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【連載】

東海岸インターネットビジネス最前線

第17回:無料電子メールサービスプロバイダー
――“タダ”で詳細なユーザー情報を収集するJuno Online Services

http://www.juno.com/

 米国でのインターネット業界では、メーカーやソフトハウスの集まった西海岸「シリコンバレー」だけでなく、最近ではコンテンツやビジネス面で東海岸「シリコンアレー」(シリコン通り)が注目を集めています。この連載ではそうしたシリコンアレーから登場していく注目の企業を紹介していきます。(編集部)


Charles Ardai
Charles Ardai社長
 英国では、広告ベースの無料ISPが大きなトレンドになっている。昨年の米Citibankと英Virgin Netによる無料のISPサービスを始めとして、エレクトロニクス小売大手Dixons Groupの「Freeserve」や、British Telecom、Rupert Murdoch氏率いるNews International、英スーパーマーケット大手のTesco、米玩具大手のToys R Usも同市場に参入するなど、さらにこのトレンドは続くものと見られている。

 しかし、彼らより2年以上も前に無料のISPサービスを開始したパイオニア企業がシリコンアレーに存在する。1995年にDavid Shaw氏とCharles Ardai氏により設立されたJuno Online Servicesは、1996年4月22日に無料のダイヤルアップ電子メール接続サービスを開始。その後は口コミで急速に会員数を伸ばし、3年間で700万人の会員を抱えるまでに急成長した。実質的な会員数は240万人だと言われているが、それでも会員数が200万人前後のMSNやCompuserve、100万~130万人のAT&TやMindspring、Earthlink、70万人のProdigy、60万人のWebTVを抜き、会員数1,700万人を誇るAOLに迫る勢いを見せている。

 インターネットに一度も接続したことのないネットビギナーをターゲットにしているJunoの無料サービスは、基本的に電子メールサービスのみで、インターネットへは接続できない。しかし、1998年7月22日、同社はテキスト以外にもビデオ/オーディオ機能がついた電子メールサービス「JUNO Gold」、インターネット接続を含んだ「JUNO Web」という2種類の有料サービスを開始し、8カ月で240万人の8%にあたる20万7,000人の有料ユーザーを獲得した。現在、JunoではMCI WorldcomやConcentricの回線を使用して、全米で1,900個のダイヤルアップ電話番号を提供している。

 今年3月に6,500万ドルの投資を受け、5月にIPOを果たした同社は、提示価格の13ドルより1 3/8ドル低い11 5/8ドルで終了し、「ドットコム株人気の終わり」として注目を浴びた。しかし6月後半に入り、Bear, Stearns & Co.のアナリストがJunoの会員数は12カ月以内に1,000万人に達するという前向きな予測を発表したことから、同社株は29.38ドルまで上昇し、同社の市場価値は8億5,000万ドルに上っている。同社の成功の秘訣と将来の展望を、設立者の一人であるCharles Ardai社長に尋ねてみた。



●“アイボール”をカネにする3つの方法

StartPage
Junoのスタートページ
 Ardai氏は「Junoのビジネスモデルは、2つのキーコンポーネントから構成されている。まず、巨大なコンシューマー層を獲得することだ。彼らは繰り返しJunoがコントロールするウィンドウを見ることになる。次に、これらコンシューマーをカネにすることだ」と語る。これらの“アイボール(目玉=インターネットの視聴者)”をカネにする方法とは、電子メールおよびインターネット接続の有料サービス、オンライン広告、E-commerceの3種類に分かれている。「ISPの主要な収益モデルは接続サービス、Yahoo!などのポータルサイトはオンライン広告、AmazonはE-commerceによる収入だが、我々はこの3つのすべてを収益モデルにしている」と語る。

 同社の1998年の売上は前年比138%増の2,170万ドルで、内訳は接続サービスが660万ドル、オンライン広告が650万ドル、E-commerceが860万ドルとなっている。Junoが有料の接続サービスを開始したのは1998年7月なので、1年足らずで接続サービスによる売上がオンライン広告売上を上回ったことになる。JUNO Goldは月々2.95ドル、JUNO Webは月々19.95ドルである。

 また、もっとも売上額の大きいE-commerceによる収入は、AT&T Wireless ServicesやQwest Communicationsなどとの数百万ドルにおよぶマーケティング/売上シェア契約から来ている。たとえば、Qwestとの契約では、Juno会員に対して独占的な長距離電話サービスのマーケティングキャンペーンを展開し、Juno会員がQwestのバナー広告を見て同社と長距離電話契約を結んだ場合、Junoは毎月会員がQwestに支払う電話料金の数%を受け取るという仕組みだ。



●“タダ”の報酬は詳細なユーザー情報

JUNO Gold
Question
ビデオ/オーディオ機能がついた電子
メールサービス「JUNO Gold」(上)。
年収、趣味など20種類以上にわたる
アンケート項目に答える(下)
 Junoはオンライン広告に関して、IBM、Intel、Philipsを始めとする200社以上の広告主と、バナー広告やマイクロサイトと呼ばれるポップアップ広告の契約を結んでいる。値段はCPM(Cost Per Mill:1,000回表示あたりの広告料)で25~150ドル前後で、価格に開きがあるのはターゲティングの度合いによるという。たとえば「Juno会員全般」の場合にはCPMは25ドルだが、「2人の子供がいて、ゴルフが好きなミシガン州在住の女性」の場合にはCPMは高くなる。

 広告主にとってはこの上もなく魅力的な顧客データを持っている理由として、Ardai氏は「コンシューマーは無料で電子メールが使えるならと、少々リストが長くても喜んで自分のデータを提供する。これは他のWebサイトではなかなかできないことだ。すべてのJuno会員は、年齢、学歴、結婚、年収、趣味、好きなスポーツ、好きな本、持っている車、趣味、たとえば『ビーチに行くのが好き』など、20以上にわたるアンケート項目に答えている」と語る。

 こうした会員データを利用して、Procter & Gambleでは同社のオムツ製品「Pampers」のマーケティングのために、2~4歳の乳幼児を持つ会員を対象とした「子育てニュースレターサービス」の登録キャンペーンを行ない、大成功を収めた。また、ペットフードの大手、Ralston Purina Companyでは特定の犬を飼っているユーザーをターゲットに「無料ドッグフードプレゼント」キャンペーンを行なった。さらに、ソニーはティーンエイジャーや女性、医師に異なる色やデザインの広告を配信してクリック率の高い広告を調べるというマーケティングテストを行なった。会員データの正確度に関して、同氏は「どの広告キャンペーンも高いクリック率を示し、成功を収めていることから、会員は正確な情報を提供していることがわかる」と語る。



●オフラインでもインタラクティブ

Office
オフィス風景
 Junoは昨年11月、インタラクティブ広告に関する3種類の米国特許を取得した。まず、メールサーバーに接続している間にユーザーのハードディスクに広告を自動的にダウンロードし、オフラインの状態でも20~30秒間ごとに異なる広告をユーザー画面に表示する技術。次に、オフラインの状態でも広告のボタンやリンクを押してコンテンツを変えたり、オンライン書類に記入して製品を注文したりできるインタラクティブ技術。最後は、ユーザーが広告を見たか、クリックしたか、オンライン注文書類に記入したかなどのデータをトラッキングし、ユーザーがサーバーに接続した際にこれらのデータをサーバーに送信する技術。

 Ardai氏は「Juno会員が広告を見て興味を持ち、ボタンをクリックすると、あらかじめハードディスクにダウンロードされた詳しい広告メッセージが画面上に現われるというわけだ。つまり、待ち時間ゼロでの広告メッセージの配信が可能になる」と語る。これにより、わざわざ情報を得るためにWebサイトにリンクする必要はなく、ほとんどの広告主もこの方法を好んでいるという。

 しかし、中にはどうしても自社サイトにユーザーを呼び込みたい企業もいるだろう。Junoの無料サービスではWebアクセスを提供していないので、このような場合はどうするのだろうか。同社はこれに対応して、広告主へのWebサイトにのみ会員がアクセスできるというクリックスルー機能を1997年11月に追加した。同氏は「たとえば、Juno会員がAmerica Airlineの広告をクリックすると、無料ダイヤルアップ接続で同社サイトへ行くことができる。しかし、それ以外のサイトには行けない」と語る。

 また、トラッキングできるデータは、ユーザー属性、広告が届いた時間、広告を見た時間と回数、クリックした時間と回数、それぞれの画面での滞在時間の他にも、何回ボタンをクリックしたか、オンライン書類にクレジットカード番号を書き込んだかなど詳細だ。



●Amazon創設者の愛のキューピットに?

ComputerRoom
同社のコンピュータルーム
 Ardai氏がインターネットに関わるきっかけとなったのは、ある日届いた一通のダイレクトメールだったという。「コロンビア大学在学中、出版社のDavis Publicationsでパートタイムで働いていた。アガサ・クリスティやハインラインなどの推理/SF小説を出版している会社で、面白かったがあまりカネにはならなかった。しかしある日、インベストメントバンクのD.E.Shawからリクルートの手紙が届き、それをきっかけにそこで働き始めたんだ。1992年のことだった。主に金融関係、マーケティング関係の仕事に3年間ほど携わった」と語る。

 1994年、同社設立者のDavid Shaw氏がインターネットに関する重要なイニシアチブを打ち出したという。その一つがオンラインストアに関するもので、その時リサーチを行なったのが、後にAmazon.comを設立したJeff Bezos氏だったという。Ardai氏は「当時、JeffはD.E.Shawで働いていたが、オンラインストアの巨大な可能性に気付き自分で事業を始めたんだ。一方、僕は電子メールの可能性をリサーチし、Junoを始めた」と語る。1994年末から当初3人で始めたJunoは現在200人を超え、インドに50人のスタッフを持つ。現在29歳のArdai氏の年収は、30万ドルと推測されている。

 ちなみに、同氏はBezos氏の愛のキューピットになったという。「ちょうどその時、現在のJeffの妻は僕のもとで働いていたんだが、ある日、彼女からJeffのところで働きたいという相談を受けた。そこで僕は『あんなひどいボスはいないから止めたほうがいいよ』と言ったんだ(笑)。しかしその後、彼女はJeffのもとで働くようになり、気がついたら結婚していたよ」と語った。

 David Shaw氏に関しては「彼は優れたエンジニアでもセールスマンでもあり、カリスマ的な存在だ。スタンフォード大学の博士課程にいた70年代、インターネットの前身である米国防総省のDARPANETの時代から25年以上もインターネットを使用しているエキスパートだ」と語る。



●大規模なマーケティングでAOLに迫る

 Junoは今年6月から、TV/ラジオコマーシャルや、150万枚のJunoソフトウェア配布を含んだ総額2,500万ドルにわたる大規模なマーケティングキャンペーンを行なっている。Junoの会員になるためには、AOLと同様、JunoのソフトウェアをPCにインストールする必要があるが、同月、JunoはHewlett-PackardのプリンターにJunoソフトウェアをバンドルする契約を発表した。Ardai氏は「今年末までには、主要ベンダーのPCにJunoソフトウェアをバンドルすることを目標にしている」と語る。

 同社の以前のライバルで、入会金を払えば一生無料でインターネットが使えるサービスを提供していたTritium NetworkやBigger.netは現在消滅しているが、Idealabから投資を受けたNetZeroは現在急速に会員数を伸ばし、最近、2度目の投資ラウンドで1,000万ドルを得ている。また、WebベースのHotmail.comやMail.comなど、無料電子メールサービス市場の競争は激しい。同氏は「WebベースのサービスはISP料金がかからないので低コストだが、彼らはユーザーにとっての最初のISPになることができないので、詳細なユーザー情報を得ることができない」と語る。

 将来の方向性としては、「ADSL、ワイヤレス、衛星、ISDNなどさまざまなテクノロジーの発展により、ブロードバンド(広帯域接続)が実現することは明らかだが、現段階では主要なプレイヤーなど市場が定まっていない。ハンドヘルドは、ちょうど市場の主要なプレイヤーが定まりつつあるので、より注目している」と語る。

('99/7/9)

[Reported by HIROKO NAGANO, NY]


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