【連載】
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 ニュースや雑誌に頻繁に登場する国でも、その生活事情やIT事情は案外知られていないものです。あまりなじみのない国だったら、なおさらです。この連載では、世界各地にお住まいの方から、生活者の視点で見たインターネット事情や暮らしについてレポートします。

第5回 “軍隊”が存在する日常 ~韓国~

イラスト・Nobuko Ide
 陰暦8月15日。いわゆる中秋節にあたるこの日を、韓国では、秋夕(チュソク)と呼んでいます。今年は10月1日がそれにあたり、日本のお盆のような民族大移動が行なわれます。ちなみに、日本の場合はお盆は公休日ではありませんが、韓国はここが3連休になります。
 この間、韓国全体が休業状態となり、あちこちでお祭りが行なわれたりします。学生も全て里帰りして、大学の中もすっからかんになります。そして、残された外国人だけがきょとんとしているという……。

 さて、この秋夕を前に、アメリカではとんでもないテロ事件が起こりました。韓国でも、一時、連鎖テロの噂が流れるなど、多少の緊張が走りました。今のところ大きな動きはないようですが、それでも有事になった際、日本より緊張感があるのは、事実です。それはもちろん、この国が、現在も戦時下にあるからです(朝鮮民主義人民共和国とは休戦状態)。
 そこで今回は、韓国における軍の様子などを紹介したいと思います。ちょっとネット関係のことから離れますが、ご容赦を。

●学校生活からも切り離せない徴兵制

 韓国の大学にいると、日本よりも遙かに「軍隊」の存在を強く意識します。それは何より、徴兵制があるからです。
 韓国人の男性は成人すると、兵役の義務があります。高校を卒業して進学しなかった者は、すぐに軍に行かねばなりません。また大学生は、在学中は免除になりますが、たいてい途中で休学して、義務を果たしてから卒業します。私の勤務する外国語学部では、だいたい入学して1年くらいしてから、軍に入っている者が多いようです。ただ、これは学科や大学ごとにまちまちなようですが。
 任務期間は基本的に2年2ヶ月。ただし空軍のみ、2年6ヶ月になります。だいたい2年から3年間休学して、それから卒業ということになります。ですから、韓国人の男子学生に「何年生?」と質問しても、軍隊に行って来たかどうかで、年齢が随分違ってきます。そのため自己紹介をするときは、入学年度(学番という)を示すケースが多くなります。そして、最短ルートでいっても、25歳で大学卒業となります。男子の場合、「新卒」と言っても、年齢が日本に比べるとかなり高いわけですね。
 もちろん徴兵といっても、一部に免除規定があります。扶養家族が多数いたり、健康診断で適正に問題ありとされた場合などがそれに当たります。あと、海外で定住権を持つ韓国人も免除になります。在日韓国人はこれが適用されて、軍隊に行かずに済んでいるわけです。
 一昔前は、この規定を悪用した「軍隊逃れ」がまま見られたのですが、当然、批判が続出し、最近は厳しくなっているようです。また、任務期間にも個々の事情を考慮して、長短の違いがあったのですが、最近はそれも廃止され、一律に2年2ヶ月となっているそうです。

大学で軍の教育を行なっている様子 韓国国防部のオフィシャルサイト 国防部サイトの英語版。内容はどちらも充実

●軍隊といっても勤務はさまざま

 軍隊には、もちろん、陸・海・空・軍があります。軍隊には、もちろん、陸・海・空・軍があります。韓国の場合、北朝鮮と地続きですから、国防上、陸軍が主体になります。したがって、特に本人が希望しなければ、自動的に陸軍に割り振られます。  またこれ以外に、警備警察というのがあります。これはデモ鎮圧などの治安維持にあたる部隊で、通常の軍勤務と同様の扱いになります。北とは休戦状態にある現在、こちらの方が“戦闘”に参加する機会が多いかも知れません。
 また、「カチューシャ」と呼ばれる制度もあります。これは、韓国に滞在している米軍で働くものです。当然、英語ができないとダメですが、これも志願制になっています。板門店の警備に当たっているのもこの部隊で、映画「JSA」に出てきた韓国人兵士も、全てカチューシャです。
 さらに大学には、「ROTC」と呼ばれる将校養成コースがあります。大学の学業と平行して、軍事に関する知識を身につけ、卒業後は軍に赴任するコースです。従って、大学に軍から教官が派遣されています。大学構内で軍服を着ている学生をしばしば見かけるのも、そのためです。
 なお、徴兵は、男子にのみ課せられた義務です。恋人が軍に行ってしまって寂しい思いをしている女性もいれば、これ幸いにと、別の男に乗り換える女性もいます。こればっかりは悲喜こもごもですね。あと、女性の場合、志願制で入隊するケースもあります。

 さて、軍隊というと、戦地に赴いて鉄砲を担いでいる人を想像しますが、実際の勤務内容は、本当に多種多様。もちろん、前線に赴いて警備している人もいますが、中には内勤だったり、食事を作っていたり、軍病院で働いていたり……。要するに、鉄砲担いでいるだけではなくて、軍及び軍事施設の維持のための、ありとあらゆる場所に配属されて仕事をしています。部隊に住み着いている人もいれば(これが大半)、自宅から通勤している人もいます。
 したがって、軍の思い出も各人各様。軍関係のことは、守秘義務があるので、外国人にべらべら喋るわけにはいかないのだそうですが、酒が入ると、皆で思い出話に花が咲きます。除隊後も、元同僚たちと集まって旧交をあたため合ったりしているそうで、軍の存在が日本より圧倒的に大きいことがわかります。

左から韓国陸軍、韓国海軍、そして韓国空軍の各オフィシャルサイト。どれも懲りまくり。残念ながらすべて韓国語のみ こちらは韓国女性軍養成学校のサイト

 日本にはない徴兵という制度。人生において、最も知識と経験を積まねばならない時期に、2年弱の軍生活を送るというのは、かなりシンドイ話です。日本では、軍隊というだけで拒否反応を示す人も多いでしょう。私も韓国に来る前は、そうでした。しかし、国の存続がかかっているのですから、韓国人の男性に生まれたからには、兵役から逃れることはできません。
「逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ」(注:アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の主人公の台詞)という言葉は、韓国でこそ真実になると言えましょう(^_^;)。ですから、実際に軍隊から帰ってきた学生を目の前にすると、素直に頭が下がります。

◎執筆者紹介◎
マツモト・シンスケ 韓国の慶熙(キョンヒ)大学で、「こんにちは」から「いてまうど、われ」まで、多種多様な日本語を教えています。現在の目標は、タクシーの運転手と言葉を交わしても、日本人とバレないような韓国語の発音を身につけること。

 ◎次回はコスタリカ在住の加瀬さんが担当します。お楽しみに!

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(2001/10/19)

[Reported by 松本真輔]


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