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【連載】

小形克宏の「文字の海、ビットの舟」
――文字コードが私たちに問いかけるもの  

特別編14
表外漢字字体表は、JIS漢字コードをどう変えるのか?(5)
『JIS改訂の考え方公開レビュー』の問題点

       
Illustation:青木光恵

●不十分な記述が多い「考え方」

 先週につづいて、今回は『JIS改訂の考え方公開レビュー』(以下、「考え方」。 http://www.jsa.or.jp/domestic/instac/review/jcsreview.htm)の問題点を検証してみたい。今回の原稿をもとに、私は公開レビューに応募しようと考えている[追加]。もし今週中にご意見をくだされば、それを反映させた上で応募することが可能だ。どんどんご批判、ご感想を寄せていただきたい。

 まずは「考え方」全体について。私は先週の特別編第13回において、以下のように書いた。

 今回の公開レビューでは、JIS X 0213の時のように規格原案をしめさず、「考え方」を公開し、その後で規格として形を整えるという形式だ。今回公開されたものは、以前と比べてはるかに読みやすく考えやすい。これは歓迎すべき変化と私は思う。

 この部分について、前田年昭さん[訂正]をはじめ何人かの方から批判をいただいた[*1]。当初、私はそれらの批判について首を傾げていたのだが、いざ「考え方」を正面から検討しようとした途端、彼らの批判が正しく、私の考えが間違っていたことを思い知らされた。「考え方」の記述はあまりに不十分であり、正確な検討ができない。そこで私の原稿のこの箇所について、不明を恥じ全面的に撤回したい。

 さて、それではどんなところの記述が不十分なのだろう。たとえば、「考え方」の項目番号5-1に分類された815字が、この文書では、どんな文字か分からない(「考え方」にしめされたJIS文字コードの対応案については、前回掲載した「表2」を参照)。
 もともと当初公開された文書ではこの815文字についてはよく分からなかった。2月1日登録の「正誤表」(この「登録」とはどういう意味なのだろう? 少なくとも私が2月1日にアクセスした際に、これはなかった)の以下の記述により、それがようやく分かったのだ。

 注:この815については「(3)表外自他意(筆者註ママ)表でJISを流用した文字」を参照のこと。コード欄にJIS X 0213の符号位置が記載されている字が、JISを流用したものである。

 ところが、この文書で「コード」欄に符号位置のある文字を単純に数えていくと、871文字にもなってしまう。つまり56文字のオーバー。
 そこで今度は、この871文字のうち印刷標準字体だけを数えるために「分類」欄の簡易慣用字体をあらわす「簡慣」、個別デザイン差をあらわす「個デ」を数えると25文字あるので、差し引き846文字。つまりまだ合わない。結局私にはこの815文字を特定することができなかった。どの文字が変更していないか確認しないで、どうして検討ができるのだろう?

 また、「JIS文字コード改訂の方針と具体的変更箇所」の8ページ、5-5の10行目。

 なお、この例示字形変更に伴う包摂の範囲変更は行わないが、一部の符号位置については、例示字形変更に伴う包摂規準の記述の変更が必要になる場合がある。

 この〈一部の符号位置〉とは、どの符号位置のことなのだろうか? それをあきらかにすることこそが、公開レビューに求められていることではないか。同文書14ページ最下行の〈一部の文字〉、15ページ最上行の〈残すべきであると言われている文字〉も同様で、それはどの文字なのかを明確にしめしてくれないと、レビューのしようがない。

 そもそも、1ヵ月しかないレビュー期間のうち、半分を過ぎた頃に正誤表を出すという行為自体どんなものだろう。5-2に分類されている4文字は、この正誤表によってはじめて実は5-1に含まれていたことが判明したのだ。そもそも前述したように5-1の815文字が特定できないので、5-1に5-2の4文字が含まれるかどうか、この正誤表の記述がなければ分かりようがなかった。
 このような重要なミスが、残り2週間をきってから公にされるようなことで、はたして今回の公開レビューに妥当性はあると言えるのだろうか。

 私の独自取材によれば、この公開レビューによる今年度中のJIS文字コードの規格改正はなく、改正そのものは来年度以降に持ち越しとなるようだ。であるならば、新JCS委員会は今回のような不十分な公開レビューで満足せずに、規格原案が固まった時点で、あらためてそれを公開し、レビューを行なってはどうだろうか。ぜひご検討いただきたい。

●なぜ表外漢字字体表に対応するのか?

 「考え方」の問題点は、上記にとどまらない。そもそも、なぜJISが、答申でしかなく、法的な根拠が与えられていない表外漢字字体表に対応しなければならないのかが、この文書からは分からない。
 私は第1回をのぞき、ワーキンググループをふくめすべての審議を傍聴したが、実のところ「いつのまにかJISを変更することになってしまった」という印象が強い。つまり対応法は審議されても、対応することそのものが是か非かという議論を深めてはいなかったはずだ。たしかに6月12日の臨時委員会で広くメーカー各社を招聘して意見陳述をしてもらっている。しかし、そこで集められた意見が、以降の審議で深められたとはとても言えないというのが私の実感だ。
 たしかに〈字体の混乱を防止するため〉に〈JIS文字コードに表外漢字字体表を反映させ〉るという記述はある。しかし、この記述からは「なぜ一人JISのみが、法的根拠のない表外漢字字体表に対応するのか」は読みとれない。本来「考え方」は、まずこの点から書き起こされるべきではなかったのだろうか。

●JISと表外漢字字体表の適用範囲の違い

 もともと、JIS文字コードと表外漢字字体表が適用範囲が違う。表外漢字字体表には、適用範囲として、以下のように書かれている。

 表外漢字字体表は、法令、公用文書、新聞、雑誌、放送等、一般の社会生活において表外漢字を使用する場合の字体選択のよりどころを、印刷文字(情報機器の画面上で使用される文字や字幕を含む。)を対象として示すものである。

 その一方で、〈現に地名・人名などの固有名詞に用いられている字体にまで及ぶものではない〉とある。つまり固有名詞は表外漢字字体表の適用範囲外ということが、ここで明記されている。さて、ではJISの方ではどうなのか。規格の適用範囲の条文では分かりづらいので、JIS X 0213の「まえがき」を見てみよう。ここではこの規格が作られた目的が明確に書かれている。

 この規格は、JIS X 0208の符号化文字集合を拡張し、JIS X 0208が当初符号化を意図していた現代日本語を符号化するために十分な文字集合を提供することを目的として設計したものであって、(以下略)

 もちろん、この「まえがき」の記述は実際の「適用範囲」の記述とも矛盾はしておらず、つまりJIS X 0213では、現代日本語の一部である固有名詞は適用範囲内ということになる。

 固有名詞を適用範囲外としている表外漢字字体表に、もともとこれを適用範囲内とするJIS文字コードが合わせようとすれば、どのようなことがおこるか。それが端的にあらわれているのが5-5、つまり、JISと表外漢字字体表の間で包摂の範囲内の字体差があり、JISの例示字体を表外漢字字体表のものに変更する100文字、そして三部首許容にかかわる5-6の28文字だろう。

 もともと、このカテゴリーにある計128文字は、JIS X 0208の83年改正で例示字体を簡略化されたものに変更された文字が多い。そして、これら簡略化された字体を、政府として追認したものに1994年の法務省民事局通達7005号『氏又は名の記載に用いる文字の取り扱いに関する通達等の整理について』がある。
 戸籍に記されている文字が、この通達の「別表2」にある文字の場合、そのまま変更しないでよいとするものだ。そして、この「別表2」には簡略化された83JISの字体が多くふくまれており、それが今回の「考え方」5-5、5-6にも多いのだ。
 5-5にある100文字のうち、59文字が別表2にあり、5-6の28文字はすべて「別表2」にふくまれている。(図1/図2)

■図1……5-5にある100字のうち、民事局長通達7005号で、そのまま戸籍に使われることが認められている文字(カンマの前が印刷標準字体、後が現在の例示字体)



■図2……5-6にある28文字。これらはすべて民事局長通達7005号で、そのまま戸籍に使われることが認められている文字とされている。(カンマの前が印刷標準字体、後が現在の例示字体)


 これが何をあらわすのだろう? たとえば葛飾区や葛西さんの「葛」、楢崎さんの「楢」、小樽市の「樽」、薩摩の「薩」、灘の生一本の「灘」、中国人の姓に多い「鄭」などといった字体は、すべてこの法務省7005号通達によって現在の簡略化されたJIS例示字体を認められている。もしも例示字体の変更ということになり、改正後のJISに対応したフォントで表示した場合、この7005号通達の字体では見ることができない。もちろんJISの包摂規準内ではあるのだが、現実的には例示字体そのものがフォントメーカーによって強く規範意識をもって見られている実態があるなかで、これは法務省の政策と矛盾しているとは言えないか。

 こうした矛盾は、表外漢字字体表が固有名詞を目的に作られていないことから生じたのだろう。別に取材したわけではないが、7005号通達は別に簡略化された字体が良いという強い主張があって作られたと言うようなものではなく、それら簡略化された字体で日々戸籍が作られているという実態を背景にしたものであるはずだ。つまり、固有名詞の世界では、表外漢字字体表が排除しようとした簡略化された字体が強い存在感をもっているであろうことが推測できる。

 一方で、表外漢字字体表の10ページに明らかなように、表外漢字字体表を作る際に参考にされた頻度調査は、印刷会社や新聞社を対象にしたものであり、これらから固有名詞における簡略化された字体の普及度をはかることはできない。しかし、繰り返すが、JIS文字コードは固有名詞にも使われるように作られている。つまり、適用範囲の違う漢字表を、別の漢字表に当てはめようとする「無理」が、ここには明らかな形であらわれているのだ。JIS文字コードは表外漢字字体表に対応すべきか、というより、そもそも対応できるのかを疑わせるような現実がここにはある。

●JIS X 0208の例示字体を変更すると、JIS X 0221はどうなる?

 もうひとつ指摘しておきたいことに、例示字体を変更した場合の国際規格との整合性がある。
 JIS X 0221は原規格としてJIS X 0208-1990とJIS X 0212-1990を引用している(JIS X 0221:2001規格票p.309)。これは制定年も指定しているので、その限りにおいて、たとえばJIS X 0208:2002で例示字体を変更しても、JIS X 0221の例示字体まで変更しなくてもよいという解釈もなりたつ。しかし、本当にそれでよいのか。

 最新のJISこそが正しいJISであるというのが原則のはずだ。現行のJIS例示字体と、JIS X 0221の例示字体に矛盾がおきることは、すなわちJIS X 0221そのものの信頼を失わせることにつながる。それはやはり、してはならない選択だといえるだろう。

 もしも本当に〈字体の混乱を防止〉したいのならば、現在の例示字体は変更するべきではないと私は考える。

●おわりに

 今回もかけ足で問題点を述べるにとどまった。それにしても1ヵ月というレビュー期間の短さがうらめしい。ここでは今回の公開レビューが決して満足のゆく環境で行なわれたものではなく、もしも例示字体の変更をふくむ大きな改正をしようというのならば、もう一度、今度は文句の付けようのない環境の中でレビューを行なうべきだと繰り返し要望しておこう。

[*1]……前田さんは2月7日付「読書録」(http://www.linelabo.com/books.htm)において、以下のように述べておられる。

▼INTERNET Watch連載中の「小形克宏の『文字の海、ビットの舟』―― 文字コードが私たちに問いかけるもの」で「特別編第13回 表外漢字字体表は、JIS漢字コードをどう変えるのか?(4)いよいよ始まった『JIS改訂の考え方公開レビュー』を解説する」(02.02.06)。小形は【今回の公開レビューでは、JIS X 0213の時のように規格原案をしめさず、「考え方」を公開し、その後で規格として形を整えるという形式だ。今回公開されたものは、以前と比べてはるかに読みやすく考えやすい。これは歓迎すべき変化と私は思う。】と評しているが、ここで指す「以前」とはJIS X 0213:2000規格票のことだろうか。であれば「はるかに読みやすく考えやすい」というのは小形自身の理解力のなさへの告白であり、居直りにすぎず、きわめて“あやうい”傾向といわざるをえない〔今回のレビュー資料URLの途中変更と混乱とも通じる莫迦さかげん!〕。どこかで、だれかが「学問にとっては平安の大道はない、そしてその険阻な小径をよじ登るに疲れることを厭わない人々のみが、ひとりその輝ける絶頂に到達する仕合せをもつものである」と言っていなかったか。そもそも文字コードの規格とその字体包摂の規準は言語としての文字に対する規範などではなく、漢字制限とも無縁であった。それをまたまたわざと混同させたうえで【やってみれば分かるが、実は常用漢字だけで文章を書くのは至難の業だ。】などという俗耳に媚びた意見を【表外漢字についての考察の出発点となるべき】として漢字制限論への感情的な反発と重ねる小形には、先人への敬意も歴史への眼差しも欠如しているのではないか。むしろ今回の公開レビューの意義を積極的にとらえるならば、「答申」レベルの表外漢字字体表にJISで対応しようとしていることにこそ着目し、歴史的にとらえるべきであろう。

 本文に書いたように、批判の多くはうなずけるものだ。しかし後半の〈漢字制限論への感情的な反発と重ねる〉云々の部分には戸惑うしかなかったというのが当初の感想だった。しかし、メールで前田さんと意見を交換する中で、ようやく私にも彼の意図するところが分かってきた。私は〈やってみれば分かるが、実は常用漢字だけで文章を書くのは至難の業だ。〉と書いたのだが、実は漢字使用を原則として常用漢字だけに制限している大きな団体がある。官庁と新聞だ。
 1981年10月の事務次官等会議申し合わせ『公用文における漢字使用等について』では、〈公用文における漢字使用は「常用漢字表」(昭和56年内閣告示訓令第1号)の本表及び付表(表の見方及び使い方を含む。)によるものとする。〉とあり、明快に使用する漢字を常用漢字に制限している。
 また新聞においても、今私の手元にある『朝日新聞の用語の手引き』(1989年11月)によれば、〈漢字は原則として「常用漢字表」に掲げてあるものを、その音訓の示す範囲内で使う。ただし新聞協会の用語懇談会が使用しないことを決めた11字は使わず、常用漢字表外の漢字(表外字)のうち、同懇談会が使うことを決めた6字は使ってよい。〉とあり、こちらは多少の揺らぎはあっても、やはり原則として常用漢字に制限していることに変わりはない(ちなみに新聞で使ってよい表外字は、去年11月に「闇」「鍋」などの39文字が追加されている)。
 つまり、官庁における公用文と新聞というきわめて巨大な影響力をもった分野が、原則として常用漢字だけに制限しているという実態がある。その是非はここでは別のレベルの問題だ。こうした実態に無知なまま私は〈やってみれば分かるが、実は常用漢字だけで文章を書くのは至難の業だ。〉と書いたわけで、やはりそれは一面的な書き方だろう。前田さんの指摘に感謝し、私の原稿を以下のように訂正したいと思う。
◎訂正前
やってみれば分かるが、実は常用漢字だけで文章を書くのは至難の業だ。「嘘」「噂」「揃」「叩」「匂」などの表外漢字がないと、まともに文章が書けないのが普通だ。

◎訂正後
公用文や新聞では、原則として常用漢字だけに使用を制限している。しかし、これができるには相当な馴れが必要であり、何の気なしに文章を書けば、いつのまにか表外漢字を使っているというのがむしろ普通ではないか。「嘘」「噂」「揃」「叩」「匂」などの表外漢字がないと、まともに文章が書けないというのが実情だろう。

◆追加/訂正履歴

[訂正]……前田さんのお名前を間違えて表記しました。

◎訂正前 前田利昭

◎訂正前 前田年昭

失礼をお詫びして訂正します。

[追加]……実際にJCS委員会に提出したレビュー原稿を公開した(2002年2月20日)

■公開レビュー応募原稿(PDFファイル)
http://internet.watch.impress.co.jp/www/column/ogata/sp14/review3.pdf

(2002/2/13)

[Reported by 小形克宏]

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