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【連載】

シアトル発インターネットビジネス最前線 第2回

ECシステムサービスプロバイダー:Vitessa
─Amazon.comを脅かすビジネスモデル─

http://www.Vitessa.com/

 米国では、“シリコンバレー”や“シリコンアレー”だけではなく、インターネット企業が集積したハイテク地区が次々と登場しています。IntelやFujitsuなどの工場があるオレゴン州北部のポートランド周辺と、MicrosoftやAmazon.comが本社を構えるワシントン州西部のシアトルやレドモンド周辺もまた、“シリコンフォレスト”と呼ばれ、インターネット企業の集積地になりつつあります。この連載では、シリコンフォレストから登場する注目の企業を紹介していきます。(本連載は隔週木曜日に掲載します。記事一覧はこちら


OfficeFront
Vitessaのオフィスフロント
 低迷する株式市場によりバブルムードが冷え込みつつある米国では、ドットコム企業の整理統合が進んでいる。ベンチャーキャピタル(VC)投資家は、確実に利益が出るビジネスモデルを持たない企業には投資を控えるようになり、バナー広告しか収入源のない多くのコンテンツやコミュニティサイトは苦境に立たされている。そこで、ほとんどのサイトがECに参入する必要に迫られているが、コンテンツサイトの多くは、平均で100~200万ドルがかかるECシステムの構築を自社で行なう余裕がないため、“提携プログラム(アフィリエイトプログラム)”に参加することでEC機能を追加している。

 提携プログラムとは、コンテンツサイトからECサイトへリンクを貼り、ユーザーが商品を購入したら5~15%のコミッションを受け取るというモデルで、ここ数年で急成長を遂げている。しかし、コンテンツサイトがTVや雑誌、バナー広告などに数百万ドルを費やしてユーザーをサイトに導いた後、ユーザーが商品を購入する段階で、ECサイトに売上の大部分を渡してしまうことになる。例えば、Amazon.comは43万以上の提携サイトを抱えており、トラフィックの半分以上をこれらの提携サイトに頼っている。

 こうした提携プログラムを根本から覆すべく、コンテンツサイトに対して包括的なECシステムのバックエンドインフラを提供している企業が、シアトルに本社を構えるVitessaである。1997年に設立された同社は、クレジットカード決済から製品サプライヤーとの販売契約にいたるまでECに必要な全プロセスを、通常のシステム開発コストの5分の1以下の価格で提供しており、現在、NBC Home Video、Microsoft、Critical Path、TeamSphere Interactiveなどの十数社にサービスを提供している。元Microsoftの幹部である同社設立者のDavid Mullan CEOに、同社のビジネスモデルや今後の戦略を尋ねてみた。



●バーチャルサプライチェーン「VMX」

David Mullan
Vitessaの共同設立者、David
Mullan CEO
 VitessaのDavid Mullan CEOは「我々のターゲットは、高いトラフィック率を誇り、すでにユーザーとの長期的な関係を築き上げている上位500社のコンテンツサイトだ。我々の調査によると、上位200のサイトのうち、提携プログラムにEC機能を頼っているサイトは78%に及んでいる」と語る。同社は、ECインフラを構築する時間とコストをかけることなしに、書籍やCDからヘルスケア製品まで多様な製品のオンライン販売を可能にするバーチャル・サプライチェーン「Vitessa Merchant Exchange(VMX)」を提供している。

 VMXは、マーケティングからショッピングカートの作成、クレジットカード決済、製品調達/配送、データマイニングまでのECに必要なプロセスのすべてをウェブベースで提供しており、コンテンツサイトは新たなハードウェアやソフトウェアを購入したり、在庫センターを確保する必要が一切ない。VMXのクライアントは、VMXのポータルサイト「Merchant Portal」にIDとパスワードでアクセスし、オンラインで販売する商品を選択し、売上レポートやユーザーの行動履歴を閲覧することができる。

 Vitessaでは、Ingram MicroやBaker&Taylor、Orgillを含む20社の大手サプライヤーと提携して、書籍、音楽CD、DVD、コンピュータ製品、ビデオゲーム、家電、オフィス用品、家具を始めとする15種類の製品カテゴリーから総計150万種類におよぶ製品を提供している。たとえば、映画評論サイトが映画紹介のページでDVDや関連グッズを販売したい場合、VMXを使用すれば複数のサプライヤーから即座に最適な製品を販売できるようになる。

 同氏は「VMXのクライアントは、各サプライヤーと個別に販売契約を結ぶ必要がなく、我々と契約するだけで、求める商品を各社から得られる。また、サプライヤーにとっても無数のドットコム企業と個別に契約を結ぶ必要がなく、VMXが複数サイトからの注文を一つにまとめて送信するので、注文システムの大幅な合理化が図られる」と語る。商品はサプライヤーの在庫センターからユーザーに直接届けられるので、VitessaとVMXクライアントは商品を実際に扱う必要がない。



●商品販売の“ルール”をエンコードする「VIPC」

ShoppingCart
ショッピングカートの例
 VMXのアーキテクチャーを支えるのが、商品販売の“ルール”を設定する技術「Vitessa Internet Product Code(VIPC)」である。現在、特許申請中のVIPCは、製品番号と価格、サイト名などをエンコーディングして“購入”ボタンに埋め込むことで、サイトのどこにでもショッピングカートを挿入することができる技術である。ユーザーが購入ボタンをクリックすると、VIPCがVMXのサーバーに送られ、VMXはそれをデコーディングしてどのサイトのものかを判断し、そのサイトのブランドロゴ、商品名や価格、保証期間や税金などの商品販売ルールに従ったショッピングカートのページを掲載する。

 VIPCにより、コンテンツサイトは、例えばBritney Spearsの新譜を紹介しているページや電子メール内に購入ボタンを設置することができる。ユーザーは、1クリックでCDの入ったショッピングカートへ行き、必要事項を記入してあと1クリックで製品を購入できる。調査会社のForrester Researchは、1クリックごとにオンラインショッパーの6割が購入を途中で止めているという調査を報告しており、クリック数が購入率に大きく影響することを示唆している。また、EC取引の約8割がYahoo!やAOLなどの大手ポータル以外のサイトで行なわれているという結果も出ており、戦略次第では中小規模のコンテンツサイトがECによる売上を大幅に高める可能性があるといえる。

 Mullan氏は「インターネットはどこからでも情報を入手できる分散型ネットワークだが、オンラインショッピングはECサイトに出向くしかない。コマースを情報の中に組み込む分散型ECにより、ECも情報と同様に分散されてどこからでもアクセスできるようになる」と語る。同氏は、Escalate、CrossCommerceなどの競合他社は、ECサイトの“ストアフロント(店頭)”を必ず設置しなければならないので、選択肢に欠けると主張する。

 Vitessaは1999年10月、ECサイトのストアフロントを開発するVignetteから2,300万ドルの投資を受け、Vignetteの「V/5 E-Business Platform」をVMXに統合している。これにより、VMXではストアフロントも構築できる。同氏は「Vignetteは、ストアフロント、コンテンツ管理、ワークフロー関連のソフトウェアを主に開発しており、我々のサービスと補完し合うものだ。企業文化も非常に似通っており、パートナーとして最高の企業だ」と語る。



●提携プログラムの4~6倍の売上を上げる

 VMXのサービス料金は、設定料金が10万ドル、月々のサービス料金が1万ドル以下、そしてトランザクションごとに3~5%の手数料を徴収している。共同設立者のVick Perry CFOは「ASPモデルを選んだことにより、我々は開発コスト、ソフト/ハードウェアのコストを個々のクライアントで分割することで安価なサービスを提供できる。また、我々のクライアントにとっては、ソフト/ハードウェアを購入することなしに、いつでも最新技術を安価に利用できる」と語る。

 Vitessaはまた、大手銀行のImperial Bankと提携して、コンテンツサイトが製品購入による在庫リスクを負う必要がない「バーチャルコンサインメント(委託販売)」を提供している。これは、実際に商品が販売されるまでコンテンツサイトはサプライヤーに対して支払いを行なわないでよいシステム。例えば、VMXを使用しているサイトからユーザーがDVDプレーヤーを購入したとする。ユーザーが購入ボタンを押すと、オンライン注文がIngram Microなどのサプライヤーへ送られ、ユーザーにサプライヤーから商品が配送される。その後、ユーザーのクレジットカードから金額が引き落とされ、サプライヤーは原価、コンテンツサイトは利益、Vitessaは3~5%の手数料をリアルタイムで受け取ることになる。

 Mullan氏は「VMXを使用すれば、提携プログラムに参加するよりも4~6倍の売上を上げることができる」と語る。提携プログラムでは、19ドルの本が1冊売れた場合、提携サイトが受け取る金額は1~2ドルだが、VMXを使用すれば、売上の約3割近くがサイトの利益になり、19ドルの本では6ドル近い利益を得ることになる。しかも、提携プログラムの多くは取引成立後から60~90日後に金額が支払われるケースが多いが、VMXではリアルタイムでの支払いとなる。



●返品からカスタマーサポートまで

View
オフィスからの眺め。シアトル名物の
タワー「スペースニードル」が見える
 Vitessaは、ユーザーに対しても優れた顧客支援サービスを提供している。注文後に確認の電子メールを送信し、ユーザーは注文履歴や製品の配送状況をサイトから確認できる。また、コールセンター企業大手のTeleTechと提携し、ユーザーからの質問を受け付ける電話による顧客サポートを提供している。返品に関しては、サプライヤーの住所を返品先としているので、ユーザーは直接サプライヤーに返品することになる。サプライヤーは製品が届いたのを確認してから、ユーザーのクレジットカードに返金する。

 また、VMXを使用しているコンテンツサイトは、提携プログラムと異なり、ユーザーを他のECサイトに送る必要がないので、ユーザーはサイト内でショッピングを楽しむことができる。また、製品の注文から配送、顧客支援サービスに至るまでの全プロセスがそのサイトのブランド名で提供されるので、サイトは顧客との長期的な関係を築けるようになる。それと同時に、サイトは顧客の行動履歴や購入履歴を包括的に把握できるので、次のマーケティングに効果的につなげることができる。

 同社はさらに、VMXを使用しているサイトのすべてのユーザーの行動履歴や購入履歴の集計データを提供する計画を立てている。Mullan氏は「全体の集計データを提供することで、個々のサイトは全体的なユーザー動向を把握した上で、自社サイトの傾向を分析できる。また、あるVMXベースのサイトを訪れたユーザーが、異なるVMXベースのサイトを訪れたとしよう。我々は、ユーザーデータベースと照合して、最適なECサービスを提供できるようにする計画を立てている」と語る。



●ガレージのオフィスにやってきた投資家達

Vick Perry
Vitessaの共同設立者、Vick Perry CFO
 Mullan氏は、1986年から1993年までMicrosoftのCD-ROM部門で働いており、その後はアウトソーシング企業のStream InternationalでEC関連のビジネス開発に携わった。同氏は「印刷会社のR.R.Donnelyの雑誌やカタログのECサイト開発に携わったが、当時はECサイトの開発ツールが存在しなかったため、サイトを最初から構築することは非常に骨の折れる仕事だった。そこで、ECサイトの開発ツールを自分で構築しようと思いついたのだ」と語る。

 1997年初め、Streamの同僚だったVick Perry氏とともにMicrosoftの近くにある自宅のガレージでプロジェクトを開始、1997年11月に正式に企業設立した。収入の安定した会社を辞めることが最も困難なことだったという同氏は、前夜にPerry氏に電話をかけて「本当に明日会社を辞めるんだよね」と確認したそうだ。「翌朝、Vickが私の家の自宅に現われてほっとしたが、当時の、次に何が起こるかわからない気持ちは、まるで崖から飛び降りるような感じだった」と振り返る。

 企業を設立するには十分な資金はあったが、会社を運営するためには大規模な投資が必要だった。シリコンバレーのVC投資家に話を持ちかけると、彼らはガレージのオフィスにやってきて、犬とベーグルを取り合いながらも話を聞いてくれたという。1998年7月に400万ドルの投資を受け、本格的な採用を開始。その後は1,750万ドル、1999年10月にはECソフト開発企業のVignetteから2,300万ドルの投資を受け、現在までに総計4,450万ドルを獲得している。

 同氏は「私のビジネスのやり方は、ほとんどすべてMicrosoft時代に学んだ。いかに競争力を維持して革新的でいるか、また素早い対応をするかなどだ。攻撃的? 確かにその評判はあるが、PCを使いやすくするという一つのビジョンで団結してエキサイティングだったよ」と語る。Microsoftの分割に関しては「まだ私は株を所有しているので、難しい質問だ(笑)。個人的には賛成しない」と語る。

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●Amazon.comを脅かす存在に?

OfficeBuilding
Vitessaのオフィスビル。マイクロペイ
メントの決済システムを開発するQpass
などもテナントとして入っている
 Vitessaは現在、約150人が働いており、そのうち技術部門スタッフが約8割を占めている。今後はマーケティングや販売部門のスタッフを積極的に採用し、VMXの販売に専念するという。VMXサービスは今年4月に発表されたばかりだが、その中核となるショッピングカート技術「E-Conductor」はすでに2年近く数々のサイトで使用されており、その安定性とスケーラビリティが認められている。現在、次世代のVMXを開発している最中であり、クライアントが自由にレポートをカスタマイズできる、データマイニイングのための使いやすいGUI、リアルタイムでユーザーの購入状況などが閲覧できる強力なレポート機能が加えられるという。

 国際市場に関しては、進出するきっかけになる大手のクライアント企業を探しているところだという。VMXは、スペイン語、フランス語、ポルトガル語などの複数言語/複数貨幣によるシステムをすでにサポートしており、すでに数社で同システムが使用されている。「技術的には準備ができている」と語るMullan氏は、今後はパートナー企業との提携またはクライアント契約により、国際市場への拡大を積極的に図っていくという。日本企業に関しては、まだ特定の企業とは話していないとのこと。

 ほんの数カ月前には人気のあったドットコム企業が、現在、厳しくビジネスモデルを追求されている中、Vitessaは投資家コミュニティからの大きなサポートを得ている。現在、まだ利益は出ていないが、シアトルでは同社のビジネスモデルはAmazon.comを脅かすものになるとも言われている。同社は、今年中には30社のサプライヤーにより1,000万種類以上の製品を提供し、50社のクライアントにサービスを提供することを目指している。

(2000/7/27)

[Reported by HIROKO NAGANO, Seattle]


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