。次に村のラジオ屋がやって来て、もっと感度の良いアンテナがあると言う。気を取り直して、再度建て変えた。しかし、それでも電波は入ってこないのだが…。
 それにしても昨今の携帯電話の普及には目を見張る。タイの携帯電話の普及率は年内に約10%に達する予定で、来年の携帯電話マーケットは1,000億バーツが見込まれるとのニュースもあった。携帯電話会社の一番手は、現タイ国首相のタクシン氏がオーナーのAISグループ。2番手は、最近安売りでシェアをのばしてきたTACグループだ。タクシン氏が首相になった時、牽制の意味で展開されたTACのプロモーションは非常に変わっていた。町の至る所にDとだけ書かれた大看板が設置され、おまけにTVにもDの文字だけが流れる。誰もが何の事かわからず相当な評判になった。そして、ある日突然、Dの後ろにTACの文字が入って種明かしがされたのだ。DはデジタルのD、そしてタイ語でディーとは、「良い」の意味でもあった。
 他にも、有線電話会社のTA社が、PCTという日本のPHSにあたる製品を販売している。残念なことにPCTは都市部でしか使えないのだが。また従来、外国人が携帯電話を買う際には、WP(ワークパーミット、つまり労働許可書)の掲示を求められていた。しかし、最近出てきたプリペイドカード方式はWPが必要ないため、定職をもたない外国人にとっては便利なものだ。ただしアカウントが切れて30日を過ぎると、電話番号が抹消されてしまう。

野良仕事に出かける牛車。ここでは普通に見かける光景だ 左が最初に建てたアンテナで、右は後から建てたもの。結局役に立ってはいないのだが…

●電話も電気もない生活!?

 電気も電話も満足に使えない、ムアントーングでの生活は以下のような感じだ。朝はだいたい6時に起きる。目覚まし時計は嫌いなので、自分でラジオ体操の歌などを口ずさんで起きる。7時前には、30km先の幼稚園に通う息子のためのスクール・ピックアップが来る。親子の会話は2ヶ国語方式で、私が日本語で話し、息子がタイ語で答える。私はタイ語がしゃべれないわけではないが、息子に日本人でもあることを少しばかり意識させたいのでそうしている。
 食事は通常カオニィオと呼ばれるもち米が主食だ。副食としては野菜を煮物にしたり、すり鉢で潰したものを用いる。箸は使わず、手でカオニィオを丸めて、副食の野菜を付けて食べる。一部の野菜やトウガラシなどは家の周りに自生しているので、調理の前に採取してくる。カエル、コオロギ、バッタ、ヘビ、アリの幼虫など、動いているものの一部は貴重な蛋白質源となる。息子にとってコブラはお袋の味でもある。私には、雑草と野菜の区別が未だにつかないが、息子は母親の求めに応じて、正確かつ迅速に採取してくる。

 月に2~3件は葬式がある。通夜は3~4日間行なわれるが、通夜の会場にはたいてい「ここで賭け事は禁止」の張り紙がある。通夜には多くの人間が集まるが、近所の家が賭場になっていることが多い。火葬の時でさえ、顔見知り同士が2人3人と連れ立って賭場に行く。私の手元には、中座した者が置いて行った顕花が何本も集まってしまう。棺桶に火がついた段階で式は終わりである。後で火葬場の係員が森に散骨する。墓も骨壷も仏壇もない、実にあっさりしたものだ。とにかく、タイ人は賭け事が好きで、毎月2回の宝くじはいつも完売状態だし、カンボジア国境のカジノは連日大繁盛だ。またバス停でバス待ちをしている時、次のバスのナンバーを当てる掛けに誘われることもある。

 先ほどからの説明でお分かりと思うが、ここではインターネットには接続できない。PCはあるのだが。そのため、クルンテープの隣のパトゥムタニ県にアパートを借り、そこにもう一台パソコンを置いている。そして毎月数日間、このアパートでインターネットの世界を堪能している。2ヶ所のパソコンでハードディスクを着脱しながら共有しており、Windows98にはワンヌァ用とパトゥムタニ用の2つのハードウェア・プロファイルを設定し、WEBサイトの情報をまるごとダウンロードするソフトや、ハードディスクを着脱して持ち運ぶためのMobileRackが重宝している。
 こう書くと非常に面倒なことをやっているように思えるかもしれない。でも、ついでに古本を買ったり、友人に会ったりもするので、パトゥムタニまでの800kmの距離もそれほど苦にならず、楽しみの一つとなっている。

停電対策に試作したポケットライト。通常はコンセントに挿しておき、停電時は自動的に点燈する。原価を今の4分の1にしないとタイでは難しいが… 食事の材料は野菜に昆虫の幼虫、豚の内臓、豚の血など 箸を使わずに手で食べる、食事風景。カオニィオと呼ばれるもち米を丸めたものが主食になる

◎執筆者紹介◎
gensan 穿孔カードや紙テープ時代のオールドプログラマー。今でも入国カードなどの職業欄にはコンピュータ・プログラマーと書いている。年齢は中国共産党と同い年で、在タイ9年。最近はMicrochip社のPIC(1チップマイコン)に興味を持ち、PIC応用製品を開発してタイのマーケットで一儲けしようと企らんでいる。メールはmarugen@curio-city.comまで

 ◎次回は南アフリカ在住の方が登場します。お楽しみに!

◎「アクロスtheインターネット」その他の回はこちらから

(2001/10/05)

[Reported by gensan]


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