【レポート】

モスバーガー無線LAN実験現地レポート~公衆高速ネットはどこへ行くのか

■URL
http://www.hifibe.net/

 7月3日、株式会社モスフードサービスとNTTコミュニケーションズ株式会社(NTTコム)による無線LANを使った公衆高速インターネット実験「Hi-FIBE」が開始された。実験の会場となるのは、都内にあるモスバーガー5店舗。今回、実験開始にあわせ実際の店舗に出向いて、モニターの参加動向などを調べたのでレポートしたい。

 「Hi-FIBE」は、モスバーガー門前仲町店、神田北口店、銀座六丁目店、茅場町店および渋谷道玄坂店の5店舗に、2.4GHz帯無線LANアクセスポイントを設置し、モニターの持ち込んだノートパソコンをADSL1.5Mbpsの速さでインターネットに接続する実験。モニターとして参加するには、Wi-Fi認定を受けたLANカードが必要だ。モスフードサービスによると、ファーストフード店における公衆インターネットの実験は初めてで、普段自分が使っているPCインターフェイスをそのまま店舗で使えるのが特徴だ。

 モスバーガーというと、比較的こじんまりした店舗が多く、女性客がおよそ7割を占める。また、オーダーを受けてからバーガーを作るので、必ず待ち時間がある。今回の実験でモスバーガーが選ばれた理由として、直営店を中心に広い店舗や特色のある店舗へ転換しつつあるというモスバーガー側の事情と、街中からインターネットに接続する実験を行ないたいとするNTTコムの思惑が一致した。また、商品ができるまでの待ち時間にネットに接続する時間ができるというのも要因の一つになったという。

 NTTコムの田部井経営企画部担当課長によると、モニター受付(1,000名)におよそ5,000件の応募があり、実験開始までに500件のIDとパスワードを振り出したという。残りの500件については7月10日までに発行される予定だ。これは、モニターがスタートと同時に各実験店舗に殺到しないための処置とのこと。実験は2001年の12月末まで継続される予定で、2002年には実用化を考えている。田部井氏は、「今後飲食店だけでなくさまざまなシーンに、例えば電車を待っている時間や新幹線の中、飛行場のロビーや飛行機の中でも公衆高速インターネットができると良い」と語った。

 今日における日本のモバイルインターネット環境で足回りを担っているのはPHSだが、大容量ファイルや動画などのやり取りをするには回線速度が遅すぎる。田部井氏によると、無線LANによる公衆インターネット実験は、このPHSを高速回線である無線に置き換えて、どこからでもスムーズなインターネットに接続できる新たなモバイルシーンを構築することを目的としている。そのため、モニターの追加募集を行なう方向(現在すでに応募している落選者から優先)で検討している。一方、実験店舗については「都内にもう2ヵ所候補が上がっている」(モスフードサービス広報)とのことだ。

●実験店舗、初日の模様

一般参加用端末は盛況

 今回訪れたのは、神田北口店を除いた4店舗。まず最初に、門前仲町店に出向いた。ここは、郊外型(住宅地型)店舗と位置付けられており、客層は女性の方が少し多い。なお、ここと渋谷道玄坂店には、モニター以外の参加も可能なノートPCが3台づつ用意されている。店舗に到着したのは午後1時前で、ちょうど一般参加用の端末がセットされた直後だった。昼食時ということもあり、背広姿の若い会社員数名がこの端末でネットサーフィンを楽しんでいた。NTTコムの門前仲町店担当社員によると、午前中に1名、自分のPCを持ち込んだ男性モニターがいたという。しばらく観察していると40歳代の男性が自分のiBookを持ち込んでいたので、お話をうかがってみた。

 東南アジアなどの地域経済の分析を行なっている研究員K氏の勤務先は、門前仲町店からほど近いところにあるという。K氏にモニター応募の動機についてうかがうと、「自分用にカスタマイズされたインターフェイスを、自宅でも会社でも海外でも同じように使いたいと思っていた。街中で高速接続できるのは面白そうだから、試してみたかった」という。かつて自宅と会社でHDDのバックアップを持ち運びしていたが、これが非常にわずらわしかったので今では大きめのノートPCを持ち運びしているという。「もし公衆インターネットでも回線速度が早ければ、仕事で使う大容量ファイルのやり取りなどでストレスを感じなくて済むので、インフラとして8Mbps程度欲しい」とのことだった。それゆえ、今回の実験は「理想のインフラ像に結びつくものとして期待している」そうだ。その後、K氏はしばらく店内で、東南アジアの新聞サイトなどを閲覧しながら、レポートの下準備を続けていた。

 次の店舗として茅場町店を訪れた。この店舗はビジネス街型に位置付けられており、東京証券取引所などに代表される証券マンなどの利用が期待されている。実際、通常のモスバーガーの男女比に反して、客層は背広姿の男性が多かったが、初日のモニター来店数は午後4時時点まで0名だった。一般の客は満席にならないまでも入っていたが、本当にここで無線LANに接続できるのかという雰囲気だったので、もっとアピールする必要がありそうだ。

 3つ目の店舗として、銀座六丁目店を訪れた。こちらもビジネス街型とされているが、実際には女性がおよそ9割を占めていた。ここは、上品なインテリアになっていて、女性一人で来店する人が多かった。多くはiモードなどの携帯電話でモバイルしており、ノートPCを持参する人は少ないように思える。銀座六丁目店担当のNTTコム社員によると、PC持ち込みのモニターは午前中に1名いただけだそうで、その後午後5時まで誰も来ない状態が続いていた。

 最後に、渋谷道玄坂店を訪れた。ここは、大学に近く若者の街というイメージがあるだけでなく、ベンチャー企業も多いことから複合型的な位置付けのようだ。店内はオシャレなインテリアで、客層も若い女性が多い。カウンター席がこれまでの他店よりも多く、コンセントの口が用意されているのも特色の1つだ。初日の実験成果としては、一番活気があったようで、持ち込みのモニターが午前中に3名(そのうち女性1名)、午後7時までに4名と圧倒的に多く、3台用意されている一般向け端末も1時間3人以上の割合で回転していた。ここでは、2名の一般女性と1名の男性モニターに話が聞けたのでご紹介したい。

 まず若い女性2名それぞれに、ファーストフード店で高速インターネットができることについて聞いたところ、両者とも何の実験をしているのかわからなかったが、「面白い」と答えている。それでは、ブロードバンドを何に使いたいかと質問したところ、渋谷の地域情報やショッピングの店舗情報など情報収集を挙げていた。引き続き、モバイル環境を持つことによって、街中でメールのやり取りがしやすくなることについて聞いたところ、「メル友」は携帯電話でしかやり取りしないので、PCによる接続は必要ないとのことだった。最後に、実験の目的が街中で自分のノートPCから高速インターネットに接続することを説明した上で、もしノートPCを所有していたら持ち歩くかどうかと尋ねたところ、2人とも持ち歩くことは考えられないと答えた。1人は実際にノートPCを所有しているとのことだったが、あくまでも家の中で使うものとの意見だった。

 一方、この実験のためにAirMacカードを購入してきたデザイン系の会社員N氏にもインタビューができた。N氏は常にiBookを持ち歩いている「モバイラー」で、家庭に引いたADSL環境を外でも同様に使いたいのでモニターに応募したという。渋谷道玄坂店では、現在1Mbps以上の速度が出ており、「1.5MbpsクラスのADSL回線がこれからの最低限のインフラになるだろう」と語った。また、今後は動画コンテンツの充実に期待しているという。どのようなモバイルシーンで公衆インターネットが必要かとの質問に対しては、スターバックスなどのカフェや軽食がつまめるところを挙げると同時に、「レストランや飲み屋などではノートPCを開かないよ」と答えた。今後、ブロードバンドの公衆インターネットが普及する決め手として、タウン情報誌のブロードバンド版のようなサービスが欲しいという。渋谷などの街に出てきて、映画の予告編を見ながらどの映画を見るか決めたり、食事の後に遊びに行くスポットを探したり、ナンパの道具としても使えるかもしれないとのことだ。

●公衆高速ネットはどこへ行くのか

 以上、駆け足で紹介した初日の各店舗の状況だが、やはり渋谷道玄坂店を除くと来店モニターの少なさに物足りなさを覚えた。これにはいくつかの要因がある。まず、IDを発行されたモニターが半数の500名だったこと、次に、開始日が平日であったこと、それに伴ないビジネスマンのモニターの来店(例えば茅場町店)がなかったことが挙げられる。これは、日本のビジネスシーンにおいて、ファーストフード店などで仕事を片付けることを許している会社が少ないことも影響があるかもしれない。さらに、各実験店舗に入って感じたことだが、本当にここで無線LAN実験が行なわれているのかと不安になるくらい、アピールされていなのだ。これに対して、モスフードサービスでは、現在告知ポスターなどを急いで作製しているとのことだった。

 今回の実験は、ノートPCの利用を前提としたものである。高速インターネット環境、つまりリッチコンテンツをモバイル環境で最大限に生かせるのはノートPCであることは確かだろう。しかし現在渋谷エリアでは、NTT東日本がノートPCだけでなくPDA端末も使った広帯域ワイヤレス接続実験「Biportable」を実施している。今後、PDAを使って渋谷のあちらこちらでストリーミング動画が再生されることもありえる。小型化、軽量化を突き進めているモバイルシーンを考えると、いくら広くて視認性の高い液晶モニターを持つとはいえ、すでに大型に分類されるノートPCに回帰するだろうか。

 さらに、今日のモバイルに対するライフスタイルそれ自体も、公衆高速インターネットの潜在能力に見合っていないのかもしれない。つまり、ノートPCを持ち運ぶ人の多くは、出先でノートPCを使った作業をすることを前提としている。常にノートPCを持ち歩き、何かの途中でフラッとモバイルインターネットという人は少ないのではないだろうか。また、「いつでもどこでも」な公衆インターネットは、田部井氏が指摘したように「食事を待ちながら」「電車を待ちながら」といった“ながら使い”を実現するように見える。ところが、前述のモニターK氏もN氏も共に、食事は食事で楽しみたいと言っていた。また一般参加の女性2人を含めて今日コメントをいただいた全員が、「電車の待ち時間などにネットが使えるに越したことはないが、それほど重点を置かない」と答えている。メール環境なら持ち運びが簡単な携帯電話やPDAで十分であり、重くてかさばるノートPCを持ち運ぶコストに対して、例えブロードバンドであっても得られるメリットが少ないのだ。

 それでは、公衆高速インターネットはどこへ向かえばいいのだろうか。インターネットに接続できるエリアを増やすことは必要なことだが、「いつでもどこでも」を実現するために隙間なく無線アクセスポイントを張り巡らせる必要はないだろう。例えば、ガソリンスタンドのように、「必要な時に身近にある」接続スポットとして普及していけば、自分用にカスタマイズしたPC環境を持ち運んで使えることが強みになるだろう。

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(2001/7/4)

[Reported by okada-d@impress.co.jp]


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