すでに大手ISPが全国の隅々までサービスエリアを拡大しつつある今、どちらかといえば苦戦を強いられているイメージのある地域ISP。しかし、そんな中で独自の方向性で成功を収めている地域ISPも存在する。
今回は、パソコン通信時代を含め今年で15周年を迎えた大分の地域ISP「ニューコアラ」の運営に携わってきた、株式会社コアラ代表取締役の尾野徹氏にお話をうかがいながら、これからの地域ISPに求めらるものとは何なのか考えてみたい。
●ISP的なサービスは地域コミュニティのためのインフラ
株式会社コアラの尾野徹氏。 任意団体 時代のコアラを事務局長として支え、 法人設立とともに代表取締役に就任した。 実は本業は電気工事会社の社長。財団 法人ハイパーネットワーク社会研究所の 理事も兼任するなど地域コミュニティの 構築に尽力している |
しかし“ISP”として見られることに対して尾野氏は、「ISPをやろうとしてISPやっているわけじゃないんです。結果的にISP的なサービスがあるのでISPと言われてしまったんです」と語る。ご自身は「コミュニティ・エリア・ネットワーク(CAN)で地域を楽しく!」というモットーを掲げており、「地域を活性化するコミュニティを作ること」が目標。ISP的なサービスは、そのコミュニティを作るためのベースとなる「地域インフラ」として必要なものだったのだ。
地域レベルのインフラにインターネットを使うということに違和感を持つ方もいると思うが、逆に地域が限定されることで、大手ISPには持ち得ない面も生まれる。コアラは「完全実名ネットワーク」を前提としている点が特徴で、規約には「会員は、互いに信頼あるコミュニケーション環境を創り出すよう、互いの氏名、住所、連絡先などを原則として公開すること」が盛り込まれている。このため運営には相当の苦労も想像されるが、尾野氏は「結果的にネットのコミュニティと現実のコミュニティは融合したほうが面白い」と主張する。こういった面は、ある程度ユーザー数やエリアが限られ、ユーザー同士が現実にも交流し合える地域コミュニティだからこそ言えることだろう。
また、コアラでは運営事務局側もオープンな姿勢を貫いている。事務局と言えば、通常は表に出てこない性質のものだ。しかしコアラでは、例えば福岡については、福岡市の繁華街である天神に「お店を出すような感覚」で事務局を設置。「わざわざ人と接するような場所に事務局を設け、コミュニティを作ろうともがいている」という。コアラでは現在、会議室やMLなどネット上のコミュニティはもちろん、事務局主催のオフ会も欠かさずに続けられており、一部では「宴会付きプロバイダー」とも呼ばれているのだそうだ。
●地域インフラが新たなビジネスを創出
尾野氏以外はすべて女性スタッフという コアラ事務局。「女性の働く場が本当に 少なかった」という大分で、コアラは 「結婚した後も働ける」ということで、 女性でも就職しやすい職場だったのだ という。法人設立後は男性社員も採用 していく方針で、現在コンサルタントや 技術者を募集中 |
「今までは地域を楽しくということで、みんなのボランティアで運営してきた」ため、会費でコストをまかなえないところもあった。実は尾野氏は本業で電気工事会社を持っており、コアラの技術面についてはこの会社がバックアップしているのだが、この会社に対して「お金を払わない」「大きく値切ってもらう」といった手段で切り抜けることが何度もあったという。実際、尾野氏を含めて「運営を志す人は無償でやってきた」としている。
それが、法人化することで資金を調達しやすくなるほか、任意団体ということで控えていた技術者などの人材獲得も行なえるようになる。新たなサービスも積極的に展開できるといことで、例えば、今秋からは福岡でADSLの商用サービスを予定している。
なお、すでに大分でADSL試験サービスを提供しているが、「これはある意味で、日本における電話回線の開放を実現することを目標においたもの」で、採算性はまったく度外視。「やればやるほど赤字になる仕組み」だったという。今度はビジネスベースということで、ユーザー密度の高い福岡でなければ採算がとれないと判断したわけだ。
一方、大分地区については、ベンチャー企業の支援策ということで、ADSLの1年間無償貸し出しサービスを提供する。これは「インキュベーションの施設としてインターネット回線を提供するもの」で、コアラとともにビジネスを起こしたい人やコアラのコミュニティを対象にビジネスを計画している人を育成することが目的となる。
尾野氏は、地域コミュニティが活性化すれば、それが経済的な側面をともなうようになると指摘する。地域インフラを作ることで、個人から企業までみんながユーザーになり、その中からホームページ制作の依頼が来たり、中小企業のEC支援サービスなども派生してきたという。さらに、コンサルタント業務なども行ないながら常に地域インフラに取り組むことで、「やればやるほどユーザーが増え、そこに対するいろいろなビジネスが出てくる」という循環が生まれるわけだ。
●地域興しを通じてITへの機運を
すでに1996年にストリーミング番組の 配信を開始したというコアラには専用の 収録スタジオも設置されている。現在は、 FM大分との共同番組「インターネット ライフ」をインターネットとラジオで 同時生放送中。毎週火曜20:30~21:00 |
その「もっと楽しいこと」の例として尾野氏が挙げるのが「地域興し」だ。例えば、尾野氏はここ数年来、「福岡~大分マルチメディア観光回廊」構想を進めている。これは、両都市間に高速道路網や高速通信網が整備されたことで、一つの「回廊」が形成されつつあることを踏まえたもの。サッカーのワールドカップ開催などにあわせて、このエリアでの地域興しを展開していきたいとしている。尾野氏は「地域興しというのは、ものすごく楽しいゲームです。企業であっても個人であっても、多少はお金を出しても参加したくなるようなゲームなんです」と語る。そういった地域興しとうまく連携することで地域全体のITへの機運を作り、「それをもとにコアラが少しは儲かればいい」という考えだ。
こうなってくると、単なるインターネット企業というカテゴリーを超えてくるが、この見方について尾野氏は「個々の商品については、インターネットのビジネスでなければいけない」という。例えば、ISP業務だけを見ても、「当然ある意味で採算がとれているから、15年間やってこれた」としている。また、コアラではバーチャルドメインサービスを提供しているが、ホームページの作成にも対応できたり、トータルな面で個別に相談に応じられることも手伝って、現在の利用は約60社。地域ISPとしては多いほうではないかとしているが、やはりこれも地域コミュニティ的な展開から派生したものと言えるだろう。
今後のビジネスについては、やはりADSLが大きいようだ。「ISP業務の中でもADSLという業務は一番難しい」としながらも、これからはADSLが不可欠であり、「採算がとれるということを真剣になってやって見せなければいけない」としている。
一方、最近ではADSLや無線を利用して、比較的狭い範囲で広帯域インターネットサービスを提供しようという会社が登場してきている。これについて尾野氏は、「3年程度は接続サービスで商売できるかもしれないが、それ以降は難しいのではないか」としている。やはり、ネット接続サービスだけでは、大手のISPに対して苦戦が強いられると見ているようだ。
●コミュニティ・エリア・ネットワークは地域社会が前提
コアラがある大分市のソフトパークは、 富士通大分システムラボラトリなどの ハイテク企業、FM大分、電子専門学校 などが軒を連ねる情報産業エリア |
最後に、コアラのような「コミュニティ・エリア・ネットワーク」の構築を目指す人へのアドバイスをうかがったところ、「ネアカ・ハキハキ・マエムキにいきましょう」との言葉をいただいた。これは、コアラの会員規約にも登場する表現で、尾野氏が自分自身にも言い聞かせていることだという。「やはりコミュニティだから、ネアカ・ハキハキ・マエムキに行動していくことでのみ、会員から支持していただけるのではないか」としている。また、ネット面に関しては、「とにかく先に人間がある」ということを忘れてはならないという。「技術よりも先に人間を含めた地域社会があって、その仕組みを前提にITを導入する」「その社会に適合するITシステムは何かといったことを考える中から、地域に受け入れられるコミュニティづくりができる」としている。
(2000/7/17)
[Reported by nagasawa@impress.co.jp]