【連載】
米国でのインターネット業界では、メーカーやソフトハウスの集まった西海岸「シリコンバレー」だけでなく、最近ではコンテンツやビジネス面で東海岸「シリコンアレー」(シリコン通り)が注目を集めています。この連載ではそうしたシリコンアレーから登場していく注目の企業を紹介していきます。(編集部)
Jeff Dachis社長兼CEO |
シリコンアレーと聞いて、Razorfishの名前を思い浮かべない人はまずいない。同社は、2歳のときからの知り合いであるJeff Dachis社長兼CEOとCraig Kanarickチーフサイエンティストにより設立され、3年足らずで350人を越える企業に成長し、現在では9都市、6カ国にオフィスを構えるまでになっている。同社の主要ビジネスは、総合Webコンサルティングであり、これまでにPathfinder、AOL.com、Charles Schwab、GE Equity、Citibankなど多数の大手サイトの開発を手がけている。
企業のWebが単なる企業案内から、企業データベースとのシームレスな統合、電子商取引(EC)、それに関わるセキュリティ管理や効果的な顧客サポートシステムを含んだ企業システムの中核を形成しつつある現在、Razorfishのような総合Webコンサルティング企業の役割はさらに重要になっている。この分野は、通称「戦略インターネットサービス(SIS:Strategic Internet Service)」と呼ばれており、インターネットビジネスの中でもとくに急成長を遂げている。International Data(IDC)では、現在30億ドルのSIS市場は、2002年までには200億ドル市場にまで拡大すると予測している。また、SIS市場の代表格でもあるUS WebのJoe Firmage会長も「この市場は、過去20年間に登場したあらゆるサービス市場の中で、最も規模の大きいものだ」と語っている。INTERNET Watchでは、Dachis氏への独占インタビューを試み、この市場でのRazorfishの位置づけ、また将来的な展望について探ってみた。
オフィス風景 |
Dachis氏は、社会は「デジタル」というキーワードのもとに現在大きく変わりつつあると主張する。「デジタル技術の発達により、世界中の人々が電子メール、ビデオ会議、Webサイト、衛星、ケーブル、モバイル電話などを使って従来よりも格段にコミュニケートするようになった。これによりもたらされたコミュニケーションの増加は、新たなタイプの状況を生み出し、企業に新たなビジネスモデルや考え方を要求している。これを僕は『物理的な市場(プレイス)からバーチャルな市場(スペース)への移行』と呼んでいる」と語る。
Razorfishの役割は、創造性、テクノロジー、リソースを最大限に活用し、この移行を効果的に行なう手助けをすることである。Razorfishでは、このソリューションのことを「デジタル移行管理(Digital Change Management)」と呼んでいる。これはすべての企業にとり必要であるため、同氏は「我が社には販売部門はない。販売スタッフも1人もいない。それは、企業が向こうからやってくるからだ」と豪語する。
Webが単なる企業案内だった時代から、いち早くWebの総合的なコミュニケーション機能に着目したRazorfishは、自社を「戦略デジタルコミュニケーション企業」と呼んでいる。こうした考えを推進する同氏がもっとも嫌うことは、「RazorfishはWebデザイン企業」と定義されることだ。Dachis氏は、「Webデザインは我々の行なっているサービスのほんの一部。その意味で、我々はWebデザイン企業ではない」と語る。また、シリコンアレーの競合企業、Agency.comやOrganicなどに関しても「彼らは、企業システム構築よりも広告に力を入れている。我々はメディアバイなどは一切行なっていない」と語り、彼らとも一線を画すと主張している。
クライアントとのセッション |
デジタル移行管理サービスには、「分析(Clarify)」、「構築(Architect)」、「設計(Design)」、「導入(Implement)」、「強化(Enhance)」という5つの段階がある。まず、「分析(Clarify)」では、クライアントのデジタルコミュニケーションに対する目的や要求を明確化する。「構築(Architect)」では、目的に応じたアイデアやコンセプトを考え、機能、技術、デザイン面での最適なソリューションを決定する。「設計(Design)」では、100種類以上もの独自ソフトウェアを駆使してコンテンツ開発、ユーザーインターフェイス設計、技術設計、マーケティングプランなどを決定する。「導入(Implement)」では、実際にこのソリューションを導入、「強化(Enhance)」では、このソリューションの実際の効果を調べて必要な調整や変更を加える。
Razorfishでは、同社のサービスを最大限に活用できる企業を「メディア/エンタテイメント」、「技術/電話通信」、「金融サービス」、「文化機関」の4つのセクターに絞っている。その理由は、これらの業種の製品は完全にデジタル配信が行なえるため、同社のデジタル移行管理サービスの恩恵を最大限に享受することができるからである。これとは逆に、「分析」の段階でRazorfishのサービスが最適化されないと判断された企業は、Razorfish側から断るケースも少なくない。こうしたこだわりが、6大コンサルティング企業やUS Web、iXLなどのSIS企業との熾烈な競争の中で、同社が堅調な業績をあげている理由になっている。Razorfishは、'98年には3,000万ドルの売上、500万ドルの利益、20%の利益率を予定している。
JeffのペットでもありRazorfishの マスコット犬でもある「Sophie」 |
絵に描いたようなサクセスストーリーのRazorfishだが、その成功にはちゃんとした理由がある。それは、Webの登場した初期段階から、Webでいかにビジネスを行なうかを熟知していたからである。Dachis氏は「インターネットが成長しているからといって、誰でもRazorfishになれると思うのは大間違いだ。Razorfishはビジネスと創造性が完璧に融合したユニークな企業である。現在、200万ドル以上の売上を計上しているWebデザイン企業を5社あげることができるか? 答えはノーだ。彼らは優秀なデザイナーかもしれないが、優秀なビジネスマンではないからだ」と語る。実際、シリコンアレーの多くのWebデザイン企業が経営難に陥り、昨年から今年にかけて買収されている。
また、もうひとつの成功の要因として、Dachis氏は「人材の確保」をとくに重要視する。「このビジネスはアイデア勝負だから、最高の社員が必要だ。我々は彼らをサポートする。これがもっとも重要なことだ」と語る。急成長を遂げた企業にありがちな組織管理体制の弱さを防ぐため、インフラ構築、中間管理職チーム、確実な会計管理などに素早く対応し、人々が働きたいと思うような環境を作り上げた。しかし、何よりもまして最高の人材を集めるためにはまずトップからである。Dachis氏は毎日午前7時半に出社、夜の8、9時まで仕事をしているという。同氏は「週末も関係ない。犬のように働いている」と語る。現在、Razorfishには全米中から優秀なブレインが集まり、毎週100通以上の履歴書が届くほどの人気ぶりを博している。
会議室 |
'96年9月に大手メディアグループのOmniconからの投資を受け大きく躍進したRazorfishは、ソーホーの一等地にオフィスを移転、今年に入ってから多数の企業買収に乗り出した。今年1月にシリコンアレーのライバル企業、Avalancheの買収、5月にはLondonのCHBiとSan FranciscoのPlastic、6月にはLos Angelesの<tag> media、また7月にはスウェーデンのSpray Network、10月にLondonのSunbatherを買収している。
しかし、Dachis氏は投資やIPOによるビジネスモデルを信じていない。同氏は、「Omniconとの関係は、必要なときにはサポートしてくれるが、それ以外ではあまり干渉しない『ハンズオフ(hands-off)』という非常に良好な関係だ」と語る。同氏は「強固なビジネスモデルを確立できなければ、たとえIPOでキャッシュを稼いだにしても、毎月損失を計上してビジネスは成立しなくなる。ベンチャーキャピタルに投資を受けるのみで強固なビジネスモデルを持っていない企業は消えてしまうだろう」と語る。Dachis氏は、Geocitiesなどのオンラインコミュニティ企業も、数年後には消えていくと予想している。
それでは、成功するビジネスモデルとは何なのだろう。同氏は「それは、キャッシュフローの側面から純粋に判断して、確実に利益の出るビジネスモデルである。多くの企業に投資して、1社が成功すれば元が取れるというビジネスはもう古い。投資をするなら確実にビジネスになる企業に投資した方がいい」と語る。
Dachis氏は、確実に利益の出るビジネスが何かを明確には語らなかったが、Razorfishが今年開始した新ビジネスを見れば、新たなWebビジネスの兆候が見えてくる。同社は、今年に入りRazorfish Studioというコンテンツ制作部門を完全に別会社にし、Webコンテンツ、CD、書籍の制作/販売に本格的に乗り出した。同社はCD、書籍ともに10月から本格的なディストリビューションを開始している。Webコンテンツ事業は現在、もっとも利益の出ないビジネスとされているが、最近になって再びその価値が見直されている。それは、家庭で高速インターネット接続環境が実現する頃には、音楽やビデオ、文章の多くが有料デジタル配信されることが予測されているからである。Razorfishは、来るべきデジタル時代に備えて着実に次の手を打っている。
また、シリコンアレーの再編に関しては、Dachis氏は「シリコンアレーはメディア、金融サービス、エンタテイメント、広告、デジタル技術などが融合したユニークな空間だ。しかし、多くのシリコンアレー企業は現在、統合の段階にある。今後数年間で、ほとんどの中小企業は消えてしまうだろう」と語る。こうしためまぐるしく変化するシリコンアレーの中で、同氏は「Razorfishは、デジタル移行管理市場での独占的な企業になることを目指している。我々は、デジタル移行管理を求める世界のトップ100社に対して、最新のサービスを提供する唯一の企業になる」と自信たっぷりに語った。
最後に、日本市場への進出に関しても尋ねたが、同氏は「日系企業の多くは、デジタル移行管理に関する準備がまだできていない。もし、日系企業の準備が整えば、Razorfishはすぐに日本に進出する」と語った。
('98/11/13)
[Reported by HIROKO NAGANO, NY]