|
米国では、西海岸の「シリコンバレー」、東海岸の「シリコンアレー」などから注目のIT関連のスタートアップ企業が登場しています。そして、今日本でも「ビットバレー」が話題になるなど、さまざまなインターネット関連のベンチャー企業が注目を集めています。この連載では、渋谷周辺のみならず日本全国から、新事業を創造する、まだあまり知られていない企業をピックアップし紹介します。(編集部)
日本のインターネット普及率は20%にも届いていないのが現状で、米国のインターネット普及率41.5%(米国商務省調査)と比較すると普及率の低さが歴然としている。普及の最大の障壁は高い通信料金とかねてより指摘されてきた。その問題に対しては通信キャリア各社が値下げ競争を展開するなど漸進は見られるが、米国やヨーロッパで実施されている低価格で固定制の電話料金のような、インターネットユーザーを飛躍的に拡大させるサービスはまだない。NTTが死守している市内通話の「ラストワンマイル」が高価格の要因の一つと見られているが、各社ともそれが切り崩されるのをじっと待っているというのが現状だ。
その市内通話の構造を逆手に取り、インターネットの普及にインパクトを与えるサービスを提供する会社が現れた。石田宏樹代表取締役最高経営責任者率いる株式会社フリービット・ドットコム(渋谷区、以下フリービット)である。第1種通信事業者以外としては初めて電話料金と接続料金を合わせたインターネット接続サービス事業者(以下ISP)であり、かつインターネット接続料金は実質無料というサービスを実現している。フリービットが一体どのように電話料金と接続料金を合わせた無料接続の仕組みを実現しているのか、また彼らのビジネスの中でこの仕組みはどのような意味を持ち、市場へはどのようなインパクトを与えるのか、石田氏に語ってもらった。
●“Free ISP's ISP”~フリービット・ドットコムの設立
フリービットの業態はひとことで言うと、“Free ISP's ISP”=無料ISPが必要とするインフラや設備、アプリケーションをワンストップで提供するISPのアウトソーサーである。現在欧米では、このISPのアウトソーサーが注目を集めている。元々米国のISPビジネスは西海岸の企業を中心としてコンシューマー向けに展開されていたが、東海岸のMBAやビジネスアイディアを持った人々との融合が進んだ結果、非ISP企業が顧客獲得のために自社の顧客に対して無料接続サービスを実施し始めた。これらの非ISP企業は独自でインフラを築くのではなく、こうしたISPのアウトソーサーが提供するインフラを活用して、無料接続サービスを提供している。米国大手スーパーK-MARTが運営するオンラインショッピングサイト「bluelight.com」も同様の手法で無料接続サービスを提供している。
翻って日本の状況を見ると、コンシューマー向けのISPが個々に会員獲得競争を行なっている。石田氏曰く「日本の人口のごく一部しかいないインターネットユーザーのパイを食い合っている」状況だ。そこで彼は、日本でも大手の非ISP企業の無料ISP化にビジネスチャンスがあると考え、無料ISPに対し総合的なソリューションを提供するFree ISP's ISPに着目していた。
既に多くの媒体で取り上げられている通り、石田氏は三菱系のISP、株式会社ドリーム・トレイン・インターネット(以下DTI)の設立と拡大に寄与した人物である。1996年春からサービス開始したDTIは、ISPとしては2,000番目の参入者でありながら、サービス開始から2年で黒字化し、その後2年間雑誌などの顧客満足度調査でNo.1の地位を獲得し順調にユーザー数を伸ばした。石田氏は株式会社リセットに大学在学時から所属し、在学中に、DTI設立のための業務委託を受けた。そして、DTIの立ち上げメンバーとして、その戦略立案からユーザーサポートのマネジメントまで深く関わっていた。
「DTIに加わった経緯はその当時、インターネットユーザー層を広げるような適正価格のISPが他になかったから。DTIは徹底したカスタマーサポートを行なうことでユーザーを獲得することができ、徹底したネットワーク集約を行なうことで適正価格のサービスが実現できたんです」(石田氏)
その後、多くのISPが月額3,000~5,000円前後の固定制料金制を導入していっても、日本のインターネット人口は伸び悩んでいた。そこへ1999年の夏頃、「電話料金まで含めた無料接続」の仕組みを石田氏は着想する。この仕組みをISP企業もしくは非ISP企業に対して提供すれば、インターネットユーザー層を広げることができ、かつビジネスとしても将来性があると考えた。ただ、既に有料サービスとして何十億円も売上を計上しているDTIの構造を変えてこのプランを実現するのは難しいと考え、DTIを離れて2000年5月にフリービット・ドットコムを設立したのである。
●「電話料金まで含めた無料接続」ビジネスモデルと接続の仕組み
通常日本で展開されている無料ISPは、ユーザーがインターネット接続中に広告を表示し、広告収入を得ることで無料接続サービスを提供している。しかし、DTIでISPのコスト構造を熟知していた石田氏は、広告収入だけでは顧客満足度が得られるサービスは提供できないと理解していた。一方、欧米で普及している無料ISPの収益構造はやや異なる。インターネット接続により通話料が増加することから、欧米では通信キャリアが通信量に応じてISPへキャッシュバックするシステムがあるのだ。日本でこのシステムが取られていないのは、市内通話を独占しているNTT東西会社の「電話料金回収にはリスクとコストがかかるから」等という主張による。
石田氏があえてそれに疑問を呈して考え出した「電話料金まで含めた無料接続」のモデルとは、電話網からインターネット網への接続において、通常の回線をバイパスすることでコストを削減する。ユーザーがインターネット接続に利用した電話料金をフリーダイヤルと発信者番号通知機能を使って回収代行することで、その差額を原資に収益をあげるものである。
通常のインターネット接続の場合、NTT東西会社の地域網の中でユーザー最寄りの交換局とアクセスポイント最寄りの交換局の2地点を経由するため、2回分の回線使用料が電話料金に含まれている。フリービットは1回目の交換局からNTTコミュニケーションズ内に置かれたアクセスポイントへ直接つながるネットワークを構築し、2回目の回線使用料をカットした。通常の電話料金は交換局同士の「距離」で算出しているのだが、その課題もアクセスポイントに独自開発のアプリケーションを置くことで解決している。ユーザーはフリーダイヤルを使ってフリービットのアクセスポイントへ接続するため、ユーザーがインターネットに利用した電話料金はNTT東西会社からは請求されずに、フリービットがユーザーに対して請求するのである。フリービットでは、請求するための課金システムを独自開発し、ユーザーからの電話料金を回収することで、NTT東西会社からユーザーへの電話料金請求のコストとリスクを無くした。また、ユーザーは発信者番号通知機能を有効にしてアクセスするのでユーザーからアクセスポイントまでの距離を計算することができ、3分10円の電話料金回収が可能となる。
結果としてフリービットはNTTから2回目の回線使用料とフリーダイヤルの大口割引とNTTの回収リスクや設備負担等を軽減させて、ユーザから回収した電話料金とNTTへ支払う電話料金の差額を収益にあてられるのだ。さらに、フリービットが無料ISPのインフラを提供している提携企業へは、最大3分1.5円がキャッシュバックされる。無料ISPでありながら、フリービット、ユーザー、提携企業、NTTの4者にとって「儲かる」ビジネスモデルとなっている。
このビジネスモデルでは、カード会社にとっては、電話料金回収代行に着手できるというメリットが、また、NTTコミュニケーションズにとっては、市内網のトラフィックが取れるというメリットがある。結果的にフリービットは、ビジネスモデルとネットワークの構築に当たって、ほとんど認証課金のアプリケーションの開発だけで済んだという。
「フリービットがよく着目されるのが、『電話料金回収代行』の部分なんです。でも本当のコアコンピタンスはビジネスモデルとテクノロジーだと思っています」(石田氏)
同業他社の優良サービスがすぐ追随されるISP業界において、優位を保っていられるのは、このモデルと技術の高さがある。NTT東日本の関連会社ぷららネットワークスの「こみこみプラン」もフリービットが仕組みを提供しているのである。日本の市内通話のコスト構造を逆手に取ったこのビジネスモデルと認証課金システムは、欧米の無料ISPとも異なる世界初のモデルとして既に日本で特許を申請済みとのことである。
●9つの全機能を利用したブランド囲い込み戦略
さらに具体的にフリービットが提携企業へ提供するサービスを見ていくと、上記の無料接続インフラを基盤に、サーバ運用、接続、メールなどのインターネット利用まで含めた統合ソフトウェアや、携帯端末への対応機能のほか、コンテンツ、サポート、マーケティング、コンサルティング、課金の9つの機能をワンストップで提供している。
各企業へは機能群の中から必要なものを組み合わせて提供し、「ぷらら」や「livedoor」などのISPに対しては自社の機能を補完するOEMサービスとして、非ISP企業に対してはそのブランドへのカスタマイズを含めた総合的な機能を持つ「OpenBit.Net」サービスを提供している。
特に現段階では提携ブランドを増やすことに注力をしており、例として、リクルートへ提供している「リクナビOpenBit.Net」では、リクルートの就職活動支援サイト「リクナビ」用にカスタマイズしたソフトウェア「BitBasket RECRUIT naviEdtion」で、就職活動を行なう学生が無料接続、メールアドレス、Webメール環境を利用できるようになっている。学生側からはあくまで「リクナビ」のサービスとして利用できる。リクナビの他に同じくリクルートの総合ポータルISIZE、クレジットカードのJCBとクレディセゾンがOpenBit.Netサービスを利用し、オンライントレーディングに取り組む日興證券がOEMサービスを利用している。
彼らが提携ブランド数を増やすのに注力している理由は、大きく2つある。一つはアクティブユーザーの獲得。ブランドによる会員獲得戦略が通常のISPの会員獲得と異なる点は、既存の会員を囲い込めるため着実にユーザーを増やせる点と、ブランド別にユーザーの属性がある程度セグメントされているため、インターネットの利用に何らかの目的を持ったアクティブユーザーが確実に取れるという点にある。
例えばリクナビの場合ならば大学3年生が就職情報を得るために長時間接続し、日興証券ならば金融サービスを利用したいビジネスマンが毎日継続的に接続する。電話料金からの収入を得ているフリービットとしては、確実に接続を行なう「目的型のインターネット利用」をするユーザーが増えるほど利益も増大するのだ。フリービットのエンドユーザーは現在3万人だが、引き合いが来ている顧客企業の会員を単純に足し合わせると4,500万人にも上る。「全人口の40%に無料でインターネットを提供できる可能性があるというのは起業の意味があったのかなと感じています」と、石田氏も期待を込めている。
ブランドを囲い込むもう一つの理由は、今後本格的に展開する予定のマーケティングビジネスのために、さまざまな属性のユーザーを平均的に獲得するためである。「リクナビ」のユーザー層が大学生ならば、クレディセゾンは20代以上の女性層、日興證券は株式投資をする富俗層といった具合に、確かにまんべんなくユーザーが分布している。パートナー選びもそれを考慮した上で行なっているとのことだ。
そのマーケティングビジネスは、仕組み自体はすでに準備が整っている。一般的なデータベースマーケティングでは、入会時にユーザーがアンケート形式で入力する一般的な嗜好情報が基本にあり、ユーザーが商品を購入した際に蓄積される商品属性と購買履歴などのデータが追加されていく。フリービットでは、ユーザーの発信者番号とIPアドレスが分かるため、許可が得られたユーザーの各ログを「Bit
Agent」と呼ばれるシステムが解析することで、購買履歴だけの「点」のデータだけではなく、興味や行動の「動線」を掴むことができる。また、蓄積されるデータは、入会時の嗜好情報にとらわれずユーザの嗜好推移を収集・再編集するため、より精緻なものが得られる。そしてBitAgentを介して得られたマーケティングデータに合わせて、広告とコンテンツの配信を行なうことも可能だ。マーケティングデータは、まずは現在の提携企業から提供していく予定である。
だが、フリービットはあくまで“Free ISP's ISP”である。各ブランドのエンドユーザーのパーミッションを取ることは可能なのだろうか?
「我々はFree ISP's ISPでありながら、ユーザーとは通信約款という形でダイレクトに契約を結ばせていただいています。このやり方を『B to C Via B』と呼んだりしています」(石田氏)
今後はオンラインショッピングやインターネットバンキングのブランドへもアプローチする予定である。特に現在のオンラインショッピングは、電話料金・接続料金を払わないと買い物ができないという面で、リアルの買い物と比較してユーザーにとってデメリットがあるため、フリービットが参入するチャンスは大きいと見ている。
●全てのコンシューマーへインターネットの利益を
このように第1種通信事業者以外手をつけようとしなかった電話料金への挑戦や、アクセスポイントを設置するためにNTTコミュニケーションズへ掛け合った原動力となっているのは、「全ての人にインターネットの利益を」という石田氏の強い思いであろう。日本にインターネットをもたらした慶應義塾大学環境情報学部村井純教授の薫陶を受けたことも大きいが、DTI時代に企業戦略から全部署の統括までを行ない、実際のサポート対応から直にユーザーのニーズを聞いてきた影響も大きいようだ。当時は苦情メールは全て読み、真夜中でも即時回答をしていた。彼が抜けた後、DTIの顧客満足度が下がったと言われるほどだ。
「ライフワークになっていました(笑)。この時に最大の利益はコンシューマーに、悪いことは絶対隠さずガラス張りにということを徹底的に学んだんです」(石田氏)
したがって、ADSLやフレッツが登場し、料金やサービス体系が変動している昨今を、彼は「ISPの迷走」と称している。
「コストから考えると、ADSL月額1,500円以下なんてありえないんです。それを1,000円以下などで提供しているISPは、インターネットユーザーの70%を占める『利用時間が月10時間未満の利用者』から過剰に支払われている分で補填している。米国でインターネットが普及したのは、電話料金込みで月額30ドルという水準で提供できたからですが、今の日本の環境ならそれも実現できるのに、初心者のマーケットニーズに合わない高価格の新しいサービスばかり出してきています」(石田氏)
インターネットユーザーの最近の動向としては、全くの初心者ユーザーは減ってきているそうだ。これはインターネットが普及した結果のように見えるが、依然ネット人口が20%未満であることを考えると新しいマーケットが広がっていないとも考えられる。そこでフリービットが各ブランドで提供するサービスによって、「目的型のインターネット利用」が促進され、インターネットユーザーを増えることを石田氏は期待している。
●今後の展開 ブロードバンドの構想
インターネットの裾野を広げるために初心者のニーズに合わせたタイミングで新しい技術をマーケットへ提供していく方針のため、フリービットは現在ダイヤルアップをメインにサービスを提供している。だが当然ブロードバンド対応のサービスも照準に入れている。
「技術的な検証は終わっているので、後はマーケットのタイミングを計るだけです。特に注目しているのは、2003年から開始される地上波デジタルテレビ。どの事業者が放送局への上りの回線を供給するのかまだ決まっていないので非常に楽しみです。ナショナルブランドと組んで全国津々浦々にアクセスポイントを広げ、お茶の間の主婦の方々の間にもインターネットを普及させたいですね」(石田氏)
その際にはやはり初心者フレンドリーであることを重視している。ISPの仕事はユーザーが何も分からなくても快適につなげられるサービスを提供することにあると言う。石田氏曰く「まだ技術が(ユーザーに)見えすぎています。技術が変わってもそれを必要以上に意識させず、ユーザーに対しては常に同じインターフェイスでより快適な環境で提供するサービスを目指しています」
●21世紀は日本の緻密さ、地道さの復権
フリービットとしては、今後もより多くの人に快適な環境でインターネットを提供することで、インターネットの裾野を広げることを使命としている。多様化するインターネットのサービスやデバイスがユーザーにとって使いやすいものとなるよう、ソフトウェアのインターフェイスには特に工夫をして行きたいとのことだ。さらに日本という市場で考えると、快適なインターフェイスを持ったインターネット対応のハードウェアを実現する方向性が有望と石田氏は見ている。
確かに目的に特化したメール端末などに見られるように、ソフトウェアのハードウェア化の流れが現在起こっている。ハードウェアとなると日本は威力を発揮するはずだが、その実績を培ってきた日本人の緻密さ、地道さが現在の日本人からは失われていると言う。
「緻密さ、地道さの復権こそが21世紀において日本が世界へ対抗するチャンスだ」と最後に石田氏は提言した。
(2001/2/01)
[Reported by FrontLine.JP / コンサルティングチーム]