米国では、“シリコンバレー”や“シリコンアレー”だけではなく、インターネット企業が集積したハイテク地区が次々と登場しています。IntelやFujitsuなどの工場があるオレゴン州北部のポートランド周辺と、MicrosoftやAmazon.comが本社を構えるワシントン州西部のシアトルやレドモンド周辺もまた、“シリコンフォレスト”と呼ばれ、インターネット企業の集積地になりつつあります。この連載では、シリコンフォレストから登場する注目の企業を紹介していきます。(本連載は隔週木曜日に掲載します。記事一覧はこちら)
現在、テレマティクスにはGeneral Motorsの「OnStar」やMercedes-Benzの「TeleAid」、Jaguarの「Assist」、Fordの「RESCU」などがあるが、これらのほとんどは、3万5,000ドル以上の高級セダンにのみ提供されるオプションとなっていた。しかし、コンサルティング会社のStrategis Groupによると、テレマティクス市場は1999年の4,000万ドル市場から2004年には17億ドル市場に拡大し、ユーザー数では82万人から1,100万人へと飛躍的に伸びると見込まれている。
この分野で、コンテンツの配信やワイヤレスインターネット接続を含めたテレマティクスの総合プラットフォームを開発し、ASPとして低コストでサービスを提供する企業が、InfoMoveである。1998年に設立された同社は、ナビゲーション情報、盗難防止システムのほか、リアルタイムの渋滞情報、それにもとづく自動ルート設定、ユーザーのいる場所と時間をベースにした広告やコマースなどを、車載組込型デバイスや携帯電話、PDAなどの複数のデバイスに対して提供している。カークランドにオフィスを構える同社のPeter Holland社長兼CEOに、同社のビジネスモデルや今後の戦略を尋ねてみた。
InfoMoveのビジネスモデル。GPSシステ ムとワイヤレスインターネット接続を組 み合わせ、ユーザーのいる場所と時間に 合わせたコンテンツをリアルタイムで配 信する |
現在、テレマティクスの主要サービスは、カーナビに装備されたCD-ROMマップと全方位測位システム(GPS)を組み合わせたナビゲーション情報であり、渋滞や走行中の故障などでリアルタイムの情報を知りたい場合には、携帯電話でオペレーターに電話をかける必要がある。しかし、このシステムは単方向で機能が限られている上、コールセンターを設置してオペレーターを雇わなければならず、高いコストがかかってしまう。
InfoMoveは、GPSとワイヤレスインターネット接続を組み合わせることで、双方向のリアルタイム通信を可能にした。また、マップやナビゲーション情報、渋滞情報や広告などすべてのコンテンツを同社のデータセンターから配信することで、ユーザーのいる場所と時間をベースにしたコンテンツをリアルタイムに提供することを可能にした。
同社は、このプラットフォームを自動車会社やハンドヘルドデバイスメーカーなどの企業に貸し出すASPサービスを提供する計画だ。同氏は「我々のプラットフォームの強みは、インターネットを最大限に利用することで、テレマティクスの導入コストを安価にし、より多数のアプリケーションを使用できるスケーラブルなソリューションを提供しているという点だ。我々は、ウェブサーフィンのような通常のインターネット利用とは大きく異なり、ユーザーのいる場所や時間、プロフィールに合わせたコンテンツを送るという、非常にパーソナライズされた体験を提供する」と語る。
同社は、ナビゲーション情報からレストラン情報にいたるまで、すべてのコンテンツを提携パートナー企業からライセンス使用している。たとえば、ニュースや株価情報、天気情報、近所のレストランやホテル情報はInfoSpaceから、走行中に故障した際のエンジン診断や修理工場への連絡先などはALLDATAから、リアルタイムの渋滞情報はEtakから、といった具合だ。InfoMoveは、バックエンドのデータセンターを構築し、これらのコンテンツパートナー企業からコンテンツをデータセンターに収集して複数のデバイスに配信する。
ユーザーのいる場所と時間に 合わせた広告配信の例。カシ オのPocketPCのスクリーン に表れるStarbucks Coffee のサイン |
また、ロケーション管理を行なうグループメッセージングの「ジオメトリックス」サービスも提供している。これは、複数のユーザーが仕事やプライベートでどこかに行く場合、お互いがどこにいるのかをマップ上で示してくれるサービスだ。インスタントメッセンジャーのように、互いに会話することもできる。プライバシーの問題があるので、誰かに自分の居場所を追跡されたくない場合、機能をオフにすることもできる。
さらに、このプラットフォームはユーザーのいる場所と時間に合わせて効果的な広告メッセージを送ったり、モバイルコマース(M-Commerce)を行なうこともできる。たとえば、オフィスに出勤する途中、カーナビのスクリーンにStarbucks Coffeeのサインが出てきて「おはようございます。煎れたてのコーヒーはいかがですか? 私達のお店に寄っていただければ、ダブルショートラテを割引します」というアナウンスが流れる。ユーザーはその店に行き、デジタルクーポンなどを使って割引サービスを利用することができる。
同社の提携パートナー企業であるInfoSpaceは、クレジットカードを使ったM-Commerceのインフラを開発している。InfoSpaceサービスに加盟している店鋪では、ユーザーがその店鋪で買い物をしてカードで支払うと、金額が追加される際に自動的に割り引かれ、店員はユーザーが割引を受けていることすら知る必要がない。その他、デバイスを車から外して、デジタルクーポンを直接見せることもできる。
Holland氏は「フィンランドでは、すでにWAPベースの携帯電話を使用してM-Commerceを行なっている。店鋪や自販機でモノを買うとき、携帯電話を見せるだけで、金額はクレジットカードか銀行口座から自動的に引き落とされる。このサービスは、米国よりも先に日本で導入されることになるだろう。ワイヤレスインフラやコンシューマー家電の分野では、日本は米国よりも進んでいる」と語る。
InfoMoveはまた、今年5月にトラックメーカーのPaccarとのベンチャー企業ePaccarを立ち上げた。同社は、Paccar製のトラックに対してInfoMoveのテレマティクスプラットフォームを提供することになる。Holland氏は「我々は、すべての自動車会社、ありとあらゆる会社と交渉している」と語る。
General MotorsのOnStarに代表されるように、自動車会社では独自のテレマティクスをすでに提供しているのでは?との質問に対しては、同氏は「確かに、自動車会社の多くはナビゲーション機能およびハードウェアの開発は行なっている。しかし、それらの機能を結びつけるアプリケーションの開発とコンテンツの提供は行なっていない。我々が提供しているのは、その部分である。たとえば、Ford Lincolnの2001年モデルでは、完全ワイヤレスネットワーク機器を装備し、セキュリティ機能、データアクセス、ボイス作動システムなどが提供される。しかし、彼らはその機能を使うためのアプリケーションの開発は行なっていないので、我々の有望な提携パートナー企業として考えている」と語る。
また、同社のDave Hansen通信ディレクターによると、現在のテレマティクスのほとんどは、ユーザーが携帯電話からコールセンターに電話をかけてリアルタイムの情報を得る仕組みになっており、非効率である。ヨーロッパの競合企業の多くもサービスはWAPベースであり、携帯電話からコールセンターに電話をかけるシステムだ。Holland氏は「我々のサービスでは、渋滞情報を自動的に知らせて道順の変更をしてくれる。たとえば、『現在、シアトル・マリナーズ戦でドーム近辺は大変渋滞しています。I-5号線の代わりに99号線を通ることをお薦めします』といったメッセージを、ユーザーが尋ねる前にアナウンスしてくれるのだ」と語る。
カシオのPocketPCを使ったInfoMoveの テレマティクスプラットフォームのデモ |
Holland氏は、これは非常に大きなビジネスチャンスであると同時に、最大のチャレンジでもあると考えている。それは、米国ではワイヤレスネットワーク技術が日本やヨーロッパ市場に比べて遅れているという技術的なハードルと同時に、テレマティクスという新しい分野に関する認知度を高めるという社会的なハードルがあるからである。同氏は「我々は、従来型のビジネスにあてはまらない新しい分野を開拓している。この技術を人々に理解してもらい、着実に利益に結びつくようなビジネスモデルを構築することに、多大なエネルギーを費やした」と語る。
18カ月前、InfoMoveによりメディアやアナリストを招いた記者会見が開かれた際、人々はテレマティクスに関してまったく理解を示さず、全員が否定的な反応を示したという。しかし、今年3月にCasioとの提携発表が行なわれた際には、否定的な意見は賞賛に変わった。同氏は「ようやく、我々のビジョンが形になって表われたのだ」と語る。
同社は、米国市場よりも日本とヨーロッパ市場で先にサービスを開始する計画を立てている。それは、数年以内に米国のワイヤレス技術はアップグレードされるものの、それでも日本より1~3年は遅れているからだ。同氏は「我々は、日本市場に非常に興味を持っている。なぜなら、日本の技術インフラは準備ができているからだ。来年中には日本市場に向けてサービスを提供する計画を立てている」と語る。
同社は現在、アルファバージョンの開発にあたっており、この秋に完成を予定している。その後、来年初めにベータバージョン、来年の第2四半期に正式バージョンを公開する予定である。プラットフォームやOSのサポートは市場の流れに従って柔軟に対応しており、現在はWAP、iモード、GSM、CDMAなどのサポート開発を行なっている。
「私がMcCaw Cellularに就職したのは1980年だったが、当時、同社は世界中のワイヤレス技術のライセンスを取得して、世界最大の携帯電話会社に成長した。その後、そこでの経験を生かして、Nexus Cellularのマネージングパートナーとして、テネシー州でセルラーライセンスの提供や管理サービスを4~5年行ない、Teletronics Management Servicesを設立した。Teletronicsは、ワイヤレスネットワーク事業者のためのネットワーク開発とプログラム管理に焦点を絞ったコンサルティング企業で、AT&T WirelessやNextelなどをクライアントに抱えていた。もちろん、McCaw Cellularが最初のクライアントだったよ(笑)」と語る。
同氏は、Teletronicsを2年前に売却し、1年前にシアトルに戻り、1999年10月からInfoMoveのCEO職に就いた。同社で働こうと思った理由は「ワイヤレス市場での経験から判断して、InfoMoveの持つ技術が非常に優れていたことと、非常に新しい分野だったことだ」と語る。
同氏は、CEOになりたいとはまったく考えていなかったと述べ、「私は、自分のことをWalter Mittyタイプの人間だと思っている(注:1940~50年代に活躍したシアトルの小説家、James Thurberの本に登場する主人公で、いつもアドベンチャーを夢見るしがないスリラー小説家)」と語った。
InfoMoveは、Microsoftの元CFOであるGreg Maffe氏からの投資を受けたほか、今年4月、第2ラウンドの投資として、Bsquare、Encompass Europe、Garage.com、NTT-ME、三井コムテックなどから550万ドルを獲得している。現在、70名以上の社員を抱えており、そのうち65名がエンジニアである。
同社は現在、バックエンドの開発に焦点を絞っており、ユーザーインターフェイス(UI)の開発は行なっていないが、将来的にはUIの開発も行なう予定だという。Holland氏は「まだ市場自体が新しいため、UIの標準は存在しない。しかし、市場が成熟するにしたがって自然と定まってくるだろう。我々は。InfoMoveユーザーが訪れるためのデスクトップのポータルのUI開発は行なっている」と語る。
また、日本市場へのサービス開始に関しては、詳細はまだ発表できないとのこと。しかし、まもなく日本市場に対するイニシアチブを発表するという。現在、日系企業ではNTT-ME、三井コムテックなどの投資家のほかに、Yazaki、Casioと戦略パートナー契約を結んでいる。
将来的な展望として、米国市場では2年以内にサービスを開始するとしている。最後に、同氏は「我々は、すべての自動車でInfoMoveの提供するアプリケーションを使用できるようになることを目指している。また、歩道や飛行機内、ボートの中など、自動車を超えたすべての場所で、いつでもどこでもテレマティクスアプリケーションを使用できるようなサービスを提供したい」と語った。
(2000/9/21)
[Reported by HIROKO NAGANO, Seattle]