****************「ウォッチャーのイチオシサイト紹介!」****************

 毎週水曜日は「ウォッチャーのイチオシサイト紹介!」の日です。ここでは、世界
中の新鮮なインターネット関連情報を編集部にレポートしてくれるネットサーフィン
の達人「ウォッチャー」の方々が、その鋭い視点で選んだお薦めサイトを紹介します。
----------------------------------------------------------------------------
第16回レポーター: 福本直之 氏

戦場でピクニックを - Sarajevo Survival Guide -
http://www.fama.com/SSG-J/index.html

 "Sarajevo Survival Guide"という本をご存じだろうか。本と言っても、これは図
書館の固く冷たい樫製の机の前で一行一行を拾う退屈なそれではなく、また休日に恋
人や友達と落ち合うのにぴったりのレストランを毎週紹介してくれる気の利いたそれ
でもない。この本が読まれるべき場所はコンクリート屑の狭間であり、トリュフは自
分で探さなければならない。そう、これは地球の裏側(これは地理的な意味のみを指
すのではない)で生きる人間が持つべきガイドブック。同時に途方もない絶望に裏打
ちされたウィットの玉手箱。
 "Sarajevo Survival Guide"は1992年4月から1993年4月にかけての1年間、サラエボ
包囲戦の最中、FAMAプロダクションの企画により、多くのアーティストや知識人たち
の協力を得て作成された。「本書は現在の記録であり、サバイバルのためのガイドで
あるが、同時にサラエボを戦火の犠牲地としてではなく、機知によって恐怖を克服す
るための実験場として伝える、未来に残す記録でもある」(「前書き」から)
 そう、ガイドブックと言えども、"Sarajevo Survival Guide"は、その体裁とは裏
腹に地球を気軽に歩き回る者のためにあるのではない。例えば「ホテルとレストラン」
の項目。「サラエボには数多くのホテルがあるが、ホテル・ブリストルとホテル・ポ
シュタ以外は人でいっぱいだ。避難民の住まいになっているのである。」旅行者をこ
れほどがっかりさせる記述が他にあるだろうか。しかしまたあなたがサラエボで難民
にならないという保証もない。むろんここであなたは「サラエボ」を一地域の呼称と
して自身から隔離するべきではない。
 今回紹介するこのサイトは"Sarajevo Survival Guide"の日本語版「サラエボ旅行
案内」のオンライン版である。残念なことに邦題からは原題の皮肉めいた(それでい
て快活な)ニュアンスは窺えないが、それでも同書の内容の全てをこのサイトで見る
ことができる。ダートゲーム、気候、インテリア、睡眠、食事、噂、戦争料理ブック、
エトセトラエトセトラ…。
 このサイトにはホームページ構成の面で特に目を見張るべき技術は見あたらない。
あるのは「サラエボ」で生き抜くために必要な最低限のTIPSと本書に寄せられたいく
つかのエッセー。池沢夏樹の「絶望とユーモア」と題された秀逸な一品も読むことが
できる。本と同様に、このサイトからも「サラエボ」の悲惨な状況は伝わってこない。
ただ、延々と続く日常の乾いた描写だけがある。そう、悲惨が常態である時、そこに
感傷の入り込む余地があるだろうか、否ない。

(96年10月9日)