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【連載】

小形克宏の「文字の海、ビットの舟」
――文字コードが私たちに問いかけるもの  

第2部 これが0213の特徴とその問題点
第13回 0213の最終審査で、なにがおこったか? ~3.電子協の根回し(完結編)

       
Illustation:青木光恵

機械振興会館6階、電子協会議室/工技院の“橋渡し”とは?

 東條参事へのインタビューも、そろそろ終わりがせまってきた。最後に聞きたいことは、工技院の果たした役割だ。9月の最終審査の後に、事務局である工技院が意見調整をおこなったことは、工技院自身へのインタビューによって分かっている(第2部第9回)。その調整を受けた側の東條参事に話を聞けば、具体的な調整の内容がはっきりする。

――0213の最終審査は、9月の1回目の情報部会では結論が出ず、翌月に結論が持ち越されました。ただし、一番の対立点は文字化け問題がおこるかどうかという点に明確化したわけで、2回目の審議ではここが重点的に話し合われるのかと思ったら、10月の情報部会の議事録を見るかぎりでは、附属書1~3を参考にするか否かというところに論点がいって、テクニカル・レポートの話はどっかにいってしまっている……。

「うん、それは結局ね、9月25日の情報部会で、実際に他の委員の方々の考え方を聞けたし、委員長である芝野先生もある程度折れてきている。そういうことから考えて、それは何も、我々だって最後まで突っ張ることはないだろうと」

――たしかに芝野委員長は、附属書1は参考でいいが、附属書2と3はやはり規定でというところまで妥協していますね。

「ええ。そうして富士通さんから附属書1~3を参考にする案だって出たわけです。それじゃあ富士通さんの案でやるようにしようかと、いうことを9月の情報部会の後で話し合った結果、10月の議事はそういう形になったわけです。ですから2回目の時は、我々の方からはテクニカル・レポートという話は一切……」

――出てませんね。

「はい」

 東條参事はニヤリと笑った。なるほど、そういうことだったのか。これは確かに議事録を読んだだけでは分からない。

――ということは、工技院では9月の審議の後、調整に動きましたと言ってましたけれど、その調整の前に要望書のメンバーで集まって、富士通の出した提案で仕切直ししようかというようなことで意思統一したということなんですか?

「うん、ですから第1回目の審議では、まあ一番の相手だった芝野先生が一歩譲られたということだと思うんです。すると我々だって自分の主張に固執していても、これから日本としてやっていくときに問題が出てくるんじゃないかと、いうことで再検討したわけです」

――工技院の調整があったのは、要望書のメーカーで集まった後のことなんですか?

「いや、その前の話ですね、たぶん芝野先生に対しても、色々とお話をしていると思うんですよ。だから第1回目の席上でも、先生はまだかなり強い口調で言われておった。その後、我々の方は富士通さんの提案でまとまろうとしているということは、工技院さんにもお話ししたりしてましたからね。それをうけて先生への説得というのは、やはり工技院がちゃんとやられたんじゃないでしょうか。だから2回目というのは、割合と議論はなく終わったんじゃないかと思うんですけどね」

――つまり工技院の調整とは、メーカーと芝野委員長との間を橋渡ししたことだと。

「そう」

――工技院は芝野さんに対しては、メーカーはテクニカル・レポートのことは引っ込めると言っていると伝える。一方でメーカーの方も、もう芝野さんはすべてを規定にしろとは言わないようだという認識で一致する。その上で工技院は芝野委員長に対して、妥協点として附属書1~3を参考ということにしましょうという橋渡しをし、対立点を解消したうえで10月の2回目の部会に……。

「第1回目の部会の時に、附属書1~3を参考にするということが富士通から出ましたけども、先生は決してそれに賛成してないわけですからね」

――ええ、反対してましたからね。でも2回目は、すくなくとも反対はしていない。

「その辺がやっぱり、1回目と2回目の情報部会の間の、工技院さんの調整というものじゃないですかね」

 そうか、これで全部分かったぞ。私は思わず笑いながら言った。

――非常に具体的に分かりました。推測だけれども、そうではないだろうかということですね。

 東條参事も、こころなしか余裕すら感じさせられる笑いで頷きながら応じた。

「直接聞いている訳じゃないですからね、我々も。まあ工技院さんが調整されましたとおっしゃっているから、たぶんそういう形だったんじゃないだろうかなあという、これは推測です」


●西新宿『スターバックス』/芝野委員長と要望書メーカーの直接対決


「あの時は、これで全部分かったぞと思ったんですけどね」

「まだ、なんかあったんですか?」

「大ありでした。インタビューが終わって家に帰ったら、東條さんからメールが届いていて、これがもうビックリ」

 私はノートに挟んでおいたプリントアウトを取り出すと、Sに渡しながら言った。

「特に注目なのが、この部分」

83回部会で、部会長の最後の発言で「全体をJISとし、付属
書1~3をどうするか」ということに絞られたと理解したことから、
TR案から部会長の発言に沿うことを前提に、連署メーカに富
士通を交え、協議し、芝野原案作成委員長の出方を待つこと
に決めた。この辺から工技院は芝野委員長と連絡をとりながら、
調整を図られた。
当方は工技院から芝野委員長の考えを聞きながら、芝野委員
長と直接話し合いの機会を得て、富士通を含む連署メーカの態
度を最終決定した。


 Sはプリントアウトを覗きこむようにして見ながら言った。

「ええと……83回部会というのは、9月の情報部会のことですね」

「そう。〈部会長の最後の発言〉とは議長の棟上昭男部会長が、会議の最後で議事を取りまとめた発言。TR案というのはテクニカル・レポートの略称で、つまり要望書の案のこと」

「この〈芝野委員長と直接話し合いの機会を得て〉っていうのは……」

「だから、東條さん達は2回目の情報部会の前に、芝野さんと直接会っていたんですよ」

「本当ですか!?」

「議事録を読んだだけじゃ分からないことばかりですよね。つまり、メーカーは10月の情報部会前に芝野さんと直接話し合い、その上で態度を決定したわけです。一連のメーカーの動きをまとめると、“9月の部会終了→連署メーカー+富士通で協議→工技院と協議→芝野委員長と直接協議→態度決定”ということになる」

「芝野さんとは、どんなことを話し合ったんですか」

「うん、このメールの後に東條さんに直接電話をして確かめたんですけど、芝野さんと会ったのは10月の部会の1週間くらい前で、この席では芝野さんははっきりと富士通案に賛成とは言わなかったらしい。ただし、話した感じは妥協の余地がうかがえるものだった。そこで、東條さん達も今度の部会では附属書1~3を参考ということで意志一致した、そういうことだったらしい」

「つまりお互いに合意したというわけじゃないんですね」

「そうです。そして実際に芝野さんは2回目の情報部会では、1回目と打って変わって反対しなくなっている。つまりですね、芝野さんはこの話し合いの時、そして2回目の情報部会の時も、附属書1~3を参考にするのに賛成と一言も言わない代わりに反対とも言っていない。たぶんこれが、芝野さんなりの妥協点なんでしょうね」

「へえ、さすがですね」

「そりゃ3年間苦労した原案作成の責任者だもの当然でしょう。僕が引っかかるのは、賛成とも反対とも言わないという態度からも分かるとおり芝野さん自身はけっして納得している訳じゃないってところなんです。これは去年12月にやった芝野さんへのインタビューでも確認できる(第1部第4回)」


●西新宿『スターバックス』/最初からボタンをかけ間違っていた0213

「引っかかるっていうのは?」

「つまり……前に情報部会で芝野さんとメーカーの議論は、全然かみ合ってないって言いましたよね」

「小形さんは、それは自分たちにとっても不幸なことだって言いました」

「うん、原案作成に参加したメーカーは、こと符号化方法に関しては原案と正反対の主張を土壇場になって展開した。これは確かに技術が出発点だったかもしれないけれど、要はメーカーの権威を背景にした政治力の発動だ。一方で受けて立つ側の原案作成委員会の代表者、芝野さんは、心ならずもその政治力に妥協した」

「ちょっと簡単すぎるかもしれないけど、まあそういうことですよね」

「で、ユーザーである僕は思うんですよ、結局0213のシフトJISは問題があるの、ないの? もしも問題があるとすれば、それは具体的にどんな問題で、回避は可能か不可能か? これは本来純粋に技術の問題として回答可能なはずですよ。でも、すくなくとも議事録を読むかぎり情報部会はこの問題に答えてはいない。じゃあ情報部会の審査の結果である0213の規格票はなんて言っているんでしょう。附属書1~3を参考にした理由として、規格票はこう書いている」

3 審議中,特に問題になった点
日本工業標準調査会情報部会では,附属書1(Shift_JISX0213符号化表現),附属書2(ISO-2022-JP-3符号化表現)及び附属書3(EUC-JISX0213符号化表現)は,この規格で規定する実装しか認められないとすれば,メーカが供給する実装を大きく制限するものとなることから,自由度を持たせるため,また,稼働している資産との互換性を配慮するため,規定から参考に変更した。

「これを読んだだけでは、附属書1~3の何がメーカーの実装を制限するの分からない。でもよく読めば、附属書1~3を規定にすると実装するメーカーには何かデメリットがあるようだ。そして、そのデメリットとは、どうやら従来の資産、つまりアプリケーションやデータとの互換性に関連するようだ。とすれば、どうやら文字化けが発生するということのようだ」

「“ようだ”の連続ですね」

「分かる人にしか分からない文章ですよ。これじゃああまりに婉曲すぎませんか? 規格は規格票によってのみ語られるべき、これが原則です。その意味で、附属書1~3のもたらす問題点について、規格票の記述はひどく具体性に欠ける。これは結局、情報部会できちんとした論議をして結論を出さなかったからだと僕は思う。情報部会は大所高所にたって、附属書1~3はマーケットにどのような影響を及ぼし得るのか審査するのが役割だったはず。でも実際にされたのは政治力の発動と、それにしぶしぶ妥協することでしかなかった。つまり本来されるべき議論を棚上げしてしまったのはメーカーと芝野さん、そして事務局である工技院の三者じゃないか。それに……そもそも、これは最終審査で議論するような性質のものではなかったんじゃないか?」

「どういうことですか?」

「規格票を読んだだけでは、〈メーカが供給する実装を大きく制限する〉附属書1~3が、なぜ収録文字数の制限と引き換えにしてまで存在しなければならないのかが分からないでしょう?」

「ああそうか、0213ではシフトJISや日本語EUCと衝突する領域をさけて文字を割り当てたために、文字数が減っているんですね」

「そうですよ。規格票の『まえがき』に0213は〈現状の使用環境で直ちに実装できるように〉作られたとあるから、そのためにこそ附属書1~3はできたんでしょう。でも情報部会の審議で実装性について疑問符がつけられたので、これらは規定から参考に格下げされた。最終審査でできる修整としては、たしかにこういう看板の付け替え程度が限界。でもね、この修整は結果として規格の整合性に大きな矛盾をもたらしてしまった」

「矛盾って?」

「だって附属書1~3は全体の収録文字数に影響を及ぼすくらいの、本来0213の根幹ともいえる部分なんでしょう? 規定にならないような附属書のために、なぜ文字数まで制限しなきゃいけないんですか。つまりね、もし最終審査の結果が正しいとすれば、0213は出発点からボタンをかけ間違っていたってことになる。とすればこれは本来、最終審査なんかじゃなく一番最初の『開発意向表明』 [訂正]こちら)の時点で、十分に考えなければならないことだったはず。しかし『開発意向表明』は、親委員会では簡単な“郵送審議”しかされないまま(第3部第10回)“解決済み”の問題とされ、最後の情報部会まで進んでしまった。そして『開発意向表明』は、もうひとつのナゾを提起する。これはさっき言いましたよね」

「なぜ芝野さんはシフトJISにこだわったのか?」

「そう、結局はそこにもどるんですよ。0213がシフトJISと無関係に作られていたなら、メーカーは要望書なんて出さなかったんですから。つまり0213の矛盾の根源は、0213の制定後もUnicodeはシェアを獲得せず、当面シフトJISの独占状態は揺るがないだろうという芝野さんの判断に収斂できるのではないか」

 私はそこで言葉をきって、窓の外を見た。西新宿の街はすっかり夕闇の中にある。しなやかな曲線で天上へのびる安田海上火災ビルが、茜色の夕焼けを背中に黒く浮きあがって見えた。
 もしも地平線の向こうまで遮るものが何もなければ、今はさぞかし綺麗な夕焼けなのだろう。でも、このビルの谷間にあるパソコン街ではそれは高望みというものだ。
 私はSに言った。

「ごめんなさい、そろそろ子供を保育園に迎えに行く時間なんですよ」

「あ、そうですね、出ましょうか」

 立ち上がると、固まっていた体がボキボキと音をたてた。ううーんと伸びをすると、案の定Sが咎めるようにこちらを見ている。それを無視して私は、夕方のラッシュをむかえはじめた店内をドアに向かった。私たちが外に出たとたん、むあっと温気が押し寄せる。しかし冷房のきいた喫茶店で数時間ねばった甲斐あってか、今はそれが快い。夕焼けを後ろに駅へと向かいながら、私はSに言った。

「もちろん僕が考えたことは、まだ推測の段階にすぎない。もしかしたら間違っているかもしれない。でもそれは調べて、聞いてみないと分からないことですよね。大事なのはその積み重ねでしょう。ここまで原稿を書きつづけて、おぼろげながらも0213という規格の持つ意味が、ようやく見えてきたような気がするんです」

「意味って?」

「これは芝野さん個人の判断の問題なんかじゃない。たとえばUnicodeのような海外からくる新しい“現実”と、昔からある日本の“現実”をどう折り合いつけるのか、そして我々自身の文字や文化をどうやって海外と共有するのか、あるいはライバルに主導権を握られた市場でどうやって金儲けをするのか。日本は今そういった沢山の緊急課題に対して回答を迫られているんだと思うんです。0213という工業規格には、これらの課題に対して人々がどのように考え行動したのか、または現在しているのかというサンプル・ケースがぎっしり詰まっている。僕はそんなふうに思うんですよ」

 気がつくと私たちは新宿西口の地下街まできていた。JRに乗るSとは、ここでお別れだ。立ち止まるとSが私に言った。

「どうも長い時間ご苦労様でした。えーと、小形さんの緊急課題は原稿の締切だってことを忘れないでくださいね」

 君の緊急課題はダイエットだろう? 私は去っていくSの背中に問いかけたが、すぐに彼女の姿は雑踏にまぎれて見えなくなった。


※別記
第2部第10回、第11回で、『青空文庫』( http://aozora.gr.jp/ )が0213のシフトJIS(Shift_JISX0213)を使って入力したテキストを公開していることを紹介した。これについて川俣晶さんから、「インターネット上でShift_JISX0213を使ったHTML文書を公開することには問題がある」という指摘をいただいた。私も川俣さんの指摘は正しいと思う。以下に転載したい。

 勝手に個人が自分のリスクで使うのは自由です。
 しかし、このフォントを用いて作成したテキストを、charset="Shift_JIS"として公開することは、Internet標準への違反です。ですから、やってはいけません。やってはいけない、というのは、それを読みに来た人が迷惑する可能性があるからです。自分がトラブルに巻き込まれるリスクを背負って自分一人で使うのは自由ですが、不特定多数の人が見る場所でやってはいけません。
 このテキストをcharset="Shift_JISX0213"として公開することは、Shift_JISX0213がIANAに登録さた後であれば、OKです。こうすれば、Shift_JISX0213は知らないがShift_JISは知っている各種クライアントは、自分は扱えないと言うことを明確に知ることができ、未然に化けたデータを表示しないようにすることができるからです。しかし、Shift_JISX0213は現時点でまだ未登録ですから、この名前を使うことは正しくありません。
 どうしても、このテキストを現時点で公開したい、というのであれば、取れる手段は"x-Shift_JISX0213"のようなx-を付けた名前で公開することだけです。
 以上が原則論です。
 実験であろうと、この原則に従わないテキストを公開するのは好ましくないと考えます。もし、どうしても、ということであれば、きちんと、どこがどう原則に合っていないかを説明し、真似をしてはいけないということも、はっきりと注意する文章を付けるべきでしょう。勘違いして、これで良いのだと思って真似をする人が増えると、大きな不幸が訪れます。

(2000/9/21)

[Reported by 小形克宏]