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【連載】

ネットビジネス 日本からの挑戦

第20回:P2P技術によるコミュニケーションツールを開発
――まずビジョンありきのビジネス展開、グラム・デザイン

http://www.gram.co.jp/

 米国では、西海岸の「シリコンバレー」、東海岸の「シリコンアレー」などから注目のIT関連のスタートアップ企業が登場しています。そして、今日本でも「ビットバレー」が話題になるなど、さまざまなインターネット関連のベンチャー企業が注目を集めています。この連載では、渋谷周辺のみならず日本全国から、新事業を創造する、まだあまり知られていない企業をピックアップし紹介します。(編集部)


 

 1999年、MP3形式で圧縮された音楽ファイルをインターネットにつながれた世界中の端末同士で共有できる「Napster」が爆発的なブームを呼び、瞬く間に膨大な数のユーザを集めた。しかし、違法にコピーされた音楽データがNapsterにより流通したことで、大手レコード会社は著作権侵害に関する訴訟を起こた。その結果、2001年2月12日には米サンフランシスコ高等裁判所により音楽業界の主張がほぼ認められる判断が下された。Napsterは敗訴したが、彼らを始めとするP2P(Peer to Peer=端末同士がダイレクトにつながる)技術は、既存のビジネスや社会構造を転換させるような影響力を持っている。その理由は、P2Pのネットワークが「サーバー・クライアント型」の構成ではなく、クライアント同士をつないだヒエラルキーを持たない構造であるからだ。従来のビジネスのスキームはここでは通用しない。

 したがって、近年P2Pに対する企業の関心は急速に高まっている。当初は企業にとって「脅威」とばかり捉えられていたP2Pだが、現在はビジネス利用に積極的に取り組む動きが見られる。Intelは「Peer-to Peer Working Group」を発足させP2Pの標準策定を進めるほか、Capital部門を通じてP2P技術関連企業に対して積極的に投資している。また、Sun Microsystemsも、新たなP2Pアプリケーション構築のための基盤技術として「Jxta」による標準化を支援するよう強く呼びかけた。

 世界がP2Pの動向で揺れる中、日本でも理想を目指しながら、結果としてP2P技術を開発してきた企業がある。有限会社グラム・デザイン(東京世田谷区 赤池円代表)は、「Boogie」というコミュニケーションツールで早くからP2Pを実現していた。Boogieはどのような経緯で開発され、どのようなコミュニケーションを促すツールなのか。そして、Boogieによって彼らは何を実現しようとしたのか。日本のP2P情勢を交えてもらいながら、今後の展開について話を伺った。

 

●会社設立の経緯


右から赤池氏、梅田氏、小森氏

 1993年、赤池円氏、小森洋昌氏は、MITメディアラボ他、先端の画像認識技術を応用開発するために設立された会社「ゲン・テック」にて、2Dカメラ画像から3D立体データを抽出する技術を実際のコミュニケーションに活用するプロジェクトに携わっていた。しかし、ゲン・テック自体は工業製品の応用開発という方向にその技術を特化させていったため、もともとコミュニケーション方面に進みたかった赤池氏らは1998年前に独立し、「グラム・デザイン」を設立した。

 独立した当時は、インターネットが普及し始めた頃であったため、「P2P」はもちろん「コミュニケーションツール」という言葉や思想さえもまだ一般的でなかった時代。赤池氏には「インターネットによって『距離』や『時間』をなくし、効率化する面ばかり着目されていたが、逆に失われた時間や距離を取り戻すコミュニケーションツールを作りたいという意向があった」という。

 そして自分たちが実現したいコミュニケーションの模索やツール開発の試行錯誤を繰り返しながら、最初に形にしたコミュニケーションツールが「Boogie」であった。

 

●コミュニケーションツール「Boogie」とコンテンツ配信支援「Boogie4U」

 彼らのコミュニケーションツールの原点であるBoogieは、AI(人口知能)の「PDPモデル(parallel and distributed processing model:並列分散処理モデル)」から着想された。開発を行なった梅田英和氏は過去にAI技術の研究を行なっており、言語学習理論におけるノードの「発火・分裂・連鎖」の過程が、コミュニケーションツールの新しい原理になると考えたのだ。


Boogieを語る梅田氏

 そうして出来上がったBoogieのテーマは「共有」。ノードの連鎖のごとくBoogieをインストールした端末同士でインターネット上にメッセージを共有するグループ“コロニー”を形成することができるのだ。そのコロニー内ではメッセージの受発信はもちろん、他のコロニー間でメッセージをやりとりできる。メッセージの発信者は発信時にメッセージの出力の強さを設定でき、自分のコロニーから別のコロニーへとメッセージをリレーさせ、連鎖的な“放送”をすることもできる。
 Boogieには受信チャンネルを「チューニング」するような機能も登載しているため、一見インターネットを使った文字放送受信ソフトのように見える。メッセージのやりとりでは、見方によってはインスタントメッセンジャーのようでもある。しかし、情報が自己増殖的に連鎖していき、受信者と発信者の境目は限りなく無くなる点においてBoogieは単なる受信/送信ソフトとは異なる。グラム・デザインは後に「P2P」と呼ばれる技術を結果的に開発していたのである。

 Boogieがグラム・デザインのコミュニケーションツールの原点だとすると、現在のグラム・デザインのビジネスを成り立たせているのは、情報の発信を1チャネルに絞ってビジネス用途にBoogieを応用した「Boogie4U」である。

 Boogie4Uとは、WindowsやMacOSのアプリケーションだったBoogieのレシーバ(受信機)の部分だけを10KB弱の小さなアプレットに改良し、タグだけソースに加えれば簡単に導入できるようにした製品である。レシーバのアプレットにはさまざまな機能があり、受信チャンネルを固定することによって一定の発信元から出力されたメッセージをリアルタイムに表示できるほか、その表示するメッセージからクリック一つで別のURLにジャンプさせることも可能だ。さらに、レシーバのアプレットがどこのURLに張られているかのデータを取得し、メッセージがどこに配信されているか把握できる仕組みもある。企業から見ればこうしたデータはマーケティングに利用できる。
 Boogie4Uの応用範囲は広く、ニュース速報、天気予報、占い、株価情報、ECショップのタイムセール告知など、更新頻度の高いコンテンツ配信の利用に適している。その他、動線の幅を広げ、深い階層のページへのアクセスを促す効果も期待できるという。

 サービスの形態としては、インテグレーションも含めたASPとしてBoogie4Uは提供されている。導入事例としては、レスキューナウ・ドット・ネットがあげられる。このサイトでは、全国主要都市の天気や、東京都内の災害情報がBoogie4Uによりリアルタイムに配信されている。「Boogie4Uをresquenow.netに導入する際は、C.I.デザイン戦略から技術のインテグレーションまで一貫してできたのでよい事例になった」と赤池氏は振り返る。

 

●ビジョンありきのビジネス展開


オフィス風景

 米国ではBoogie4Uのような、コンテンツを配信したい人がウェブの枠の中に好きなように流し込む機能を持ったアプリケーションを「コンテンツシンジゲート」あるいは「コンテンツシェアリング」と呼んでいる。しかし、画像なども配信するアメリカのコンテンツシンジゲートと異なり、Boogie4Uは配信できるコンテンツをあえて文字情報のみに制限している。

 「画像配信のニーズは高く引き合いも実際に来ているのですが、画像配信にも対応させるとなるとレシーバのプログラムサイズが30KB~50KBと重くなってしまいます。今後Java搭載の携帯にでも使用できるようにすることを考えると、サイズは小さい方が良いんです。また、いかに柔軟に早く共有するか、どういう幅でコミュニケーションを広げていくかを重要視しています。それにはテキストが最も適しているので画像配信には関心がありませんね」(赤池氏)と理由を語る。

 ちなみに、社名である「gram design」のgramはギリシャ語源の『grapheine』(=「書かれたモノ」の意)から派生した言葉である。同社がいかに文字にこだわっているか。社名からも伺える。

 同じテキストによる情報配信という意味では、数年前に流行したポイントキャストが想起されるが、ポイントキャストとはサービスの立脚点が根本的に異なる。

 「ポイントキャストはコンテンツの中身がサービスの要となる『コンテンツ配信』がメインでしたが、グラム・デザインは『コンテンツ配信支援』がメインです。コンテンツを配信したい人の支援をして、インターネットへの参加者を自己増殖させていきたいというのが狙いです」(赤池氏)

 また、「コミュニケーション支援」という同様の理由で、Boogie4Uを単なる広告配信の目的では利用したくないという意向も持っている。あくまでグラム・デザインが本来目指している自立的なコミュニケーションへできるだけ近づけようというビジョンありきで、現在のビジネスも展開しているようだ。

 グラム・デザインの体制としては赤池氏(プランニング、デザイン)、梅田氏(エンジニア)、小森(インタフェイスデザイン)を中心とした5~6名の規模を保っている。今はとにかく、それぞれ異なったバックグラウンドを持った人の発想を有機的に結びつけて製品を作っていくことが面白いとのことだ。

 「Boogie4Uのサービス拡販を考えれば人員を増やしたいという思いもある一方で、現在の人数がやりたいことを形にするのに適した人数だと思っています。10人くらいまでだったら今のカルチャーを保てると思うので、それ以上の拡大はあまり考えていません。最小の人数でアイディアからパッケージまで作れてしまうのがグラム・デザインの強みなんです」(赤池氏)

 

●日本のP2Pの動向

 一言にP2Pと言っても、実はP2P技術は大きく分けて「ハイブリッドタイプ(サーバー依存型)」と「ピュアタイプ(分散型)」の二つのタイプに分けることができる。

 「ハイブリッドタイプ(サーバー依存型)」では、共有される情報やファイル自体はクライアントに配置され、情報やファイルの所在はサーバーで管理する。前述のNapsterはハイブリットタイプに属する。技術的に実現が容易でスケーラビリティも確保しやすいため、P2Pといえばこちらが採用される場合も多い。一方、「ピュアタイプ(分散型)」では、サーバーは存在せず、サーバーとクライアント両方の機能を備える「サーバーント」が情報やファイルの送受信を対等に行なう。中心点がないため自己増殖的にネットワークを発展させていくことが可能で、ポータルレスな検索、分散計算、口コミのコミュニケーション、モバイルによるその場のネットワークなどさまざまな応用が考えられているが、技術はまだ発展途上である。

 グラム・デザインのBoogieはピュアタイプのP2P技術をいち早い段階からアプリケーションソフトとして実現していたプロダクトである。その技術面での開発を行なった梅田氏は、Boogieと同じピュアタイプのファイルシェアリングソフト「gnutella」を始め、P2P全般の普及活動を行なうNPO(非営利団体)である「Jnutella」で開発に携わっているコアメンバーの一人である。梅田氏によれば、現在、Jnutellaでは日本のP2Pの環境を整えるため、次世代におけるP2Pの標準プロトコルの策定や研究開発も行なっているという。なぜ、P2Pの標準プロトコルの策定や研究開発を実施しているのか。梅田氏はその理由を次のように説明する。

 「たとえば、MSメッセンジャー、AOLのインスタントメッセンジャーなどP2Pで会話をやり取りするソフトが多数存在します。同じことをやっているにもかかわらず、それらのソフトの互換性はまったくありません。ユーザは同じことやるために複数のソフトを使い分けなければならないのです。こうした事態が起こらないようにオープンで標準化されたP2Pのプロトコルを開発する必要があるのです

 また、梅田氏は、P2Pは構造としてサーバー経由ではないので既存の社会構造で構造転換を起こす力を持っていると見ている。

 「そのように社会に大きなインパクトを持つ技術を1社で勝手に実現するべきではないと私が考えているのも、非営利団体としてのJnutellaで実施する理由です」と言う。

 しかし、現状で日本の大企業の大部分はP2Pの方向性や自社ビジネスへの影響を計りかねており、とりあえず情報収集だけはしているといった状態である。今のところP2Pに積極的な業界というのもないそうだ。

 

●P2P+Bluetoothに注力するグラム・デザイン

 では、グラム・デザインとしては今後P2Pのどの点に注力し、どう関わろうとしているのだろうか。梅田氏曰く、

 「P2Pのインフラはオープンソース、オープンプラットフォームでならないと考えているため個人としてJnutellaで活動していますが、グラム・デザインとしてはオープンなプラットフォームをベースに独自のミドルウエアの開発やインプリメンテーションを行なっていきたいと考えています。P2Pの近距離ネットワークを数珠つなぎにしていくBoogieの思想をワイヤレスで実現できるBluetoothには特に注力していきたいと思っています

 なるほど、Bluetoothが装備された端末でBoogieが使えるようになれば、本来グラム・デザインが行ないたかったコミュニケーションに近い形――近距離の人たちをグルーピングし、その集合体でキャリアに依存しない自由な小規模ネットワークが形成できる。このモバイルP2Pネットワークは従来のネットワークと異なり、グループ内にとどまらず、グループからグループへとメッセージをリレーさせることが可能だ。

 ただし、Bluetoothはようやく一般市場に出回りはじめたばかりであり、次世代におけるP2Pの標準プロトコルの策定も急がれる。グラム・デザインが目標とするコミュニケーションが実現する環境が整うには、もう少し待つことになるだろう。

 しかし、彼らについて特筆すべき点は、まず「自己増殖的なコミュニケーションを促したい」という確固たるビジョンがあり、そのためにより理想に近いコミュニケーションを模索する姿勢にある。実際はBluetoothがどのような市場展開を見せるか未知数であり、また、P2Pコミュニケーションが現実的には日本社会に馴染むかどうかは分からない。だが「ビジョン」がある彼らは、Boogie4Uがそうであったように、その環境に応じて最も理想に近い新しい手を打つことができるであろう。

 今後立ち上がって来ると思われるP2Pの新企業やP2P市場に参入する既存のビジネスプレイヤーたちも、既存の技術や利益追求手段の狭い枠に当てはめて目標設定するのではなく、まずビジョンありきを見習うべきではないだろうか。


(2000/3/1)

[Reported by FrontLine.JP / コンサルティングチーム]


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