米国では、西海岸の「シリコンバレー」、東海岸の「シリコンアレー」などから注目のIT関連のスタートアップ企業が登場しています。そして、今日本でも「ビットバレー」が話題になるなど、さまざまなインターネット関連のベンチャー企業が注目を集めています。この連載では、渋谷周辺のみならず日本全国から、新事業を創造する、まだあまり知られていない企業をピックアップし紹介します。(編集部)
インターネット人口増加とともに可能となるのが広告収入をベースとした「無料」のビジネスモデルである。中でも無料のインターネット接続サービス(無料ISP)は、会員を急速に集められるビジネスとして各国で展開されている。無料ISPが最も盛んなヨーロッパでは、Freeserveなど、現在100以上の無料ISPが有料プロバイダーを押しのける勢いを見せている。また、米国では、NetZeroが1年で300万の会員を獲得している。さらに、大手企業が無料ISPの集客力に着目し、ECのチャネルとして利用する例もある。米Yahoo!と大手スーパーチェーンのK-MARTが出資した「bluelight.com」は、K-MART実店舗で、K-MARTのECサイトへリンクしているCD-ROMを頒布する形で3ヶ月で100万会員を集めた。
そのような例から見ると、インターネットが普及してきた日本でも無料ISP人気が高まる兆しが見える。現在、「完全無料主義」のフレーズで現在強力なプロモーションをかけているlivedoor, Inc.(株式会社ライブドア:東京都港区 前刀禎明社長)は、日本の無料ISP人気を仕掛ける企業として注目を集めている。無料ISPがビジネスとしてどのように成り立っているのか、前刀氏にlivedoorの現在と今後について取材した。
●アメリカ法人を資金調達機関にしたスピード設立
livedoor設立のきっかけは、現在の役員の一人、Conrad Yun氏が日本で無料ISPを展開することを発想したことだった。まだヨーロッパや米国ほど無料ISPが広まっていない日本で無料サービスを提供すれば、高い会員獲得率を上げられるとの考えからだ。しかし、実際に「livedoor」というCIを生みだし、事業をローンチさせたのは、AOLジャパンにいたところをヘッドハンティングされた前刀氏だった。彼のキャリアと経験が、事業を計画し、投資家から資金を集めるのに不可欠だったのだ。
livedoor設立のために取られた方策は興味深い。まず、米国法人を設立して、サービス主体である日本法人へ資金提供を行なうというフォーメーションが取られた。これによりホールディングカンパニーの米livedoor Group, Inc.は、米国のベンチャーキャピタルNewbridge Capitalから3,000万ドルの資金を得て、日本法人に提供することが可能となった。
「いかに早く動くかということ、そして、現在の日本の市場と無料ISPという切り口に魅力を感じた」と前刀氏は設立の理由を語る。事実、livedoorはスピード設立されている。1999年7月に話が持ちかけられてから、8月に法人設立、9月に代表取締役就任、10月末にプレスリリースを行ない、11月にはサービスインしていた。
●無料ISPを武器に会員の獲得
無料ISPには、広告が入る専用ブラウザーを使用するなどいくつかのパターンがあるが、livedoorは常にデスクトップに表示される「ポータル・コンソール」と呼ばれる専用ソフトをインストールすることで利用できる。このソフトは、無料ISPの米X-Stream Network社からの技術ライセンスを受け、国内仕様化したもの。利点は、通常使っているWWWブラウザーやメールソフトを使用できる自由度にある。また、設定がやや煩雑なWindowsの接続ウィザードを使わずにアクセスできるということで、インターネット初心者にも受け入れやすいソフトとなっている。
livedoorが狙うターゲットはインターネット玄人/素人の両方だという。有料で質の高いプロバイダーは玄人好みだが、それだけに会員数は伸びない。逆に初心者は大手ポータル系ISPをまず使うが、「つながらない」「カスタマーサポートが不十分」などの不満を持つ。
だが、この両ターゲットが納得するサービスを提供するのは難しいのではないだろうか。「面白いことに有料だと人間はお金を払っている分だけ不満も多く出ます。逆に無料だと『もともとタダだから』と言って、クレームが少ないんです」と前刀氏は語る。逆に「無料」ということに対してマイナスイメージをユーザーが持つことは全くないのだろうか。確かにインターネット経験が浅いユーザーは「なんで無料なの?」「無料でほんとに大丈夫なの?」という不安感を持つという。前刀氏は、「無料」に対する日本特有の先入観を払拭するために、livedoorがマーケットを啓蒙していくことが一つの課題だと考えている。
無料HP、無料メールなどのほか、毎日新聞、懸賞ポータルのChance it!、オンライン証券のDLJ direct SFG証券、天気情報のハレックスといったコンテンツプロバイダーとの提携による各種情報をサイト上も提供している。5月時点で会員数は30万人。「神田うの」らを起用したプロモーションの効果もあって会員は加速的に増加している。今年中には100万人の会員を獲得する予定だ。会員の急増によって気になるバックボーンは、アクセス回線をMCIワールド・コム・ジャパンの専用回線を利用し、アクセスポイントが未対応の地域には日本テレコムの中距離通信サービスで対応している。
以上のサービスによってライブドアが得ている収入は、現在のところ広告収入とコミッション収入である。広告収入による無料ISPといえば、日本の無料ISPの先駆け「ハイパーネット」が想起される。採算が取れず1997年12月に破産を申請した同社について、前刀氏は「当時はユーザー層がまだ30代男性に限られており、時期尚早だった。インターネットが一般にも普及してきた現在では状況も違う」と語る。また、単なるインプレッション型の広告とライブドアが異なるところは、ポータル・コンソールが常にデスクトップ上に広告を表示する点である。特にEC商店主はこの広告効果に期待しており、現在livedoorの収入の一部も、広告からECに結びついた場合のコミッションとなっている。
ただ、現在のところは、あくまで会員獲得に力点を置いており、実際に収入が上がって来るビジネスモデルは次フェーズで予定されている。
●会員数を活かしたデータベースによるビジネス
無料ISPをとっかかりとして、その先にlivedoorが構想しているのが、会員データベースを核にしたECによる収入である。データベースを核にしたビジネスといえば、現在会員集めに精を出しているコミュニティサイトやポータルサイトが一様に目指しているビジネスモデルであり、その中で差別化を計るのはやや難しい感がある。しかし、ただの情報サイトと異なり無料ISPという明確なインセンティブが多くのユーザーを引きつけるため価値の高いデータベースを構築できる点がlivedoorの強みと前刀氏は見ている。この会員データーベースによって、まずはOne to One広告配信に取りかかる。会員の属性や行動履歴に応じた広告を配信し、事業者から広告収入を得る考えだ。
その次のステップとしては、ECと会員データベースを連動させ、EC事業者からコミッション収入やECの手数料収入を得ることを構想している。会員の属性や購買履歴に応じて、広告配信や商品提案を行ない、さらに実際の販売までlivedoorが手がける。現在、決済や認証の技術的レベルを整え、ECへの取り組みを準備しているという。
このビジネスが成功するに当たって鍵となるのがデータベースの質であろう。「日本人は生真面目だから、他の国のユーザーに比べて会員登録情報の精度は高いんです」と前刀氏は語るが、会員データベースの精度を決めるのは、会員の中でもアクティブユーザーの割合といえる。データベースは、よりアクティブで新しい情報を蓄積していなければ価値を持たない。他プロバイダーと併用しているユーザーや、「とりあえず加入してみた」というスタンスのユーザーも少なくはないだろう。無料ISPで集めた会員をアクティブユーザーへいかに転換していくかが顧客データーベースビジネスを行なうに当たっての課題となってくるだろう。
●「livedoor」というライフスタイルブランド
現在のlivedoorが無料ISPで会員を集めるフェーズにあり、近く顧客データーベースを元にECでビジネスを行なっていく。それでは、10年後にlivedoorが成功しているためのビジネス、あるいはビジョンはあるのだろうか。それに対して、前刀氏は「ライフスタイルブランド」というコンセプトを提示している。彼らが目指すのはブランド「livedoor」をユーザーの生活の中に浸透させていく、ライフスタイル提案ビジネスだと言う。無料ISPから「ライフスタイルブランド」というつながりは一見飛躍のように見えるかもしれない。それについて前刀氏は次のように考える。
「インターネット初期のユーザーはオプションが少なかったこともあり、『ドメイン名は気にしない、料金は多少高くてもとにかくネットにつながればいい』と考えていました。しかし今は自分に合ったISPブランドを選ぶ時代。ユーザーは自分の利用に合った料金プランを選び、ドメインは格好いい方がいいと思っています」
無料ISPというだけではなく、ユーザーはlivedoorの.comドメインやブランドイメージを支持している。その先に想定しているのが、生活全体をlivedoorがコーディネートするライフスタイルブランドということだ。
●livedoorの社風――「ユニークで自由な文化」
「ライフスタイルビジネス」を標榜するだけあって、livedoorのブランディングの仕掛けはユニークだ。第1、第2弾のプロモーションではドラクロワの絵画「革命」や、アポロ号月面着陸の画像を採用し、インパクトをもたらすイメージをアピールした。現在大々的に流されているプロモーションでは、「完全無料主義」のスローガンのもとに神田うのや鈴木紗理奈、泉谷しげるらインターネット関連では意外に思える芸能人を起用しCMを作成し、無料ISPというものを一般にも浸透させようとしている。
このようなプロモーションが生まれる背景には、各分野のエキスパートが集合してできた柔軟な組織であるlivedoorの自由な社風があるという。またブランドといえば、代表の前刀氏自身、強いこだわりを持っている。「“~net” 、“info~”、“e-~”は名前に絶対につけたくなかった」南青山の「MAX MARA」の階上というオフィスの立地も、“渋谷系ネット企業”というイメージとは一線を画するために選んだそうだ。
しかし、人数が増えれば、「自由で柔軟な組織」の運営も難しいのではないだろうか。それに対しては、外資系らしくレスポンシビリティ規定を設け、社員のパフォーマンスを見ているという。また、インセンティブとしてはベンチャー企業らしくIPOを目標にすることによって組織の団結をはかっており、3年以内に黒字を出す予定だという。また米国法人の方はNASDAQへのIPOも想定しており、米国と日本の2法人という構造を取った狙いの一つもそこにあるという。
●無料モデルが発展していくための仕掛けとは
「ベンチャーは体力」、「今日やることをやらないと明日が来ないし、明日が来ないと未来が来ない」と、今どきなネットベンチャーらしい感想を述べながらも、「話題性を持ってIPOするのではなく、確実なビジネスの成功を掴んでライフスタイルブランドのナンバー1を確立したい」と前刀氏は語る。
ユーザを集めるうえで即効性の強い「無料」モデルを入り口として採用しているだけに、中身はより魅力あるサービスを提供し続けなければ、その他の広がりは難しいだろう。先にあげた米NetZeroは、マーケティング支出がかさんだために、自社の利益予測を1999年度は下方修正した。また、ヨーロッパの代表的な無料ISPもその収入の多くをキャリア会社からのコミッションに頼る形を抜け出せていないという。
まずは集客のためのプロモーションフェーズにある現在のlivedoorが、今後は「確実なビジネス」をどう確立していくのか、ライフスタイルブランドがどのようにユーザーへ浸透していくのか、転換のための次の仕掛けが期待される。
(2000/6/22)
[Reported by FrontLine.JP / コンサルティングチーム]