本誌に約1年半にわたって掲載し、好評を得た連載「東海岸インターネットビジネス最前線」のシリーズ第2弾がスタートします。前連載ではニューヨーク“シリコンアレー”地区の急成長ネット企業を紹介してきましたが、今回の舞台はカリフォルニアの北方、シアトル/ポートランド地域。MicrosoftやAmazon.comが本社を構えるこのエリアは“シリコンフォレスト”と呼ばれ、ドットコム企業の集積地になりつつあります。この連載では、シリコンフォレストから登場する注目の企業を紹介していきます。(本連載は隔週木曜日に掲載します。記事一覧はこちら)
しかし、Seattle Mortgage、HomeStreet Bank、Washington Mutual Bank、Evergreen Moneysourceなどのシアトルの地域金融機関はいち早くオンライン上で不動産/住宅ローン商品を販売することに成功している。これらの金融機関に対して、低コストで包括的なオンライン金融商品販売プラットフォームを提供している企業が、シアトルに本社を構えるKeystroke.comである。1995年に設立された同社は、金融機関がオンラインで不動産/住宅ローン商品を販売するための技術を開発しており、1999年にはMorgan Stanley DeanWitter CreditやBank Unitedなどの大手金融機関に対してもサービスの提供を開始している。
Forrester Researchの調査によると、オンライン不動産/住宅ローン市場は2003年には1,670億ドル規模にまで達する成長市場である。Keystroke.comは、同市場に対して顧客の情報収集から与信申請、書類作成、契約の締結にいたるまで住宅ローンに関わるプロセスをすべて自動化する金融業務プロセス技術「Universal Lending Platform」を提供しており、この技術は住宅ローン関連の技術専門誌「Mortgage Technology」の1999年のトップテクノロジー賞に選ばれている。全体処理コストを50%近く削減できるという同プラットフォームのアイデアを考え、不動産/住宅ローン業界で15年以上もの経験を持つ同社設立者のJoe Haushauer会長兼CEOに、同社のビジネスモデルや今後の戦略を尋ねてみた。
Keystroke.comは、E-LoanやiOwn.comなどに先立ち、1997年からコンシューマー向けに同社の技術を使用したオンライン不動産/住宅ローン販売サイトを提供している。このサイトには200以上の金融機関が参加しており、ユーザーはKeystroke.comサイトを訪れて、同サイトの指示にしたがい物件タイプや物件価値などの対象物件に関する情報、クレジット履歴やローン支払い債務などの個人情報、連帯責任者に関する情報を含んだ必要事項を入力するけで、各金融機関からの最適な不動産/住宅ローン商品の一覧を得ることができる。全部の質問に答えるのにかかる時間はだいたい15分程度で、プロセスは最終段階まで匿名で行なわれるため、ユーザーは名前や住所などの個人情報を入力する必要はない。このため、金融機関は、ユーザーの安心度を高めて多数の不動産/住宅ローン希望者を集めることができる。また、もしもユーザーが情報入力を途中で中断した場合、ユーザーが同サイトを再び訪れて自分のIDを入力すれば、以前中断した箇所からプロセスを始めることができる。現在、米国の34州でサービスを提供している。
しかし、Keystroke.comの真の狙いは、コンシューマー向けに金融商品を提供することではなく、コンシューマー向けにサービスを提供している金融機関に対して同社の技術プラットフォームを提供することにある。同氏は「我々がコンシューマー向けのサイトを開設した理由は、金融機関に対して我々のエンジンを試してもらうためと、金融機関が我々のサイトにバナー広告を出すことで、彼らのサイトに効果的にユーザーを導くためである。我々のビジネスモデルは、コンシューマーに金融商品を提供するE-LoanやiOwn.comと競合するものではなく、これらの金融機関に対して我々の技術プラットフォームを提供することにある。これらの金融機関と顧客を取り合って争うのではなく、彼らが顧客との関係をさらに深めてもらうための技術を提供しているのだ」と語る。
Universal Lending Platformの5層モデル |
同アーキテクチャーは、同社のサービスを支える中核となる技術であり、今までは紙やファックスなどで分散されていた金融業務プロセスの情報がすべて、Keystroke.comの提供するデータベースに集中管理される。このため、営業や経理部門のスタッフはどこからでも同じデータにアクセスすることができ、大幅な効率化が図れる。また、複数の企業部門で利用することができ、コピーやファックスを使用せずにオンラインでのデータ転送ができるので大幅な時間とコストの削減につながる。
具体的には、XMLベースのインターフェイスクラス、ビジネスクラス、データ保管クラス、データ保管メカニズム、システムクラスの5層オブジェクトモデルになっている。ビジネスクラスを中核としてわかりやすいインターフェイスと、どのデータベースにも対応できるデータ保管クラスを備えているのが特徴だ。インターフェイスクラスは、GUIクライアント、与信業務フロー決定の自動化、業務プロセス、クレジット評価、PDFファイル作成などを含んだインターフェイス部分であり、ユーザーと金融機関の双方はこのクラスを通して情報入力やビジネスルールの設定を行なう。ビジネスクラスは同アーキテクチャーの中核を占めるエンジンであり、クレジット履歴などのユーザー情報をもとに適性判断や金融商品の紹介を行なう。また、データ保管クラスは、データベースに入力されるデータの保管方法を決定する、データ検索や保管のコマンドを含んだミドルウェアであり、Java2 Platform Enterprise Edition(J2EE)のEnterprise JavaBeans(EJB)、Java Server Pages(JSP)を使用することで既存のデータベースとのシームレスな統合が行なえる。データ保管メカニズムは一般的に言うところのオブジェクトデータベースであり、この部分は各金融機関の既存のデータベースを使用することができる。さらに、システムクラスはOSやネットワークとのデータのやり取りを行なうミドルウェア。
同社のDavid Kellerシニアビジネスアナリストは「同様なサービスを提供している他社のアーキテクチャーは、インターフェイスクラス、ビジネスクラス、データベースの3層のみであり、我々のアーキテクチャーと比較すると柔軟性に欠ける。我々は、不動産/住宅ローン市場に必要なすべてのプロセスを提供しており、しかも個々のクラスをモジュール化しているので、必要な部分を追加することで既存システムの拡張が簡単に行なえる」と語る。つまり、現在使用しているAS/400やOracle 8などのデータベースにKeystroke.comのサービスを容易に組み込むことができるのだ。
また、金融機関は、自社の商品に合わせたビジネスルールをWebサイトの画面からわかりやすいインターフェイスを使ってリアルタイムに設定することができるので、Keystroke.comのサービスを使用するためにハイテクの専門知識や新たなデータベース、その他のコンピュータは一切必要ない。金融機関は、システム開発にかかるコストやエンジニアリング費用を大幅に縮小することで、競争力のある商品を提供することができる。
David Kellerシニアビジネスアナリスト。 日本に住んだ経験があり、日本語が堪能 |
Morgan StanleyがKeystroke.comの技術を選んだ理由を尋ねてみたところ、Haushauer氏は「彼らはカスタマイズ可能なソリューションを求めていたが、他社では満足の行くソリューションが見つからなかった。たとえば、卸売や小売などの複数のチャンネルも一つのプラットフォームで提供できるので、彼らが力を入れている100%の住宅ローン(たとえば、購入したい家が5,000万円だった場合、5,000万円までローンを組むことができる商品)が組める商品を含めた多様な商品のオンライン提供を可能にした。これは他社のプラットフォームでは提供できないものだった。また、全般的に我々の技術パフォーマンスが優れていたこと、Webサイトのインターフェイスに関しても限定されていないことが、我々を選んだ理由に挙げられる」と語る。Keystroke.comでは、すでに自社のWebサイトが存在する金融機関の場合は、サイトのインターフェイスを変えることなく、同社技術をバックエンドに導入することができる。
全体としては、Morgan Stanleyのクロス販売や各部門のリソースを最大限に利用することがKeystroke.comのチャレンジだったという。同社は多数の異なる垂直市場のビジネス部門を持ち、それぞれが異なるビジネス戦略や目的を持っているため、各部門の戦略を変更することなく各部門に利益になる方法を模索していたという。Keystroke.comは、クオリティ管理やセキュリティ保護の基準を満たすための話し合いなども含めて情報収集に3カ月を要した。その後、5週間で彼らの要求をすべて満たしながら短期間でのシステムを導入を済ませ、1999年12月6日に同社の住宅金融サイトが開設された。
同社はまた、Morgan Stanleyの要求に従い、ユーザーのことを知りユーザーとの信頼関係をさらに築くための「E-Calculator」と呼ばれる顧客のプロファイル機能も開発した。Keystroke.comにとっては、金融機関のニーズを知り、それに最適な機能を提供することで、その技術コンポーネントを今度は他社に対しても提供できるようになる。これにより、他社はさらに短期間で低コストのサービスを得ることができる。
Haushauer氏は「Keystroke.comの目的は、コンシューマーと金融機関、それにコールセンターなどのカスタマーサポートを含んだ包括的な自動化サービスをUniversal Lending Platformに統合して、金融機関が効率的なシステム構築を行なえるようにすることだ。支店用アプリケーションや金融商品の卸売用アプリケーションなども統合して、各機能をコンポーネントとして独立させることで、金融機関はニーズに合わせてこれらのコンポーネントを組み合わせて使用することができる」と語る。
また、6月には「Clear Box Decision Technology」と呼ばれるユニークな商品決定プロセス技術を含んだUniversal Lending Platformの次世代バージョンを発表した。これは、リスクベースの商品の価格決定を自動化する技術で、プログラミング上の「イエス」と「ノー」の選択肢に加えて「たぶん」を加えたもの。これにより、今までは商品紹介の前段階にあたる与信段階で基準を満たしていなかったユーザーも、商品提供の対象者として残されるようになる。「たぶん」の柔軟性により、金融機関はユーザーに対して、リアルタイムで異なる選択肢を提示することができ、より多くの契約を結ぶことができる。
同社エンジニアのCliff Blaskowsky氏は「我々は、単に営業担当者がマニュアルで行なってきた業務プロセスをオンラインに移動させるだけではなく、複雑なプロセスの自動化により、業務フロー自体をリエンジニアすることを目指している。つまり、オンライン化することで、今まで対象として外されていたユーザーにも異なる商品を提供する機会が大幅に増え、ビジネスチャンスにつながる」と語る。
休憩室で談笑する広報担当のBarbara Blaskowsky氏(左)とエンジニアの Cliff Blaskowsky氏(右) |
1995年7月から技術開発を始め、1997年8月にKeystroke.comサイトのサービスを開始した。会社が軌道に乗るまで、同氏は給料を一切受け取らなかったという。その当時を振り返り、もっとも困難だったことは、業務プロセスを簡単にして柔軟なプラットフォームを構築するというビジョンを正確に技術に反映させることだったという。また、インターネットが普及する前に、ハイテクの知識に乏しい人々に対して同社の技術プラットフォームを説明するのは根気のいる仕事だったそうだ。しかし、Morgan Stanleyに行った時には話を聞いてくれるだけでいいと思ったが、先方が非常に興味を持ち、商談は比較的すんなりまとまったという。
1999年にはWashington Mutualなどから150万ドルの投資を受け、今年3月には第2回の投資ラウンドとしてCSFB Private Equity、Encompass Venturesなどから1,400万ドルを得て、一躍注目を浴びた。同氏は「そういうわけで、ようやく給料を受け取れるようになった」と語る。CSFB Private Equityは、国際金融サービス機関のCredit Suisse Groupの投資部門であり、1979年以来、総額36億ドルにおよぶ70件の投資を行なっている。EncompassVenturesは、Bill Gates氏の住む町で有名なBellevueに本社を構える地元のベンチャーキャピタル機関であり、主に日本のIT関連企業からの投資を管理している。同社は、EC向けのアプリケーション関連、デジタル音声/ビデオ配信技術関連、組込型システムなどに焦点を絞っており、約6,200万ドルを抱えている。
Keystroke.comは、今年は積極的に国際市場への進出を図るとしている。とくに、日本市場に関してHaushauer氏は「非常に可能性のある市場である。我々は現在、Universal Lending Platformの日本語バージョンの開発を行なっており、早ければ数カ月後には完成する予定だ」と語る。日本では異なる市場トレンドや法律が適用されるため、日本語バージョンの開発には異なるビジネスクラスが必要になるだろう。開発に関して提携している日本企業の有無に関しては答えられないとのことだが、実際に日本市場向けのプラットフォームが完成するのは時間がかかりそうだ。
また、今後5年以内には、Keystroke.comのプラットフォームを不動産/住宅ローンだけではなく、預金や証券、保険など他の金融商品に対しても提供できるように、垂直市場向けにカスタマイズしたシステムの構築を行なっていく計画も立てている。また、10年後には金融市場全体で同社の技術プラットフォームを提供し、さらには公益事業や航空業界などの分野に対してもサービスを提供していくと意気込みを見せる。
同氏は「今から5年後には、不動産/住宅ローン市場は我々の技術プラットフォームを使用することで、大きな効率化を図っているだろう。また、これは不動産/住宅ローン市場だけではなく、保険や証券などの他の金融市場、さらにはそれ以外の市場に対しても適用することができるのだ。我々のプラットフォームを使用することが、すなわち彼らのビジネスチャンスを大幅に広げるのだ」と語った。
(2000/7/13)
[Reported by HIROKO NAGANO, Seattle]