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火曜コラム

ソース公開の効果と無料の代償 (98/01/27)

 ニュースはまとまってやってくる。Microsoft社が裁判所と和解したニュースをキャッチしたかと思えば、続けざまにNetscape社が、NavigatorやCommunicatorを無料にするという「待ってました」なニュースが飛び込んできた。

 私にとって衝撃だったのは、もちろんNetscapeの方だ。といっても「無料」になったこと自体ではない。次期Netscape Navigatorのソースコードを無料で公開すると決めたということの方である。これは、GPL(GNU Public License)ベースで配布可能だということだから、そのまま考えれば「Netscape Navigatorと完全に互換性のある『Yamashita Navigator』をGPLを超えない範囲で再配布可能」ということである。大胆な手法に出たものである。もちろん私は大歓迎だ。


Navigator Everywhere

 とはいえ、企業のやることであるから、見返りは当然期待しているだろう。私が想像する最大の見返りは、「Netscape社が自身で移植することができなかったエリアにまでNetscapeが移植される」ことだ。

 Netscape社は過去にNavioという会社を作ってPC以外の機器へのブラウザーの移植提供を試みている。現在Navioは、Oracleの子会社であるNCIに合併されている。プロダクツの方も日本国内ではNECの「インタ楽tv」などTV用のブラウザーなどに採用されてはいるが、PCほどのシェアには至っていないのが現実だ。

 しかし、今回のソースコードの無料公開が現実のものになれば、自分の使っているプラットフォームでもNavigatorを使いたい気合の入ったユーザーが、自分の手で移植する可能性が出てくる。いや、ユーザーだけではなく自社製品をメジャーにしたいPDAなどのハードウェアメーカー自身が移植に参加してくる可能性も大きい。

 うまくいけば、Netscape社は自社開発のリスクを負うことなく、Navigatorをすべてのプラットフォームに移植することになる。これは、Netscape社にとっても「夢のような状態」だろうが、ユーザーにとってもメリットが大きいと思う。たとえば、私の使っているPowerZaurusのWebブラウザーは、この手のPDAの中では大変がんばっているが、残念ながらPC上のブラウザーとは異なった表示をすることがよくある。これが「本物のNetscape Navigator」になるのなら文句無しだ。また、WebクリエーターにとってもNavigatorでの動作さえ確認すればよいのでありがたい話である。

 では、組み込み用のブラウザーを提供しているソフトウェアハウスの仕事を圧迫するかといえば、そうでもないだろう。ブラウザー自体は手に入っても、TCP/IPレイヤーは誰かが実装する必要がある。3月発表予定の詳細を待つ必要があるが、本当にGPLに沿うのならブラウザーソフトのソースを公開して無料で提供すれば、Navigatorを元にしたWebブラウザーを製品の中に入れるのは特に問題がないはずである。こうした組み込み用のメーカーは、ブラウザーの開発工数をそのぶん他のソフトウェアに割くことができるので、より完成度の高い製品を期待できる。

 考えただけでわくわくするではないか。今まで「WindowsやMacintoshじゃないから」とあきらめていたプラットフォームの多くで「本物のWebブラウザー」を利用できるようになるかもしれないのだ。


無料で本当にいいの?

 うれしかったので、Netscape社にとって良い事ばかり書いたが、不安がないわけでもない。特に無料化の方は、正直に言えば少し遅かったかもしれない。私の知っている範囲内だけでも、「本当はNavigatorを採用したかったのだが無料だということでIEの方を会社は採用しています」といったメールを何通も受け取った。IE 3.0が登場した時点でNavigatorを無料化しておけば、ここまで急激にIEのシェアが伸びたのは防げたはずだ。

 今となっては、IEのシェアは無視することはできないところまできている。ソースコード公開で「Navigator Everywhere」が実現したとしても、WebクリエーターはどうしてもIEユーザーの事も考えて作らざる得ないだろう。

 そしてそもそも、Netscape社やMicrosoft社のこの「無料ソフト攻勢」が本当にソフトウェア産業を正しい方向へ導くのかという不安もある。Webブラウザーだけなら、お互いのシェアを食い合っているだけだから実害はないかもしれないが、彼らはメールソフトやニュースリーダーも無料で提供しているのだ。これらは、もろに市販ソフトやシェアウェアの領域と重なりシェアを食い合うことになる。現に、昨年実施したメールソフトのシェア調査では、Windows上のメールソフトのNo.1とNo.2は、Microsoft社とNetscape社のメールソフトなのである。

 皮肉なことにNetscape社が「収益の中心」として挙げているWebサーバーの市場も、ある調査ではシェアの1位はApache、2位はMicrosoftのIIS、3位がNetscapeのサーバー群となっており、ここでもApacheやIISといった「無料のソフト」がライバルなのだ。

 冷静に考えれば、NagigatorやIEの開発にお金が掛かっていない訳はない。結局は、NavigatorやIEに払うべき代金をサーバー製品やOSなどの代金として払っているだけなのだ。これを続けていけば、結局は体力がある企業だけしか生き残れなくなる。小さなソフトウェアハウスやシェアウェアの作者がどんなに良い製品を作っても、その対価を回収するのは難しくなるだろう。これが本当に在るべき姿なのだろうか?


ビジネスチャンスが広がることを願って

 ソースコードが公開されることは本当にうれしい。以前HTMLのWYSIWYGエディタを作ろうとして、それが実はWebブラウザーを作るのと同じ行為だと気づいて止めたことがある。今回、Navigatorのソースコードがあれば、その夢を実現できるかもしれない。

 だが、GPLの規定を厳密に守れば、ソースコードを公開し無料で再配布する必要があるため、ビジネスにすることは難しいだろう(もちろん、サポートやマニュアルをつけて売ることは可能だが)。私は、ソフトウェア、特にオンライン上で提供されるシェアウェアなどが正しく発展するために、Netscape社がGPL以外に非常に安価にビジネスにも使えるライセンスを提供することを期待したい。そうすれば、Webに関連するソフトウェアの完成度は飛躍的に高くなり、今まで不可能だったことが実現できるに違いないと信じている。

[編集長 山下:ken@impress.co.jp]


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