|
|
1月8日に米フロリダ州パームビーチにあるベンチャー企業ZeoSync社が「100分の1程度にまでランダムなデータを圧縮できる情報圧縮技術」を開発したと発表したことはロイターなどの通信社だけでなく、世界中の多くのハイテクニュースサイトが伝え、日本にも伝わってきた。この情報が流れてから1週間が経とうとしているが、このようなことが可能なのかどうか、ネット上では未だに活発な議論が行なわれている。
ZeoSync社のプレスリリースが発表された当時、同社がホームページで配布していた「Scientific Organizational Chart」（同社の科学チームの組織図）には9人の数学者が列挙されていた。その中にはワシントン大学教授で数論の暗号理論への応用で高名なNeal Koblitz教授やMIT教授で組み合わせ論の権威であるRichard Stanley教授、さらに数学のノーベル賞とも言われるフィールズ賞受賞者であるカリフォルニア大学バークリー校名誉教授のSteve Smale教授などがZeoSync社の「Team」の一員として紹介されていた。このことは多くのニュースサイトがZeoSync社の技術の将来性に期待を持たせるための根拠となった。
しかし、奇妙なことに本誌が連絡を取ることのできた5人の数学者のうち4人は、ZeoSync社とこれまで共同研究を行なったことは一度もないと言う。例えばNeal Koblitz教授は「彼らが私の名前を載せる前も後も、その会社とコンタクトを取ったことは一度もない。誰かがメールで彼らの主張していることと、私の名前が載っていることを知らせてくれるまではその会社の存在すら知らなかった」と答えている。Richard Stanley教授も「この会社について聞いたことはなく、一切関係がない」と回答した。
とはいえ、ZeoSync社と別の仕方で関わった数学者もいた。例えばZeoSync社は、数論の専門家として名前が載せられたAaron Meyerowitz博士に対してコンサルティングの契約を持ちかけ、博士もそれに同意したがその後一切連絡などはなかった。突然1月7日にプレスリリースが発表されて、自分の名前も掲載されていることに気付いたMeyerowitz博士はZeoSync社との関係を一切絶つことに決め、名前の削除を求めたという。
また、報道でZeoSync社の信憑性を高める役割を果たしているフィールズ賞受賞者のSteve Smale教授は、現在ZeoSync社に滞在しているようだ。しかし彼もまた「（彼がZeoSync社に到着する）1月10日以前は、私とZeoSync社との関係は、ZeoSync社を訪問するかどうかに関する交渉に限定されていた」とコメントしており、ZeoSync社が主張しているような「共同研究」が行なわれていた形跡はない。
興味深いことに1月12日頃、ZeoSync社の掲載している科学チーム組織図は更新され、チームの一員として挙げられている数学者は2人になり、9人から大幅に減らされた。これは自分の名前が勝手に掲載されていることに抗議した数学者たちが取り消しを求めたためだ。
 |
 |
| ZeoSync社が配布していた「Scientific Organizational Chart」（同社の科学チームの組織図）。左が最初のリリース時のもの。右が12日以降に更新されたもの。チームの科学者が9名から2名に減っている。 | |
このような事実に関してZeoSync社にコメントを求めたが、今日までに返答を得ることはできなかった。ZeoSync社の技術がどのようなものであるかは分からないが、それが高名な数学者たちの検証によって裏付けられているとの印象は間違っているようだ。
また、ZeoSync社は現在も同社に対する投資を集めており、「Accredited Investor」であるなら誰でもZeoSync社に投資できる仕組みを設け、ホームページで募集している。著名な数学者の名前が挙げられたこと、それがメディアで報じられたことと、これらの投資募集がどのように関連してくるかは今後の調査を待たなければ分からないだろう。しかし、インターネットバブルの時期には高度にブラックボックス化した技術のために十分な科学的な検証ができないまま多大のリスクマネーが消えていったという事例も報告されている。技術に投資をする側も、報道する側にも十分な注意が求められている。
(2002/1/15)
[Reported by taiga@scientist.com]