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【連載】

東海岸インターネットビジネス最前線

第4回:オンラインブローカー
――新たなデジタル株式市場を構築する:WitCapital

http://www.witcapital.com/

 米国でのインターネット業界では、メーカーやソフトハウスの集まった西海岸「シリコンバレー」だけでなく、最近ではコンテンツやビジネス面で東海岸「シリコンアレー」(シリコン通り)が注目を集めています。この連載ではそうしたシリコンアレーから登場していく注目の企業を紹介していきます。(編集部)


Andrew Klein
Andrew Klein設立者兼
チーフストラテジスト

 空前の投資ブームを享受するアメリカでは、インターネットでの株式取引サービスを提供するオンラインブローカーが急成長を遂げている。一般ユーザーが低価格の手数料で手軽に取引を行なえるインターネット取引は急速に普及し、E*TradeやAmeriTradeなどのスタートアップ(新興)企業の他にCharles Schwabなどの既存の証券大手も急速にオンライン市場に参入している。

 しかし、利益率の高い新規株式公開(IPO)投資に関しては、ごく限られた少数の機関投資家しか投資が行なえず、個人投資家が投資を行なう機会はまったく閉ざされているのが現状だった。

 この壁をうち破ったのが、WitCapitalだ。Andrew Klein氏により1996年に設立された同社は、インターネット上で個人投資家向けにIPO株を販売しており、現在、約40社のオンラインIPO引受人(通称「Eマネージャー」)、また、未公開企業20社のインベストメントバンカーを務めている。


Spring Street Brewing Companyのビール
Spring Street Brewing Company
の販売するビールがオフィスに

 同氏は金融業界専門の法律家としてウォール街で7年ほど働いた後、ビール会社「Spring Street Brewing Company」を設立するというユニークな経歴の持ち主。同氏はある日、資金集めをインターネット上で行なうことを思いつき、米証券取引委員会(SEC)の承認を得て1995年に世界初のオンラインIPOを行なった。このニュースは全米中の話題を呼び、合計3,500人が同社の株式を購入、160万ドルの資金を集めるという大成功の結果を収めた。

 同氏はこれを契機に1996年にWitCapitalを設立、本格的にオンラインIPO投資サービスを開始した。今年は日本市場への進出も予定しているというKlein氏に、WitCapitalのビジネス戦略および成功の秘訣を尋ねてみた。



●1日50万ドルを稼ぐ個人投資家を生むモデル

オフィス入り口
WitCapitalのオフィス入り口

 Klein氏は、WitCapitalの主要ビジネスは「個人投資家が、大規模な機関投資家と同じ条件でIPOに参加できるシステムを提供すること」だと語る。

 IPOを申請した企業は通常、IPO趣意書(Prospectus)を発行するが、従来この書類を入手するためには証券会社を介さなければならなかった。しかし、同社はEマネージャーを引き受けた企業のIPO趣意書をインターネット上で一般公開し、電子メールやWebサイトを通して誰でも自由に入手できるようにした。ユーザーはその書類を閲覧またはダウンロードし、その企業に投資したければWitCapital口座を開設してWebサイトからIPO株を購入することができる。口座開設の最低金額は1,000ドルであり、サービスを開始して2年足らずで口座を開設した個人投資家は250万人を越えるという。

 同氏は「IPO株を購入できるのはアメリカ国内の投資家に限定されているが、それでも買い手が多すぎて多くが順番待ちの状況にある。EarthWeb株を購入できたあるラッキーな個人投資家は、1日で50万ドルを儲けたとお礼のメールをくれたが、それほどIPO株は利益率が高い」と語る。EarthWebは、昨年11月にIPOを行なって株価が急騰したシリコンアレー企業で、Developer.comなどIT専門家向けのWebサイトを開設している。


●eBayの株式取引版:「デジタルストックマーケット」

 WitCapitalではまた、「デジタルストックマーケット」と呼ばれる新サービスの提供を今年から開始する予定である。これは、個人同士が自由に製品を売買できる人気オークションサイト「eBay」の株式市場版とでも呼べるもので、個人投資家同士による自由な株式取引を可能にするサービスである。Klein氏は「既存の証券取引システムでは個人投資家はブローカーに対して売り買い注文を行なうのだが、デジタルストックマーケットではブローカーを通さずに個人同士での株式取引ができる」と語る。

 同氏はまた「デジタルストックマーケットは、NasdaqやNYSEという伝統的な証券取引所と競合する独立した証券取引システムであり、代替証券取引システム(ATS:Alternative Trading Systems)の1種である」とも語る。ATSとは、主にコンピュータ上で株式取引を行なう独立した取引システムであり、代表的な例がReuter Groupの「Instinet」である。SECは昨年12月、ATSに独立した証券取引所として登録する権利を与え、それぞれのATSの株式相場の公表を義務づけるという新規定を設定した。これにより、取引システム間の競争が促進されるものと期待されている。

 デジタルストックマーケットの利点としては、株式の売買が完全に自動化されているのでブローカーを通す必要が一切ない、既存の証券取引システムのように時間が限定されておらず、1年中24時間自由に取引ができる、などがあげられる。また、具体的に取引される株式銘柄は、NasdaqやNYSEで取引されている銘柄と同じものであり、どんな銘柄でも構わないという。

 デジタルストックマーケットでは、WitCapitalの主要ビジネスであるインベストメントバンクと同様のインフラを使用しているという。この意味では、WitCapitalの現在の主要ビジネスは全体的なデジタルストックマーケットの一部を構成しているともいえる。


●3社合作による証券取引システム

システム部門
システム部門のスタッフ

 WitCapitalの証券取引システムは、企業3社による合作である。まず、取引を完全に自動化するGlobal Tradeの大規模トランザクションシステム、次にバックエンドシステムとWebをシームレスに統合するためのKingland Systemsミドルウエア、そしてMezzina/Brown Interactiveのヒューマンファクターエンジニアリングである。

 Global Tradeは1992年、シカゴ証券取引所のために「マッチングエンジン」と呼ばれるシステムを構築していた。Klein氏は「Global Tradeは、投資家の口座開設、取引注文、その他の注文とのマッチングなどのトランザクションをすべて自動的に行なってくれる安定性の高い優れたバックエンドシステムを開発していた。しかし、シカゴ証券取引所の戦略方針の変更により、同システムは採用されずじまいに終わった。そこで我々はGlobal Tradeを買収し、同システムをベースにした証券取引システムを構築した。元Global Tradeのエンジニア12人は現在、WitCapitalで働いている」と語った。

 また、Kingland Systemsは、口座にアクセスする際のパスワード保護などセキュリテイを保証するミドルウエアを、Mezzina/Brown Interactiveは誰でも簡単にポートフォリオをチェックして取引ができるような分かり易いユーザーインターフェースを開発した。しかし、これらのシステム構築は決して安くはなく、同社では、これらシステム構築に約600万ドルの予算を費やしたという。


●広告シェアで充実した金融コンテンツ

インベストメントバンク部門
インベストメントバンク部門のスタッフ

 既存の証券会社にオンラインブローカーが対抗するには、株式情報などのコンテンツがいかに充実しているかが重要なポイントになってくるが、WitCapitalは最新の株価情報を提供するCBS Marketwatchや株式チャート専門のBig Charts、また調査・分析記事を提供するZacksなどの金融情報サービス企業との契約により、充実した金融情報を提供している。Klein氏は「コンテンツ契約のほとんどは、広告シェアリングモデルを採用しているので、多額の金額を支払う必要はない。多くの金融情報サービス企業は、WitCapitalサイトでかれらのコンテンツを提供することで、広告収入を増加させている」と語る。つまり、WitCapitalはこれらのコンテンツを同社サイトで無料提供でき、広告収入もシェアできる。

 また、オンラインブローカー同士の競合に関しても、WitCapitalはE*TradeやAmeriTradeが行なっていないサービスを提供することで、これらの企業とのパートナーシップを構築しているという。同氏は「E*Tradeのような基本的な株式取引サービスを提供している企業の多くは、我々の行なっているインベストメントバンキング、デジタルストックマーケットなどのサービスは行なっていない。我々は現在、基本的な証券取引サービスを行なっているオンラインブローカー13社に対して、インベストメントバンキングサービスを提供している」と語る。


●将来のターゲットは日本市場

 今年のWitCapitalのターゲットは、ズバリ「日本市場」だという。Klein氏は「日本は今年に入り大きく規制が緩和され、自由競争が促進されるようになった。この時期は我々にとり、他社と大きく差をつけるチャンスだ」と語る。日本市場はアメリカと異なり、制約が大きいのではないかとの質問に対しては「もちろんアメリカにも多くの規制があったが、我々は多数の法律家と2年の歳月を費やして、SECとともにオンライン上の証券取引システムを構築した」と語る。

 同氏は「認可を得るもっとも重要な点は、消費者の利益を保護することにある。したがって既存の取引システムで存在するような消費者への保証を、我々がサイバースペースでも確実に実現できるかを証明する必要がある。監査方法、取引、クレジットやセキュリテイに関する深い知識に加えて、消費者の利益を保証する取引システムの構築が必要だったが、我々はそのすべてをクリアした」と語る。三菱商事から300万ドルの投資を受け、着々と日本市場に進出する準備を整えるKlein氏は、最後に「インターネットはスピード勝負だ。我々は今年、日本市場でも積極的な戦略を展開していく」と語った。

('99/1/8)

[Reported by HIROKO NAGANO, NY]


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