米国では、“シリコンバレー”や“シリコンアレー”だけではなく、インターネット企業が集積したハイテク地区が次々と登場しています。IntelやFujitsuなどの工場があるオレゴン州北部のポートランド周辺と、MicrosoftやAmazon.comが本社を構えるワシントン州西部のシアトルやレドモンド周辺もまた、“シリコンフォレスト”と呼ばれ、インターネット企業の集積地になりつつあります。この連載では、シリコンフォレストから登場する注目の企業を紹介していきます。(本連載は隔週木曜日に掲載します。記事一覧はこちら)
しかし、データベースやディレクトリのデータ入力と変更は、システム管理者が手作業で行ない、それを他のシステムと同期させているので、ディレクトリが増えれば増えるほど、システム管理者にとり大きな負担になる。大企業では、毎日のデータ入力が2,000件を超え、少なくとも10人のスタッフがデータ入力にあたっている企業も珍しくないという。
こうした複数のシステムをまとめて、社員が一カ所からデータの検索や変更を行なえるウェブベースのサービスを提供しているのが、ワシントン州のベルビューに本社を構えるSyncronexである。1998年11月に設立された同社は、基幹システムやディレクトリとユーザーをつなぐウェブアプリケーションを開発しており、これにより、社員はデスクトップや携帯電話などの複数デバイスからデータを自由に更新できるようになった。
特に、効率性を重視するEビジネスにとり、顧客データベースや注文処理システムをはじめとするあらゆる企業データにどこからでもアクセスできるという“ビジネスインテリジェンス”機能はますます必要になると言われており、調査会社のGartner Groupでは、ビジネスインテリジェンス市場は2003年には32億ドル市場になると予測している。現在、40名の社員を抱えるSyncronexの設立者、Garrett Abel CEOに同社のビジネスモデルや今後の戦略を尋ねてみた。
同社のサービスモデル。ユーザーと複数 システムの間のSyncronex ViewPointが データの入力・更新を管理する |
同社のGarrett Abel CEOは「システム統合やイントラネットの構築は従来、平均100万ドル以上を費やす1年がかりのプロジェクトだったが、我々は、これらを7,000ドル~7万ドルの低コストで短期間に行なうことができる」と語る。
たとえば、コンピュータやオフィス機器の購入、出張経費などの社内コストを集計する場合、Syncronex ViewPointを使えば、社員ディレクトリと会計システムを組み合わせて個々の社員の出費をウェブサイトからリアルタイムで閲覧できるという。また、社員一人一人がデータを入力できるので、システム管理者が個々の社員からデータを集めて入力する必要がなくなり、システム部門の大幅な時間とコストの削減につながる。
企業の効率性を高めるため、あらゆるデータにどこからでもアクセスできる企業システムの統合管理は“ビジネスインテリジェンス”とも呼ばれ、90年代になり大きく注目されるようになった。基本的には70年代のMIS(情報管理システム)、80年代のDSS(決定支援システム)と同様のコンセプトだが、ハードウェアの速度やソフトウェアの洗練度の低さから、その多くは失敗しているのが現状だ。しかし、Syncronexでは、システム管理者が特別なプログラミングの技術を持たずに簡単にユーザーインターフェイス(UI)を作成できる2種類の管理ツールを提供することで、このハードルを乗り越えている。
Abel氏は「我々は、自動的にインターフェイスを作成する非常に魅力的な技術を開発した。それは、メタデータを利用した同社独自のコード作成技術と、SQLサーバーレポジトリのメタデータテーブル、そしてメタデータテーブルとUIを設定するための2種類の管理ツール『BEAT』と『FEAT』である」と語る。
BEAT(Back-End Administration Tool)はバックエンド管理ツールであり、システム統合のためのビジネスロジック設定を行なう。具体的には、データ属性やディスプレイ方式、ドメインデータ、パーミッション、セキュリティ、情報が更新された場合の自動電子メール通知などの自動プロセスを設定する。顧客は、基幹システムやディレクトリのデータを直接変更するのではなく、BEATを使用してSyncronexのデータレポジトリである「Enterprise Data Repository」にデータの入力や更新のやり方を設定し、そこからそれぞれのシステムにデータ同期が行なわれる。
FEAT(Front-End Administration Tool)はフロントエンド管理ツールであり、システム管理者がUIを設定するために使用するウェブアプリケーションである。社員によりアクセスできる情報とできない情報、更新できる情報とできない情報を設定するなど、細かいビジネスルールが設定できる。さらに、社員がどのデータを変更したかを、システム管理者が調べることもできる。
同氏は「これらの管理ツールでレポジトリにアクセスすることで、システム管理者はデータソースにアクセスすることなくデータを同期でき、より安全で柔軟なデータ管理が行なえる。さらに、よく使用されるUIのテンプレートを提供しているので、企業はプロジェクト管理や在庫確認などの機能を簡単に付加することができる」と語る。
これらのテンプレートには、たとえば、複数の顧客データベースを組み合わせて社員が顧客情報へアクセスできる「顧客管理」、通信や金融システムを組み合わせた「リソース管理」、過去に起こった問題とそのソリューションを保存して企業全体で共有する「ナレッジマネジメント」、在庫センターの担当者に在庫状態を確認する「在庫管理」など、15~20種類が提供されている。
Syncronexが提供する企業ポー タル。5種類のコンテンツチャ ンネルを提供 |
さらに、InfoSpaceとの提携により、電子メールやカレンダー、インスタントメッセンジャー、オンラインショッピング、オンライン株式取引などの付加価値サービスも提供している。これにより、企業は複雑なポータルサイトを自社で開発する必要なしに、イントラネット/エクストラネット用サイトを低コストで構築できる。
これらの企業ポータル向けコンテンツサービスはASPとしてホスティングしており、同社のサービスの中核となるアプリケーション、Syncronex ViewPointはライセンス提供している。Syncronex ViewPointをASPとして貸し出す計画はあるのかとの質問に対して、Abel氏は「ニーズに応じて、ASPかライセンス提供かを柔軟に決めることにしているが、企業のほとんどは戦略的なデータを扱っているので自社内にデータを置きたいと希望している。ASPかライセンス提供かはビジネスモデルの問題であり、この場合はASPにするのは得策ではないと考えた」と語る。
アプリケーション導入の仕方は、まず企業のシステム環境とニーズを聞き、Syncronexで同社向けのUIをプロトタイプ作成、ウェブベースで確認してもらう。気に入れば、アプリケーションをインストールして電話か実際にオフィスを訪れてサポートする。価格は、200~300人の社員を持つ企業で7,000ドル前後、5~6万人の企業で7万ドル前後。現在、サービスを開始してから1年ほどで、Exempla Healthcare、Montana Office of Public Instruction、 San Francisco Newspaper Agency、Rapidigmなどを含む45社の企業が同社のサービスを使用しており、社員の総数は25万人にのぼる。
Syncronex ViewPointの社員ディレクト リ検索機能 |
コロラド州デンバーに本社を構えるExempla HealthcareもSyncronexの顧客であるが、同社は1998年、複数の病院と合併して5,500人の社員を抱えるようになった。それまでは、それぞれの病院で1年に1回だけ社員名簿を印刷していたが、各病院で社員ディレクトリのフォーマットが異なるうえ、それぞれの病院で2万ドル以上の印刷コストがかかっていた。また、システム管理者が手作業で個人情報を収集しなければならなかった。
同社は効率化を進めるため、社員の個人情報の変更やオフィスの異動をリアルタイムに反映するような管理システムを導入することを考えた。同社の目標は、データを一つの場所にまとめて、それぞれの部門で社員情報に変更がある場合には、直接情報を更新するようなシステムを導入することだった。
しかし、システム管理者は医療情報や業務システムの開発管理などで社員ディレクトリにまでは労力を使えないのが現状だったので、アウトソーシングを探していた時、Syncronexに出会ったという。同社は1999年12月、Syncronex ViewPointを導入したが、2日間で導入が完了し、1カ月以内に社員はSyncronexを企業情報の主要なリソースとして使用し始めたという。Abel氏は「驚かされるのは、我々のアプリケーションを導入した企業のほとんどが、そのアプリケーションを企業ポータルとして使用していることだ」と語る。
Christina Schuetzマーケティ ング部長 |
同氏は「企業の多くは、多額の投資をITに費やしてさまざまなシステムを導入したのはいいが、今度はディレクトリやデータベースを手作業で管理しなければならなくなり、逆にコストがかかるようになってしまった。システム管理者のほとんどは、異なるシステムを同期させ、社員がデータを自由に更新できるようなソリューションを求めていた」と語る。
しかし、こうしたソリューションを提供するアプリケーションは市場に存在しなかったので、同氏は、もしもこれを開発できるのなら必ず売れると考えた。その時に、たまたま近所に住んでいた当時Microsoftの社員だったJohn Guyer氏が、「できる」と二つ返事で開発に参加したという。その後、Guyer氏の元同僚であるRob Compton氏やChris McKulka氏などのエンジニアもMicrosoftのITG Groupから移籍してきたという。
Abel氏は「我々は最高のエンジニアを抱えることにより、ベイパーウェア(評判のみで中身のないソフトウェア)ではない、本物のアプリケーションを開発することができた」と語る。同氏は、Syncronexの持つ技術力の高さと確実なビジネスモデルを特に強調して「おそらく、シアトルの誰もが一度はドットコム企業のビジネスプランを書いているだろう。しかし、その多くは実現しなかったか失敗に終わっている。それは、ドットコムというイメージにとらわれ過ぎて、確固とした技術とビジネスモデルがなかったからだ。我々は、イメージには重点を置かず、インターネットを最大限に利用して企業のITシステムをいかに効率化するかに焦点を絞った。これにより、十分な投資を受けて技術開発に取り組むことができ、順調に売上を伸ばすことができたのだ」と語る。
同社は今年5月、Arch Venture Partners、Polaris Venture Partners、Staenberg Venture Partners LLCなどから合計525万ドルの投資を受け、これまでの投資総額は700万ドルになる。同氏は、来年末には黒字になると見込んでいる。
Syncronexのオフィス入り口。 9月末に引っ越したばかり |
Syncronexは、この市場での草分け的企業として、さらにワイヤレス機器に対応したUIの開発機能などを提供していく方針である。Abel氏は「顧客/社員ディレクトリや在庫データベース、ナレッジベースなどの既存のシステムにとって、ユーザーが携帯電話やWAP対応のPDAから情報にアクセスできるワイヤレスの組み合わせは非常に強力である」と語る。たとえば、営業スタッフがニューヨークの顧客に会いに行く際に、すでに注文が配送されているかを携帯電話を使って飛行場から確認することができる。もしも不明な点があれば、配送部門の担当者をディレクトリで呼び出して、電子メールや電話で連絡を取ることができる。
同社のワイヤレス機器へのサービス開始は12月の予定であり、すでに数社と導入契約を結んでいる。また同時期に、セキュリティを強化した一連のサービスを発表する予定である。同氏は「ワイヤレス機器では、誰が使っているかがわからないので、単なるIDとパスワードではないセキュリティサービスを提供する」と語る。さらに、XMLを使用して管理ツールの柔軟性を高め、テンプレートも引き続き増やしていくという。IPOの予定に関してはまだないとのことだが、将来は「投資家となり、地元の起業家たちを助けたい」との夢も語った。
(2000/10/5)
[Reported by HIROKO NAGANO, Seattle]