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【連載】

ネットビジネス 日本からの挑戦

第14回:独自開発技術をライセンス販売
――情報セキュリティの研究・開発に特化、オープンループ

http://www.openloop.co.jp/

 米国では、西海岸の「シリコンバレー」、東海岸の「シリコンアレー」などから注目のIT関連のスタートアップ企業が登場しています。そして、今日本でも「ビットバレー」が話題になるなど、さまざまなインターネット関連のベンチャー企業が注目を集めています。この連載では、渋谷周辺のみならず日本全国から、新事業を創造する、まだあまり知られていない企業をピックアップし紹介します。(編集部)


 

 情報通信技術の発達により、パソコンや携帯電話を始めとするモバイル端末は、私たちの生活に欠かせない存在となり、インターネットを経由して、いつどこからでも会話やショッピングを楽しむことができるようになった。しかし身近となったデジタルコミュニケーションには、常に個人情報の漏洩、送受信する会話の傍受やデータの改ざんといった危険が伴う

 

浅田代表取締役社長
浅田代表取締役社長

 このような情報の悪用による犯罪や事件は枚挙に暇がなく、中でも2000年始めの官公庁のWEBページ改ざん事件などは、大きな話題となったこともあり記憶に新しい。その他にもゲーム機の予約販売を行なうECサイトの個人データが漏洩した事件や、大手ファーストフード会社がWEBページで行ったアンケートの消費者情報を、他のWEBページで公開された事件などは、各方面で取り上げられ社会的問題にまで発展した。もちろん法律や規制の整備といったアプローチも必要だが、この種の犯罪や事件が無くなることはない。

 これらのリスクを回避し、安全で快適なデジタルコミュニケーションを行なうためには、データの暗号化、ユーザの識別と認証、アクセス制御といった「情報セキュリティ技術」が必要不可欠であり、その重要性は今後ますます高まることが予測される。  株式会社オープンループ(札幌市 浅田一憲代表取締役社長)は、このような時代の要請に応える情報セキュリティ技術の研究・開発に特化したベンチャー企業である。高度な情報セキュリティー技術を持つことで、モバイルをはじめとする最先端分野を席巻するオープンループ社に、自社の強さの秘訣、今後の注力分野について聞いた。

 

●設立の経緯

 オープンループ社は、前回の連載で紹介したソフトフロント社らと並び、サッポロバレーの主要IT企業の一つに数えられる。この両社をはじめ、サッポロバレーと呼ばれる企業群には、ITベンチャーの草分けである株式会社ビー・ユー・ジーに縁のある経営者が数多く存在する。

 オープンループ社の社長である浅田氏も、1988年からビー・ユー・ジーに在籍し通信やセキュリティ関連のプロジェクト責任者として、大ベストセラーとなったISDNターミナルアダプタ「MN128」(NTTと共同開発)の開発責任者を務める一方、「通信のあるところには必ずセキュリティ事業が必要」(浅田氏)との考え方からセキュリティビジネスに着目し、いち早くこの分野に取り組んでいた。

 浅田氏のセキュリティ分野における先見性の高さを証明する一例として、公開鍵認証サービスへの取り組みが挙げられる。当時、セキュリティ事業に特化した企業は世界的にもRSA Security社以外にはほとんど存在しないという状況の中で、浅田氏は、日本国内でRSA社が開発した公開鍵認証サービスを独占的に行なう契約を結ぶことに成功した。さらに数年後のRSAカンファレンスにおいて、米国大手地域電話会社GTE社と知り合い、GTEとビー・ユー・ジー2社を中心とした認証会社サイバートラスト社(現、日本ボルチモアテクノロジーズ株式会社)の設立をコーディネートするに至ったのである。

 ビー・ユー・ジー社に籍を置いていた間、浅田氏は通信セキュリティ分野を開拓したもののビジネス自体は赤字であり、ビー・ユー・ジー社の取り組み方もさほど積極的ではなかったという。そこで、兼ねてから通信セキュリティ分野の将来性の高さを確信していた彼は独立を決意。ビー・ユー・ジー社から、自ら手がけてきた暗号技術を買い取り、1997年にオープンループ社を設立した。

●技術開発に特化したビジネスモデル

 会社設立当初、ECの決済方法の一つでセキュリティの高さを特徴とする「SET」が登場したことから、「セキュリティの需要はEC系からはじまり、大手金融関連の大型案件が発生することを見込んでいた」(浅田氏)という。しかしながら金融不安の社会情勢から、セキュリティどころか情報システムに対する投資さえも抑制される状況となり、同社はR&Dに特化し開発した技術を研究所に対して販売する形でビジネスをスタートさせた。

 現在でも、オープンループ社は研究開発に特化しており、開発した技術を応用したサービスを自社で展開することはない。あくまで情報や通信のセキュリティ技術の開発と、そのライセンス販売に専念するということが、多くのITベンチャーと異なるオープンループ社の特徴である。

 つまり、エンドユーザーは、オープンループ社が直接提供する製品やサービスに直接触れるということはないが、その技術は普段使っているTAルータ、携帯電話、TVゲームなどの情報通信機器の中に組み込まれる形で提供されている。

 中でも身近な代表例として、「モバイルVPN」、「\楽」、「クリプトカプセル(R)」といった技術があげられる。

・「モバイルVPN(バーチャル・プライベート・ネットワーク)
 これまでモバイルユーザがインターネットを通じて企業内のネットワークにアクセスする場合、暗号技術によりインターネット上に擬似的な専用線を構築し安全を確保するVPNを使用することはできず、データを保護する仕組みがなかった。そこで、従来のVPN技術を拡張し、外出先のノートPC+携帯電話といったモバイル環境からでも利用できるように改良したセキュリティ技術が「モバイルVPN」である。アレクソン社のSOHOルータに採用され、同SOHOルータは、NTT DoCoMo社のモバイルコンピューティングでの使用に適しているとして、「DoCoMo Value」ブランドの製品認定を受けている。

・「¥楽(えんらく)
 WWWブラウザーなら決済データを暗号化し安全に転送するSSL、SETといった技術が使用できるが、携帯電話を始めとするモバイル端末からは使用できない。

 株式会社オン・ザ・エッヂとの共同開発による「¥楽(えんらく)」では、クレジットカード番号などの重要なデータを、セキュリティのかけられないインターネット経由ではなく、音声電話モードによるプッシュボタン入力とすることによって、安全な決済処理を実現している。現在、「¥楽」、のサービスは従量制のユーザー課金という形態で株式会社オン・ザ・エッヂから販売されている。

・「クリプトカプセル
 今後、ネットワークのインフラ整備がすすみ、各家庭に高速回線が引かれるようになれば、映像や音楽やゲームといったデジタルコンテンツのネットワーク配信が活発化することが予測される。その際に懸念されているのが、デジタルコンテンツを無断複製・不正使用(再利用)・不正加工である。そのような著作権違法行為からデジタルデータを守る独自の流通技術として同社がライセンス販売を行なっている暗号技術が「クリプトカプセル」である。このサービスはデジタルカメラの画像加工を行なうNINTENDO64用ゲームソフト「マリオのふぉとぴー」に採用されている。前述の企業方針通り、セキュリティ技術の委託開発とライセンス販売に専念しており、自らが主体となったサービス提供は行なっていない。オープンループ社はこのスタンスを貫き、技術開発に特化した企業であり続けることに強いこだわりを持っている。

 「ITに限らず一般的な企業でも、技術開発の受託だけをしていたのでは、売上が社員数に比例した労働集約型のビジネスになってしまう。かといってサービス業に転化したとしても、参入障壁が低ければ、まもなく価格競争になってしまい、長いスパンで安定した収益を見込むことは難しい。オープンループは、他に真似のできない技術を開発し、それを広くライセンス販売していくことで、作業量に比例しない付加価値型のビジネス展開を狙っているのです」(浅田氏)

 

●目指すは「原価ゼロ」ビジネス

オフィス風景
オフィス風景

 オープンループ社の売上高は社員数25名にして2000年9月期で5億8千万円に達する見込み。しかも、そのうち技術者は取締役を含め10名程度だという。浅田社長は少人数ながら高い収益を確保できる理由として、情報セキュリティ分野の技術的ハードルの高さに起因する参入障壁の高さを指摘する。

 「情報セキュリティ技術分野のエンジニアには、高度な数学の知識、暗号アルゴリズムを実用的なセキュリティ技術に組み立てられる構成力と技術的背景、さらにセキュリティ技術の応用に必要な通信プロトコルの知識、およびインプリメント技術、の4つのスキルが求められます。当社のエンジニアには、その2つ以上のスキルを持っている人材を集めているので、他社に真似のできない技術開発ができるのです」(浅田氏)

 このコメントから、エンジニアの能力の高さそのものがコアコンピタンスとなり、価格競争に巻き込まれないビジネス展開をできることがオープンループ社の強みとなっていることがうかがえる。

 収益構造という点では、会社設立後1年目は受託型のR&Dの仕事が多かったが、現在では独自開発したライセンス販売による売上が増加しており、今後もライセンス売上を伸ばしていく方針であるという。具体的な目標として「2005年には総売上の約70%をライセンス販売にすると考えています。この売上構成の変化により、売上高の上昇カーブはなだらかになり逆に利益率が伸びていくという収益構造にシフトしていくでしょう」(浅田氏)と予測するとともに、将来的に理想とするビジネスモデルについて「目指すは、原価を限りなくゼロに近づけることです。DOLBYのようなビジネスモデルも高度な技術をもってすれば実現可能であると考えています」(浅田氏)と語っている。

 音響のノイズリダクションで有名なドルビーラボラトリーズ社のDOLBY技術は、アメリカの物理学者レイ・ドルビーと4人スタッフによって開発された。たった5人で開発したDOLBY技術は、今日に至り世界中のあらゆるAV機器に組み込まれており、そのライセンス販売による売上と開発コストの比率を考えれば、DOLBY技術の原価は限りなくゼロに等しい。

 オープンループ社は、このドルビーラボラトリーズ社と同じビジネスモデルを、情報セキュリティ分野で実践しようとしているのである。

 

●今後の注力分野について

 オープンループ社は今後特に注力していきたい開発分野として、「モバイル」「ICカード」「デジタル家電」の3分野を挙げている。

 まず「モバイル分野」では、2000年3月、自らが発起人となりモバイル系の優れた技術力をもつベンチャー企業による任意団体「モバイルベンチャークラブ(略称:MVC)」を設立している。設立時の参加企業はオープンループ社の他、株式会社アレクソンイエルネット株式会社、株式会社インデックス、株式会社オン・ザ・エッヂ、株式会社電脳隊(2000年5月株式会社ピーアイエムと合併、同年9月存続会社であった株式会社ピーアイエムがヤフー株式会社と合併し、現在の存続会社はヤフー)の計6社で、お互いの交流を通じて次世代のモバイル技術を生み出し、より便利なネットワーク社会の創造に貢献することを目的としている。  その他にオープンループ社は、以下の4分野の技術要素からのアプローチにより、携帯電話をパーソナルインフォメーションコントローラに進化させることを考えている。

 「ICカード分野」では、「モバイル分野」でもあげたUIMカードやICカードに、セキュリティの強化や認証機能を付加するためのアプリケーション開発に取り組む。昨年4月からJR東日本が導入計画を進めてきた駅の自動改札システムは、2001年に東京近郊区間エリアに導入される予定である。また、2001年5月からサービスが開始される次世代携帯電話IMT-2000には、UIMカードが装備される。これらを契機に2001年はICカード元年になるだろう、とオープンループでは予測している。

 また、「デジタル家電」に関しては、光ファイバーの家庭への普及、地上波のデジタル化などのインフラが整う2003年頃にブレークする市場であると睨んでおり、「デジタル家電分野」は2003年以降の注力分野と見込んでいる。

 「モバイル、デジタル家電の技術力に関して、一番進んでいるのは日本。その日本で最先端を行き、デファクトスタンダードを確保できれば、そのノウハウで世界進出できると考えています」(浅田氏)

 これまで暗号技術には輸出規制があったため、高度な暗号が使用されているセキュリティ技術は輸出することはできなかった。しかし近年、暗号技術輸出に関する規制が大幅に緩和される見込みが出てきたので、国内だけでなく海外市場への進出、セキュリティ技術に関する世界標準の確保ということに関しても、積極的に検討したいとしている。

 経営面での取り組みとしては来年中を目処にIPOを考えており、それには資金調達、認知度向上といった一般的な目的以外に、もう一つ別の大きな狙いがあるという。

 「オープンループがセキュリティを扱う会社である以上、会社自体に対する社会的信頼が必要となります。“オープンループのセキュリティ”というブランドを確立するために、株式公開は重要だと考えています」(浅田氏)

 投資が先行することの多い研究開発を中心にしているにもかかわらず、設立以来無借金経営というオープンループ社だが、世界進出はもとより、広く一般に対する社会的信頼を得るためには、その会社経営の健全性をIPOによって市場に証明することが必要である。

 

●「札幌という地域にこだわらず」全国どこでも

札幌大通り公園
札幌大通り公園

 サッポロバレーの雄として北海道に本社を置くオープンループ社だが、ことビジネスに関しては札幌という土地に対するこだわりは全くと言っていいほどない。

 「札幌にいると生活が豊かで住みやすく、生活の基盤としてよいでしょう。しかしビジネスにおいて北海道という地域にこだわりはありません。たまたま札幌から始まったけれども、どこにいても商売できるというのがITの特性。何に取り組むか、が大切。何処にあるか、ではない」(浅田氏)

 札幌という場所における地域一帯となった発展や企業間のコラボレーションを重要視しているソフトフロント社とは、まさに好対照である。同じく札幌を拠点とし、高い技術力をコアコンピタンスとしている企業の代表格とも言える両社のこのスタンスの違いは非常に興味深い。

 実際、場所にこだわらないというオープンループ社の社員には、本社の札幌や東京の事務所とは全く離れた大阪などの自宅で開発を行っているエンジニアも数名いるという。研究職のエンジニアには場所や時間を選ばず、各個人が働きやすい環境で仕事をしてもらうという、ネット企業の究極形とも言える勤務形態を採用している。勤務地についての融通が利く反面、エンジニアに対する要求スキルは当然の事ながら非常に高いものとなる。そのため、オープンループ社は今年の8月に人材獲得のための拠点として東京に事務所を開設した。

 「人材獲得の他にも目的はあります。オープンループはエンドユーザに直接ものを売っているわけではありません。お客様はメーカーであり、営業もアライアンスを結ぶといった営業形態になります。お客様の本社の90%は東京にあるため、東京に営業拠点を置くメリットは自明です」(浅田氏)

 営業拠点という意味合いもあるが、やはり第一の目的は優秀な人材の確保であり、多くの人材が集積する東京のマーケットへの期待の大きさを感じ取ることが出来る。

 

●オープンループからのメッセージ

 “Precious Life with Secured Communications.”――この言葉はオープンループ社のビジョンを表している。来るべきネットワーク重視社会を鑑み、エンドユーザが使用する製品の中に使われる情報セキュリティ技術の研究・企画・開発に特化し、それを通じてより心豊かで尊厳のある社会の実現に貢献していきたいという。そのためにも、オープンループ社は高い技術力を維持し、常にセキュリティ分野の最先端を走り続けることにこだわりを持っている。

 「ビジネスモデルとかアイディアも非常に大切だけれども、低価格で同じビジネスモデルの会社が登場すれば、たちまち不利な形勢に立たされることになります。その意味でも他人に真似できない技術も持つことは非常に重要だと思います」(浅田氏)

 最後に浅田氏は、地方発のITベンチャーを代表してエールを送る。

地方にいると、いいものをもっていても、なかなかそれをマーケットに認知してもらう機会に恵まれないことがあると思う。そんな時は躊躇せずに何処かに飛び込むなり、知人をあたるなりしてマーケットに認知されるための行動を起こしてしてほしい。私を訪ねてもらっても構いませんよ

(2000/10/12)

[Reported by FrontLine.JP / コンサルティングチーム]


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