米国では、西海岸の「シリコンバレー」、東海岸の「シリコンアレー」などから注目のIT関連のスタートアップ企業が登場しています。そして、今日本でも「ビットバレー」が話題になるなど、さまざまなインターネット関連のベンチャー企業が注目を集めています。この連載では、渋谷周辺のみならず日本全国から、新事業を創造する、まだあまり知られていない企業をピックアップし紹介します。(編集部)
インターネット回線を使って音声データを伝送するVoIP(Voice over Internet Protocol)は、電話とコンピュータを融合する技術として、急速に注目を集めている。音声情報をパケット化してデータネットワークの帯域に乗せることにより、既存のネットワーク環境でIPベースの音声通話が可能になるため、よりオープンで経済的な通信方式としてコミュニケーションに革命的な変化をもたらすと目されているからだ。その反面、実用化ということになると、音質/遅延/半二重通信限定などといった品質と信頼性の問題がネックになっており、一般的なアプリケーションとしてはまだ普及していないのが現状である。
ソフトフロント株式会社(本社:北海道札幌市、村田利文社長)は、独自のリアルタイム音声ストリームエンジン「NOSKI(ノスキ)エンジン」TMの開発により、音質/遅延/半二重というVoIPの普及を妨げていた3つのボトルネックを解決し、技術面でのブレークスルーを果たした。
従来、VoIPの導入モデルは、コストダウン、PCと端末の一元管理、IPの特徴を活かした付加価値提供サービスという3つのニーズ別の段階に大別できるとされていた。ソフトフロント社は、「NOSKIエンジン」TMをベースに、これら全ての段階のニーズに応えるさまざまな実用アプリケーションを提供することでインターネットベースのコミュニケーションに革命をもたらそうとしている。
地方都市札幌から世界のマーケットに照準を合わせる村田社長に、ソフトフロント社とVoIPについて、そしてITベンチャーの集積地として注目されるサッポロについて聞いた。
●「コミュニケーション」をコンセプトとした企業の設立
ソフトフロント社は、1997年ビジョンコーポレーションとコアシステムという2つの会社の合併によって生まれた。企業のコンセプトは「コミュニケーション」。ユニークな企画力を持ったビジョンコーポレーションと、それを実現する技術力をもったコアシステムの合併は、共同での仕事が両社の売上の半分を超えていたこともあり、自然な流れでもあったという。設立当初はコミュニケーションツールの開発、販売をコアとした企業を目指しており、合併は会社としてのカバレッジを広げるためであったと村田氏は説明する。
インターネット環境の普及により、コミュニケーションの形態は多様化の一途をたどっている。ソフトフロント社はそのコミュニケーション環境をより良いものにする、というところに、企業としての社会的価値とマーケットを見出している。
そのコンセプトどおり合併の年には、ヒット商品ともなった電子メールクライアント「++Mail(ぷらぷらメール)」、コミュニケーションツール「NetStickies」などといった製品を市場に投下した。その後もメーリングリストと電子会議システムを連動させた「コミュニティーエディタ」のリリースや、自治体のコミュニティー構築への参画、コミュニケーションサイトの構築など、コミュニケーションをテーマとしたユニークなビジネスを展開している。
現在、注目を集めているVoIP技術も、より良いコミュニケーション環境を実現するという意味において、同社のコンセプトの軸上にある分野である。「ネットビジネスはコミュニケーションビジネス」と言う村田社長の言葉からも「コミュニケーション」に対する強いこだわりを感じることができる。
●VoIPへの取り組み
ソフトフロント社のVoIPへの取り組みは、前述の同社の誕生に端を発する。
2つの会社が合併する際に、両社の電話連絡はPBX(構内交換機)をPCから制御することでLANベースのシステムとしようと考えたものの、当時はそれを実現する交換機が存在しなかった。1997年当時のベンチャー企業がPBXとPCの統合を試みたということ自体が驚きに感じるが、コミュニケーションビジネスを標榜する同社では、「電話の文化とインターネットの文化が融合していない方が不自然」(村田社長)との捕え方をしていた。更には、「できないのであれば仕方がない、じゃあ作ろう」(村田社長)ということになり、これが後にVoIPの技術的ブレークスルーを果たす「NOSKIエンジン」TMへの取り組みのきっかけとなったという。
その後、2年以上に渡る研究開発の結果、従来インターネット回線側の問題とばかり思われていた音声遅延を、PC側でのロスに着目して改善をはかるなどの工夫を重ね、OS、ハードウェア依存ソフトも含めた、新しいソフトシステム(アーキテクト)を開発することに成功した。これが、音質、圧縮比率、伝送遅延縮小において世界最高水準と注目される、リアルタイム音声ストリームエンジン「NOSKIエンジン」TMである。このエンジンは現在でも他社製品と比べ、高い音質と4分の1から5分の1という遅延時間の短さを誇っている。
それほどまでに高いクオリティーを誇るプロダクトを開発するにあたり、「開発段階での問題や苦労はこれといってなく、アプローチの方針さえできれば、あとは大きな問題もなく一気に完成させることができた」と村田社長はコメントする。コンセプトをプロダクトに容易におきかえることができる高い技術力そのものが、ソフトフロント社のコアコンピタンスとも言えるだろう。
●収益構造と現在の取り組み
現在、ソフトフロント社の収益は、受託開発とパッケージ販売に支えられている。いずれもコミュニケーションをコンセプトとしているという意味では、同社の戦略的取り組み分野であることには変わりないが、収益モデルとしては目新しいものではない。
しかしながら、将来的には同社のコア技術となりうるVoIPを中心に、カスタマイズ可能な汎用アプリケーションを従量課金形態で提供するストック型ビジネスや、特許の取得による権利ビジネスといった新たな収益モデルへの取り組みを示唆している。
VoIP技術に関しては、電話に匹敵するクオリティーそのものをコアコンピタンスとしているため、当面は競合の入り込む余地はないと考えており、同社の保有するVoIP概念の汎用化や、ハードウェアへのエンジンとしての組み込みなど、幅広い分野での技術的応用も検討している。
また、同社は「NOSKIエンジン」を実用アプリケーションに落とし込み、利用の提案まで踏み込むという戦略も展開している。
そのVoIPアプリケーションの画期的な例のひとつが、「KISARA(キサラ)」TMである。KISARAは、インターネット上のeコマースにおいて、企業と顧客がWebページのシェアと音声通話を同時に行なうことを可能にしたシステムである。「KISARAを利用することで、オペレーターと会話しながら双方が同じWebページを共有でき、対面販売に近い付加価値を提供することが可能となる。これにより、商品情報の信頼性を高めることができるため、従来のeコマースでは難しいとされていた高額商品販売のハードルを低くすることができる」という村田社長の言葉の通り、リアルの世界に近いOne to One的な顧客対応を実現するツールとして、幅広い分野での応用が期待できる。
他にも企業内のLANを利用して、PBXを使わずにWebサーバで内線電話を管理する「NOSKI VoIP SYSTEM」も、オフィス情報環境における革命をもたらすアプリケーションとして注目されている。IPネットワーク上で、全てのコミュニケーションを統合することで、表現の幅を広げるとともに、一般公衆回線とのトールバイパスにより電話とLANといった2重投資が不要となるため、大幅な設備費・通信費・維持費を削減が期待できるソリューションである。
●サッポロ発世界標準を目指して
ソフトフロントは2000年6月に米国サンノゼに現地法人を開設した。国内での展開よりも先に海外への展開をはかったのは、VoIPに対する日本の市場の理解が遅かったことが大きな原因である。ここ最近こそVoIP技術は脚光を浴びつつあるが、国内ではつい1年ほど前までVoIPは実用技術として見なされていなかった。対照的に米国では、ソフトフロント社のVoIPソリューションをいますぐにでも実用したいというニーズが既に顕在化していたため、マーケットの立ちあがりの速さを重視して、米国への進出を決断したという。
結果的には、日本のマーケットも予想以上に早く立ち上がったが、「アメリカでの実績ができれば、国内マーケットの立ち上がりにも拍車がかかる」(村田社長)という考えのもと、現在は日米のマーケットで並行して営業を行なっている。米国でのビジネス活動は、パートナーの選定とアライアンスの組み方を中心に進めているとのことだが、ネットワークハードベンダーとの提携による、ハードウェアへのVoIPエンジン組み込みを提案するなど、ソフトフロントの海外展開は単に米国という市場だけを狙ったものではなく、グローバルマーケットを睨んだものであることがうかがえる。
調査会社の米Dataquestの予測では、世界市場におけるVoIPサービスの売上高は、1999年の4億4,300万ドルから2004年には190億ドルに成長するとされており、インターネット関連のマーケットの中でも最も成長が期待されている分野の一つであるといっても過言ではない。 ソフトフロント社は米国でのビジネス展開を足がかりとすると同時に、VoIPの国際標準を策定している「ITU-T(国際電気通信連合電気通信標準化部門)」へ日本の地方企業としてはじめて加盟申請をすることで、名実ともにVoIP分野における世界的なスタンダードの地位を確立しようとしている。
2000年中には、実際にソフトフロント社の音声技術を採用したサイトのサービスが続々と立ち上がるという。
「ホテル、金融証券をはじめ、今年中にいくつかのサイトが立ち上がります。今後は、教育市場、小売業でのニーズも大きくなってくると期待しています」(村田社長)
VoIPという広大な市場において、札幌発の世界標準が誕生することは、もはや夢物語ではないといえよう。
●経営上の工夫と今後の課題
常に一歩先を読んだ施策を展開し、他社に先んじているように感じられるソフトフロント社においても、「今後の経営課題はスピード」(村田社長)であるという。
VoIPはまだ市場として確立されていない分野ではあるが、市場が立ちあがってから取り組むのでは遅く、「市場が立ち上がった時に既に参入企業として顔を出している」ことが新規市場における先行者利益を得る条件だとしている。また、「VoIPのユーザーがインターネット利用者の10%になる時までにトップシェアを確保する」ために更なるスピード経営が求められる、というのがソフトフロントの戦略である。
スピード以外の経営指針としては、アライアンスの有効活用と、集中投資があげられる。技術力にコアコンピタンスを求める同社だからこそ、足りない部分を補完する意味でのアライアンスと、常に最先端の新技術へ取り組むための投資は避けることが出来ない。
ソフトフロントでは営業機能、R&D機能ともに、現在の集中投資分野であるVoIP担当部門と受託部門を明確に分業化している。ひとつには、集中投資分野において、常に市場の最先端を確保するスピーディーな研究開発を行なうことを目的とし、もう一方で現在の収入源であり、安定した収益を上げている受託部門に関しては、現在のビジネスに注力させるという狙いもある。また、VoIPの研究開発資金に関しても、投資家から直接資金調達しており、現業部門の収支に影響のない形で、顧客基盤の維持、拡大と競争力のある技術開発の両立を図っている。
●発展を続ける「サッポロバレー」の企業群
札幌周辺には、ソフトフロント社をはじめとした数多くのITベンチャーが存在する。このことから、シリコンバレーに準えて、しばしば「サッポロバレー」という表現が用いられる。
札幌が「サッポロバレー」として認知されるに至った理由のひとつとして、IT技術者をはじめとした優秀な人材が集積するという優位性が指摘される。工学系の大学を市内に抱えるほか、Iターンなどでの人材の流入もあり、「大学城下町型」ともいわれるインキュベートの土壌がもともと存在している。その背景からか、札幌周辺にはコアとなる技術やノウハウを持っている技術志向の企業が多い。そのサッポロバレーの企業群を、村田社長は「才能の集まり」と評する。DB、運用、コンテンツ、ネットワーク技術などの要素技術に特化した企業が集中しており、それらの企業群が良い協力関係、補完関係を築くことで互いに成長しあい、顧客基盤を広げるという、まさにシリコンバレーのような地域一帯となった発展を遂げている。
また、技術志向の企業が多いことを反映してか、サッポロバレーにはマーケティングや営業といったニーズからのアプローチよりも、シーズからのアプローチを得意とする企業が多いと言われている。 「今までは、技術をベースにした(シーズ型の)企業が順調に発展していくケースがあまりなかった。堅実に技術を追求して発展していくことで、シーズ系の企業を勇気づけたい」(村田社長)との弁からは、今後のサッポロバレーの発展を先頭に立って引っ張る存在としての自負と強い責任感が感じられる。
2000年5月、村田氏は自らが発起人となり札幌市内に「BizCafe(ビズカフェ)」というベンチャー育成と起業支援の機能をもったビジネス交流のための施設を作った。設立に際しては、IT系のベンチャー企業のみならず、コンセプトに賛同した伊藤組グループ(道内一のゼネコン)や、官庁などを巻き込んだ草の根的ネットワークが大きな力を発揮したという。
「業界団体ではなくて、草の根として(BizCafeを)立ち上げたことがここまでの成果。これからはビジネスを立ち上げる時期」(村田社長) ビジネスコミュニケーションの「場」を提供することで、札幌の企業群が持つ「地域シーズ(種)」をしっかり育むと同時に、新たな企業の登場をも促すことで、地域社会全体を豊かに発展させることがBizCafeの目的であり、村田社長の思いでもある。
●起業家へのメッセージ
「シーズ型」と言われる札幌の企業には、技術やノウハウといったユニークネスをもっており、ビジネスありきではなく、まずやりたい事があって、それをビジネスにしている、という企業が多い。しかしながら、ベンチャーブームにのって雨後のタケノコのように乱立した企業の中には、まず起業ありきの発想の経営者も少なくない。
BizCafeの世話役をつとめていることからもわかるように、新しい物に取り組むこと、起業そのものに関しては積極的な村田社長ではあるが、起業に関しては「目的と手段を混同してはいけない」と注意を促す。実際にソフトフロント社のIPOに関しても、既に検討中とはしながらも「まずは実績を作ってから」と、資金調達の手段が企業としての目的にならないように慎重に対応する姿勢を示している。
また村田社長は、「商売をやりたくて技術に取り組むのではなく、やりたい技術を追求するためにそれをビジネスにするくらいの気持ちも必要」とシーズ型の企業のありかたを説き、「シーズだけではなく、それを市場のニーズに置き換えられるかどうかが企業の競争力となる」とのコメントを加えた。
先般、東京都心のネット産業コミュニティを支援する非営利団体(NPO)ビットバレー・アソシエーションと株式会社富士通総研(FRI)が、「東京におけるネット企業の集積」に関する調査結果を発表した。その総括として、東京都心のネット産業の集積地が「日本版シリコンアレー」として発展するためには、
(1)「草の根組織」活動の活性化
(2)自治体の支援(集積地域の環境整備、ネット企業を支援する民間企業への援助など)
(3)ネット企業集積地のプランドイメージ構築
などが必要とされている。
前出のBizCafeや、札幌ビジネスパークに代表されるように、IT産業の発展、地域の発展をバックアップする草の根組織の活動と自治体の支援に関して、札幌はすでに日本各地から注目される存在になっている。その意味で東京を中心としたネット産業集積地よりも、サッポロバレーこそが「日本版シリコンアレー」に近い位置にいるという見方もできる。
残された最後の課題「(3)ネット企業集積地のプランドイメージ」、これに関してはまさにソフトフロント社が音声技術におけるディファクトスタンダードを確保し、「札幌発世界標準」を実現することがIT業界における「サッポロブランド」構築の足がかりとなるはずである。
(2000/9/14)
[Reported by FrontLine.JP / コンサルティングチーム]