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【連載】

東海岸インターネットビジネス最前線

第26回:Webベースのウェイクアップコール企業
――「Mr. Wakeup」サービスを提供するiPing

http://www.iping.com/

 米国でのインターネット業界では、メーカーやソフトハウスの集まった西海岸「シリコンバレー」だけでなく、最近ではコンテンツやビジネス面で東海岸「シリコンアレー」(シリコン通り)が注目を集めています。この連載ではそうしたシリコンアレーから登場していく注目の企業を紹介していきます。(編集部)


Eduardo Yeh
iPingのEduardo Yeh創設者兼社長
 数カ月前に出されたニューヨーク市の調査報告書によると、現在ニューヨークにはソフトウエア/IT関連企業が3,000社以上あり、この業界での労働者は3万人にのぼるという。また、この数字にはWebデザインやコンテンツを開発するニューメディア企業は含まれておらず、New York Times紙では、これらのニューメディア企業を含めると、シリコンアレーで働く労働者は10万人以上にも上ると予測している。空きオフィスに入居する企業のほとんどがインターネット企業という状況の中、新たなアイデアを持った若者が次々とドットコム企業を設立している。ソーホーの一等地に引っ越したばかりの、Webベースのウェイクアップコール(モーニングコール)企業であるiPingもその1社だ。

 Eduardo Yeh氏とDarryl Shepherd氏により18カ月前に設立された同社は、Webサイトで日時と電話番号を入力すれば、ホテルで提供しているようなウェイクアップコールをかけてくれる「Mr. Wakeup」サービスを提供している。この無料サービスは2月にベータ版が発表されて以来ユニークさが話題を呼び、WIRED、New York Timesをはじめとするメディアで大きく取り上げられている。8月には190万ドルの投資を受け、現在はビジネス市場へさらにサービスを拡大するiPingの設立者、Eduardo Yeh社長に、同社のビジネスモデルや将来的な展望を語ってもらった。



●アイドルの声で目覚める朝

Mr. Wakeup
Mr. Wakeupのページ
 Yeh氏は「iPingは、ノーティフィケーション(お知らせ/通知)企業だ」と語る。同社の主要サービスであるMr. Wakeupを使用するためには、まずサイトに氏名、住所などのユーザー情報を登録して、ウェイクアップコールをかけて欲しい日付、時間、電話番号を入力するだけでよい。このメッセージは、通常のウェイクアップコールだけではなく、ホロスコープ、ニュース、天気予報、エンターテイメント、モチベーション(自己啓発)などさまざまな種類があり、自分の好きな種類のメッセージをカスタマイズして設定することができる。

 さらに、「今日は、ビデオを返す日」などのリマインダーを125字以内でテキスト入力すれば、テキスト音声システムがそのリマインダーを電話の際に読んでくれる。テキスト入力が面倒というユーザーは、自分の声を録音して流す機能を使うこともできる。また、近い将来はアイドルやMTVの人気キャスターの声など有名人の声で起こしてくれるサービスも始まるという。同氏は、「60秒間だけは皆を笑わせ、ユーザー体験を楽しいものにしたい。これはエンターテイメントだ」と語る。

 日程は最高で2001年末まで設定でき、米国、カナダ地域でサービスを提供している。同氏は「最初は、インターネットを通してボイスメールやFAXが受け取れる統合メッセージングや、広告ベースの無料長距離電話サービス『Mr. Distance』などを考えていた。しかし、多くの投資家たちが興味を持ったのがMr. Wakeupだった」と語る。その後、主要ビジネスをMr. Wakeupに絞り、発表からわずか半年間で6万人のユーザーがこのサービスを定期的に使用するようになったという。ちなみに、PC Computing誌のテスト(1999年10月26日付)によると、Mr. Wakeupのサービスには1回のミスもなかったという。



●さりげなく入る5秒間の広告

iPing HomePage
iPingのホームページ
 iPingは、Mr. Wakeupサービスの電話中に5秒間の広告を流すことにより、このサービスを無料で提供している。たとえば、「おはようございます、Mr. WakeUpです。今日の朝はStarbucksのコーヒーで目覚めましょう」といった具合だ。広告主にはStarbucks、Amazon.com、1800presents.comなどが名を連ねている。Yeh氏は「無料にしようと思ったのは、将来同じようなサービスを提供する企業が必ず無料サービスを始めるとわかっていたからだ。だから、最初からサービスは広告ベースで無料にしようと思った」と語る。

 インターネット企業が販売している広告のほとんどはバナー広告だが、広告主にとってはバナー広告よりも音による広告の方が数倍インパクトがある場合がある。たとえば、アーティストのニューシングルのプロモーションやTV番組の予告など、さまざまな応用が考えられる。同氏は「我々は、電話をコミュニケーション機能以上のもの、つまり、ディストリビューションとしても最大限に利用できると考えている」と語る。

 iPingでは10月にサイトを更新して、Mr. Wakeupと類似した数々のサービスを提供する準備を進めている。たとえば、薬を飲む時間を知らせしてくれる「Dr. Dose」、自分の持っている株価に変動があったときに知らせてくれる「Mr. Doller」などだ。同氏は「これらのサービスは、Mr. Wakeupのユーザービヘイビアから学ぶことで開発された。ユーザー体験を簡単にするために作られている」と語る。



●B2B市場で広がる巨大な可能性

 Mr. Wakeupのシステムは、iPingの独自技術であるノーティフィケーションアーキテクチャ「Ringblaster」を使用している。同社では、このアーキテクチャを使用したユーティリティ機能を、ビジネス市場やポータルサイトに売り込もうと考えている。Ringblasterは、PSTN(加入電話網)およびIPゲートウェイの双方に対応しており、スケーラブルでいかなるプラットフォームにも柔軟に対応できるという。Yeh氏は「現在はMr. Wakeupなどコンシューマー向けのサービスが中心だが、このアーキテクチャはB2B(Business to Business:企業間)市場で巨大な可能性がある」と語る。

 たとえば、運送会社のFedEXでは、iPingの技術を使用したトラッキングサービス「Mr. FollowUp」を提供している。自分が送った荷物がいつ先方に届いたかを確認するためには、サイトを訪れトラッキング番号を入力するだけでよい。その後はすべてMr. FollowUpが定期的にトラッキングを行ない、荷物が先方に着いた時点でユーザーに電話をかけてくれる。

 送金サービスを行なうWestern Unionもまた、同社の顧客支援サービスにiPingを使用している。送金をした顧客は、いつお金が相手に届くか気になるものである。そこで、Western UnionはiPingのアーキテクチャを使って、送金が完了した場合はお知らせの電話をかけるというサービスを提供している。この電話サービスは、自宅の電話だけではなく、オフィスの内線やボイスメールにも対応している。



●大学のドロップアウトでも関係なし

Office
インタビューに訪れたのは、iPingが
ソーホーの一等地に引っ越した当日で、
何も置かれてなかった。Yeh氏は「ネット
企業に必要なのは、クリエイティブな
環境だ」と語る。
 Yeh氏は、台湾人の両親のもと日本で生まれ、2年後、ブラジルに移住した。「ブラジルでは大学をドロップアウトした。ビジネスが好きで、ブラジル企業と日系企業との橋渡し役をやっていた」という。その後ニューヨークに渡り、商業不動産の仕事に就くというユニークな経歴を持つが、「不動産は保守的な業界で好きになれなかった。そこで、もともと好きだったテクノロジー分野に進もうと決心し、2年前に会社を辞めたんだ」と同氏は語る。その後、友人が経営するインターネット企業で、現在のビジネスパートナーとなるDarryl Shepherd氏と出会う。

 同氏は「最初は気が合う友人だったが、ネットビジネスで成功したいという夢が互いにあり、一緒にビジネスを始めようという話になった。Darrylはテクノロジーを、僕はビジネスを担当している」と語る。Shepherd氏は、ピッツバーグ大学のバスケットボールの有望選手だったが、けがをしてスポーツの道をあきらめなければならなかった。その後、アーティストを目指してニューヨークに移住、BillboardのR&B部門で2曲がトップチャートに輝き成功を収める。しかし、もともと大学でコンピュータサイエンスを専攻していた同氏は、浮き沈みの激しい音楽業界で一生を過ごすことにためらいを感じ、インターネット業界に転向した。

 Yeh氏は「我々は、サクセスストーリーにありがちなハーバード大卒の人々とはまったく違う。専門的な知識は何もなかったし、資金集めもやったことがないし、僕は移民でDarrylはアフロアメリカンだ。しかし、この困難にチャレンジし、全力投球したことが逆によかったと思う」と語る。



●日本市場に期待「もっとベンチャーを」

 iPingは8月、Grand Central HoldingsやCosmoz.comなどのベンチャーキャピタルから、190万ドルの投資を受けている。Yeh氏は「最初、150万ドルの予定だったが多数の投資家からの申し込みがあり、各投資額を減らさなければならなかった」と語る。業界で尊敬されている人物からの投資を受けることは、無名の人物から大金を受けることよりも重要だとする同氏は「いくら資金を集めたかではなく、誰から資金を受けたかが重要になる。iPingには、元CMP Media社長のKen Cron氏を始めとする業界のビジョナリストがアドバイザーとして参加している」と語る。

 同社は来年には、インスタントメッセンジャーやPDAなどのさまざまなプラットフォームにもノーティフィケーションサービスを提供する予定。また、他言語にも対応させて国際市場にも進出する計画を立てている。同氏は「僕のバックグラウンドを見てみれば明快なように、まずアジア市場に進出する」と語る。とくに日本市場に関しては期待しながらも、優秀な人材が多いわりにはインターネット市場で米国に大きく遅れをとっていることを指摘し「日本人の才能が生かし切れていないのは残念だ。やる気と情熱がある若者が、もっとベンチャーをやってもいいのでは」と語る。

 同氏は一方、「ドットコム企業のIPOに関するサクセスストーリーを読み、IPOを目的にして企業を興すのでは、限界が来る。チームとともに毎日の仕事を楽しもうとする心構えが大切だ」と語る。

('99/11/12)

[Reported by HIROKO NAGANO, NY]


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