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【連載】

ネットビジネス 日本からの挑戦

第21回:経営チームの一員として内側からサポート
――ベンチャー企業の育成を全面的に支援、ブイ・シー・エヌ

http://www.vcn.co.jp/

 米国では、西海岸の「シリコンバレー」、東海岸の「シリコンアレー」などから注目のIT関連のスタートアップ企業が登場しています。そして、今日本でも「ビットバレー」が話題になるなど、さまざまなインターネット関連のベンチャー企業が注目を集めています。この連載では、渋谷周辺のみならず日本全国から、新事業を創造する、まだあまり知られていない企業をピックアップし紹介します。(編集部)


 

 事業を立ち上げるために不可欠な人材の採用、資金投資を受ける出資元の選定/交渉、従業員の士気を盛り上げていくための各種制度/組織の整備、そして株式公開に向けての準備…

 大きな夢とすばらしいビジネスプランを持ち、いざネットビジネスを立ち上げたとしても、それを形にし大きく育てていくためには、それまでに経験したことがないであろうさまざまなノウハウや知恵が必要とされる作業をこなしていかなければならない。

 ベンチャーを興すことを奨励し、それを支援する風土・仕組みがまだ根付いているとはいえない日本においては、こうしたベンチャー企業の育成を全面的に支援する会社というのはあまりなく、ベンチャー企業が事業を立ち上げていく上でさまざまな問題に直面することも少なくない。

 株式会社ブイ・シー・エヌ(代表取締役 柴田裕之 東京都渋谷区、以下VCN)は、自らを「ベンチャー企業のための触媒、“Venture Catalyst”」であると位置付けている。主にネット関連のスタートアップ企業にフォーカスし、事業計画・資本政策の策定、外部の協力企業の発掘・選定・交渉に至るまで、企業が成長する過程で必要となるサポートを「経営チームの一メンバー」として協力をするという形で提供している。

 本連載が始まったおよそ一年前の、熱狂的とも言えるネットベンチャーブームはすっかり過ぎ去った感があるが、もうネットベンチャーはだめなのか?

 日本におけるネットビジネスの立ち上がりから今に至るまでを、さまざまな企業を支援しながら見てきたVCN柴田氏に、日本のネットベンチャーの置かれている現状と今後、そして、起業家として新たにベンチャーを立ち上げ大きくしていくために必要なものは何なのかについて語ってもらった。

 

●「経営チームの一人として」サポート

柴田裕之代表
柴田裕之 代表

 「サポートさせてもらっている各社の社内メーリングリスト(ML)のメンバーになっているんですよ」。柴田氏の携帯電話には、VCNがサポートしているスタートアップ企業のMLから送られてきたメールがずらっと並んでいた。

 スタートアップのベンチャー企業をサポートすると言えば、従来からあるベンチャーキャピタル、最近ではインキュベーターなども増えてきた。ベンチャーキャピタルは事業資金の提供が中心で、支援と言う側面では若干の経営指導を行なう程度にとどまっているのに対して、インキュベーターは立ち上げ時にオフィス施設などのリソースも提供するなど、一歩踏み込んだ形でのサポートを提供している。ただ、いずれにおいても、支援を受ける側の企業の視点から見ると、基本的に投資家の資金を運用する立場としてのアドバイス/サポートであり、本当の意味で自分たちにとって最適なものかどうかはわからないといえる。VCNのアプローチは、これらとは大きく異なる。

 彼らの基本方針は、外部からアドバイスを出すということではなく、「経営チームの一人」として内側からサポートする、ということである。例えば、新しい事業のアイディアを持って創業の準備をしている起業家から依頼を受けたとする。彼らにまず必要なものは、一緒になって事業の立ち上げをするコアメンバーだ。アイディアを共有し、ビジョンに共鳴してくれるコアメンバーなしには、ビジネスの立ち上げもままならない。VCNは、外部からベンチャー立ち上げのプロ経営者を連れてきてそこにはめ込むというような形はとらず、そのベンチャー企業の人脈の中でコアメンバー候補を探すことを促す。首を立てに振らない意中の候補がいる場合には、VCNのメンバーも同行して、彼を一緒になってくどき、創業に加わってくれるよう頼むことまでも行なうという。

 その次に必要となるのは、資金であろう。金融の専門家ではない起業家から見ると、ベンチャーキャピタルはどこも単に投資をしてくれるだけで、資金の特性などによる思惑の違いがわかるはずもない。そして安易に資金を受け入れた結果、出資者の都合によって事業上必要なアライアンスに制限が生じるなどの影響がでることもある。VCNでは、企業の側に立って事業特性、事業のステータスなどを十分に踏まえた上で、それぞれのベンチャーキャピタルやエンジェルなどからどのような比率で、どのようなタイミングで出資を受け入れるべきかという資本政策を策定し、実際の交渉や出資者間の調整も手伝う。

 その後、国際化を検討し始めた段階、成長から飛躍へとステップしつつある段階においても、立ち上げ初期と同様にクライアントの内部メンバーと同様な形でサポートを行なう。

 柴田氏のもとに送られてくるメールは、経営陣の間でやりとりされるMLだけではなく、社員が日常的な連絡用に使うMLからのものも含まれている。こうしたメールさえも日々チェックすることで、ビジネス上のサポートだけにとどまらず、社内の雰囲気などにも経営陣同様に気配りし、本当の意味で経営チームの一人として会社の内側の視点からアドバイス・サポートを行なっている。

 

●カタリスト=ベンチャー支援ネットワークのハブ

 もう一点VCNが基本方針としている点は、た資金や設備などのリソースを独自に持ち、それをパッケージ的にクライアント企業に提供するということは一切しないということである。

 VCNでは、この方針を彼らが支援している分野であるコンピュータの世界になぞらえて「スタートアップ企業支援のダウンサイジングとオープンシステム化」と呼んでいる。汎用機時代のコンピュータ会社のように、全て自社の製品(リソース)でなければダメですというようなサポートの仕方では、本当の意味でスタートアップ企業にとって価値のあるサポートにはならない。

 

 現在では、市場環境(マザーズやナスダックジャパンなど)や支援環境(ベンチャーキャピタル、エンジェルなど)が徐々に整い、「ベンチャー企業を立ち上げる」という共通の経験がそれぞれのプレイヤーの中に蓄積されつつある。また、こうした状況の中、「ベンチャー企業を立ち上げる」という経験をインターネットおけるTCP/IPのように共通なプロトコルとして、各機能を提供する企業をネットワーク化することができるようになっている。

 そして、自らはリソースを持たない「カタリスト」であるVCNのような企業が、クライアント側のハブとなることで、お仕着せでなくクライアントにとって最適の機能を提供することができると柴田氏は言う。

 

●インターネット特有の成長モデルを確信

  「ベンチャーカタリスト」というコンセプトを自ら着想し、現在VCNを率いている柴田氏は、もともと日本最大のベンチャーキャピタル、ジャフコの出身である。1985年に入社し1996年に退社するまでの間、主に審査と投資調査を担当してきた。'80年代後半から'90年代前半にかけてのベンチャーキャピタルの主な仕事は、設立からかなりの年数が立ち利益を十分にあげている中小企業に投資し、当時新たに設立されたばかりの店頭市場に公開させるという形態のプロジェクトであったと言う。それまで経営者が公開を検討していなかっただけで、しっかりとした経営基盤を持った企業が多かったため、半数程度は公開にまで結びついたと言う。

 しかし、'80年代バブルがはじけ、こうした投資先の状況が芳しくなくなったため、ジャフコでは新しい投資先を開拓するために投資調査部を新たに設け、情報通信、ヘルスケア、環境、規制緩和などの分野を対象として新規投資先の開拓を行なった。柴田氏はこの投資調査部に配属され、CD-ROM製作などのコンテンツ系企業やISPなどのインフラ系の企業への投資を担当したという。

 そんな折、アメリカの市場で柴田氏を驚かせる出来事があった。Netscapeの急速な成長とNASDAQ上場である。1995年に設立されたNetscapeはあっという間に大きな市場を獲得し、設立からわずか1年足らずでNASDAQに上場するという急速な成長を遂げた。それは柴田氏が知っていた製造業などのほかの業種の成長モデルとは明らかに異なる、スピーディな成長モデルであった。このとき柴田氏は「ネットには特有の成長モデルがある」と直感する。

 ネットビジネスの可能性を実感した柴田氏は、ネット系のビジネスを立ち上げる創業者へのアプローチを始めた。それは想像に違わず非常にスピード感がありエキサイティングなものであった。しかし、ジャフコに所属したままでは本当の意味で企業の側に立って、企業を育てる輪の中には入れないと感じ、VCNの立ち上げを決意したという。

 

●「未来は企業が創る」


オフィス風景

 柴田氏曰く、「未来は企業が創っている」。それが技術であれビジネスモデルであれ、創業者が「面白い」と思い込んだものが種となり、それが実現されていくことで未来が創られていくと考えているという。VCNはこうした種を、経営メンバーの一員として創業をサポートするという形で、実現をサポートして行きたいのだという。

 「企業が展開するいい物語の中で、名脇役としていい場面でいいセリフを語る立場でいたい」と柴田氏は言う。ベンチャーキャピタルのように部外者として途中で一場面だけ登場するのではなく、物語を共有するレギュラーの脇役として喜びをともにしたい。主役になってしまうとそれ程たくさんの物語に登場するのは難しい。脇役の立場になることで、より多くの未来に関わりたい、それを作り出すプロセスに関わりたいという「欲張りな」欲求がVCNの立ち位置を決めているようだ。

 「クライアントは経営者が好きか嫌いかで選別している面もある」(柴田氏)

 あくまで経営者にコミットする形で仕事を進めていくことになるため、経営者が直感的に好きか、ビジョンに共感できるかは重要なポイントだと言う。例え会社が倒産する場合でも最後まで付き合えるような企業でなければ手伝うことはできないという。

 現在、VCNのメンバーは6人で、うち4人がクライアント企業の経営チームの一員となって働く「カタリスト」。労働集約型の仕事のため、一人あたり4~5社を担当するのが精一杯なので、それほどスケーラビリティのある仕事ではない。実際、現在クライアント企業数は10数社程度だという。

 このように「脇役」としてこれまで数多くのベンチャー企業を見てきた柴田氏に今度は、成功する企業とはどのようなDNAを持っているのか、「組織」と「経営者の資質」という面から話を聞いてみた。

 

●野生の本能が必要

 「突き詰めて言えば全て人です」と柴田氏は語る。成功するもしないも創業時からのコアメンバー次第だと言う。創業のさまざまな労苦をともにしたコアメンバーは同じ強い思いを共有することができるが、拡大期に後から加わってくるメンバーにそれらを継承して行くのは難しい。そこで、重要となるのが「企業文化」である。これを創業期に育てていかないと後に組織が大きくなったときに一体感を持った組織を作ることは難しくなる。では、どのようにしたら創業期に、あとにまで続く「企業文化」を作り上げることができるのであろうか。

 「まずコアメンバーとなる人々が全てビジョンや思いを共有することでしょうね」(柴田氏)

 キャピタルゲイン目的など、コアメンバーが利害で結びついている場合は、やはり企業文化と呼べるようなものを創っていくのは難しく、会社が大きくなるときに歪みが出やすい。新しいメンバーを選び創業に加わってもらうときに、本当に創業者の思いを理解しているかどうかを十分に見極めた上で加わってもらうことが重要であるという。

 また、ベンチャー企業は「野生の生態系」であると柴田氏は言う。そこには大企業のように精緻に設計された仕組みは存在せず、日々の運営を通してシステムを作り上げていくプロセスが要求される。そうした生態系の中でリーダーとなる人材は、部下をまとめあげるようなマネジメントの能力だけでなく、必要なときには噛み付いて自分のポジションを示すような野生の本能が要求されるという。

 

●「イマジネーション」を磨き成功する起業家に
 起業家個人としてはどのような資質が必要なのだろうか?

 「イマジネーション。これが経営者にまず必要な身体能力でしょう」(柴田氏)

 ビジネスとはそもそも経営者がイメージしたビジョンを具現化するためのプロセスである。会社が大きくなったときに実現されるものがどのようなものであるかがイメージできないようでは成功はおぼつかない。もちろん、イメージされるゴールには数々のものがあるのだろう。経営者はその中で、勝てるものを選びだすセンスが要求されるのだ。

 では、そのイマジネーションはどうしたら培うことができるのであろうか?

 「もっとも大きいのは実現したいという強い『欲求』を持つことです」(柴田氏)

 単に誰もやっていないビジネスのアイディアを考えるということはそれ程難しいものではない。しかし、そこにとどまらずに、そのアイディアを成功させるんだ、そして社会に対してインパクトを与えるんだ、というような強い欲求を持つことでイマジネーションが広がり大きなビジョンを描けるようになると言う。当然、大きなビジョンを持ち、その実現性について語ることができるようになれば、一緒に事業を育てていくメンバーや支援者も自然と集まってくることであろう。

 それと柴田氏は成功する起業家になるためのもう一つのカギは「運」、そしてそれを手繰り寄せる「嗅覚」だという。努力した人間全てが成功するわけではない。成功しそうなビジネスのきっかけをかぎ分けるハナを持っているかどうかが最後の分かれ目なのかもしれない。

 「イマジネーション」というと非常に抽象論的に過ぎると思われるかもしれない。
しかし、スタートアップのベンチャー企業はまさに「生き物」であり、経営者のイマジネーションによって創られたビジョンはその企業のDNAといえる。ビジネス界という生態系の中で生き抜いていくためには、DNAの強さが必要であり、それを作るために必要な力がイマジネーションであるというのは頷ける。

 

●次に期待されるのは「ヒーロー」の出現

 1999年から昨年にかけてBit Valleyを一つの契機に巻き起こったネットベンチャーブームは昨年終盤頃から急速に冷え込み、バブルが弾けたのではという見方をする向きも少なくない。

 「淘汰が行なわれたということでしょうね。これでおしまいと言うことではなくて、私はサッカーで言うとやっと中田が生まれてくる素地ができたという風に見ています」(柴田氏)

 柴田氏は、ネット業界の現状を、サッカーの普及、人気拡大のメカニズムとのアナロジーで説明する。現在、日本におけるサッカーというスポーツの地位は向上し、従来からの国民的スポーツである野球と並び称されるまでになっている。20年前、日本におけるサッカーの地位は非常に低く、子供たちがやっているスポーツと言えば野球、国内最高のリーグである日本リーグの試合は観客もまばらという状況であった。そこに登場したのが、「キャプテン翼」である。オーバーヘッドキックやダイビングヘッドのようにそれまで見たこともないような格好いい技をやってのける主人公の登場が、子供たちにサッカーではこんなことを「やっていいんだ」「面白い」と思わせた。そして、その後子供たちのサッカー人気に火が付き、Jリーグが設立され一つの明確なゴール「プロ」というものが作られたことで、サッカーは定着へと向かっていった。

 柴田氏は、Bit Valleyがネットベンチャーのキャプテン翼であると考えているという。それまではすでに確立された大企業の中で出世すると言うステレオタイプ的なキャリアパスが良しとされてきたこの日本において、Bit Valleyを中心に自分たちと同じ20代や30代の若い起業家たちが活躍するのを見て、「あんなキャリアがあるんだ」ということを遠い海外のことではなく身近なものとして初めて認識させ、それをかっこいいと刷り込ませることに成功したと見ている。そして、いまやマザーズやナスダックジャパンというJリーグも整った。

 「はやく中田のようなワールドクラスのヒーローが出てきて欲しいですよね」と柴田氏は期待を込める。

 これまでの大企業志向は徐々に変わりつつあり、ベンチャーに優秀な人材が飛び込んでくる素地はできたと言える。次はその中で皆が目指すあこがれの存在、目標となるようなヒーローの出現が必要だと柴田氏は言う。確かに、これまでの日本のネットビジネス界で有名になった人々はというと、どちらかというと陰の面の強い人が多いように思える。ジョブズやアンドリーセンのようなヒーローが出てくることが、次に続く人をさらに勇気付けることは間違いない。

 最後に柴田氏は「まずは飛び込んだほうがいいです。どんなに流れが早く見える川でも、飛び込んでみたら相対速度は縮まるはずです」と付け加えた。流れに加わらなければ何も始まらないということだ。

 確かに最近のネット界は、昨年のお祭りのような騒ぎから比べるとやや一息ついた感がある。しかし、求人雑誌を見るとベンチャー企業というものに対する世間の認識は明らかに変化してきているし、「楽天」のように一部成功しつつある例も出始めている。そしてVCNのように支援をしてくれる企業もある。1年前を振り返ると、明らかに今は環境が整っているのである。

 アイディアや思いを暖めている若者たちには、是非イマジネーションを磨いてネット生態系に飛び込んで来ることを期待したいものである。

 

(2000/3/15)

[Reported by FrontLine.JP / コンサルティングチーム]


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