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【連載】

小形克宏の「文字の海、ビットの舟」
――文字コードが私たちに問いかけるもの  

特別編6
本当に97JIS、0213は予定よりも遅れたのか?

       
Illustation:青木光恵

●97JISと0213は、予定よりも遅れていない

 私は6月14日配信の『制定過程編・前』(こちら )において、JIS X 0213:2000(以下0213)の『開発意向表明』[訂正]から、この規格について以下のような事実が浮きあがると書いた。

 (a)最初からシフトJIS符号化方法は規定に入れることを明言していた
 (b)当初の予定よりもかなり遅れてしまっていた


 この(b)は、JIS X 0208:1997(以下JIS X 0208じたいは0208、そしてその第3次改訂版を97JISと略)と0213が“予定よりも遅れた”としたのだが、これは間違いではないかという指摘を、これらの原案作成にJCS委員会第2作業分科会(以下JCS/WG2)の委員として直接たずさわった池田証寿さんから指摘をいただいた。
 これについて関係者に取材したところ、たしかに私が書いたことは間違いであったことが確認された。申し訳ないことだ。

 ありがたいことなのだが、もともとこの連載は非常に読者の方々の反響が多い。しかし、私のこの記述に反論を寄せてくださったのは池田さん一人だった。ということは、ひょっとすると、世の中の文字コードに関心を寄せる人々は、皆さん“97JISと0213は予定よりも遅れた”という私の推測を、怪しむことなく受け入れてしまったとも考えられるわけだ。
 事実を調べると、私のこの誤りは、ある意味で典型的な誤解であるようにも思う。今回は訂正とともに、JIS規格はどのようにできるのかを、97JISや0213に沿ってすこし詳しく説明したいと思う。JIS規格について正しく理解することは、JISの文字コードを正しく理解することにもつながるからだ。
 今回は『制定過程編・下』として最終審査を担当する日本工業標準調査会・情報部会(以下、情報部会)で審議の詳細を取り上げる予定だったが、これは次回にさせていただきたい。今回の訂正のため通産省工業技術院(以下、工技院)に取材に行ったのだが、同時に最終審査についても担当者にくわしく聞くことができたので、きっと面白い話がお届けできるとことと思う。

 

●JIS規格ができるまで

 まず97JISについて、これが本当に遅れたかどうかを考えよう。私は原稿で以下のように書いた。

 もともと、JIS規格は工業標準化法第15条により、制定から5年を過ぎる日までに改正・廃止などの判断をすることになっている。ここで0213の母体となった0208を考えると、第2次改訂は'90年9月にされているから、本来は97JISは'95年9月までに改訂されていなければならなかったことになる。しかし'97JISが改訂されたのは'97年1月。つまりどういう理由でか97JISの時点で、すでに予定から1年4カ月遅れていた計算になる。(制定過程編・前)

 上の私の文のうち《制定から5年を過ぎる日までに改正・廃止などの判断をすることになっている》というのは正しい。しかし《第2次改訂[*1]は'90年9月にされているから、本来は97JISは'95年9月までに改訂されていなければならなかったことになる》というのは間違っている。

 

[*1]……原文では《第3次改訂》となっていたが、0208の改訂は1回目が'83年、2回目が'90年だから、これは“第2次改訂”の単純な間違いだ。お詫びして訂正する。ここでは訂正したうえで掲出したことをお断りする。


 一度制定されたJIS規格は、工業標準化法によって、5年以内に改正・廃止、そしてもうひとつ、現状のままでよいという“確認”、この3つのうちいずれかの議決を日本工業標準調査会ですることが求められている。つまり必ずしもこの日まで“改正”しなければならないという意味ではない。
 それでは実際はどうなのだろう。工技院にお願いして、0208の第3次改訂のために編成されたJCS委員会の議事録を調査していただいた結果によると、'94年度第1回親委員会(用語については後述する)の席上、当時の工技院担当課長から「0208の見直しの成否について調査研究してほしい」という意向がしめされている。
 JCS委員会では、この意向を受けるかたちで、'94年9月に開発方針の作成、同12月に第1次素案、そしてその後6カ月間で、これを公開レビューするという活動計画を策定した。この計画の通りなら、なんとか'95年9月の情報部会には間に合う計算になる。しかし、実際に手をつけ始めると、とても間に合いそうもない状況であることが判明したため、工技院ではいったん'95年に“確認”として処理をしたという。[*2]

 

[*2]……そうなると、なぜ第3次改訂の判断が、ここまでずれ込んだのかということが問題になる。もっと早く取りかかっていればよいではないか、というわけだ。これは97JISの原案作成を担当した芝野委員長が、当時ちょうどISO/IEC 10646(Unicode)の和訳JIS規格版、JIS X 0221:1995(以下、0221)の作業にとりかかっており、他の作業ができなかったからだ。そう工技院は説明した。つまり、芝野委員長は0221→97JIS→0213と、息つぐ間もなく重要な文字コードのJISを作り続けたことになる。0221にとりかかった時点から、0213を作る必要性まで認識されていたとは言えない。これはあくまでも97JISとして0208を明確化する中で生まれた計画のはずだ。それでも、0221の原案作成の途中から97JISの計画が発足しているところから、工技院はある程度長い期間を見すえた上で、芝野耕司という人にJIS文字コードにかかわる重要な仕事を託したということが、今回の取材で明確になった。

 

 つまり、議事録からは、当初の計画では開発方針の後、わずか3カ月で最初の素案を作り、6カ月の公開レビューをへて確定するという、まさに殺人的なスケジュールだったことがうかがえるのだ。私は『制定過程編・前』で以下のような推測をした。

 

すでに引用したとおり、『表明』中「符号化」では0213について《現状の使用環境で直ちに実装可能》が《前提》とキッパリ言う。ものすごいスピードで変転してゆくコンピューターの《使用環境》を横目でながめながら、97JISと0213両方の原案作成委員会の委員長をつとめた芝野の胸には、はたして焦りはなかっただろうか?


 これは直接的には0213についての記述なのだが、この97JISの無茶苦茶な活動計画の背景には、私がこの回の原稿で書いたような“一刻もはやく作らねば”というような焦りを見てとることもできるとするのが自然かもしれない。

 しかし、現在の私は、このことをもうすこし慎重に見極めたいと思っている。たしかに工技院がいう以上は、実際にこういう活動計画が立てられたのは事実だろう。しかし、3カ月とはあまりにも非現実的だ。0208規格票の『解説』にあるような、実際におこなわれた緻密な調査を考えると、その間にはあまりにもギャップがありすぎ、私には額面通りに受けとることができない。
 基本計画を立てた時点の芝野委員長は、97JISとして0208を明確化するためには何が必要か分かっていたはずだ。本当に計画通りに3カ月で最初の素案を作ることができると思っていたのだろうか? この疑問を解決するのには、もう少し時間をいただきたいと思う。
 
 それはそれとして、法的にいえば0208は'95年に“現状のままでよいという”という“確認”がされている。ここで確認がされたということは、次の見直しは2000年だ。私は法的な意味から97JISが遅れたのではないかと述べたが、その意味では97JISは遅れてはない。お詫びして訂正する。
 ちなみに、97JISが実際に日本工業標準調査会・情報部会で、最終審査の結果“改正”の議決がされるのは、“確認”の翌年、'96年9月のことだった。また、規格改正の公示年月は'97年1月(会計年度では最終審査と同じ'96年度内)で、97JISの“97”とは、この公示された年をしめす。
 

●では、0213はどうなのか?


 次に0213が予定よりも遅れたかどうかだ。私はこれについて、以下のように書いた。

『表明』では、簡潔に《開発期間は2年間とする》とある。つまり『表明』の初出が'96年7月とすれば、2年後は'98年6月[*3]。開発終了とは制定ではなく、原案作成が終了して上部機関の日本工業標準調査会・情報部会へ上程することだと考えてみても、実際に情報部会の最終審査がはじまったのは'99年9月だから、つまり1年3カ月も遅れたことになる。(制定過程編・前)


[*3]……原文では《3年後は'98年6月》とあるが、足し算すれば分かるとおり、これまた単純な書き間違いである。注1と同様に、訂正ずみのものを掲出したことをお断りする。トホホ。



 上記の『表明』とは'96年7月に公開された0213の『開発意向表明』(こちら)のことだ。一方で、真実のスケジュールはどうだったのか?
 0213の場合、工技院が日本規格協会に原案作成を委託して作られた。このような作り方を“委託事業”というのだが、もちろん委託は無料ではされない。つまり0213の場合、工技院がスポンサーということになる。そして委託するときに、必ずいつまでに作ってくれという年限を切られる。我々が納める税金に由来する国家予算を使う以上、これは当然だろう。

もしも私が書いたように“0213は予定よりも遅れた”のが本当ならば、この委託の時に工技院が申し渡した年限通りに出来なかったということになる。工技院に問い合わせたところ、0213は以下のような予定で作られたことが分かった。以下、メールより引用する。

 

委託事業期間は、3年間。
・1996年4月(平成8年度)~1999年3月(平成10年度)

 

 では、この工技院の予定は本当に守られたのだろうか? 客観的な資料としては、ウェブで公開されている『「7ビット及び8ビットの2バイト情報交換用符号化拡張漢字集合(案)」文字集合最終案公開のお知らせ』(こちら)が挙げられるだろう。これは0213の最終案を公開したページだが、日付が1999年7月15日になっている。
 私が日本規格協会から頂戴したJCS委員会の年度ごとの報告書である『符号化文字集合(JCS)委員会報告書』に掲載された「委員会実施日一覧」によれば、この7月15日という日付は、'99年度の最初の親委員会が、作業部会との合同で開催された当日だ。同報告書にある議事録によれば、この日に0213に収録された全部の文字表や、規格・附属書の原案が配布されている。
 つまり、最終案ができたと言えるのは、おそらくこの日だと考えられる。実際に工技院に問い合わせても、同様の回答が得られた。となると工技院があたえた年限よりも3カ月半ほど遅れてたことになるが、これに対して目くじらをたてるのはあまり意味がないだろう。つまり0213はおおむね予定通りだったと考えられる。そんなわけで、私の記述は間違っていた。お詫びしてこの部分を取り下げたいと思う。

 ところで、この工技院の《委託事業期間は、3年間》という予定は『表明』の《開発期間は2年間とする。》という記述と矛盾している。簡単に言うと、『表明』の原文を起草した芝野委員長と工技院で、使う用語が違うところからきたズレのようなのだが、これを比較検討すると、ちいさな謎がひとつ残ってしまう。これについては後述したい。


●JIS規格ができるまで

 さて、上まで述べた私のミスを一言でまとめると、JIS規格の制定過程に半可通であったということになるだろう。別に言い訳をするつもりはないが、実際、JIS規格の制定過程を解説したウェブページはいくつかあるのだが、素人には複雑怪奇なシロモノで、容易には近づけない。“失敗は成功の母”とは死んだお祖母ちゃんの遺言だが、その言葉を胸に、私なりにJIS規格ができるまでを、図1(こちら)にまとめてみた。

*図1を見るには、AdobeのAcrobat Readerが必要です。Acrobat ReaderはAdobeのサイトから無料でダウンロードできます(こちら)。

 これを見てもらうと分かるのだが、今まではバラバラな知識でしかなかった“日本工業標準調査会”とか、原案作成とか、工業技術院などといった漢字ばかりの単語が、一連の流れとなって、ひとつの体系をなしていることが理解できると思う。

 では、図1にそって説明していこう。まずサブタイトルにご注目を。《委託事業(制定・改正)の場合》とある。前述したように、“委託事業”とは工技院が、民間団体に対し原案作成を委託することを意味するのだが、これ以外に“自主事業”といって、民間が自分たちで必要と思うJIS規格の原案を作成し、日本工業標準調査会で審議してもらうケースもある。つまり国が主体となって作るものが“委託事業”、民間主導が“自主事業”だ。
 また、同じくサブタイトルには《(制定・改正)の場合》とある。これまた前述のように、日本工業標準調査会で判断するのは“改正・確認・廃止”、そして新たな規格をつくる“制定”の合計4つだ。このうち、確認と廃止は原案作成とは無関係。で、残りの制定・改正のフローチャートがこの図なのである。

 次に大まかな流れを解説する。この図をざっと見ると、制定過程は4つに分かれることが分かるだろう。最初がオレンジ色の“委託事業の決定”、次が濃い空色の“委託事業期間”、そして緑色の“審査期間”、そして最後が赤字の“制定”だ。

 まず“委託事業の決定”だが、制定と改正の場合(そして確認・廃止の場合も)、まず最初にスイッチを押すのが工技院だ。政府にあって標準化行政を担当する工技院は、ふたつの顔をもつ。ひとつは各種調査にもとづいて、こういう規格を作ろう、あるいはこのように改正しようという標準化政策の立案。もうひとつが後で説明する日本工業標準調査会の事務局。このふたつの役割はまるでコインの裏表のように、密接に関係している。
 工技院は年度末になると、新年度からとりかかる規格原案の一覧表を作成し、まとめて日本規格協会の雑誌『標準化ジャーナル』に掲載する。これが“原案作成作業計画”だ。この時に委託する団体や、いつまでに原案を作るといった“目標時間”も決まる。

 

●実際の原案を作成する“委託事業期間”

 ここから作業は次の段階に進む。濃い空色の“委託事業期間”だ。薄い空色の領域は後述するので、とりあえず無視していただきたい。委託をうけた事業団体(97JISや0213の場合は日本規格協会)はスポンサーである工技院と調整しながら委員の人選をすすめる。もちろんここで、私が『制定過程編・中』( こちら)のなかで述べたように、実際の原案作成を担う委員長の意向がおおいに反映されることもあるわけだ。

 ところで、原案作成委員会は親委員会と作業部会の二重構造になっている(0213の場合はさらに、作業部会のメンバーをそれぞれ漢字・非漢字・実装の、3つのディビジョンに振り分けた)。これは工業標準というものが、しばしば高度の専門知識を要求されることがその理由になっている。

 たとえば0213の場合は、実際に文字を収集して、規格に収録するべきかどうかを判断するのは第2作業分科会(WG2)という作業部会だ。一方、親委員会はより広い視野に立って、どういうジャンルの文字を集めれば、あるいはどういう符号化方法をとれば規格として市場に受け入れられるかなどといった、開発作業の全体の枠組みをきめ、この枠組みから作業部会の作業がはずれていないかどうかをチェックする。工技院の決めた原案作成作業計画を、さらに現実化させる役目といえるだろう。
 ちなみに、97JIS、0213ともにリーダーシップをとった芝野耕司は、親委員会の委員長と、作業部会のリーダーである主査を兼任している。さらに作業部会の下の3つのディビジョンにも、それぞれメンバーとして参加している。彼が徹底して現場で陣頭指揮をとるスタイルをとり、規格の隅々にまで自分の意志を反映させたいと考えたことが伺える。

 こうして作業部会が作成した原案は、親委員会の承認をうけ、最終案として工技院に送られる。ここから先が緑色の“審査期間”となる。この最終審議を担当するのが日本工業標準調査会だ。
 この機関は工業標準化法で設置をさだめられているものだ。民間の学識経験者や企業の人間で構成され、事務局は工技院。ようするに官庁が立案した政策を民間の知恵で審査・答申する“審議会”をイメージすればよい。
 工業標準化法によれば、主務大臣は、工業規格を制定・改正しようとするときは、あらかじめこの日本工業標準調査会に審議を依頼し、その議決をへなければならない。JIS規格のジャンルごとに部会が設置されており、文字コードなどのコンピューター関係は情報部会が担当することになっている。
 この最終審査で議論されるのは、例えば「この文字は入れるべきだ」とか言ったような個々の問題ではなく、この規格は果たして存在する意味のあるものなのかといった、親委員会と同様か、さらに広い視野に立ったものになる、はずだ。

 ところで、この審査期間の間も、引き続き原案作成委員会は規格としてのブラッシュアップにかかわり続けることもある。とくにに0213の場合は、従来のJIS漢字コード(0208)にない文字を収録するわけだから、規格票に掲載される字体が、たしかに自分たちが収集した字体と同じものなのかをチェックしなければならい(他に誰がチェックできるだろう!?)。
 そのようなわけで、日本規格協会内にもうけられたフォント開発の部隊にフォントを発注・検収する役目まで請け負うことになった。これは0208の第1次規格・78JISでは、原案作成委員会は写植会社に字体を一任してしまったために、結果としてのちのち思わぬ字体の混乱をひきおこすことになった反省にたつものだ。
 さらにいうと、これは97JISもそうなのだが、0213の規格票はTeXによって豊島正之幹事が手ずから組版をしたものだ。文字コードの規格とは、ここまでやらなければ出来ないのか。やれやれ、なんと“文字”とは厄介なものなのだろう。

 さてさて、このようにして日本工業標準調査会によって最終審査で承認された最終案が、ようやく“案”の字がとれた正式なJIS規格として、主務大臣、文字コードなどコンピューター関係の場合は通産大臣の名前で制定され、規格票が発行されるということになるのだ。

 

●JIS規格の制定過程はどれだけ公開されているか?

 ここまで、図1の左半分の流れにそって説明してきた。しかし、忘れてならないのが右半分の黄色の部分、つまり“外部への公開”の部分だ。実はこの項目の大半は、『制定過程編・中』の注13(こちら)、つまり工技院からの指摘としてとりあげたものだ。この回の原稿を書いた時点では、私はこれらをどこに位置づけてよいかわからなかったのだが、こうやって制定プロセスの中に位置づけてみると、どのような意味をもつものなのかが理解できると思う。

 つまり、注13で工技院が《JIS作成過程における透明性確保のため、JISの原案作成から規格制定・改正に至るまで、各段階に応じて、委員会への参加や意見提出の機会を設けてい》るとして挙げた4つの意見照会は、それぞれ順をおった段階を踏んだものになっている。具体的にいうと、前半の2つが“委託事業の決定”(オレンジ色)にかかわり、後半の2つは“審査期間”(緑色)にかかわる。これらの段階では工技院は事務局を担当しているから、同様に外部へ公告も工技院がおこなう。
 ただし、ここで公開される情報が、後述する公開レビューが原案そのものであるのに対して、いずれも予定される規格名のみで、あとは窓口の課の名称と電話番号のみ。詳しいことを知りたければ、ここに連絡をとってくれという対応だ。

 一方、全体の流れからは工技院の意見照会と同じレベルに位置づけられるのが、原案作成委員会による公開レビューだ。これは委託事業期間(濃い空色)におこなわれるので、当然主体は原案作成委員会。ということは、これをやる・やらないは原案作成委員会の自由裁量ということになる。
 0213の原案作成では、最初に開発意向表明、途中段階で進捗状況、そして終わりの方で公開レビューと、原案を作成している間中、つねに外部に情報を流し続け、意見を求め続けている。そして、最終案が確定した後になると、今度は意見照会ではなくお知らせという形で、最終原案の文字表と、国際提案するための提案書を公開している。この徹頭徹尾、外部にむかって開かれた姿勢は特筆されてよいものだと思う。これらは、工技院の言い方を借りるならば、“委託事業期間中の意見照会”となるだろう。[*4]

[*4]……もちろん芝野委員長だけが公開レビューを実施したのではない。たとえば日本規格協会が事業団体として『ネットワークを利用した対話情報交換実施要領』(1998年1月16日~1998年3月15日 http://202.248.220.3/domestic/instac/revue/scals-wg8/index.htm)という名称で公開レビューを実施している。ただし、これだけ頻繁に情報公開と意見の照会をやり続けたことは、JISの原案作成委員会として、とびぬけて個性的なはずだ。


●そしてのこる、“ちいさな謎”

 さて、図1の空色の中で、薄い色の領域がある。つまり実際に作業部会が原案の作成をおこなう段階なのだが、工技院によると、これが“開発意向表明”でいう、《開発期間》なのではないかという。図1にそって言うと、“開発意向表明”の公開から、公開審議までだ。
 前者はJCS/WG2の豊島正之幹事に問い合わせたところ、'96年7月22日と判明した。一方で公開審議は前述の報告書によれば'99年3月26、27日。この間2年8カ月。つまり、この部分が本当に《開発期間》だとすれば、現実には8カ月遅れたことになってしまう。
 もちろん、前述したようにスポンサーである工技院が提示した“委託事業計画”の締め切りそのものはクリアしているので、そういう意味では、これを“遅れ”として囃したてるのは当たらない。
 どうやら、これについては“開発意向表明”を起草した芝野委員長に直接聞くしかないようだ。このちいさな謎の解明については、後日を期したいと思う。もしかしたら“最初は早めの目標で頑張っておけば、あとの方で遅れても大丈夫”というような、きわめて人間くさい、だけど誰にもお馴染みの理由があるのかもしれないが……。


●工技院は公開レビューを、どのように考えているのだろう

 では最後に、工技院は、公開レビューをどのように考えているのだろうか? ここで工技院の担当者に登場していただこう。話を聞いたのは工技院の情報電気標準化推進室の永井裕司技官。0213規格票にその名前が掲載されていることからも分かるとおり、工技院で文字コードをはじめいくつかの情報技術関連の標準化を担当している。以下、スペースの関係で箇条書きにまとめることをお断りする。

原案作成段階の意見照会じたいは、芝野委員長だけがやっているわけではない。公開レビューという形ではないけれど、他の分野でいうと、自動車や鉄鋼の製品規格では、業界誌に委託事業期間中の意見照会を掲載しており、これがメディアの違い、特定多数か不特定多数かの違いこそあれ、公開レビューと同様に位置づけられるだろう。

あるいは、過去にもバリア・フリーにかかわる規格、例えば点字ブロックなどは、日本工業標準調査会のウェブページでひろく意見を求めたことがあった。これからも消費生活分野を中心に、こうした不特定多数への意見照会を、もっと充実していかなければならないと考えている。

また、現在『21世紀に向けた標準化課題検討特別委員会報告書』という文書をインターネット上で公開している(こちら)これは2003年までに電子政府対応にする目標を、標準化についてはどのように実現させるかというレポートなのだが、ここには工技院で受理した原案を、必要に応じてウェブ上で公開し、ひろく意見を求めることが盛り込まれている。これが2003年までに実現される予定である。

つまり我々としては、先に伝えたとおり、4つの段階にわけて意見照会の機会をもうけている。それに加えて、さらに透明性を確保していこうというスタンスだ。

だから、公開レビューそのものに対しても、非常によいことだと思っている。原案作成委員会が、積極的に不特定多数の方に対して、情報部会や工技院に先立って幅広い意見を聴取する。そしてそれを原案に反映させるというのは、非常に望ましい姿だと思う。

(こういう公開レビューをする原案作成委員会に対して、例えば金銭的な援助をする考えはないか、という小形の質問に)たしかに原案作成は、非常に少ない予算でやっていただいているのは事実だ。しかしもともと標準化にかかわる予算じたいが非常に少額なのだ。何かしらの研究開発とか国を挙げてのナショナルプロジェクト、例えば新しい新材料を作ろうなどというと数十億のオーダーの予算が動くことはあるが、原案作成にかかわる標準化予算というのは、せいぜい数百万というレベルで、数千万のオーダーになることは滅多にないのが現実だ。

その中味も、事務局の人件費とか、コピー代とか、委員への謝金、報告書を上げてもらう製本費、つまり1年を通しての最小限度の委員会活動費だ。だから公開レビューにかかる補助金など、申し訳ないが工技院がサポートできる状況にないのが現実だ。現状でも出せないし、今後も無理だろう。


●標準は誰のためのものか?

 以上だ。公開レビューの趣旨について、非常に積極的な意志を聞くことができたのは収穫だったと思う。とにかく学識経験者ではなく、メーカーの社員でもない私などは、公開レビューという機会がなければ、規格の作成に参加することができない。とくに文字コードのような、文字を使う人間ならば誰でも利害関係をもつような、非常に公共性の高い規格の場合、公開レビューという制度は非常に有効だと考えている。

 私は『制定過程編・中』のなかで、以下のようなことを書いた。

 

法律に書かれた原理原則はともかくとして、JISに限らず工業規格というものは、規格によって直接利益を受けるものがリードして作られるのが現実だ。つまり、工業標準とは、受益者にあたる会社たちが知恵と人間を出し合って作られるもので、“誰のための標準化か?”と問われれば、“メーカーのためだ”と答えるのが正直なところだろう。


 私は上記の叙述に皮肉をこめこそすれ、これを肯定して書いたつもりはない。“工業規格をメーカーのものにしてはいけない”などと言うつもりもない。規格によってメーカーが潤い、同時に我々ユーザーも気持ちよくなれる、それが一番のはずだ。だとすれば、0213で芝野委員長がこころみたような、公開レビューを始めとする情報公開・意見照会は、もっともっと一般化してよいはずだ。

 では翻って、現状はどうなのだろう? 工技院への取材をへて、JIS規格の制定過程を詳しく知ることができた現在でも、上記を訂正する必要は感じないというのが正直なところだ。
『通産省公報』や『News from MITI』という雑誌を、いったい何人の人が知っているのだろう? パソコン音痴の私の妻が知らないのは当然として、では、文字コードに詳しいこの連載の読者の、何人が知っていたのだろう? 私としては疑問に思わざるをえない。
 工技院が規格を作るにあたって透明性を確保しようと努力していることはよく分かった。その姿勢には敬意を表したい。私の取材にも実に真摯に対応していただいた。だからこれからも頑張ってと声援したい。しかし、現状に満足していてよいのだろうか、私はそのように思った。

(2000/6/29)

[Reported by 小形克宏]