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【特集】

プロバイダーのV.90対応状況
-ユーザーは“標準規格”を導入すべきか?-

 9月15日に国際電気通信連合(ITU)で「V.90」が正式に勧告された。これまで、Rockwell Internationl、Lucent Technologiesなどが提唱する「K56flex」と、3Com(U.S.Robotics)の提唱する「x2」という互換性のない二つの規格が並行して存在、プロバイダーの対応も二つに分かれていたアナログ56kbpsモデムが、“標準規格”として一本化されたわけだ。
 そこで、ユーザーがもっとも気になるのはプロバイダーの“標準規格”対応状況。勧告からもうすぐ1ヶ月になるが、「V.90への対応は、正式に勧告されてから方針を決める」と二の足を踏んでいたプロバイダーは、果たしてV.90に対応したのだろうか? また、速度面ではISDNと競合する部分もあるだけに、そのあたりの選択も悩むところだ。今回は、プロバイダーのV.90対応状況についてレポートするとともに、V.90はおすすめなのかも考える。

●なかなか使えるようにならない“標準規格”~プロバイダーのV.90対応状況
 標準規格となったことで、今後56kbpsモデムを買おうとしている人、または現在x2やK56flex規格のモデムを使っている人は、プロバイダー側のV.90対応状況が気になるところだ。そこで、「正式に勧告」されてから2週間ほど経った9月末、編集部は、国内の主なプロバイダーにV.90への対応予定について聞いた。
 別表1を見てもらえればわかるように、編集部が調査した中で、全アクセスポイントが対応することを、期日を含めはっきりとアナウンスしているのはBIGLOBEのみ。現段階では「対応する方向で動いているが時期は未定」「検討中」とコメントしたプロバイダーが多かった。
 一方、V.90に対応する予定はないとしているプロバイダーもあった。IIJでは「回線の安定しているISDNサービスに力を入れる」とコメントしており、実際、ダイヤルアップサービスのIIJ4U会員のうち、5~6割がISDN接続だという。

 これに対し、地域プロバイダーや中小規模のプロバイダーの中には、正式勧告を待たずにV.90に対応したところも多い。編集部の調べた限りでも、かなりの数に上った(別表2)。
 「新技術にいち早く対応するのがセールスポイント」というグローバルオンラインジャパンでは、V.90の仕様が固まった直後の3月にはすでにテスト運用を開始。5月末には、16ヶ所あるアクセスポイントすべてを正式にV.90に対応させている。これは、同社が採用していたx2規格対応のアクセスサーバー製品が早い時期にV.90へ対応したこと、またアクセスポイント自体が比較的少ないせいもあるだろう。しかし、正式勧告前にいち早く対応することで、大手プロバイダーにはないサービスをアピールする狙いもあったはずだ。実際にV.90対応を理由に入会した会員がどれだけいるかは「判断できない」としているが、ユーザーからはやはり「対応を待ち望んでいた」という声が寄せられたという。

●“標準規格”でも安心はできない? ~プロバイダーがV.90に対応しない理由
 このように、ユーザーからすれば、早期の対応を期待する“標準規格”だが、プロバイダーはなぜ、速やかに対応してくれないのか?
 プロバイダーに設置されるアクセスサーバーで大きなシェアを持つアセンドコミュニケーションズジャパンによると、同社のK56flex対応製品を導入しているプロバイダーなら「システムソフトウェアを書き換えるだけでV.90へ対応できる」という。アセンドでは、6月初めにソフトウェアのバージョンアップについて告知し、8月中旬には提供を開始している。しかも「システムソフトウェアはFTPサイトで無償で提供しており、書き換え作業もプロバイダー自身でできる」ということだ。
 ところが、あらゆるモデムで正常に接続できるかどうかを各プロバイダーが検証するのに通常2ヶ月程度かかるという。例えばアセンドの製品のように8月中旬にシステムソフトウェアが提供されたとしても、それをテスト的に導入し、結果が出るのは10月中旬以降ということになる。多くのユーザーを抱える大手のプロバイダーほど、こういった検証に時間がかかるのはいたしかたのないことなのかもしれない。標準規格とはいえ、こうしたモデムの相性問題は、どうしても発生してしまうものらしい。
 また、プロバイダーの回線状況によっても接続性が異なってくるという。通信事情に詳しいライターの法林岳之氏によると「ITUで正式に勧告されたV.90は、今さら言うまでもなく、56kbpsモデムの芳醇プロトコル。しかし、国際標準規格が勧告され、それに準拠した製品だからと言って、接続性が保証されているわけではない」という。「V.90は、公衆回線網がデジタル化され、ホスト側がデジタル回線を敷設していることが条件になっている。しかし、交換機で信号が変換されることを想定して、ホスト側モデムが信号を送出しているため、環境によって、通信速度や安定度に差が出てきても不思議はない」
 今回調査した中にも「V.90対応というには、まだ問題が多い」とコメントしたプロバイダーもあった。それぞれ異なった回線環境を持っている各プロバイダーは、アクセスサーバーをV.90対応にしたからといって、そう簡単に“標準規格”対応を謳うわけにはいかないのだ。

●ユーザー側はいつでも対応可能~モデム製品のV.90対応状況
 プロバイダーのV.90対応がなかなか進まない一方で、ユーザー向けのV.90対応モデムは、かなり早くから登場している。また、既存のx2製品、K56flex製品からのアップグレードも行なわれている。前出の法林氏に、V.90対応モデムの動向についてうかがった。

 国内でV.90対応モデムを販売しているメーカーとしては、アイ・オー・データ機器、スリーコム、オムロン、マイクロ総合研究所、ダイアモンドマルチメディアシステムズ、TDK、NEC、サン電子、サイキューブ、Xircomなどがある。価格は外付け、ISAバス内蔵用、PCカードのいずれも実売で1万5,000~2万5,000円程度で、x2やK56flex対応製品が販売されていた時期と変わらない。V.90対応製品は今年の春頃から登場し始めたが、これは今年1月にK56flex陣営とx2陣営が56kbpsモデムの標準規格草案に合意したことを受けている。その後、夏のボーナス商戦前後に各社のV.90対応製品が出揃い、現在ではV.90/x2両対応製品、V.90/K56flex両対応製品が主流になっている。
 V.90対応製品の売れ行きは、V.34/28.8kbpsが標準化されたときに比べると、あまり芳しくない。原因としては「56kbpsモデム登場時、規格が二分化されたため、ユーザーが敬遠している」「V.90対応をはっきりさせていないプロバイダーが多い」「最近のメーカー製PCには、標準で56kbpsモデムがすでに内蔵されている」ことなどが挙げられる。
 従来規格のx2やK56flex対応製品からV.90へのアップグレードについては、多くのメーカーが無償で行なうことをアナウンスしていた。しかし、実際にアップグレードサービスを開始したメーカーは、あまり多くない。これはV.90へのアップグレードにいくつか問題点があるためだ。
 モデムの心臓部とも言えるモデムチップセットは、K56flex陣営のRockwellとLucent、x2陣営のTexas Instrumentsなどが製造している。この内、Rockwellは将来的に56kbpsモデムの標準規格がK56flexと互換性のないものになったときでも対応できるように、部分的にRAM化したダウンローダブルタイプのモデムチップセットを開発していた。国内の大半のモデムメーカーは、このダウンローダブルタイプのモデムチップを採用して、K56flex対応モデムを発売していた。しかし、実際にまとまったV.90の草案を反映しようとすると、容量的にV.90とK56flexのどちらかしかRAMに格納できないという事態になってしまった。そのため、昨年、国内で販売されていたK56flex対応モデムは、V.90へアップグレードすると、K56flexでの接続ができないという問題を抱えてしまった。その後、RockwellではRAM部分を拡張し、V.90とK56flexの両方に対応できるモデムチップセットを開発し、各モデムメーカーに供給している。現在のV.90/K56flex両対応のモデムは、この新しいモデムチップセットを利用している。
 一方、LucentのK56flex対応モデムチップセットは、V.90/K56flex両対応にアップグレードすることが可能なため、特に大きな問題は抱えていない。Lucent製モデムチップセットは一部のPCカードモデムやメーカー製PCの内蔵モデムに採用されており、すでにアップグレードサービスも開始されている。
 Texas Instrumentsについては、モデムチップセットというより、DSPそのものであるため、V.90対応プログラムをユーザーがPCから書き込むことで、V.90/x2両対応へアップグレードすることが可能になっている。
 国内でもっとも早くV.90対応のアナウンスをしたのは、スリーコムとマイクロ総合研究所の2社だろう。スリーコムは同社が販売する「U.S.Robotics Sportster 56K」のアップグレードを今年3月にアナウンスし、その後、他の製品についても順次、アップグレードサービスを開始している。マイクロ総合研究所はRockwell製チップを採用していたが、今年2月には「アップグレードを無償で行なうこと」「V.90にアップグレードをすると、K56flexが使えなくなること」などを包み隠さずユーザーに告知している。
 その他のメーカーでは、x2対応製品を販売していたアイワ、K56flex対応製品を販売していたサン電子などがすでにアップグレードサービスを開始している。やはり、古くから通信機器を扱ってきたメーカーだけに、対応は迅速だ。アップグレード方法は、大半がパソコンからファイルをモデムに対してアップロードする形式だが、一部にメーカーにモデムを送ってアップグレードしてもらう製品もある。
 アップグレード時の注意点としては、現在利用している56kbpsモデムがK56flexか、x2かによって違ってくる、まず、x2対応製品に関してはV.90にアップグレードしてもV.90/x2両対応として利用できるため、注意すべき点はない。むしろ、DSPソフトウェアが最新のものになり、接続性が向上することもあるため、早めにアップグレードする方がベターだ。K56flex対応製品については、前述の通り、採用しているモデムチップセットによって、アップグレード後に利用できるプロトコルが異なるため、事前に各モデムメーカーやプロバイダーの対応状況などを見極める必要がある。もし、アップグレード後にV.90しか利用できなくなる製品のときは、必ず自分が契約するプロバイダーのアクセスポイントがV.90対応になってからアップグレードするべきだ。もし、複数のプロバイダーと契約しているときは、もっとも優先度が高いプロバイダーがV.90対応になったときがひとつの目安になるだろう。(法林岳之)

●ユーザーは“標準規格”を導入すべきか? ~V.90とISDNを比較して
 56kbpsということで、当然、ISDNとの比較も問題になるところだ。現在の環境から考えて、V.90はおすすめなのだろうか。同じく法林氏にうかがった。

 まず。現在、28.8/33.6kbpsモデムを利用しているユーザーは、V.90対応製品に乗り換える価値は十分あるだろう。わずか2万円程度の出費で、2倍近いパフォーマンスが得られる上、モデムを制御するファームウェアも更新されるため、全体的に安定度が高くなるからだ。
 一方、すでにx2やK56flex対応のモデムを所有しているユーザーも、同じ理由でアップグレードを検討するべきだろう。ただ、K56flexモデムからV.90/K56flex両対応モデムへ買い換えるほどではないことを付け加えておきたい。
 ところで、肝心のプロバイダーの対応状況だが、これもまだ始まったばかりというのが正直な印象だ。スリーコムのアクセスサーバーが導入されているプロバイダーは、比較的早い時期からV.90対応を済ませていたが、Rockwell製チップを採用しているアセンドのMAXシリーズなどは、V.90対応が始まったばかりなのだ。つまり、プロバイダーの対応は「これから」というのが正直な感想だ。V.90が完全に出揃うのは、おそらく年末から来年はじめにかけてになり、その頃にはV.90が当たり前になっているはずだ。
 さて、ユーザーのインターネット接続環境を短期的に見た場合、56kbpsモデムはほぼ間違いなく、おすすめできるものだ。しかし、中長期的な視野で捕らえると、やはりISDNをおすすめしたい。56kbpsモデムは確かにISDNの64kbps同期通信モードに数値的に近いが、発信から接続までの時間、時間経過による速度変化(ISDNは常に一定)、実質的なパフォーマンスにはかなり大きな差がある。56kbpsという速度はあくまでも理論値であり、実際には40~50kbps程度で接続するケースが多い。また、V.90では回線の状態に応じて、通信速度を上下する機能を搭載しているため、接続時の速度と通信終了時の速度は必ずしも同じではない。この違いは体感できるレベルのものだということを忘れないでいただきたい。また、ISDNに移行することにより、アナログ回線2本分の容量が利用できるようになり、回線を占有してしまう可能性が低くなる点も見逃せない。(法林岳之)

 このように、プロバイダーの対応がはっきりせず、またいくつか問題が残されている現段階で、ダイヤルアップによる安定した高速接続を希望するなら、迷わずISDNだ。ただし、現在x2やK56flexによる56kbps接続を提供しているプロバイダーなら、いずれV.90に対応するはずだ。したがって、料金的に見ても、また自分の利用状況と照らし合わせてもISDNを使うまででもないというユーザーは、V.90という選択になるだろう。今は、プロバイダーの提供しているいずれかの規格に対応したモデムを導入し、x2もしくはK56flexで利用、プロバイダーがv.90に対応したのち、そのモデムでそのまま、もしくはファームウェアをアップグレードしてV.90接続を利用すればいい。
 最終的にV.90をとるかISDNをとるかは、プロバイダーの対応状況よりも、むしろ予算と、安定性を求めるかどうかという点が判断基準になると言える。

('98/10/12)

[Reported by 法林岳之 / nagasawa@impress.co.jp / koyano-y@impress.co.jp]


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