【連載】

社会学の理論で斬る「ネットの不思議」

第4回:「ネットオークション」の不思議
-見えない相手の何を信頼するのか-

【編集部から】
すでに日常生活の一部として切り離せなくなった感のあるインターネット。パブリックとプライベートを併せ持つ領域で、「ネットカルチャー」と呼ばれる現象がたち現れてきました。これらの現象に対して、新進の社会学者が社会システム理論などを駆使し、鋭く切り込みます。

オークションの流行とトラブルの頻発

 「Yahoo!オークション」が相変わらず盛況だ。一部では、ネットオークション全体としてのポテンシャリティはピークを過ぎたと言われているが、それでも同サイトがインターネット上でもっともモノと金の流通が活発なサイトの一つに数えられることは間違いない。

 人と人の関係が一定の量で存在する場所には必ずトラブルがつきまとう。「Yahoo!オークション」は詐欺事件などのトラブルが絶えない場所でもあった。実際、毎日新聞のサイト内にある「インターネット事件を追う」では昨年の半ば頃まで、ネットにまつわる犯罪というとオークション詐欺というのがほとんどだったし、オークションの商品の合間に「この商品にはご注意!」といった「善意の警告」を見かけることは珍しくなかった。

 あまりに頻発するトラブルに対応して同サイトは、2001年5月末からオークションの参加者に身分証明の確認するシステムを導入。その維持費として参加料を求めることになった(現在はサーバーの関係で「本人確認登録の臨時受付」という形を取っているようだが)。慎重に検討を重ねた末の導入であったことを彼らは強調しているが、私自身はこのシステムの導入が、いくつかの社会学的に重要な問題を提示しているように思われる。

「慣れ親しみ」の関係

 ネット上でのユーザーのやりとりには、C2Cビジネスと呼ばれる分野での「人と人」との関係がある。オークションに限らず、我々はネットを介してしか会ったことのない人とやりとりをし、お金やモノの交換ができる。しかし、どうして我々はどこの“馬の骨”とも知れない人間にお金を払い、またモノを売ることができるのか。

 かつて日本の多くの地域では、人々は相対的に閉鎖的な集団、例えばムラと呼ばれる場所で生活を営んでいた。そこでの取引は、年に数回、収穫物を売りにムラの外へ行商に行くか、あるいはムラにやってきた人の商品を買うことがほとんどだった。

 要するに、全く訳の分からない人と取引することは一般的な事柄ではなかった。ムラの外からやってくる人に対しては、それが毎年同じ人でなくても、「去年も同じような人が取引をしにきたから、この人も同じだと考えていいのだろう」という判断の元に取引されていたと考えられる。このような関係を社会学の理論では「慣れ親しみ」と呼んでいる。

初めて会った人を「信頼」すること

 しかし近代に入り、交通手段の発達と急速な都市化が進むと、「慣れ親しみ」の取引は次第に難しくなる。これまでムラに来られなかった人が突然やってきたり、マチへモノを売りに行くと、これまで見たこともない人が集まっていたりするのだ。

 このような状況では、それまでのような「慣れ親しみ」の関係は通用しない。「毎年このようにしていたから、今年も同じようにできるだろう」という推測が通用しない相手とも取引をしなければならない。その時に我々は「慣れ親しみ」とは違うやり方で関係持たなければならないのだ。

 それは相手を「信頼」する関係だ。「慣れ親しみ」の関係の基礎になっているのは、明日会った人も昨日会った人と同じように振る舞うという前提である。しかし、社会の発展によって見ず知らずの他人と取引を行なうためには、その前提が「人であれば一般にこのように振る舞うに違いない」という「予期」に取って代わられる。この「予期」のことを社会学理論では「信頼」と呼ぶ。「信頼」は我々が社会生活を送る上での基本なのだ。

 むしろ、このような信頼を全く築けなければ、我々は怖くて街を歩くこともできないだろう。我々が往来を歩くときに、すれ違う人にいきなり殴りかかられるかもしれないという心配をしなくて済むのは、このような「信頼」の機能のおかげなのだ。

社会システムへの信頼

 「信頼」は我々の社会生活を支える根本的な原理だが、見知らぬ相手との取引が可能になるためには、もう一段上のレベルの信頼が必要になる。それが「システムへの信頼」である。

 例えば我々は、マクドナルドでハンバーガーを注文してお金を払えば、間違いなくハンバーガーが出てくることを知っている。一度もマクドナルドに行ったことがなくても、おそらくそう考えるだろう。なぜ我々はそう思っているのだろうか。このことについて社会学理論では、我々がマクドナルドという「システム」を信頼しているからだと分析する。

 それでは、システムを信頼するというのはどういうことだろうか。システムへの信頼がないと、我々はマクドナルドに行くたびに、それぞれの店舗の、それぞれの店員が、我々の一般的な期待を裏切らないかどうか(お金をネコババしないか、肉の量をケチらないか、そもそもそれは本当にハンバーガーなのか)を確認しなくてはならない。外国のお店に行くとこういうことはよくあるのだが、これには非常に手間がかかるし、そもそも本当のところは確認のしようがない。取引がうまく行くたびにほっと胸をなで下ろすことになるのだ。

 もし、「ここはマクドナルドなんだから大丈夫」というシステムへの信頼が働けば、いちいちお店や店員について心配しなくて済む。社会システム論の考え方は、システムが発達することで「その方がラク」という事態(これを専門用語では「複雑性の縮減」という)を押し進めていく点が非常に重要になる。

 それでは、なぜ我々がネットで見知らぬ人と取引できるのか、ということに立ち戻ろう。ネットオークションにおいて買う側は、商品についての説明や売り手の履歴(この取引以前に、同じ売り手から購入したことのある他者からの評価)などから、相手が一般的に信頼しうる人であるかどうかを判断する。一方、売る側は競り落とした人の対応(メールの返事や入金の有無)を確認してから取引を行なう。この繰り返しが問題なく循環すれば、オークションのシステムの安定度(システムへの信頼)は高くなる。そしてシステムがより安定すれば、一層取引が増える。つまり、システム信頼は個別の取引に前提されるし、取引はシステム信頼によって保証されるという、お互いに支えあう関係なのだ。

 しかしながら、その中に信頼できないような人が増えてくる、あるいはそのように「予期」されるようになると、取引自体が不安を孕んでくることになってしまう。そこでシステムを運営するYahoo!は、システムへの信頼を高めるために、個人情報の管理を厳しくすることで対応した。なぜならば、我々は個別の相手が信頼に足るかどうか悩むよりも、システムを信頼する(「Yahoo!オークション」だから信頼できる!)方が「ラク」だからだ。このようなシステムへの信頼は、インターネット上の仮想店舗であろうと、実際の店舗であろうと変わるところがない。

個人情報を進んで提供するということ

 ところで、今回の「Yahoo!オークション」のシステム変更は、「信頼」とは別の意味で社会学的に重要な問題を我々に提示している。これまで「Yahoo!オークション」では、個別の取引相手が信頼できるかどうかの判断材料として、利用者の取引履歴と評価を公開していた。そしてよりシステムへの信頼を高めてもらうために、個人情報の管理へと踏み切った。

 システムへの信頼を高める、つまりユーザーに余計な心配をかけないようにするために個人情報を管理するというのは、実はインターネットビジネス全体の最近の傾向である。Microsoftの提唱する「.net構想」などはその一例だ。このことについて、ローレンス・レッシグ著『CODE -インターネットの合法・違法・プライバシー-』(山形浩生・柏木亮二訳、翔泳社)は、重要な示唆を与えてくれる。

 インターネットはこれまで違法、無法がまかり通るアンダーグラウンドな部分を多く含むと考えられてきた。アンダーグラウンドな取引などが、国家や法の目を盗んで行なうことのできるような空間であると。これに対してレッシグは、「コード」と呼ばれるアーキテクチャ上の規制、つまりパスワードやデジタル署名などの障壁を持ち込んでいくことで、少なくとも近い将来には間違いなく、この種の違法が「完全に」駆逐できると主張する。

 つまり従来の考え方とは全く逆に、インターネットは完全な管理のツールになっていくというのだ。「個人のプライバシーは絶対に保護されるべきものだ」という反論が容易に想像されるが、レッシグが強調するのは、我々が自分のプライバシーと安全を守るために進んで個人情報を提供するだろうという、社会学的にも非常に重要な逆説だ。続けて彼は、そのような事態に直面して、我々は本当に個人情報を管理される道を選ぶべきなのか、と問いかける。プライバシーが侵されるような不完全な部分こそが、インターネットのある種自由な部分を保証してもいたのではないかと。

 「Yahoo!オークション」で個人情報の管理が始まったことで、安全なオークションができるようになったと手放しで喜んでいいのかどうか。それは、我々の社会の中で、自分のプライバシーに関わる情報がどこまでなら管理されてもよくて、どこからはいけないのか、という議論を始めるべき時期に来ていることを、我々に教えてくれているのではないだろうか。

■お薦めの一冊
ニクラス・ルーマン『信頼』(大庭健+正村俊之訳、勁草書房)
 →今回取り上げた「信頼」に関する説明はほぼこの本の内容に沿っている。理論書なので初心者には分かりづらいかもしれないが是非一読をおすすめする。

◎執筆者について
 鈴木"charlie"謙介。大学院で社会学を研究する傍ら「宮台真司オフィシャルサイト」の作成・管理なども手がける。ハードな政治思想から、若者文化に至るまで幅広く研究しているが、その様は「ミニミニ宮台君」と言われても仕方がないのではないか・・・という声も。

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(2001/6/12)

[Reported by 鈴木"charlie"謙介]

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