【イベントレポート】
英国ロンドンで2月11日から開かれている、スマートカードの展示会「Smart Card '97」。その模様を、現地からレポートししていただきました。(編集部)
今年で10回目を数えるスマートカードの世界的な展示会「Smart Card '97」が、英国ロンドンで2月11日から13日まで開催された。スマートカードは日本ではICカードとも言われているように、クレジットカード大のプラスチックカードにICを埋め込んだカードである。インターネットの普及でサイバースペース上の決済手段としての電子マネーに関心が集まる中、この電子マネーのキー・デバイスとして、このスマートカードが脚光を浴びている。
これまでスマートカードを中心に事業展開を進めていたベンダーも、インターネットとそのアクセス・プラットホームとしてのPCに着目しているためか、今回のイベントでは数多くのPC向けスマートカード・リーダー/ライターを展示していた。多くはRS-232C接続のもので、外付けや5インチ・3.5インチベイに内蔵するもの、キーボード内蔵型(但しインターフェイスは別)やモデム内蔵型も登場している。接触型スマートカードの電気的特性がよほどRS-232Cに近いのか、スマートカードの接点をRS-232Cに直付けしているとしか思えないような製品も、いくつか展示されていた。
RS-232C接続以外では日立のブースにスマートカードを挟み込むようなPCMCIA・スマートカード・アダプタが展示されていたほか、スマートディスクと呼ばれる3.5インチフロッピーを利用したスマートカードリーダーも展示されていた。これは3.5インチフロッピーと同じ大きさで、スマートカードを差した状態で3.5インチFDDに挿入した状態で使うというもので、往年のカーステレオにポータブルCDプレーヤー接続アダプタを彷彿とさせる。磁気ヘッドに直接、情報を送るというものである。
このスマートディスクはすでに開発されており、独自のSDKが用意されているほか、MicrosoftがMenphisで標準サポートするCrypt APIにも対応しているため、他のRS-232C対応スマートカードリーダーと同じアプリケーションが動作する。価格も60ドル前後と、なかなかリーズナブル。FDDがブートデバイスだという特徴を生かして、PCの起動時ロックといった用途の製品も登場している。装置単体での発売予定はなく、システム売りや具体的な使い方を明示したパッケージ販売が中心になるという。
スマートディスクを含め、多くのスマートカードリーダがMenphisのCrypt API対応を表明しており、PC向けスマートカードリーダのブレイクの隠れた立役者が、実は今回SC97に出展していないマイクロソフトなのかも知れない。
インターネット上でのスマートカード利用が脚光を浴びている割に、PCアプリケーションの展示は非常に少なかったといわざるを得ない。IBMがOS/2 Warp 3.0上でSETの動作プロセスや旅行チケット予約のデモをしていた他は、電子マネーの利用履歴を印刷できる情報キオスク(なぜかアラビア語Windows 95上で英語版のソフトを動かしていた)、Windows95やWindowsNT向けのファイルアクセス・コントロールなどが中心である。日立のデモしていた、一枚の非接触スマートカードを電子財布と入場券に併用できるデモのように、動作を分かりやすく説明するためPCを使う例は多かったものの、これらのアプリケーションが、そのままPC上で利用されるというわけではない。
そんな中、今回の思わぬ収穫はIBMのネットワーク・コンピュータである。Power PCを内蔵した縦置きピザボックス風の洗練されたデザインの筐体だけなら、COMDEX/Fallでも見ることができた。スマートカード・スロットも、オラクルの仕様に忠実なだけに過ぎない。今回の注目点は、NC上の本格的なデスクトップ環境がベールを脱いだ点。「ロータス・デスクトップ」と呼ばれるそれは、WWWブラウザーを中心にした統合環境で、ニュースがスクロール表示される様子やボタンの配置など、明らかにポイントキャストを強く意識している。JAVA OS上で動くJAVAアプリケーションなのであまり速くないが、これまでのJAVA OSのような露骨にMotifを引きずったGUIと比べ遥かに洗練されている。しかし主なアプリとしてブラウザと3270端末エミュレータしか動いていないあたり、NCがマルチメディア化されたダム端末という域を越えられるかどうかは、まだまだ疑問を持たざるを得ない。
当初は96年中とアナウンスされていたMONDEXのインターネット対応は、今回も展示されていなかった。MONDEXは当初、カード間の通信をそのままインターネット上に流そうと計画していたものの、このやり方ではTCP/IPでは避けられない遅延のためにICカード間の同期がとれず、遅延を最小限に抑えるためにUDPを使うと、企業内のファイアーウォールに引っ掛かって動かない。しかしMONDEXインターナショナルはMONDEXのインターネット対応という作業を今年中の実用化へ向けて積極的に進めており、スケジュールに遅れは出ていないという。
そういえば昨年、c|net newsで、MONDEXインターナショナルが米国サイバーキャッシュ社と提携し、MONDEXのインターネット対応にサイバーキャッシュ社のJAVA Wallet技術を採用するという報道があった。このことから、MONDEXのインターネット対応が、カード間の同期を取る必要のない方式に方向転換している可能性も考えられる。
ISOやEMVでの規格化にらみ、スマートカードの方式は接触型(ISO7816)から非接触型(ISO10536、ISO11443)への移行が進んでいる。SC97で展示されているスマートカードも、多くは非接触型のものだった。接触型と非接触型では、変えざるを得ない物理プロトコルなどを除き、コマンドセットでの互換性が維持される模様だ。その証拠にSC97では、ISO7816規格の接触型スマートカードをISO10536規格の非接触型スマートカードとして利用するためのアダプタも展示されていた。これまで別々のものと思われがちだった接触型と非接触型のスマートカード双方で、同じアプリケーションが動作するのである。これまでコスト高が懸念されていた非接触型も、一枚あたりの単価で8ドル前後まで下がってきている。量産が進むことで、非接触型スマートカードの価格は更に下がることになるだろう。
非接触型スマートカードは接触型スマートカードと比べて、どのようなメリットがあるのだろうか。一つはセンサーの上に置いたり(近接型)かざす(遠隔型)だけでカードの挿入が必要なくなるので、電車の定期券など、新たな用途に対応できる。
もう一つ重要なことは、非接触型スマートカードはスロットも接点も必要ないので、デザイン上の制約を全く受けずに済むことである。GemPlusはカンファレンスの中で、時計に内蔵された非接触型スマートカードを紹介していたし、アイリス社はパスポートに埋め込まれた非接触型スマートカードをセンサーの上で置くだけで、パスポートの内容が瞬時にPC端末に表示されるというデモをしていた。
接触型スマートカードと非接触型スマートカードの混在した環境に対応した製品も数多く見ることができた。ソニーやフィリップスは接触型・非接触型の両方に対応した「コンビカード」というスマートカードを展示していたし、先のアイリスをはじめ、接触型と非接触型の両方に対応したスマートカードリーダを各社が展示していた。GPT社が展示していた接触型と非接触型の両方の石を載せたスマートカードはユニークだ。これはマルチチップではなく、単に接触型と非接触型のスマートカードの二つが独立して一枚のカードに収まっているだけなのだが、多機能スマートカードの普及が進んでいない現在、案外その需要は多いかも知れない。
ちなみに、非接触型スマートカードは既に香港の地下鉄で採用例があり、その改札も展示されていた。地下鉄だけでなくバス向けの製品も展示されており、非接触型スマートカードが公共交通機関向けに、積極的に売り込まれていることが分かる。ソニーの非接触型スマートカード・リーダはRS-232Cの他にRS-485Aというインターフェイスに対応しており、このインターフェイスは交通機関の改札に必要な高いレスポンスを実現するために必要なのだという。香港の地下鉄でも、スマートカード・リーダのインターフェイスに、このRS-485Aが使われている。
('97/2/17)
[Reported by 楠正憲]