米国でのインターネット業界では、メーカーやソフトハウスの集まった西海岸「シリコンバレー」だけでなく、最近ではコンテンツやビジネス面で東海岸「シリコンアレー」(シリコン通り)が注目を集めています。この連載ではそうしたシリコンアレーから登場していく注目の企業を紹介していきます。(編集部)
この中で、特に重要視されているのが、インターネット上でコンテンツを安全に流通させるためのシステム“デジタル著作権管理(Digital Rights Management:DRM)”だ。これは、コンテンツ所有者がデジタル商品を流通させる際、コンシューマーがどのようにコンテンツにアクセスするかというルールを設定し、管理する技術である。これにより、コンテンツ所有者は自分のコンテンツが無断で使用されるのを防ぐと同時に、誰が、いつ、何回コンテンツにアクセスしたかなどの詳細な顧客データを得ることができる。
このDRM分野で、デジタルコンテンツのクリアリングハウス(与信)サービスを行なっている企業が、Reciprocalである。ニューヨーク州バッファローに本社を構える同社は、今年3月にMicrosoftから1,500万ドルの投資を受け、5月にはa2bの共同設立者であるLarry Miller氏とHowie Singer氏を招いてReciprocal Music部門を設立、一躍脚光を浴びた。特に、音楽業界と出版業界をターゲットにしてサービスを展開するReciprocal MusicのLarry Miller社長に同社のビジネスモデルと今後の戦略を尋ねてみた。
また、クリアリングハウスサービスでは、これらのビジネスルールの設定に基づいたコンテンツのアクセス権をユーザーに提供する。Miller氏は「ユーザーが、友人に電子メールでコンテンツを送ったとしよう。Reciprocalでは、その友人がファイルを開く権利を持っているかどうかを瞬時に調べて、もし持っていない場合にはファイルを開けないようにすることができる」と語る。このコンテンツはWebサイトのコンテンツでもEnhanced CDのコンテンツでも構わない。
ユーザーがコンテンツにアクセスするためには“鍵”が必要になる。この鍵は、販売する以外に、マーケティング的な目的で提供することもできる。たとえば、CDに特別のボーナストラックをつけ、WebサイトでCDを購入した人にその曲を聴ける鍵を与えるといった具合だ。これは現在行なわれているが、来年以降はさらに、DVDを利用した新たな音楽販売モデルも実現される。同氏は「今までに発売されたアルバムすべてをエンコードしてDVDに収録する。ユーザーは、最新アルバムだけ、または過去3枚分だけを購入するというふうにオンラインで登録すれば、その分だけの鍵をもらって音楽を聴くことができるのだ。現在、マーケティングテストが行なわれており、成功すれば非常に大きなトレンドになるだろう」と語る。
DRMシステムの説明図。ピラミッドの 下部から順に「DRMプラットフォーム テクノロジー」「デスクトップツール (デジタルコンテンツの管理システム ツール)」「DRMクリアリングハウス サービス」「付加価値サービス」 |
今年7月、同社は教科書出版のHoughton Mifflin、大学書籍チェーン店のFollettと提携し、DRMシステムをベースにした教科書販売のマーケティングテストを開始した。このテストでは、学生は教科書を何冊も購入する代わりに、1枚のCD-ROMを受け取る。このCD-ROMには、同出版社の教科書コンテンツとReciprocalのクリアリングハウスが含まれており、コンテンツの一部は印刷できるよう設定されている。また、学生がどのページを閲覧し、どのページを印刷したかなどのデータは、Reciprocalのソフトウエアによりすべてトラッキングされ、両社に提供される。これにより、両社はこれらのデータを参考にしながら今後のコンテンツ作成や流通分野での改善を図っていく。
Reciprocalでは、デジタル管理システムのプラットフォームとして、InterTrustの「MetaTrust Utility」をベースにしている。今年3月、Microsoftからの投資を受けて「Windows Media Technology」のフォーマットもサポートしているが、こうした細かなビジネスルールの設定が行なえる点では、現在のところInterTrustの方が柔軟性があるという。Miller氏は「もちろん、優れた圧縮技術も重要だが、それよりも重要になるのが、いかに柔軟にビジネスルールを設定できるかだ」と語る。
RioPort.Com。MTV.com、VH1.com、 Nick.com、SonicNetなどのMTV関連 サイトにRioPortコンテンツを提供する 契約を、MTV Networks Onlineと今年 7月に結んでいる |
しかし、音楽のダウンロード販売額はたいてい1曲につき1~2ドルと安価なため、支払いごとに電子的手段で決済すると、販売額に占める決済コストが相対的に大きくなってしまう。このため、低コストの電子決済手段あるいは複数の支払いを一括して処理するなどの対策が必要だ。現在、Reciprocalではユーザーの個々の支払いを合計して、毎月まとめてクレジットカードに請求している。ただし、これは後払いのシステムのため、できれば低コストな電子決済手段を導入したいという。Miller氏は「毎回クレジットカード処理を行なえば、コンテンツ所有者にとり不利益になる。そこで、我々は年末までに、管理システムパッケージのECコンポーネントとしてマイクロペイメント(電子少額決済)サービスを提供する予定だ」と語る。また、独立系レコード会社などの小規模なWebサイトが簡単に独自のECシステムを構築できるようにするサービスも開始するという。
同氏は、今後2、3年に主流になるデジタル配信のビジネスモデルは、マーケティング目的の無料提供とマイクロペイメントだと予測する。アーティストにとって、まず必要なことは彼らの音楽を知ってもらうことだ。次に、彼らの音楽を聴いているリスナーの情報が得られれば、直接リスナーに対してマーケティングできる。名前、郵便番号、電子メールアドレスだけでもわかれば、ツアーの際には電子メールで宣伝できるので効果的だ。
MTV Networks Online。RioPort.Comと ともに、Reciprocalを使用してデジタル 配信の大々的なプロモーションを行なう 予定 |
同氏はSinger氏とともに、1997年11月にAT&T内でa2bを設立。ベンチャー企業としてデジタル音楽圧縮フォーマットの開発に取り組んだ。しかし、その後計画していたスピンアウトが中止になり、Reciprocalへの移籍を考えたという。「AT&Tは1998年5月、a2bのスピンアウトを約束したが、1999年4月にこの計画は中止された。彼らはブロードバンド分野に力を注いでおり、スピンアウトをするにはa2bは重要すぎる企業だと判断したのだ。しかし、我々は会社の立ち上げ以来、スピンアウトを目標にしてがんばってきたので、それが失われたときに他の可能性を探したのは自然の成り行きだった。その中で、Reciprocalは技術、管理チームともに優れており、業界でもっとも信頼されている企業だったので、移籍を決心した」と同氏は語る。当時、a2bチームの10名以上がReciprocalに移籍し、ニュースになった。
a2bの意味は何かと尋ねたら「公式な答えは、A点とB点のようにすべてはネットワークでつながれるという意味だが、非公式な答えは、ニコラス・ネグロポンテの『ビーイング・デジタル』に出てくるアトムからビットへのパラダイムシフトという意味だ」という答えが返ってきた。「我々はa2b内にいたときから、大企業のマインドではなく、小さなインターネット企業として働いていたので、この企業に移籍したことに対するおそれはなかった。ReciprocalはAT&Tの成長よりも、大幅な成長を遂げるだろう」。
Miller氏は、DRMの重要性を挙げながらも、コンテンツのデジタル配信が実際に普及するのはかなり先になると予測している。Jupiter Communicationsの調査によると、音楽のオンライン販売は2003年は約26億ドル市場にまで成長するが、デジタル配信はダウンロード速度などの問題から、1億4,700万ドル程度に留まるという予測が出ている。同氏は「コンテンツの大半はまだCDに収まっているということだ。したがって、優れたタレントを見つけて、コンテンツを作成し、パッケージ化し、マーケティングし、配信するという、大手レコード会社が何十年もかけて築き上げたシステムが大きく変わることはないだろう。どのようにしてユーザーは自分の興味に合うコンテンツを見つけるのか? それがマーケティングだ」と語る。
来年あたりにIPOを予定していると言われているReciprocalは、ソフトバンクからスピンアウトした現在でも30%はソフトバンクが出資している。また、Flatiron Partners、Chase Capital Partners、Constellation Ventures、Adams Capital Managementなどからも投資を受けている。日本企業とは、ソフトバンク以外にも数社とビジネスを行なっているが公表されていない。Miller氏は「もうじきジョイントベンチャーとして日本に参入する予定」と語った。
('99/10/1)
[Reported by HIROKO NAGANO, NY]