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福井弁護士のネット著作権ここがポイント

書籍の電子化、「自炊」「スキャン代行」は法的にOK? ~福井弁護士に聞く著作権Q&A


骨董通り法律事務所の福井健策弁護士

 「iPad」や「Kindle」など電子書籍の閲覧に適した端末の普及に伴い、電子書籍の「自炊」が話題だ。自炊とは、自らの蔵書を裁断機で切断し、スキャナーを使ってデジタルデータ化する行為を指す。

 自炊をめぐっては、書籍の裁断やスキャンを代行する「自炊代行サービス」までもが登場したが、同サービスは著作権法に違反するという声も多い。本稿では、知的財産権に詳しい骨董通り法律事務所の福井健策弁護士に、「自炊」にまつわる著作権問題を聞く。

 なお、著作権はさまざまな権利の集まりで、著作権侵害といっても、根拠となる権利は複数存在する。この記事で登場する、書籍の電子化に関わる権利を下にまとめた。




書籍の電子化にかかわる権利
種類 権利者の許可が必要な行為 その例外や備考
複製権 【1】コピー・録音・録画など、著作物の再製行為 【2】私的複製(私的に使用するためならば使用者が複製できる)
公衆送信権 【3】放送・ネット配信など、「公衆」への送信行為 【4】少数の知人への送信はOK
譲渡権 【5】オリジナルや複製物の、「公衆」への譲渡行為 【6】権利の消尽(一度購入された正規流通品はその後転売しても良い、など)

自炊にスキャン代行、書籍の電子化に関するQ&A

 

Q1:個人で電子書籍を「自炊」する行為は著作権法違反になるのでしょうか?
A1:個人的に使うためなら適法です。
解説:まず、自分の蔵書を裁断する行為については、(胸が痛むかはともかく)著作権法で問題になることはまずありません。

 また、書籍をスキャンする行為は、著作権法で「複製」に該当するのですが、同法第30条1項が規定する「私的使用のための複製(私的複製)」の範囲内であれば、適法とされています(表【2】)。

 著作権法は私的複製について「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内で使用することを目的とするときは、基本的にその使用する者が複製することができる」と定めています。

 こうした規定から、自分の蔵書を自分で利用するために自ら裁断したりスキャンする行為は、私的複製の範囲内として適法と見なされます。さらに、スキャンしたデータを自分のiPadやKindleに取り込む行為も、同様に認められています。


Q2:スキャンしたデータを家族などで共有するのは?
A2:適法です。
解説:スキャンしたデータを家族や数人の親しいグループ内で共有するためのスキャンは、私的複製に含まれます。また、例えば書籍をスキャンしたデータを家族(家庭内から)のみアクセスできる自宅のサーバーにアップロードし、家族内で共有できるようにする行為は、(表【3】の公衆送信とは言えないので)適法と見なされます。


Q3:家族などを除いて、自炊したデータを知人に譲渡するのは?
A3:ハードごと渡す場合を除けば、基本的に違法です。
解説:まず、最初の自炊が私的複製にあたるか。これはどのような目的でスキャンを行ったかが問題となります。Q2で述べた家族内や親密な小グループ内の場合を除いて、当初から知人への譲渡を想定して書籍をスキャンした場合は、おそらく私的複製とは認められず、著作権法に含まれる「複製権」を侵害する行為となります。

 次に、最初は自分で楽しむことを目的としてスキャンしたデータでも、メールやインスタントメッセンジャーなどを活用して知人にデータを譲渡する場合、データを送信・アップロードする行為は新たな複製をともないます。これは、私的複製とは認められず、違法と見なされるでしょう(表【1】)。

 一方、当初の“自炊”は私的複製だった場合で、これらのデータが保存されたUSBメモリーやiPadなどの機器ごと知人に譲渡する(デジタルコピーを行わないで譲渡する)ことは基本的に適法と考えられます。データを含む機器そのものを特定の知人に提供する行為は、複製権や後述する譲渡権を侵害しないためです。

 これらの事例は、音楽CDをコピーしたCD-Rとも似ています。例えば、最初は自分で楽しむためにコピーしたCD-Rをその後になって特定の知人に貸したり、このCD-Rを知人自らがPCに取り込むといった行為は、私的複製などの範囲を超えておらず著作権侵害ではありません。これに対して、知人に譲渡や貸与することを想定して音楽CDをコピーする行為は、そもそも私的複製に該当しません。


Q4:裁断済みの書籍をネットオークションなどで販売するのは?
A4:違法とする法的根拠が、おそらくありません。
解説:裁断済みの書籍は出品者の所有物と考えられるため、これを譲渡する行為は、現行法下ではおそらく適法です。ざっくりといえば、「自分の所有物なので売るのは自由」ということになるでしょう。

 著作権法には「譲渡権」(26条の2)という権利があり、著作物の原作品や複製物を他人が勝手に譲渡することが制限されています(表【5】)。しかし、譲渡権には「一度購入された正規流通品は転売しても良い」といった限定があります(表【6】「権利の消尽」などといいます)。古本屋のビジネスが成り立つのは、こうした理由によるものです。

 消費者が正規に購入した書籍をネットオークションで販売するのが適法である以上、その書籍を裁断して販売する行為も「違法」とは呼べないように思います。実際のところ、音楽CDなども、おそらくリッピングしてからオリジナルを転売する行為は幅広く行われていますが、書籍が裁断された瞬間に、音楽CDと扱いを変えて転売が違法になるとは考えづらい。

 とはいえ、中には1万冊以上の裁断コミックが一度にオークションに出されるような極端な例も見られます。こうした裁断コミックはおそらく出品前にスキャンされたのでしょうから、転売とは別問題として、大量スキャン自体が私的複製の条件を満たしていたか(またそのスキャンデータがその後どう使われるか)は、無論問われます。

 また、すでに裁断済み書籍のネット書店なども生まれているようであり、万一裁断本のスキャンと再転売が次々と大規模に繰り返されるようになれば、正規商品のビジネスへの影響は少なくないでしょう。紹介した「権利の消尽」は、かなり政策的な配慮からのルールです。仮に正規商品のビジネスモデルが崩されるまでの事態になれば、裁判所が何らかの法律構成で裁断本の反復流通を違法と判断する可能性もゼロではない、と思います。


Q5:裁断済みの書籍をネットオークションなどで購入するのは?
A5:適法です。
解説:ネットオークションで裁断済み書籍を購入するだけならば、そもそも譲渡権の対象にも該当しません。ユーザーが著作物を複製する、いわゆる“ダウンロード違法化”とは、場合が違うのですね。


Q6:裁断済みの書籍にPDFファイルを付けてネットオークションなどで販売するのは?
A6:違法です。
解説:他人に販売する目的で書籍をPDFファイルに変換する行為は、私的複製とは呼べないため、その時点ですでに違法です。このケースでは、書籍をスキャンしてPDFファイルに変換する行為は複製権侵害、PDFファイルを販売する行為は譲渡権侵害となります(表【1】【5】)。

 録画したテレビ番組をコピーしたDVD-Rを権利者に無断で販売するのが複製権・譲渡権侵害になるのと同じパターンと言えるでしょう。


Q7:情報共有を目的として企業内で電子書籍を自炊する行為は?
A7:おそらく違法です。
解説:会社で資料として使うために書籍をスキャンする行為は、一般に私的複製とは考えられていません。そのため、個別に著作権者の許諾を得ずに書籍をスキャンし、社内のサーバーなどで共有する行為は、複製権侵害と見なされます(表【1】)。

 なお、日本複写権センターや出版者著作権管理機構(JCOPY)という団体では、企業内の複写行為を包括契約などで許可する業務を手がけていますが、書籍をスキャンして社内のサーバーで共有するといった行為の許可は取り扱っておらず、今後の課題といえます。


Q8:自炊の代行サービスは適法?
A8:権利者から複製の許可を取らない限りは、違法でしょう。
解説:私的複製の範囲を規定する著作権法第30条1項を見ると、「『使用する者が』複製することができる」と書かれています。こうしたことから、自炊に限らず複製の代行サービスは、私的複製として許容されないというのが通説として定着しています(表【2】参照)。

 これまでも新しいメディアが生まれるたびに複製代行サービスが登場しましたが、ビデオのダビングサービスをはじめ、権利者の許可のない複製の代行サービスは基本的に押さえ込まれてきた経緯があります。  自炊代行サービスに関する判例はまだありませんが、現行法を解釈すれば、おそらく複製権侵害に該当すると考えられます。

 とはいえ、私も自著で利用してみたことがありますが、こうした自炊代行サービスは電子書籍のラインナップが揃わない現在、利便性がありユーザーの需要が高いことは間違いありません。許諾の確認できない書籍のスキャン代行は当面停止し、前述の複写権団体などを通じて作家・出版社と包括契約を模索するなど、各業者は適法化に向けて努力すべきでしょう。無論、作家・出版社側の電子書籍充実に向けた努力も望まれます。


Q9:自炊の代行サービスを依頼した個人も権利侵害にあたる?
A9:その可能性はあります。
解説:私的複製に当たらない以上、自炊を代行している業者だけでなく、複製を依頼した個人も「共同で違法な複製を行った」などと見なされる可能性があります(表【1】)。


Q10:OCRを施してスキャンする行為は?
A10:個人レベルのOCRは適法でしょう。
解説:スキャンを代行するサービスの場合、サービス自体が著作権侵害に当たると考えられるほか、OCRの誤認識から誤字、脱字が生じることによって、著作物の無断改変にあたる(=同一性保持権侵害にも該当する)という意見があります。

 しかし、少なくとも個人が私的複製で許される自炊を行う際には、仮にOCRで複写ミスが生じても、その程度で同一性保持権の侵害になるとは考えづらいように思います。


Q11:自炊代行サービスは、裁断してしまえば書籍がばらばらの紙となり、元のようには読めなくなってしまうので複製行為とはいえず、著作権法違反ではないという意見もあります。
A11:やはり違法です。
解説:裁断後の書籍が元の書籍と同じかという「入れ物」の問題ではなく、「裁断後も著作物か」が問題です。裁断された紙にも同じ著作物が載っていますから、そのスキャンは複製権の侵害です。また、権利侵害は複製が行われた瞬間に発生するものです。ですから、仮にスキャンの後で裁断書籍を溶解するとしても無関係でしょう。(本当に溶解される保証がない点はさておくとしても)1カ月後に裁断書籍が溶解されると、その時点から最初に遡って複製権侵害でなくなる、という考え方には無理があります。

 仮に「原本を裁断・溶解すれば複製ではない」という意見が通れば、ある業者が安価な文庫本や古書を大量に仕入れ、これらを裁断した上で、新たにその冊数だけ「豪華本」を印刷して著者に断りなく売り出しても、理論的には問題ないことになりそうです。

 しかし、それは少なくとも現行の著作権法の発想ではありません。現在の著作権の仕組みには、単に世の中の複製物の合計個数が変わらなければ良いということではなく、創作者側に対して、一定期間は(豪華本・廉価本などを含めて)その流通形態をコントロールすることで、収益確保の機会を与えようとする側面があるのです。



関連情報

(増田 覚)

2010/9/17 06:00


福井 健策
HP: http://www.kottolaw.com Twitter: @fukuikensaku
弁護士・日本大学芸術学部客員教授。著書に「著作権とは何か」「著作権の世紀」(ともに集英社新書)ほか。最近の論考に「全メディアアーカイブを夢想する」など。