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【連載】

小形克宏の「文字の海、ビットの舟」
――文字コードが私たちに問いかけるもの  

速報1
新JCS委員会が発足、
文化庁と連携してJIS X 0208改正へ

       
Illustation:青木光恵

●JIS漢字コードが対応する『表外漢字字体表』とは?[訂正4]

 去る5月22日、JIS漢字コード見直しを検討する平成13年度・符号化文字集合(JCS)調査研究委員会(以下、JCS委員会)の第1回委員会が開かれた。
 新しいJCS委員会の委員長には、昨年度の国語審議会で『表外漢字字体表』を作った責任者が就任、文化庁と手をとりあってJISの文字コードを見直していく経済産業省の姿勢が見てとれる。今回はこの新JCS委員会の人事と、予定されている作業内容について、速報の形でレポートしたいと思う。

 なお、表外漢字字体表とJISの文字コードについては、現在数回にわたるシリーズをまとめている真っ最中だ。今回報告しきれない詳細は、近日掲載予定の『特別編第10回 表外漢字字体表は、JIS漢字コードをどう変えるのか?』をお待ちいただきたい。

 2000年12月8日、国語審議会が1,022文字の印刷標準字体などを定めた『表外漢字字体表』を最終答申した。これは常用漢字(1,905文字)と人名用漢字(285文字)の、計2,230文字以外、つまり表外字を使う際は、漢和辞典等で“正字体”としてきた字体を使用することを原則とし、これに基づいて使用頻度が高く、世の中で字体が混乱していると考えられる1,022文字を選んで、印刷標準字体と、字体によっては簡易慣用字体を示したものだ[*1]

[*1]……表外漢字字体表のp.6、6行目以降の要約。私個人はいつの時代でも普遍的な“正字体”という概念は幻想でしかないと考えている。だからこの言葉は使いたくないのだが、あえて表外漢字字体表に従った。

 実際にこれを読むと、前文からはJIS X 0208の1983年改正(以下、83JIS)で引き起こされた混乱をなんとか収めたいという、国語審議会の強い意志を読みとることができる。
 83JISでは、改正前とは非互換な字体の変更と符号位置の入れ換えが行なわれ、これによってパソコンやワープロの文字が、画面表示と印刷結果が違ったり、メールなどで情報交換を行なうと字体が変わったりするという混乱が起きていた。
 また、JIS X 0208を実装するワープロやパソコンが広く普及するにつれて、[檜・桧][灌・潅][礦・砿]などJIS X 0208が収録する多くの異体字が自在に使えるようになり、これらのうちどの字体を使った方がいいかの規範を求める声にこたえようという意図もある。

●これが新JCS委員会のメンバーだ

 今年度のJCS委員会の目的は、JIS文字コードの見直し作業として、この表外漢字字体表の1,022文字に、どのように対応させるかを決定するものだ。委員会のメンバーは以下の通り。

委員長樺島 忠夫大阪府立大学名誉教授
副委員長佐藤 敬幸国際情報化協力センター国際情報化研究所
幹事阿辻 哲次京都大学総合人間学部国際文化学科
幹事芝野 耕司東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
幹事小林 龍生ジャストシステムデジタル文化研究所
委員安岡 孝一京都大学人文科学研究所附属漢字情報研究センター
委員池田 証壽北海道大学文学部
委員笹原 宏之国立国語研究所
委員小池 啓三郎文化庁文化部国語課長
委員木戸 達雄経済産業省産業技術環境局標準課情報電気標準化推進室長
委員阿南 康宏マイクロソフトプロダクトディベロップメントリミテッド
ウィンドウズ開発統括部サーバーグループプログラムマネージャー
委員榎本 義彦日本アイ・ビー・エムソフトウエア開発研究所
ソフトウェア技術推進主任開発技術担当部員
委員伊藤 英俊NECソリューションズシステムソフトウェア事業本部
インターネットソフトウェア事業部シニアマネージャー
委員関口 正裕富士通ソフトウェア事業本部
委員大谷 真日立製作所ソフトウェア事業部企画本部アライアンス推進部長
委員中村 剛士講談社校閲局長(日本書籍出版協会・国語問題委員会副委員長)[訂正2]
委員山本 容士共同通信社情報システム局通信部(日本新聞協会)
委員藤波 誠治小学館国語辞典編集部次長(日本雑誌協会・表記委員会)
委員真田 整日本印刷産業連合会業務推進部部長代理
委員小池 和夫築地電子活版
委員坂上 弘作家・日本文藝家協会理事
OBS岡本 好史総務省行政管理局行政情報システム企画課課長補佐
OBS伊東 浩司法務省民事局民事第一課
OBS氏原 基余司文化庁文化部国語課国語調査官
OBS石岡 俊明リョービイマジクス
OBS豊泉 昌行大日本スクリーン製造
OBS中野 誠司日本規格協会技術部フォント開発・普及委員会
経産省永井 裕司経済産業省産業技術環境局標準課情報電気標準化推進室
事務局牧野 誼日本規格協会情報技術標準化研究センター

 合計すると29人に上る近来にない大所帯で、この大人数をとりまとめるために委員長、副委員長、幹事(3名)、経済産業省、事務局を合わせた計7人が幹事団として、議事運営にあたることになっている。

●他の官庁と横の連携をとって文字コード問題を解決

 メンバー表を一見して驚くのは、国語審議会にあって表外漢字字体表の作成責任者であった樺島忠夫名誉教授が委員長に、また表外漢字字体表の叩き台を作成した字体小委員会の中心人物、阿辻哲次教授が幹事になっていることだ。
 同様に国語審議会からは作家の坂上弘(慶應義塾大学出版会社長)も参加しているが、氏は日本文藝家協会の理事でもある。同協会はかつて文字コードによって日本の漢字文化が危機に瀕しているとして反Unicodeキャンペーンを展開、国語審議会と通産省(現・経済産業省産)に意見書を出した団体だ(http://www.bungeika.or.jp/statements/19971013.html)。その意味でも興味深い。

 樺島教授、阿辻教授といった国語審議会の“看板”を横滑りさせる形で枢要に置く一方、1993年以来、日本語文字コード全般の改正作業のリーダーシップをとってきた芝野耕司教授が、委員長を譲る形で幹事になっている。芝野教授は前年度までのJCS委員長であり、現行の1997年版JIS X 0208の委員長、それを拡張するJIS X 0213の委員長をも歴任したと書けば、この人事の大胆さがお分かりいただけると思う。

 つまり、この委員会の最大の目玉は、長年のJIS功労者に譲ってもらう形で国語審議会の大立者を招き、いわば文化庁をたてることで経済産業省との連携を確立し、これにより文字コード問題を解決しようというところにある。こうした横の連携は、ずっと縦割り行政の弊害が叫ばれていただけに歓迎するべき動きと言えよう。

 これ以外にもオブザーバーとして、人名用漢字を管轄する法務省民事一課、行政情報にかかわる省庁間の調整を管轄する総務省行政管理局行政情報システム企画課がメンバーに加わっていることにも注意したい。ただし全国自治体の住民基本台帳で使われる予定の、いわゆる“総務省コード”を管轄する総務省担当者は参加を見送っており、これは残念と言わざるを得ない。

 もう一つのポイントは、副委員長の佐藤敬幸、幹事の小林龍生両氏の起用だろう。この2人は日本代表団としてISO/IEC 10646の審議に参加する、規格調査会SC 2専門委員会(略称、JSC 2)の中心メンバーだ。
 JIS X 0213の原案作成作業をしていた当時のJCS委員会と彼らのJSC 2との間では、とかく不協和音が聞こえてきたが、両氏がJCS委員会の重要メンバーとして起用されたことは、表外漢字字体表に対応する上でも国際標準、具体的に言うとISO/IEC 10646(≒Unicode)との整合性を重視しようという姿勢の表われと言える。
 とくに表外漢字字体表の1,022文字にJIS X 0208の例示字体を合わせた場合、ISO/IEC 10646との間で難問が発生することが指摘されているだけに[*2]、JSC 2のメンバー加入は心強いものがある。

[*2]……この問題については『bit別冊 インターネット時代の文字コード』(共立出版 2001年4月)掲載の、小池和夫「出版と文字コード」p.81~82を参照していただきたい。同氏の指摘を基に私は『特別編第9回 国語審議会への手紙・下/表外字体案への対応がまねくJIS文字コードの混乱』の、表6「JIS X 0208が表外字体案に対応すると、JIS X 0221との変換表作成に問題が出そうな文字」を作成した。ちなみに小池氏は新JCS委員メンバーでもある。

 従来の常用漢字、現代仮名遣い、外来語の表記など、主要な国語施策は、すべて内閣告示・訓令として布告されている。しかし表外漢字字体表については現在のところ、国語審議会の決議や文化庁の働きかけにもかかわらず、そうなる動きは見えないのが実情だ。つまり、国の正式な通達としての効力を発揮しないまま、単なる答申だけに終わる可能性もある。
 そういった状況にもかかわらず、経済産業省は表外漢字字体表を高く評価し、これに対応するために万全の布陣を引いた。これは文字化けなど文字コードに起因する問題を、いかに経済産業省が重視しているかの傍証と考えるべきだろう。

 メンバーの選任にあたった経済産業省を代表して永井裕司技官(産業技術環境局標準課情報電気標準化推進室)に、こうした今までのスローモーなお役所仕事を裏切るような急展開について聞いたところ、以下のような答えが返ってきた。

「どうしてこんなに急ぐかということですが、すでに今年始めから、いくつかの漢和辞典に表外字体表が掲載されたこと[*3]からもお分かりのように、遅かれ早かれ表外漢字を情報機器で利用したいというユーザーの声が高まることが予想されます。そうした中で社会的混乱が起きないよう、早急にその方向だけでも結論を出す必要があります。その対応の一つして、JIS改正が考えられるということです」

[*3]……今年3月発売の日本漢字能力検定協会『漢検 漢字辞典』(http://www.kanken.or.jp/tosyo/syosai/kanjijiten.html)、今年4月発売の大修館書店『漢語新辞典』(http://thistle.est.co.jp/tsk/detail.asp?sku=10179&page=1)などを指すと思われる。

 また、一般的にJIS見直しの委員会は利害関係者の集まりであるという観点から、ユーザーとメーカーの委員を同数にし、双方の中間者として学識経験者と官僚を置くという陣容を考えたという。これは採決をとる際にも、かたよった結論が出ないための配慮だとか。

●7月中にも基本方針を決定、公開レビューを経て今年度中に規格改正へ

 永井技官と、事務局である日本規格協会の牧野誼主任研究員への取材を総合すると、以降の予定は次のように考えられている。

 新JCS委員会は、今年度のところはJIS X 0208を表外漢字字体表に対応させること“だけ”に目的を絞り、12月までに原案作成委員会としての結論を出し、来年3月をめどに今年度中の改正を目指す。JIS X 0208:2002、つまり02JISとなる。[訂正1]

 ただし、現時点でJIS X 0208を改正するという結論が出ているわけではない。工業標準化法によれば、JISの見直しは改正、確認、廃止の3つの選択肢が示されている。今回のJCS委員会は見直しのための委員会であり、まずどの選択肢をとるかが論議の対象になるだろう。

 表外漢字字体表の1,022文字以外の対応、例えばこれ以外の例示字体見直し、(必要があるとして)文字の追加、附属書の改正などは、次年度以降に検討されることになる。
 また表外漢字字体表の印刷標準字体1,022文字のうち、31文字がJIS X 0208では表現できないため[*4]、これらの文字を収録しているJIS X 0213にまで審議の対象が広がる可能性もある。
 JIS X 0213の制定にともなうJIS X 0208の包摂規準の見直し作業や、JIS X 0213のいわゆる“カッコ付きUCS符号位置”[*5]の文字が、正式にISO/IEC 10646へ収録されるのにともなう修整なども懸案事項としてあるが、これらも次年度以降に検討されることになる。
 このように今年度のJCS委員会は、とにかく1,022文字に集中して討議が行なわれるのが特徴となる。

[*4]……印刷標準字体1,022文字で表現できないJIS X 0208の文字とは、(1)さきの中国指導者トウ小平の[トウ]と、[臈]の草冠が月まで伸びている異字体の2文字、(2)0208規格票6.6.4「過去の規格との互換性を維持するための包摂規準」にある29文字──を指すが、(1)(2)ともにJIS X 0213にすべて収録されている。つまり、表外漢字字体表の印刷標準字体は1,022文字は、JIS X 0213までを使用しないと表現は不可能だ。ただし、(1)のうち[臈]は、デザイン差として許容され、(2)の29文字のうち12文字は簡易慣用字体(JIS X 0208の字体)として許容されている。詳しくは拙稿『特別編第9回  国語審議会への手紙・下/表外字体案への対応がまねくJIS文字コードの混乱』を参照のこと。

[*5]……このJIS X 0213の“カッコ付きUCS符号位置”については、拙稿『特別編4 Windows OSとJIS X 0213、そしてカッコつきUCS符号位置の問題』を参照のこと。

 今後の細かい作業予定だが、6月中にアドホック(臨時)会議を1回か2回行なった後、7月に第2回委員会を開催。ここで具体的な方針を正式決定する。その上で以降の細かい調査修整は、少人数のワーキンググループを設置して作業を委託することが検討されている。つまり、ここ2カ月の集中的な討議により、基本的な枠組みについては一気呵成に結論を出してしまうということのようだ。

 ワーキンググループが発足する場合、主査には上記の委員会メンバーの名が挙がっている他、基本的には委員会以外のメンバーが集められることになりそうだ。そうして作られたた原案を秋に公開レビュー、12月に最終案として作成。日本工業調査会の最終審議を経て、3月の改正を目指す。

 議事録や討議資料は原則として公開される。公開場所は日本規格協会情報技術標準化研究センター(INSTAC)のウェブページだ[*6]。普通、議事録は次の会合で承認されてから有効になるので、第1回の議事録が公開されるのは早くて7月の委員会の直後になろう。まことに楽しみである。

[*6]……http://www.jsa.or.jp/domestic/instac/index.htm

 私は経済産業省に対して会合の取材を申請している。「前向きに検討したい」との明るい(?)返事をもらったので、もしも実現したら読者の皆さんに報告したいと思う。ちなみに6月12日[訂正3]のアドホック会議は、なんと6時間もの討議が予定されている。

●経済産業省からのメッセージ

 永井技官は、私に宛てて以下のようなコメントを文書で寄せてくれた。全文を引用し、ひとまず私の報告を終えたいと思う。

◎新JCS委員会 発足の背景と意義

・今回の見直しは、文化庁と経済産業省の連携によって、言い換えれば、日本の漢字及び文字に対する国語施策及び標準施策の連携によって、21世紀におけるIT社会を構築する基盤整備の一つである文字コードを整備していくため、平成13年度より、新JCS委員会で検討を開始することとした。

・その連携の一環として、常用漢字表答申とJIS X 0208:1983のような事態を回避するため、樺島先生(国語審議会第2委員会主査)、阿辻先生(字体小委員会)、そして坂上先生(国語審議会委員・日本文藝家協会理事)、更に文化庁国語課長及び国語調査官の方々が、新JCS委員会の議論に参画して頂くこととなった。

・表外漢字字体表は、明確な非常に強いメッセージを持った答申です。そして、表外漢字字体表は、今後の漢字に対する方向性を示したものです。したがって、今回のJIS見直しのため、文字コードに関係する専門家によって、国語審議会答申が求める情報機器への表外字体表の反映、そして、その解答の一つであるJIS改正について、詳細に検討する予定である。

・文字コードを取り巻く課題というのは、文字コード規格、外字問題、文字不足問題、実装などなど、結論、解決策が直ちに出ない問題ばかりです。当方と文化庁では、今後も継続して、これらの問題に対応していこうとの共通認識は、現段階ではあります。今回の経済産業省と文化庁との連携は、これらの問題の解決を検討するための第一歩であって、今後、恒久的に解決しなければならない諸問題を検討するための同じテーブルに座ったということです。

(2001/5/30)

◆追加/訂正履歴

[訂正1]……01JISと02JIS

◎訂正前
 新JCS委員会は、今年度のところはJIS X 0208を表外漢字字体表に対応させること“だけ”に目的を絞り、12月までに原案作成委員会としての結論を出し、来年3月をめどに今年度中の改正を目指す。JIS X 0208:2001、つまり01JIS。期せずしてまことにデジタルな呼称ではある。

◎訂正後
 新JCS委員会は、今年度のところはJIS X 0208を表外漢字字体表に対応させること“だけ”に目的を絞り、12月までに原案作成委員会としての結論を出し、来年3月をめどに今年度中の改正を目指す。JIS X 0208:2002、つまり02JISとなる。

これは、JISの規格名にはいる制定年は役所の会計年度であるという私の誤解によるものでした。日本規格協会に確認したところ、これは告示が掲載された官報の発行年、つまり会計年度ではなく暦どおりの年が規格名になります。お詫びして訂正いたします。(2001年5月31日)

[訂正2]……委員会名簿中の訂正

◎訂正前 中村 剛士 日本書籍出版協会・国語問題副委員長

◎訂正後 中村 剛士 日本書籍出版協会・国語問題委員会副委員長

お詫びして訂正いたします。(2001年5月31日)

[訂正3]……次回アドホック委員会の日時

◎訂正前 6月11日

◎訂正後 6月12日

お詫びして訂正いたします。(2001年5月31日)

[訂正4]……本原稿において、不適切な文言がありました

この中ではJIS X 0208が改正されるかのような表現があります。しかし、新JCS委員会のテーマはあくまでも“JIS漢字コードの見直し”です。この“JIS漢字コード”とはJIS X 0208だけではなく、JIS X 0213、さらにはJIS X 0212も範囲に入ります。また、“見直し”とは必ずしも改正を意味しません。工業標準化法によれば、JISの見直しは改正、確認、廃止の3つの選択肢が示されており、今回の見直しは必ずしも改正を意味するものではありません。

◎原稿中、JIS X 0208と書かれた部分のうち、JIS見直しにかかわる規格については、すべて『JIS漢字コード』に訂正します。

ご迷惑をおかけした関係者の皆さんにお詫びして訂正いたします。 (2001年6月20日)

[Reported by 小形克宏]

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