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【連載】

ネットビジネス 日本からの挑戦

第11回:無料メーリングリスト提供サービス
――急成長から企業売却へ、インフォキャスト

http://www.infocast.co.jp/

 米国では、西海岸の「シリコンバレー」、東海岸の「シリコンアレー」などから注目のIT関連のスタートアップ企業が登場しています。そして、今日本でも「ビットバレー」が話題になるなど、さまざまなインターネット関連のベンチャー企業が注目を集めています。この連載では、渋谷周辺のみならず日本全国から、新事業を創造する、まだあまり知られていない企業をピックアップし紹介します。(編集部)


 若い女性の間で専用端末がブームとなるなど、「電子メール」は初心者にも簡単でかつメリットが見えやすいアプリケーションとして、インターネット利用者の裾野を広げる役割を果たしている。今や名刺に電子メールアドレスを表記することは常識となり、ビジネスユースはもとより、友人同士、家族の間などの新しいコミュニケーションツールとして定着した感がある。また、電子メールは、多くの相手を対象にした情報発信や収集、つまり「情報を共有する」ためのツールとしても幅広く使われるようになってきている。そこで利用されるのが、一度に複数の相手に対し同じ内容のメールを送信できる「メーリングリスト」(Mailing List:以下ML)である。同窓会やサークル、会社内での連絡など、今やほとんどの電子メールユーザーが利用しているか、または利用したことがあるのではないか。

 MLはサーバーさえあれば自分で立ち上げることができるものの、設定等に知識が必要で手間もかかる。そこで、簡単なウェブインターフェイスから設定、管理ができる無料のMLサービスが人気を呼んでいる。このサービスは、メールのフッタ部分に広告が入る以外は、全くの無料である。eGroupsやFreeMLなどの有力サービスがひしめき、競争が激化しているこの業界であるが、現在、最大手の位置にあるのが「Easy ML」を運営する大阪のベンチャー企業、株式会社インフォキャスト(大阪市 谷井 等代表取締役社長)である。同社は、前身となる会社の設立からわずか3年の間に急速な成長を遂げており、20~30代を中心に90万人もの会員を集めている。一方で、収益の拡大も順調で「IPO目前」と目される中、電子モール運営大手の「楽天」により買収されることが明らかとなり、業界の注目を集めている。

 今回はインフォキャストの谷井氏に、3年前の起業から無料ML業界最大手となるまでの道のりと、好調な状況にありながらも、売却という道を選択した理由などを中心に話を聞いた。

 

●会社同期のMLからスタート

 

谷井等代表取締役社長
谷井 等代表取締役社長

 インフォキャストは現在従業員18名、平均年齢27歳の非常に若い会社だ。今年で28歳になる谷井氏が、大学卒業後に入社した会社の同期2人と一緒にインフォキャストの前身となる会社を設立したのがその始まりである。谷井氏は、大学卒業後の1996年に大手通信会社に入社し、法人営業部に配属、東京勤務となった。同じ大学から入社した同期は17人いたが、配属先は全国各地に散らばっていたため、どうしても連絡が取り辛く、配属から間もなくして徐々に疎遠になってしまったという。そこで、同期の間で連絡を取り合うためにMLを立ち上げることになった。友人から教えてもらった無料MLサービスを使ってMLを立ち上げることになったが、そのサービスには15人迄という人数制限があった。17人いた同期の連絡用MLとして使えなかったのである。

 「これは不便だと思いました。たまたま、起業意識の高い同期が集まっていましたので、これは自分たちでやるしかないとなりました」(谷井氏)

 その後の谷井氏の行動はすばやかった。入社してわずか8ヶ月であったにもかかわらずあっさりと会社を辞め、同期の2人と一緒にインフォキャストの前身となる合資会社を立ち上げた。「当初の資本金は83万円です。3人で必死に集めたんですが、とっても少ないですよね(笑)」(谷井氏)。

 大学を卒業して大企業に入社したばかりの若者が、その会社を辞めるというのは相当の覚悟がいったように思えるのだが、谷井氏にとっては当然とも言える選択だったという。実は谷井氏は大学時代にも会社を興した経験があり、根っからの起業家精神の持ち主であった。大企業には就職したものの一生勤めあげるという気持ちはさらさら無く、常に起業のチャンスをうかがっていたのだという。

 

●「顧客重視の姿勢」と「スピード」でNo.1に

 会社を設立して最初の仕事は、サービスに利用するMLソフトウェアの選定。無料MLサービスを立ち上げると言っても、一からソフトウェアを開発するわけではなく、当時海外に20程度あったML用のソフトウェアを取り寄せ、それらを社内のサーバーにインストールし、機能や操作性などのテストを行ないながら、利用するソフトウェアを決定した。そうして最初に提供したサービスは、登録人数無制限の無料MLサービス。自分たちが最も不便に感じた登録人数制限を無くし、なるべくわかりやすいインターフェイスでユーザーが使いやすいサービスを目指したという。当初は本当に限られた予算で会社を運営している状況であったため、広告宣伝等に費用をかけることはできなかったが、「人が人を呼ぶ」というMLの特性もあり、口コミによって認知度、会員数とも急速に伸びていくことになる。

 それを支えたのは「顧客重視の姿勢にある」と谷井氏は強調する。無料なのだからサポートをしないというのではなく、顧客の利便性を第一に考え、初歩的な質問や相談にも丁寧に答え、顧客からの声をサービス内容にも反映させるという方針を一貫してとってきた。実際、無料サービスに加えて提供することになった有料のMLサービスの「GoodML」も、無料サービスを業務用に利用していたユーザーの「広告の入っていないMLサービスが欲しい」という要望に応えて導入されたものだ。そういった姿勢が顧客に伝わり、顧客のサービスに対する信頼が醸成され、それが口コミで他の顧客に伝わるという好循環となったのであろう。

 また、もう一つのポイントはなんと言っても「スピード」だ。今やMLサービスの業界は群雄割拠の状態で、付加的なサービスなどで差別化ができないと新規の参入は難しい。既製のソフトウェアを利用し、サービス的にも特に他と違ったものを提供していたわけではないインフォキャストがこれほどまでに成長できたのは、市場にニーズがあると見た1996年にすぐ会社を興しサービスを開始できたことで、先行者としての利益を享受できたことが大きいと言えるであろう。

 「今でもスピードは重視しています。ライバルが先を行こうとしているのをいつも感じていますから」(谷井氏)

 

●携帯電話でメーリングリスト

携帯画面 インフォキャストは今年の6月から、業界で初めて、携帯電話向けのMLサービスも開始している。このサービスを利用すると、iモード等電子メール機能のついた携帯電話同士で、MLの機能を利用したメール交換が可能となる。PCとは違い、携帯電話は常にユーザーが持ち歩くため、お母さんが家族のMLで外出先の家族全員に夕食のリクエストを聞いたり、飲み会の幹事がお店の場所の地図ファイルをMLに添付して参加者に知らせるなど、全く新しい使われ方も考えられる。従来のサービスも携帯電話で利用できないことはなかったが、携帯電話で受けたMLのメールに返信をすると発信者にのみ返信されてしまうという問題点があった。インフォキャストの新しい携帯電話向けMLサービスでは、この問題を解決するとともに、アドレス登録時に「@」以下の部分は入力しなくて良いようにするなど、MLの作成を簡便化するなどの工夫を図っている。また、このサービスは無料であるが、広告は入れていない。

 「当面は、市場シェアの獲得を優先させる方針なので、広告は入れない方針」(谷井氏)。口コミ以外の宣伝は全く行なっていないが、サービス開始から2ヶ月あまりで、すでにML開設数約1,100件、ML会員数約3,600人を獲得している。

 

●総合E-mail Service Provider(ESP)への脱皮

 一部有料サービスによる収益はあるものの、現在のインフォキャストの収益構造は無料MLサービスの広告収入に大きく依存する形となっている。現在も会員数は順調に伸びているものの、今後それほど急激な拡大は見込めないであろう。そこでインフォキャストでは、これまでのMLサービス運営を通して蓄積された「電子メール」というアプリケーションの特性、それを利用するユーザーの特性等に関するノウハウを元に、単なる無料MLサービス運営会社から「電子メール」に関する総合的なサービスを提供する「E-mail Service Provider(ESP)」への脱皮を図ろうとしている。

 その第一弾となるサービスが、顧客データベースに連動したメール配信サービス「POEM(Private Opt-In E-Mail)」である。ウェブサイトを運営する企業に対して提供される、オプトインメールのASPサービスである。ウェブサイトがその顧客に対して、オススメの商品などの情報を盛りこんだメールマガジンを配信するのは今や当たり前のこととなっているが、趣味や嗜好の異なる顧客全員に画一的なメールを送信していては、メールを読んでサイトに来てもらえないどころか、サイトに対して悪い印象も与えかねない。そこで最近注目集めているのが、登録時の顧客情報やサイトでのアクティビティ履歴を分析し、属性や嗜好をもとに顧客毎にメールの内容をパーソナライズする「オプトインメール」である。顧客は自分の好みに合った情報が送られてくるため、メール中のURLをクリックする確率が高くなると言う。POEMでは、この顧客がどのURLをクリックしたかという情報も蓄積することで、次回メール送信時のターゲット絞込みに活用することができる。

 インフォキャストでは、POEMに続けて、ウェブサイトの「顧客のステータス」毎に利用できる電子メールのサービスを順次提供していく方針であると言う。一般的に「顧客のステータス」は、「潜在ユーザー」-(認知)→「見込ユーザー」-(購入)→「利用ユーザー」-(再購入)→「リピーター」-(組織化)→「ファン」という過程を経て変化していく。ウェブサイトにとって、「ファン」をどれだけ多く作ることができるかが成長のカギとなる。まず、「潜在ユーザー」にサイトを認知させるためのツールとしては、無料MLサービスに挿入できる広告サービスがある。MLで流れているメールは友人、知人からのものが多いため、開封率はほぼ100%とメールマガジンなどと比べて高く、広告効果は大きいと言う。「見込ユーザー」に対しては、POEMを利用して好みに応じた情報をタイムリーに提供することで購買意欲を喚起することができる。そうしてその実際にサイトで商品を購入した「利用ユーザー」に再度商品を購入するように仕向けるためには、POEMで情報を提供することが可能になる。そして、一度でもサービスを利用してくれた顧客を組織化し、サイトの「ファン」へと成長させていくのにMLが有効であるとインフォキャストは考えている。すでにこの部分に関しては、独立系コミュニティサイト大手のガイアックスとMLの機能を提供する提携を発表するなど動きを見せている。

 現在、電子メールは、ネットビジネスにおけるマーケティングツールとして、より重要視されるようになってきている。米国では、ポイントサービスと連携してメール広告の効果を高めるMyPointsのような新しいメールマーケティング手法も開発されており、今後電子メールを利用できる端末の多様化などの要素も加わり、その利用方法はさらに進化していくものと思われる。顧客重視の姿勢とスピードで急成長したインフォキャストが、ESPとしてもナンバーワンになれるかどうかは注目である。

 

●公開だけがゴールじゃない――「バイアウト」という選択

オフィス これまで述べてきたように今後の事業展開について明確な戦略を持っており、現在の事業自体もきわめて順調なことから、インフォキャストも他のネットベンチャーが目指すように、株式を公開して資金を調達、事業を拡大していくものと思われていた。しかし、彼らは公開ではなく、「バイアウト」という道を選択した。インフォキャストはもともと筆頭株主であった電子モール運営大手の楽天に、今年の10月に買収され、完全子会社となることが決まっている。

 インフォキャストがバイアウトを選択した一つの理由としては株式市況の悪化があるであろう。ネット株というだけでもてはやされた時期は過ぎ去り、市場での資金調達自体が難しくなっているのも事実だ。しかし、谷井氏は今回の選択をむしろ積極的なものであったと述べている。

 「公開というのは、資金調達の明確なニーズがある場合にのみ選択すべき道だと考えていました。弊社にとって、最も大切なのはお客様であって、お客様に対してよりよいサービスを提供していくには、市場での公開という道よりも、(すでに様々なサービスを提供している)楽天との関係を強化する方がよいと判断しました

 市場から資金を調達して、その資金で新たにサービスを開発していくよりも、楽天とのコラボレーションによる効果の方が高いと判断したというわけだ。また、「昨今のネットベンチャーは、公開をあたかも目標にしているようなものが多数見受けられます。私としては、そういった状況が、大変危ないものだと考えており、今回の我々の取った決断が、ベンチャー企業にとってIPO以外の別の出口を示すことになればと思っています」とも述べている。

 日本では「バイアウト=買収される」ということをネガティブに見る向きもあるであろうが、起業家が会社を立ち上げ、ある程度のユーザー数を獲得した時点で大手企業に会員ごと売却するという形態はベンチャー先進国米国においては日常的なものとなっている。起業家精神を持った人材がまた新しいビジネスを立ち上げることで、市場が活性化されるという点でポジティブな面もある。

 谷井氏は、自身の今後について、「今すぐにではないですが、長期的な私のプランとしては、もう一度、というよりは何度も、ビジネスの立ち上げを経験していきたいですね」と語っている。特に、起業家人材が不足していると言われる日本において、起業家精神を持ち、会社設立、運営の経験を積んだ谷井氏のような経営者が、次々と新しいビジネスを興していくことは、日本のネットビジネス全体の底上げという意味からも重要と言えるのではないか。

(2000/8/18)

[Reported by FrontLine.JP / コンサルティングチーム]


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