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DSLサービスの加入者数が急激な伸びを見せている。市内電話回線の高い普及率を考えればうなづける数字だが、実はラストワンマイルをつなぐ通信手段としては、電話回線以上に整備されているインフラがある。電力線だ。
今の世の中、電気を使っていない家はほとんどない。ということはそこには電力線が引き込まれていることであり、さらに、それはほぼ全ての部屋に通じている。これがそのままインターネット接続に活用できるとすれば、DSL以上に期待できるインフラと言えないだろうか。
今回は、この分野では国内でもっとも積極的な九州電力への取材を中心に、“電力線インターネット”の現状をまとめたみた。
●動き出した国内の電力線インターネット
電力線インターネットの概念図(九州電力「インターネットの高速化試験」のパンフレットより)。電柱からユーザー宅までのラストワンマイルに低圧配電線(引き込み線)、建物内ネットワークに電灯線を利用する仕組み |
電力線をデータ通信に活用する取り組みとしては、ネットワーク家電の制御を想定した規格である「エコーネット」が思い浮かぶ。エコーネットでは、無線などとともに、家庭内に敷設された電力線を利用した通信手段も規定。すでに、電力線通信モジュールなどが製品化されている。ただし、制御用という性格から、伝送速度も9,600bps程度に抑えられている。
これに対して最近期待を集めているのが、ブロードバンドアクセスの手段としてメガビットクラスの電力線通信を行なう技術である。三菱電機ではすでに3年前より、エコーネットの取り組みの中で開発した技術をもとにモデムの高速化に着手。昨年からは、九州電力と共同でフィールド実験に取り組んでいる。
また、今年に入ってからは北海道電力、中国電力、東北電力などが電力線による通信実験を開始することを発表した。各社とも来年の春頃まで実験を行なう予定となっており、今のところは電力線インターネットが実用上可能かどうかを検証する段階である。しかし、電力各社が続々と検討を開始したことで、国内でも電力線インターネットが大きく動き出したことは間違いない。
■エコーネットコンソーシアム
電柱の上、向かって左側に取り付けられている箱が電力線モデムの親装置。大きさは幅448mm×高さ500mm×奥行き180mm。向かって右側は、同じく試験が行なわれている無線方式の基地局とアンテナだ |
九州電力では昨年10月、インターネット高速化の実証実験を開始。約150世帯のモニターを対象とした無線アクセスの検証を半年間にわたって実施した。また、電力線インターネットについても三菱電機と共同で取り組んでいることは前述の通りだ。デモンストレーションハウスは、これらのアクセス回線を用意し、実際に電力線や無線を使った高速インターネットアクセス環境を見学できるようにした場所だ。
デモハウスは、ある企業の社宅となっている集合住宅の一室にあった。築年数はかなり経っているようで、失礼ながら、傍目にはとても高速アクセスラインがつながっているようには見えない。しかし、電気が来ている以上、電力線インターネットは可能なのだ。
ネットワークの構成としては、前の道路に立っている電柱までは光ファイバーが来ているため、ここから社宅までの部分が電力線でまかなわれていることになる。電柱の上には光ファイバーに接続された電力線モデムの親装置が設置されており、社宅に引き込まれている低圧配電線(引き込み線)にデータ通信の信号を重畳するようになっている。
一方、室内では、壁面にある通常の電源コンセントの一つにモデムの子装置の電源ケーブルを接続。モデムからパソコンには、Ethernetケーブルと電源ケーブルがつながっている。今販売されているパソコン自体、当然ながら電源とEthernetのインターフェースが別々になっているため、パソコン-モデム間は2本のケーブルが必要になるが、概念的には電源ケーブル1本で電力の供給とデータ通信が行なえると考えられる。
また、モデムが接続できるのは特定のコンセントに限定されるわけではないので、コンセントがある限り、新たにケーブルを引き回すことなく、どの部屋でもインターネット接続が行なえる。
このほか、デモハウス内には、冷蔵庫や洗濯機、電子レンジ、テレビなどが持ち込まれていた。一般に家庭で使われている電気製品からの影響を確認するためだ。
電力線モデムの子装置。隣にあるデスクトップパソコン(VAIO)の本体と比較すると、その巨大さがわかるだろう。手前にある黒いアダプターはインピーダンスアッパー |
さて、気になる電力線インターネットの実力はどうなのだろう? 500kbpsのストリーム映像を再生してもらった。
結論を先に言うと、現時点でのスループットは100kbps程度に過ぎなかった。デモハウスには無線のほか、比較用に10Mbpsの光ファイバーとアナログモデムのダイヤルアップ回線も用意されている。光ファイバーはもちろん、最大1.5Mbpsの無線でもコマ落ちなくきれいに再生されたのに対し、電力線では読み込みに時間がかかる上、5分の1程度にコマ落ちしてしまうようだ。ダイヤルアップがほとんど映像が動かないのに比べれば確かに速い。しかし、それでもダイヤルアップの2~3倍程度だ。最大1Mbpsという発表からすると、現時点での電力線インターネットは、はるかに期待を下回るものだった。
■九州電力「インターネットの高速化試験の実施状況について(デモンストレーションハウスの設置)」
マルチキャリア方式の概念図(九州電力「インターネットの高速化試験」のパンフレットより) |
ノイズの問題に関連して、ここで少し、実験で使われている電力線モデムの仕組みを簡単に説明しておこう。
実験で使われているモデムは、九州電力と三菱電機が共同で開発したもので、伝送に「マルチキャリア方式」を採用している。その名の通り、周波数の異なった複数のキャリア(搬送波)を用意し、それぞれのキャリアにデータを乗せて伝送する技術だ。複数のキャリアを同時に利用することで、高速伝送が可能になっている。また、ノイズの多い周波数がある場合、その周波数のキャリアは使用せず、ノイズの影響がないキャリアだけでデータを伝送できるのが特徴だ。両社の技術では、狭い周波数間隔でキャリアを配置することで、さらに伝送効率を高めているという。
例えば、10KHz~450KHzの周波数帯に4KHz間隔でキャリアを配置すると、100波以上のキャリアが配置可能だ。このうちノイズの多い周波数を避けて60~70波程度が使えるとすれば、2Mbps~2.4Mbpsの伝送速度が得られるという。
このほか、雑音の増減をダイナミックに検出するトレーニング機能が搭載されており、回線の状況に応じて伝送速度を自動変更したり、一定レベルの誤りを自動訂正するなどして高速化が図られている。
このように、電力線モデムは本来ノイズに強いように開発されている。しかし、実際のところ、10KHz~450KHzはノイズが多い帯域であり、100KHz以下は常に雑音が発生しているため使用するのは困難だという。また、190KHz~330KHzにも家電製品によるノイズが多く乗っている。冷蔵庫や掃除機などが主な原因だが、照明やエアコンなどのインバーター機器でもノイズが多いらしい。掃除機については使用する時間が短いためそれほど問題はないかもしれないが、冷蔵庫などは常に電源が入っているだけに影響は大きい。
さらにノイズの発生源は、自分の家だけとは限らない。1台の親装置からは最大5世帯に分配されるため、隣の家からのノイズが混入することもあり得るのだ。電気機器の使用状況は各家庭でさまざまだろうから、回線の状況は「DSL以上に、繋いでみないとわからない」(九州電力インターネット高速化試験担当)わけだ。理論通りにスループットが上がらない背景には、このような事情がある。
さらに家電製品からの影響としては、ノイズのほか、インピーダンス(電気抵抗)の問題がある。信号がインピーダンスの低い機器のほうに吸い込まれてしまうため、これをどうモデムに導くかということが課題となる。
これについては現在のところ、インピーダンスを上げる「インピーダンスアッパー」というアダプターを、家電とコンセントの間に挟むことで対応している。これにより、同時に家電からのノイズもフィルタリングされる。
インピーダンスアッパーは市販されているものだが、もし電力線インターネットがサービス化されるようであれば、より適した専用の商品が開発される可能性もある。しかし、将来的には、インピーダンスアッパーをまったく使わなくてもいいように、モデム側の技術で対応できるようにしていく方針だ。
三菱電機は昨年9月、1Mbpsどころか、最大3Mbpsの高速データ通信が可能だという電力線モデムの基本技術を開発したと発表した。しかし、これはあくまでも研究所内における実験レベルでの数値であり、製品化についてはフィールド実験の結果を踏まえた後に検討するとしている。
一方、九州電力とのフィールド実験では今のところ、1Mbpsさえフルに使うまでには至っていない。九州電力が昨年12月下旬から実施すると発表した、40世帯を対象としたモニター実験も3月末現在、いまだ開始されていない状況だ。今年の夏をめどに3Mbpsの商用機を投入するという当初の予定も、間に合うかどうか微妙なところだという。
■三菱電機「電力線(低圧配電線と電灯線)を利用する高速電力線モデムの技術を開発」静止画の読み込みスピード比較。向かって左が電力線、右が電話回線だ。現状ではだいたい3倍程度だろうか |
無線方式では、すでに標準規格であるIEEE802.11b準拠の無線機器が製品化されており、設備コストを下げることが可能だ。また、1台の無線局で最大11Mbpsの伝送が可能で、これを10世帯程度でシェアできるのも強みだ。加入者宅にアンテナ子機を設置したり、配線が必要になるなど使い勝手の面でやや不満な点はあるものの、実験では「技術的には問題はない」という。4月下旬にも、事業化するかどうかが決定される見込みだ。
一方、電力線方式では、モデムがまだ試験機である。使用周波数の関係で海外で開発された製品をそのまま導入することもできない。1台の親装置から分配できる世帯数も5世帯程度となっており、コスト面ではかなり不利と言えるだろう。さらに決定的なのは、現状で100kbps程度が上限ということだ。メガビットクラスのサービスが普及しつつある今となっては、ADSLには到底対抗できるスペックとは言えない。
それなら逆に、スピードが出ないなら出ないなりに安価なサービスとして事業化するという方向は考えられるだろうか? 低速でも、新規配線不要で全ての部屋で使えるという最大の強みは変わりないし、すでに製品化段階に入ったエコーネット機器との連携など、ネット家電制御用としての魅力はありそうだ。
しかし、電力線モデムが大量生産されていない現状では、安価で提供するにも限度がある。というより、今の100kbpsのままでさえ、ADSLより安く提供するのは不可能ではないだろうか。もちろん、そんな価格では誰も使わない。いくら家電が簡単にネットワーク化できると言っても、そのメリットを享受できるのはまだ先の話。現時点で、それを目的として使おうという人はいないだろう。
これに対してブロードバンドアクセスは、現在もっとも需要が見込める分野であり、スケールメリットによる機器コストの低価格化、ひいてはサービスの低価格化が見込める。現時点で電力線インターネットが実用化されるかどうかは、あくまでも高速化が実現できるかどうかにかかっていると言っていいだろう。
そして、ある程度電力線インターネットが普及してしまえば、ブロードバンドメニューとは別に低価格の低速メニューが提供されるのかもしれない。その頃にはネット家電も普及しはじめ、コンセントにつなぐだけでネットワーク化できる電力線インターネットの強みも発揮できるに違いない。
●日本の電力線インターネットが実現するのは2002年?前にも述べたように、国内で電力線に重畳できる信号の周波数は、電波法により10KHz~450KHzの帯域に規制されている。そして、この帯域は家電製品からの影響が大きく、3Mbpsの伝送速度を確保するのが難しいということも前述の通りだ。
規制の緩い米国では、より高い周波数を利用することで、最大10Mbps以上の伝送速度が可能な方式も開発されている。より高い周波数帯のほうが家電製品からの影響が少なく、高速化するのにも適しているためだ。周波数の開放は世界的な動向で、近く欧州でも高周波数帯の規制が緩和される見込みだという。
一方、国内では、規制緩和に向けた動きがやっと始まろうとしているところだ。3月末に閣議決定された「規制改革推進3か年計画」に、「情報通信ネットワークインフラの整備推進」のための措置として「電力線搬送通信設備に使用する周波数帯域の拡大」が盛り込まれた。これによれば、「電力線搬送通信設備に使用する周波数帯域の拡大(2MHz~30MHzを追加)について、放送その他の無線業務への影響について調査を行ない、その帯域の利用の可能性について検討する」としており、2001年度より総務省で検討を開始、2002年度に結論が出される予定だ。
また、総務省の関連団体で、電波の有効利用に関する調査研究・標準化などを手がけている電波産業会でも、4月中に検討会を発足。電力会社や電力線モデムメーカーなどが参加して、電力線データ通信に関する標準規格策定に取り組むことになっている。2MHz~30MHzは短波ラジオやアマチュア無線で使用されている帯域であり、今後は、それらに与える影響などを検証するための実証実験が行なわれることになる。
そして、電力線によるデータ通信にこの帯域が開放されることになれば、高速化が可能になるのはもちん、無線LAN製品などがそうであったように、海外製品の導入による低コスト化も期待できる。国内の電力線インターネットが実現するかどうかは、2002年にも結論が出ることになる。
■規制改革推進3か年計画(2001/4/16)
[Reported by nagasawa@impress.co.jp]