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【連載】

小形克宏の「文字の海、ビットの舟」
――文字コードが私たちに問いかけるもの  

特別編
MacOS Xの新フォントと2000JISの関係

       
Illustation:青木光恵

●アップルコンピュータがMacOS Xに新フォントを標準搭載

 アップルコンピュータは2月16日、今夏に発売を予定されている次世代OS、MacOS Xに、OpenTypeフォーマット[*1]を採用した日本語フォントを合計6書体、標準で搭載すると発表した。この書体は、現在日本のDTP市場で高い評価をうけている大日本スクリーン製造の『ヒラギノ』の文字集合を拡張したもの。これについて同社はリリースのなかで以下のようにのべている。

〈MacOS Xが標準で搭載するフォントは、美しい書体デザインと洗練された品位を兼ね備えた6書体で、文字数を最大17,000文字に拡張しています。パソコンを初めて使う方からパブリッシングプロフェッショナルまで、全てのMacOS Xユーザが、出版や商業印刷に使用できる高品質な文書を手軽に作成することができます。〉

 17,000文字! この数字は私にとって衝撃的だった。現在のシフトJIS環境で使える情報交換可能な文字が約7,000文字(JIS X 0208とJIS X 0201をたした概数)であることを考えると、10,000文字も拡張されることになる。この数字は何を意味するのだろうか? 本来今週は取材のために休載する予定だったが、急きょ変更してアップルコンピュータにインタビューを申し込み、特別編を掲載することにした。以下、失礼ながらこの記事の通例にしたがって敬称を略させていただく。

 インタビューに答えてくれたのは渡辺泰(デザイン&パブリッシングマーケティング課長)、櫻場浩(MacOSプロダクトマネージャー)、そして木田泰夫(CJKテクノロジー インターナショナルテキストグループ)だ。特に木田はアメリカの本社にあって、肩書きの“CJK”(中国・日本・韓国)があらわすように同社の漢字政策にあずかる重要な立場にあり、おりから開催中の『MacWorld Expo/Tokyo 2000』にあわせて帰国中だったものだ。

 

[*1]……'97年にマイクロソフトとアドビシズテムズによって発表された、今までのTrueTypeとPostScriptを統合するアウトラインフォントの新フォーマット。これまではWindowsOSではTrueType、MacOSではTrueTypeとPostScriptと、フ ォーマットのことなるアウトラインフォントが使われていたが、このOpenTypeによってふたつのフォーマットが統合され、OSの違いやフォーマットの違いに左右されずになめらかな曲線のフォントを表示、印刷することができる。内部的には Unicodeの符号化方法で動作する。 [*訂正1]

 

●17,000文字という数字はひとつの目安。そしてこれは字形の数

櫻場:最初に申し上げなければならないのは、17,000という数字は概算であるということです。アドビシステムズの字形セットをベースに、2000JISに足りない文字を足し、また写植文字セットなどの中から需要が高いものを入れてゆくとこれくらいになるかな、という目安です。概算ですので、多少増減があるかもしれません。少し増えるかもしれません 。
木田:それより少ないかもしれない。
渡辺:
ある時点をとってみると少ないかもしれないし、将来的にはもっと多くなるかもしれない。

櫻場:
プロの方と一般の方で、アップルとしてお話しするトーンを変えなくてはならないと思うんです。で、もしかしたら一般の人にとっては、例えば小形さんの原稿の中で書かれていた、クチ高とハシゴ高はひとつの文字なのか、それとも分けるのかというのは、ある意味どうでもいい問題なのかもしれない。それよりも、例えば「私はハシゴ高の高橋です。私の字は出るんですか、出ないんですか」っていうほうが問題だったりする。そういう意味で、まだ確定じゃないですけど、マーケッティング・メッセージとしては、やはり字面の数がいくつなのかと、字形の数がいくつなんだと、そういうのを、例えば符号化方法がどうのというようなお話をするべき人にはとっておきつつ、まず製品発表の席なんかでは数をポーンと出していく、そういうことなんです。

小形:
なるほど、そういう意図なんですね。ということは、17,000という数は、文字を字体と字形にわけるうちの、字形という理解でよろしいのでしょうか。
櫻場:
おおざっぱですけど、イエスですね。
木田:
はい、字形の話をしています。

小形:
さきほどアドビシステムズの字形セットをベースにというお話がありましたが、具体的には、新フォントはなにに準拠しているのでしょうか?
木田:
『Adobe-Japan1-4』という、今開発が最終段階をむかえている字形セットに準拠したフォントをまず最初に出します。

 

 すこし解説が必要かもしれない。本来文字コードとは字体に対して符号位置(ビット位置)を割り当てるものだ。この場合、字体とは〈図形文字の図形表現としての形状についての抽象的概念〉(JIS X 0208規格票 4.定義より)をあらわすものだ。これに対して字形とは〈字体を、手書き、印字、画面表示などによって実際に図形として表現したもの〉(同)となる。
 字体が抽象的な概念であるのに対して、字形は具体的な形として目に見えるものだ。そういう、具体的な文字の形を集めたものが“字形セット”になる。文字コードが字体を集めて、これに対応する符号位置を与えているのに対して、字形セットは具体的な字の形を定めて、それに対してID番号をあたえているだけで符号位置はさだめていない、いわば字形のコレクションだ。
 たとえば現在よく使われているものに、Adobe-Japan1-0、1-1、1-2がある。これらはアドビシステムズが、フォント・ベンダー向けにフォント・デザインの“目安”として作ったものだ。もっともフォント・ベンダーはこれに準拠しつつ、おのおのデザインを加えていくわけだから、その意味では“字体セット”とも言えるかもしれない。しかし、通常の文字コードなどよりは、はるかに抽象性が低く、そして具体性が高い内容になっている。
 Adobe-Japan1-0、1-1、1-2は、JIS X 0208の各バージョン、つまり78JIS、83JIS、字形やWindowsに収録されているIBM特殊漢字(NEC特殊文字)など、現在一般的なパソコンで表示可能なほとんどすべての字形を網羅したもので、1-0から1-2までを合計して8,719字形が収録されている。現在発売されているDTPむけの、CIDというフォーマットのフォントが準拠しているのは、このAdobe-Japan1-2までのセットだ。これに634の字形を補完したものが1-3だ。現在開発中の1-4は以上を大幅に拡張するもので、私が独自に入手した'99年11月12日時点のドラフト第3版によると6,096字形を追加して、1-0から1-4まで計15,449字形が収録されている。この典拠は、常用漢字表の旧字体、1-2までに収録した78JIS・83JIS・90JIS・IBM特殊漢字の異体字、それにJIS X 0212の一部と、その異体字、共同通信選定外字、校正必携(日本エディターズスクール刊)掲載の「JIS異体字・代用字一覧表」などである。
 このAdobe-Japan1-4の15,449という字形の数と、アップルコンピュータが発表した17,000文字という数字の差は、アップルが独自に付け加えたものなのだろうか。
 なお、アドビシステムズ広報部にAdobe-Japan1-4についての説明を求めたところ、「現在はコメントできる段階ではないが、近日中に記者発表会を開くので、それまでお待ちいただきたい」とのことだった。


小形:MacOSの符号化方法はなんなんですか。
木田:Unicodeです。

小形:
具体的な符号化方法の名前はなんでしょう?
木田:
UTF-16です。ご質問はUnicodeといったときに、それをどういうふうにコンピューターの内部で表現するかといった問題だと思いますが、内部で一番多く使われているのはUTF-16です。もちろん一部では、UTF-8に変換されるという局面もありますが。

小形:
それはMacOS Xから新たにUTF-16になったということなんでしょうか?
木田:
現在でもMacOS標準のインプットメソッドことえりはUTF-16です。

小形:
そうなんですか。ということは第01面以降[*2]には、何か文字を入れているんですか?
木田:
まだ Unicodeでは何も定義されていないと思います。

小形:
でも符号化は可能であると。
木田:
今のところUTF-16のサポートは、ある意味まだまだ中途半端ではあるんですよ。でも基本的にはUTF-16で動いています。たいてい今のアプリケーションはシフトJISですけども、その間にシステムが介在して、UTF-16で動いているインプットシステムをシフトJISに変換して動いています。

小形:
ということは、Unicodeの対応に関しては、基本路線として順調に進展しているということですね。
木田:
そうですね、はい。MacOS XでさらにUnicodeのサポートが広がりますが、今までの積み立てというのは、もうすでにありますからね。

 

[*2]……くわしくは第4回を参照してほしいが、UTF-16は従来256×256の升目をもった面(これをBMP――Basic Multilingual Plane、基本多言語面とよぶ)に文字をうめ65,536文字を定義可能なUCS-2を拡張する符号化方法。BMPと同じ256×256の面をあと16面、つまり104万8576文字を表現可能にするものだ。BMPは第00面で、次の面が01面となる。

 

●アップルは2000JISの実装を目指す

木田:文字コードには、符号化方法と文字集合のふたつの側面がありますね。Unicodeといったときに誤解されると困るのですが、MacOS Xで普通に使うことができる文字集合は、べつにUnicodeに準拠するというわけではないのです。Unicodeはあくまでも符号化方法として捉えています。一方で文字集合は、2000JISを実装することを考えています。

小形:2000JISをですか。
木田:はい。夏のMacOS Xの発売時にはAdobe-Japan1-4に準拠したヒラギノを添付しますが、これには2000JISのサブセットが含まれます。段階的に、次のリリースでは、残りの2000JISでUnicodeに符号化されているものを加え、また写植文字セットなどの中から、需要があり、かつその時点で欠けているものがあれば、それらを加えます。これらの作業をアドビと協力しながらおこなってゆきます。

小形:それはすごい! どんな2000JISの文字がはいるんですか。
木田:2000JISをみたときに、それが、例えば今審議が終わりかけているExtension A[*3]にあれば、その符号位置のものを入れます。そういう意味では最新のUnicodeのバージョンに準拠すると言っていいのかもしれません。ただし、MacOS XがUnicode3.0に準拠して、そこにあらわれる文字をベースにして文字集合を組み立てるというわけではないのです。文字集合としては、まず2000JISの文字集合があり、これを標準のセットとして実装するというのがまずあり、それとは別にプロのDTPユーザーのための字形セットとしてAdobe-Japan1-4も使える。そういう、ある意味で二重構造的なものです。

小形:なるほど、最初に櫻場さんがおっしゃった、プロと一般のユーザーを分けて考えるということですね。
木田:はい。例えばことえりなんかが標準で吐く符号位置は、すべて2000JISの中に収まるようになる。そして、ユーザーが初期設定パネルなんかで、もっと広い文字を使いたいと選択をしたときに、例えばAdobe-Japan1-4の部分にあたるような、2000JISにはないような文字まで出すこともできるということです。プロフェッショナルなDTPユーザーの方はインプット・メソッド(かな漢字変換ソフト、Windowsでいう“IME”)で文字を入力する必要もありますので、設定をすればAdobe-Japan1-4の字形も出るようサポートしますけど、そういうプロのユーザーと一般ユーザーの間は、ちょっと分けたいなと思っています。というのは、Adobe-Japan1-4の範囲の文字が、Macのうえで豊富に、そして気軽に、一般ユーザーの間で生成されるということになると、結果的にMac用のフォントというのは、Adobe-Japan1-4が標準でなければならないということになってしまいます。でも、そういう意味ではありません。あくまでも日本語として流通させる、標準の文字集合は、まず2000JISありきだということです。

小形:2000JISありきですか。
木田:はい。現在はMacJapaneseというJIS X 0208を拡張した文字集合を使っていますが、われわれは2000JISの文字集合が次の標準になるというふうに考えています。

小形:
ということは、すごく重要な文字集合として2000JISをとらえていらっしゃるということですね。
木田:JIS X 0208で満たされない需要を満たす、次の基礎として2000JISという文字集合を考えているという意味です。ただし、2000JISの文字を全部実装したくても、現在すべてUnicodeに収録されているわけではありません。われわれは符号化の方法としてはUnicodeを使いますので、Unicodeの符号位置がきまりしだい、それは順次2000JISの完成形に近づけていく、そういう状態になると思うんですよ。

 

[*3]……現在Unicodeと歩調をあわせて開発中の国際的な公的規格ISO/IEC 10646のうち、BMPにたいして最後の追加作業分をいう。今年3月に制定の予定。漢字は約6,000文字の追加が検討されている。

 

●まだUnicodeに収録されていない2000JISの文字はどうなる?

小形:現時点では、おっしゃる通り現在のUnicodeのバージョンには、2000JISはすべては反映されていませんよね。
木田:入ってませんね。

小形:そこで不思議なのは、情報交換可能なものとして、2000JISをゴールとしてお考えになっているということですが、当面は2000JISの文字集合で、完全な情報交換っていうのは、まだまだできないわけですよね。2000JISのうち、400文字近くが提案中なわけですから。
木田:だということは、Unicodeで符号化したときに、その文字は生成もされないし、再生もされないので、情報交換に齟齬はきたさないと考えているんですよ。問題ないと思っています。

小形:
まだない文字だけど、将来的には加わっていく。
木田:そうです。今はちょっとプロフェッショナルDTPユーザーをまったく置いといて話しますね。われわれは2000JISの文字集合としての価値というのは、かなり評価してます。そこで日本の中が合意できるんじゃないだろうかと。前の補助漢字(JIS X 0212)というのは、実装がなかなか進まなかった。だけれども、今回の2000JISでまとまるんじゃないかというふうに思っています。ですので、日本国内で流通させる文字のセットとしては、2000JISじゃないだろうかと思っています。JIS X 0208で満たされない需要があるということは、われわれも認識しています。その需要のうち、多くのものが2000JISを加えれば満たせるんじゃないかと、そしてそれは補助漢字と違って、より広いサポートが得られるんじゃないかと、いうふうに思っています。ですから2000JISのすべての文字が、最終的には交換可能になることを、われわれは望んでいますけども、残念ながら今はそうではないので、中途半端な、ある意味そこまでの実装しかできないというのが現状です。

小形:
今のお話というのは、プロユーザーではなくて日本語ユーザー全体を、アップルコンピュータが相手にする場合の話ですね。
木田:そうですね、ただ通常のコミュニケーションではJIS X 0208で十分じゃないかとは思います。例えばフォント開発の大変さということまで考えると、すべてのフォントが2000JISまで満たさなければならないかというと、そうでもなかろうよと、個人的には思いますけどね。

小形:
非漢字の部分は非常に需要があると思いますよ。
木田:ああ、なるほど。

 

●アップルコンピュータはUnicodeコンソーシアムに2000JIS収録をはたらきかける

小形:日本語を使う人間のひとりとしては、まだ定義されていない400文字前後がUnicodeに入る日というのが待たれるわけですけども、ところで、アップルコンピュータという会社は、古くからのUnicodeコンソーシアムの正会員です。そうすると、アップルコンピュータが、2000JISで日本のマーケットがまとまるのではないかと思っておられるということは、Unicodeコンソーシアムという場の中でも、積極的に2000JISの新しい文字、漢字・非漢字をふくめて、Unicodeに入れていこうよと働きかけていくというふうに考えてよろしいでしょうか。
木田:そういう前提で、動いています。つまりアップルは2000JISの文字が全部、Unicodeのなかにマップされるということに対して、賛成の立場をとっています。
小形:なるほど、わかりました。

木田:アップルはUnicodeを発明した会社のひとつですから、Unicodeの理念というものを非常に深く理解しておりますし、いい実装を作っていきたいと思っています。

小形:ちょっと話がそれるかもしれませんが、これを……ご覧いただけますでしょうか。これは2000JISの原案作成を担当したJCS委員会事務局から分けていただいた1月9日の時点の規格票の案なんです。で、たとえばこのマーカーしたものがそうなんですが、これが今Unicodeにサポートされていない文字なんです。で、このカッコでくくった文字は、Unicodeと、ISO/IEC 10646[*4]に対して提案中であると、いうことをしめすために仮にカッコでくくって、JISのほうでコードポイントを与えているんですね。
木田:つまりこれを提案したという意味ですね。
小形:そうですね[*5]

木田:提案中の位置をインプリすることはないです。それがIRG[*6]でちゃんと合意がとれて、Unicodeで合意されたものをインプリするということです。
小形:はい、わかりました。当然と思います。つまりこの字は無い文字であるということですね。

木田:あるんだけど交換できない。例えば非常に短い範囲でいっても、インプット・メソッドからアプリケーションへの情報交換もできない。ですから無いというよりも、使えないという言い方をされたほうがいいと思います。
小形:なるほど。

木田:
まあできれば最初からね、決まった形で規格が出てくると一番いいんですけど、まあ順番的にそうはいかないでしょうから、決まっていくのを待ちたいと思います。

 

[*4]……Unicodeはおもにアメリカのコンピューターメーカーがあつまって規格を策定する、私的な国際規格であり、一方ISO/IEC 10646は公的な国際規格。両者は現在のところほぼ同じ規格となっており、たがいに連携しあって規格開発をすすめている。日本の公的な規格であるJISは、ISO/IEC 10646の方に対応する。

[*5]……これらの文字をUnicodeとISO/IEC 10646に提案中であるのは事実だ。ただし、現在私の手元にある規格票案をみるかぎりで、「ISO/IEC 10646にたいして提案中」という説明はない。というより、JIS X 0221(ISO/IEC 10646に対応するJISの和訳規格)にない文字だという以外の説明はなにもない。カッコ内の符号位置がそのままの位置でUnicode(ISO/IEC 10646)で規格化される可能性が低いことを考えると、これを使って実装を進めた場合、結果として新たなUnicode(ISO/IEC 10646)のバージョンを日本が作ってしまうことになりかねない。この部分の質問の意図は、アップルコンピュータがカッコの符号位置を無視するがどうかを確認するところにあった。

[*6]……通信情報分野の国際規格作成を担当しているのはISO/IEC合同の委員会JTC1(Joint Tchnical Committee-1―第1合同委員会)だ。その下で文字コードを担当するのがSC2(Sub Committee-2―第2専門委員会)。このSC2の中でISO/IEC 10646を審議しているのはWG2(WorkGroup2―第2作業部会)という部会だ。IRGはIdeographic Rapporteur Groupの略で、WG2の下にあって、ISO/IEC 10646に収録する漢字の選定作業をする。Unicodeコンソーシアムの委員と一部かさなる。

 

●マイクロソフトとの連携はあるのか? ないのか?

小形:たとえば一般ユーザーのことを考えますと、2000JISを実装したMacOS Xを使えば、今までよりもだいぶ使える文字が増えるということになると思うんですね、数千文字単位で。そうすると当然情報交換もしたくなる。ようするにWindowsユーザーとの間でフロッピーのやりとりをしようとか、メールを出そうということになると思います。ただしそれは失礼ながら、MacOSの世界では情報交換可能だと思いますが、他のOSとの釣り合いも考えなければなりません。そのあたりはどういうふうに考えておられますか[*7]
木田:マイクロソフトも2000JISを支持していらっしゃるという理解でおります。

小形:
なるほど。ということは……これはちょっと意地の悪い質問かもしれませんけども、MacOS Xは今年の夏にリリースされるということは、夏前後にマイクロソフトさんも2000JISに対応可能な状況になるっていうふうに、ある程度……見極めがあるのでしょうか。
木田:
この世界というのは、静的ではなく動的に動いていますので、タイミングのずれというのは必ず存在すると思うんですよ。そして特にこういう基礎的なものを出すときは、常にニワトリ・タマゴ問題があって、誰が最初にステップを踏み出すのかという問題があるわけです。最初に踏み出したときには、それは必ず多少の矛盾をもったものであるわけですね、新しいモデルの問題は。そのような理解であると。

小形:
でも、ベンダー側でできることというのは、そのズレが少なくなれば少ない方がいいですよね。
木田:そうですね。

小形:ということは、ある程度の、なにか見極めみたいなものがあるのかなと、勘繰りたくなるんですが(笑)。
木田:申し訳ないですが、ノーコメントにさせてください(笑)。

小形:わかりました。意地悪な質問をしてすみません。近日中にマイクロソフトさんの方にもうかがうことになっておりますので、その時にお聞きしてみようと思います。

 

[*7]……じつは質問者である私は、この時点であまり意識しないで質問しているが、現在もWindowsOSとMacOSの間で文字数の差は存在する。例えばWindows98にふくまれるフォントのうち、MS明朝とMSゴシックは補助漢字(JIS X 0212)の文字を収容する。つまり、こと文字数に関するかぎり、Windowsの方が一歩先を行っているとも考えられる。

これとはちょっと違う話になるが、このインタビューでのコメントを分析するかぎり、今後もアップルコンピュータは補助漢字のサポートをしないと思われる。一方でマイクロソフトも一度した補助漢字のサポートを簡単に引っ込めることはむずかしいだろう。補助漢字と2000JISはかなり重なっているが、それでも補助漢字にだけ収録されている文字があるかぎり、この部分でMacOSとWindowsOSの間で情報交換不可能になってしまう。この問題をどうするのか? まだまだ考えなければならない問題は多い。

 

●ぼうだいな数の字形をどうやって出すのか?

小形:では話題をかえて、さきほどプロフェッショナルなDTPユーザーむけの技術ということで話が出た17,000程度の字形のことをお聞きしたいと思います。これは2000JISとも事情は同じですが、Adobe-Japan1-4の字形すべてがUnicodeに符号位置を持っているわけではありませんよね。これはどう対策されるんでしょうか。
木田:そうですね、どうやって使うようにするかというのは、内容をアドビシステムズと検討中です。そういうUnicodeに落ちない(対応しない)文字に関して、それから異体字としてアクセスせざるを得ない文字たちについては、当面のところインプット・メソッドで直接入力することはできないということですね。将来的なゴールとしては、枝番をつかった方法によって……
小形:Unicodeコンソーシアムで提案されているバリアント・タグ[*8]のことでしょうか?
木田:ええ。バリアント・タグを使ってインプット・メソッドからサポートできるようにしようと考えてます。これは異体字の場合ですね。そもそもUnicodeに落ちない文字に対しては、その方法でもサポートできませんので、さてどうするかな、というところですね。

小形:将来的にはインプット・メソッドでバリアント・タグの文字も出るようにしようと、いうことですね。
木田:そうです。そういう考えでいます。

小形:MacOS Xで17,000程度の字形を操作可能になるとして、その具体的なインターフェイスはどうなるんでしょう? 例えばMacユーザーには一番手軽で身近なエディターSimpleTextなんかでも17,000字形が扱えるということなのでしょうか。
木田:結果的にはそうなります。

小形:
例えばアドビシステムズのIllustlatorというアプリケーションでは、バージョン5.5から“字体切換”という機能をそなえています。これは文字を選択して、メニューから“字体切換”を選ぶと、変換可能ないくつかの字形の一覧が表示され変換できるというものですが、例えばインターフェイスとしてはああいうものがOSの標準でつくということですか。
木田:例えばある文字をクリックして、異体字リストを出してくれという操作をすると、例えばことえりのメニューで異体字リストが出てくると。それをぽっと選ぶとその字に変わると、まあそんな感じです。今日開かれたInDesign日本語版[*9]の発表会はご覧になりましたか?
小形:はい、見ました。
木田:あれは字体切換パレットで操作するんですが、そういうインターフェイスに似たものが、標準でインプット・メソッド側が持っているというふうに考えられるといいかもしれませんね。

小形:それは、情報交換可能なものになるのでしょうか。
木田:おそらくアップルからのメッセージとしては、交換できる、交換するものは2000JISだよというのが、今お伝えするには一番安全だと思います。
小形:ということは、17,000字形に関しては情報交換はあまり目的にしないという理解でよろしいんですか。

木田:
そういうふうに裏側から言ってしまうと、それも違うんですけど、最終的なゴールとしては、やはり情報交換できるものにしたいと思っています。たとえばさっき話に出たバリアント・タグという方法でエンコーディングすることで、最終的にはそういう方向に持っていきたいと思っています。しかし、それを積極的に、多くのユーザーが気づかないうちに、例えば多くのフォントが持っていない字形を使ってしまうという事態がおこるかというと、そうではないと。つまり普通のユーザーが気軽に、何も考えない範囲が2000JIS。だけれど、プロが分かってて使う、もしくは例えば小説家が分かってて使う、そのような広い範囲があってもいいのかなあと。そこをユーザーインターフェイス上、例えば入力のインターフェイス上どうやって表していくかというのは、これからのわれわれの宿題、課題ですね。

小形:
そういうことですか。分かりました。

 

[*8]……従来の文字コードは、ひとつの文字に対してひとつの符号位置をあたえていく、いわば2次元的な構造をもつ。これに3次元方向の“高さ”を持たせられないかという試みがこのバリアント・タグだ。漢字のように異体字が多いスクリプトは、異体字をいくら入れてもキリがない。いくらでも新しい漢字を“つくる”ことが可能だからだ。そこで、ある程度需要が低いと思われるような異体字については、親の文字に枝番をつけて、そこに従属させようという考えだ。“タグ文字”とよばれる特殊な文字を使うことで、親の符号位置に従属する“枝番”につらなる異体字を管理しようとすることから、これをバリアント(異体字)・タグと呼ぶ。ただし、どこまでの異体字の収録を許すのか、すでに何らかの形で収録されている異体字との整合性はどうするかなど、多くの疑問が出されている。

[*9]……現在日本のDTP市場で、ほぼ独占状態にあるQuarkXPressに対抗するためにアドビシステムズが開発した強力なDTPソフト。従来のものがアルファベット圏の国で開発されたため日本語の表現能力に弱点をもっていたのに対し、InDesign日本語版はまったく最初から新たに開発をしているため、日本語にかかわるさまざまな新しい機能やインターフェイスが盛り込まれた興味深いものになりそうだ。

 

●2000JISの実装が現実になったときに、どんな問題が?

渡辺:例えば意味のあるストリング・データ(符号位置のデータ)があったとして、それに対応する字形をふくんでいないフォントだったら、そのデータを受け取っても文字を表示できないですよね。そうすると、MacOS Xで2000JISを実装したとなると、今後はこのフォントでは表示できるけど、このフォントでは表示できないって世界が出てくるということなんです。それは今までとは全然違う世界で、今まではこのレベルの文字まではみんな持っている、それ以外は外字で持っていたり持っていなかったりという状況でしたけど、これからは、このフォントがどんな文字を持っているかというのは、フォントごとに食い違ってきちゃいますよね。その辺はアップルがしっかりリードしなくちゃならないと思っているんです。
小形:リードですか。

渡辺:例えばそういう世界というのはまだ未開の地なので、これからルール作りをアップルも含めてやっていかなきゃならない。
小形:それは重要なことですね。

渡辺:
規格としてどうかとか、情報交換可能かとか、そういう議論もあるかもしれませんけど、実はそれってわりと一般のユーザーからは見えない世界だと思うんです。例えば実際にこのフォントでこの文字が出るの? 出ないの? って話はけっこう分かりにくいと思うんです。だからそこをちゃんと考えていかないと。ヒラギノで入力したら全部文字は出てましたと。ところが全選択してフォントを変えたら文字が出なくなっちゃいました、そういうことがありえるわけですよ。

小形:
文書にぽっかりと白い穴があいちゃうわけですよね。
渡辺:そう。そういう問題は、フォント・ベンダーさん、プリンター・ベンダーさん、もちろんユーザーさんをふくめて、ちゃんとルールを作っていかなくちゃならない。ただ、今までよく言われていた文字コードの混乱みたいな文化的議論、あれって規格そのものの話をしているんですけど、でも現実的にはフォントがどうやって準備されるんだとか、そういうことがむしろ問題になるんですよね。

小形:
:たしかにそうかもしれません。現実としてユーザーにとって一番問題なのは、規格そのものではなくて、どうやって実装されるかという問題ですから、そこのバランスは僕たちマスコミも見失わないようにしないといけませんね。2000JISが現実のものになった段階で、あらたな問題がおこりうるという提起だと思います。今日はお忙しいところありがとうございました。


◎参考URL
▼MacOS Xの新フォントについて
・アップルコンピュータのプレスリリース( http://www.apple.co.jp/news/2000/feb/16macosx_font.html )
・ヒラギノ ショック をどう考えるか 暫定版( http://www.jagat.or.jp/story_memo_view.asp?StoryID=1321 )


▼OpenTypeについて
・OpenType specification v.1.2/Overview( http://www.microsoft.com/TRUETYPE/OTSPEC/otover.htm )
・フォントの動向( http://www.jagat.or.jp/column/title/i808moj.htm )

▼Adobe-Japanについて
・アドビシステムズのフォント関連の仕様書のページ( http://partners.adobe.com/asn/developer/technotes.html#fonts )
・Adobe-Japan1-2仕様書( http://partners.adobe.com/asn/developer/PDFS/TN/5078.CID_Glyph.pdf )
・直井靖氏の講演「文字コードに関する問題点とソリューション」( http://www.jpc.gr.jp/streamin/1998/980715-1.html )

▼InDesignについて
InDesign日本語版プレスリリース( http://www.adobe.co.jp/aboutadobe/pressroom/pressreleases/200002/20000216idj.html )
日経Macの記事( http://www25.nikkeibp.co.jp/wcs/leaf?CID=onair/mac/hotnews/94720 )

▼その他

最後に、同じ日の、順番的にわれわれの取材の直後にインタビューがおこなわれた、同じテーマをあつかう記事を挙げておこう。インタビュアーの興味の在処が違うと、こうも違うアプローチの記事になるのだというお手本かもしれない。興味をもたれる読者には、併読してさまざまな角度から考えていただきたいと思う。ちなみに私はこの菊池美範さんのコラムの愛読者なので、菊池さんに「読んでますよ」と声をかけていただけたことがとても嬉しかった。
・Outside Macintosh and Design
Mac OS X 日本語フォントはいかにして生まれたか 前編( http://www.zdnet.co.jp/macwire/0002/19/c_outsidesp.html )
Mac OS X 日本語フォントはいかにして生まれたか 中編( http://www.zdnet.co.jp/macwire/0002/20/c_outside.html )
Mac OS X 日本語フォントはいかにして生まれたか 後編( http://www.zdnet.co.jp/macwire/0002/21/c_outside.html )

(2000.2.23)


◆お詫びと訂正

[訂正1]

◎誤:これまではWindowsOS上ではTrueType、MacOSではPostScriptというフォーマ ットの違うアウトラインフォントを採用していたが、このOpenTypeをつかえばこれらのOSの違いに左右されずに、自然でなめらかな曲線のフォントを表示、印刷することができる。内部的にはUnicodeの符号化方法で動作する。

◎正:これまではWindowsOSではTrueType、MacOSではTrueTypeとPostScriptと、フ ォーマットのことなるアウトラインフォントが使われていたが、このOpenTypeによってふたつのフォーマットが統合され、OSの違いやフォーマットの違いに左右されずになめらかな曲線のフォントを表示、印刷することができる。内部的には Unicodeの符号化方法で動作する。 (2000.2.24)

[Reported by 小形克宏]

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