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【インタビュー】

音楽著作権問題について坂本龍一氏に聞く

坂本龍一 '98年11月に発表されたJASRACNMRCの「ネット上の音楽著作物使用料の暫定合意」で、インターネット上の音楽配信を取り巻く環境は一歩前進したと言えそうだ。しかし、合意に至るまでに繰り広げられた多くの議論は、「著作権管理団体」と「事業者」との間で進められたものだ。ここに、実際に音楽作品を生み出すアーティストの声は活かされているのだろうか?

 そこで、アーティスト側では今回の暫定合意、また、ネット上の音楽配信についてどう考えているのだろうかと、現在、9月に行なわれるオペラ「LIFE」をニューヨークで制作中の坂本龍一氏にお話を聞いてみた。

 坂本氏は、ホームページ「A nous,la Liberte! 自由を我らに」上で音楽著作権に関するアンケートを実施している。また、'97年に開催された「Internet Conference」では、論文「Music on the Internet」を発表しており、音楽著作権とそれに伴うインターネット上での音楽の在り方に意識的であることは皆さんご存知の通りだ。
 今回は、坂本氏に「暫定合意」「著作権管理」「音楽配信の今後」について聞いてみた。

http://www.sitesakamoto.com/ (オフィシャルサイト)
http://www.kab.com/liberte/ (A nous,la Liberte!)
http://www.asahi.com/opera/index.html (「LIFE 坂本龍一オペラ1999」サイト)

「ネット上の音楽著作物使用料の暫定合意」について

インターネットウォッチ編集部(以下IW編): '98年11月、JASRAC、NMRC間で「ネット上の音楽著作物使用料の暫定合意」が発表されました。この'98年末というタイミングは、どのように感じられましたか?「やっと決まった」という感じでしょうか。
坂本龍一氏(以下S): 一般的には「やっと決まった」という感じなのかもしれないけど、ぼく個人はあまりピンとこない。というのは、JASRACにしろ、NMRCにしろ、彼らがネット上の著作権に関して権利を委託されている、という実感がぼくにはないからだと思う。
 当事者はあくまでクリエイタとユーザーである訳で、クリエイタの一人としてぼくはNMRCにこの件で委託した覚えもないし、JASRACに対しては個人的に「ネットでの管理は個人でやらしていただきます」と要望書を提出してるぐらい。だから、今回の件はビジネスニュースなどでは大きくとりあげられるべき問題かもしれないけど、肝腎のぼくたちクリエイタにとっては、他人事のような気がしてしまうんです。
IW編: その「ネットでの管理は個人でやらしていただきます」との提出書にJASRACはどう対応したのでしょうか?
S: 一応話し合いらしきものがもたれました。要望書は一応受け取る、ということでした。その後進展はありません。
IW編: JASRACは、インターネット上の音楽配信を基本的に「業務用通信カラオケ」と同様に捉えています。そこがNMRCの「インターネットは既存のメディアの枠に収められるものではない」という主張とぶつかり合ってきた訳ですが、ご自身はどのように考えていますか?
S: 大きな意味ではNMRCの主張に同感です。もちろんネットとは何かということの答えはユーザーの数だけあるので、細かいところでは異なるでしょうが。
 少なくとも既成の「マス・メディア」とは異なると思います。また情報の受け取り方から、受け取った後の加工ができる、などの面でも既成のメディアとは異なります。  JASRAC的には、アナログ・レコード、カセット、CDときてまた一つメディアが増えた、という捉え方をせざるを得ないでしょうが。
IW編: 今回の暫定合意について作家のすぎやまこういち氏は、「月額基本使用料」を徴収しないことについて異議を唱えています。「作品を売り物にした時点でそれは既に“利用”されている、だから作品をサーバーに蓄積した時点で、利用者は基本使用料を払うべきである」といった論調です(JASRACも同様)。この「月額基本使用料」についてはどのように捉えてますか?
S: そもそも、音楽デジタル配信のやり方は様々であり、最近のMP3ストリームも含めて、今後もめまぐるしく変化していくでしょう。サーバに蓄積する、しない、という論議も今後の技術如何では無意味になるかもしれません。ですから、問題の設定自体、非常に難しいと思います。現在の限定されたシステムに絞って議論しても、将来果たしてどのくらい有効なのか。
 そこがネットをめぐる問題の難しいところですね。メディアが固定されてないし、技術も固定してないので、どうやって基準を決めるか、問題設定自体が難しい気がします。そういう限定の中で細かくいろいろ決めても、果たしてそれが基準としてどのくらい有効なのかどうか、疑問があります。
IW編: 暫定的とは言えインターネット上での著作権使用料について規定ができたことは、作家という立場からどのように評価されますか?
S: NMRCの努力は認めるのだけど、そもそもNMRCが作家に委託を受けてJASRACと交渉したのではないと認識しているので、なんだか他人事なんだなぁ。JASRACとしても、たまたまNMRCが交渉に来たから交渉相手として選ばざるをえなかったのでしょうから。どうしても、作家やユーザーとはあまり接点のないところで交渉が行われたという感が拭えません。実際、この件に関してどちらからも接触がなかったし、合意後もフィードバックがありません。どうしてそんなものが「基準」になるんですか?
 クリエイタとユーザー抜きで勝手に協議して決まったことで、そんなことが基準になってしまうのはどうかしてると思う。
 事実ぼくは――自分で言うのも変だけど、クリエイタの中でも著作権コンシャスな方だと思うけど――今回の件でどちらからも意見を求められたこともないし、報告もない。ですから勝手に決められたことに従う気もないですね。
 そもそも、アーティスト、クリエイタ達が発言する「場」がないのが問題なんですね。発言する場がない。ですからぼくは今まで個人的に既成のメディアやWebなどで発言してきたのです。しかしJASRACとしても、アーティスト一人一人と交渉する訳にもいかないでしょう。とすると、今大事なことはアーティストが集まって発言できる「場」を作ることだと思います。それができれば、それが真の交渉相手だと思いますが。
 何年か前から全世界的なデジタル系アーティストのユニオンを作れ、と言ってきましたが、いよいよ期が熟したのかもしれません。
著作権の一元管理体制について

IW編: JASRACの一元管理体制、また、体制についての批判が最近多く聞かれますが、どう感じられていますか?これまで実際に不合理であると感じた局面があったら教えて下さい。
S: 権利は複数あるわけで、それを一括して委託するのがJASRACのやり方です。そのいい面と悪い面がある。ネットを介しての音楽配信に関する著作権管理はやろうと思えば個人でもできる。ぼくの場合、ネットのその可能性を見て、改めてJASRACの一括管理に疑問をもちました。
 よく言うのですが、JASRACとは、町に一軒しかないレストランのようです。しかもそのレストランにはアラカルテはなくて、コースメニューひとつしかない。それを食べるか食べないか、しかない。これはおかしいでしょう。JASRACに委託してメリットがある権利だけ別個に委託できるようにするべきです。
IW編: どのような著作権管理形態が望ましいと考えますか?
S: JASRACのような一括管理がいけないとは思わない。それを必要としている人もいるからです。しかし必要でない者もいます。
 ですから、まずチョイスがあるべきです。レストランは二軒以上欲しい。メニューもいろいろ選びたい。ネット上だけの管理会社もあっていいでしょう。そこに競争が生まれます。実社会と同じです。仲介業務だけ聖域である理由はない。
 また、著作権情報は全て電子化されるべきです。トランザクションは毎日あるので、ダイナミックなデータベースとそれを管理するシステムが必要です。
今後のインターネット上の音楽配信について

IW編: 「違法MP3ファイル」が氾濫していますがどう思いますか?
S: あるアーティストがCDを発売する。すると、その日のうちにユーザーが勝手にエンコードしてネットにアップしてしまう。常識的に考えるとCDの売り上げは落ちます。ですからそういう違法な行為は、仮にそれをやっている人間がそのアーティストのファンだったとしても、意に反してそのアーティストの生活を破壊し、クリエイションを破壊するものです。
 このままこういう傾向が増えるであれば、ぼくたちは他の職業を選ばなければならないかもしれません。しかし音楽家はまだいいのです。CDが売れなくても、パフォーマンスできますから。しかし、例えばCGアーティストはどうですか?ネット上ではなくても、なんらかのメディアで発表した途端にパクられたのでは、生活できません。
 いったい、他人の生活を破壊する権利がその人間たちにあるのですか?
 ぼくたちは心血を注いで音楽を作っているのですよ。
IW編: 米国では、アーティスト自らMP3による新曲をサイトに掲載しても、レコード会社から削除されてしまうといった争いが起きています。こういった、発表したいアーティストとそれを止めるレコード会社間での争いについて一言お願いします。
S: アーティスト自ら出したいのであれば、それは勝手でしょう。ぼくも「コピーライトフリー」として出したい曲もあるかもしれません。
 アーティストがレコード会社と契約をする時にネット上の活動の自由を盛り込むべきだと思います。
IW編: 今後、音楽の流通はCDからネット経由が主流になると考えられますか?
S: それはネットへのアクセスが、家庭のCDプレイヤーを上回るようになれば、そうなるでしょう。今のところまだマーケット自体が生成されてない、という状況でしょう。
 しかし、長いスパンで考えれば、情報としての音楽はネットで配信されるのが主流になる。そして、情報はどんどん安価になり価格はゼロに近づくでしょう。
IW編ありがとうございました。

 本人も述べられているように坂本氏は、「著作権」について意識的なミュージシャンだ。また、インターネットの技術にも通じている。そんなミュージシャン抜きで今回「音楽著作物の使用料」が(暫定)合意された訳だ。
 現在、JASRAC、NMRC間では、4月以降の暫定期間終了後の使用料についての協議が始まっている。

('99/1/13)

[Reported by okiyama@impress.co.jp]


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